2016年1月20日発行 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ JMM [Japan Mail Media] No.881 Extra-Edition ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ http://ryumurakami.com/jmm/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ▼INDEX▼ ■from MRIC □ 原発被災地の医療は今 〜福島県双葉郡広野町・高野病院奮戦記 第1回 ■ 高野己保 :高野病院事務長 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■from MRIC ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 福島県双葉郡広野町にあります、高野病院・事務長の高野己保(みお)と申します。 当院は、内科療養病棟65床・精神科病棟53床の開設35年、福島県広野町に根をはる病 院です。 原子力発電所の近くの医療はどうなっているの?地域住民が避難して、人が住んでい ないのだから、患者さんもいないのでは?それなのに病院は必要なの?そう思う方も 多いと思います。福島第一原子力発電所から22キロ南、たった1つ残り、それも民間 病院であるため、「大丈夫?」と声はかけられても、ほとんどの方の手は差し出され ることはない…という状況に置かれている高野病院から、数回に分けて被災地の医療 の現状をお伝えしたいと思います。 この2年で、広野町の人口は震災前の約5,400人から2,000人に激減しました。2015年 9月に警戒区域が解除された隣の楢葉町は、約8,000人のうち400人しか戻っていませ ん。しかし、広野町には推定3,000人越えの東電、除染、その他の工事関係者が住ん でいます。従来のコミュニティが崩壊し、全く別の形となったこの町では、医療にお いても沢山の問題が起こっています。 まずは救急搬送の増加です。平成25年を基準とすると、救急搬送は昨年がその6倍、 今年は11倍です。さらに夜間、休日、時間外の診療受入は2倍、その半数が、復興関 係の人達です。高野病院から一番近い入院機能を持つ病院は、原発事故の影響で、南 のいわき市に17キロ、北の南相馬市に60キロ行かなければありません。高度な治療が 必要な場合は、北は南相馬市立総合病院、南はいわき共立病院、それでも対応できな い場合には、さらに3時間近くかけて福島県立医大まで行くしかありません。いわき 市には住民登録をしていない双葉郡からの避難住民が2万4千人、除染作業員が3万4千 人おり、震災の年には33万5千人弱だった人口が35万7千人に増加しています。医療機 関はスタッフ不足もあり疲弊しており、救急医療もパンク状態です。いわき市で受け 入れられないと言われた救急車が、高野病院まで走ってきます。夜中に救急隊から 「他は全部断られて、高野病院さんが最後なんです」と、言われてしまっては、受け 入れるしかありません。 インフルエンザで救急車を呼ぶ、朝から腹痛があったのに夜間に受診。などがあまり にも続いた時、院長が患者さんに聞き取りをしました。みなさん「仕事が休めない」、 「具合が悪いのを知られたら仕事を失くす」、「昼間は我慢している」とのことでし た。中には「会社には言わないで欲しい」とおっしゃる人もいます。夏場では特に脱 水症状をぎりぎりまで我慢して救急搬送というのが一番多かったです。 いわき市では、除染作業員が飲み屋で問題を起こすため、外出自粛令がでました。す るとみなさん宿舎で飲むことが多くなり、休みの日に朝から飲んだため、夕方に動け なくなり救急搬送などもあります。先月は酔っ払った患者さんが搬送されてきました が、付きそいの方も酔っ払いで、担当の女性医師や事務の女性にセクハラまがいの言 葉を投げつけ、住所も確認できませんでした。結局その方は治療を拒否して、帰り際 に「もう1回飲み直すか〜」と言って、救急隊の方にたしなめられていました。また 身元を確認されたくない方などは、何をうかがっても「うるせ〜」「ばかやろ〜」な どと暴言を吐き、スタッフを威圧します。当院の救急対応は、夜勤者がしていますが、 通常業務以外で受けるストレスは大きいです。 また夜間に救急で運ばれた方達の、治療後の帰宅手段も問題です。迎えに来ていただ ける場合は良いのですが、誰もいない方はタクシーでお帰りいただいています。しか し、広野町で唯一稼動しているタクシー会社は夜9時で終了。一番近い、いわき市の タクシー会社も午前2時までなので、点滴治療で時間がかると帰る手段がなくなりま す。広野町内の方で遅くなった患者さんを、当院の医師が自車で送ったこともありま した。 また、最近多いのが死体検案です。2015年は毎月一件以上必ず、朝晩関係なく入って きました。その半数は残念ながら自殺であるのも被災地ゆえでしょうか。 救急の増加などは、前もって予想ができていたため、暫定的に今だけでも、特例的な 病床をお願いできないかと県の地域医療課などに相談に行きました。しかし、この地 域は病床過剰地域なので、認められない、どうしてもというなら、現在の高野病院の 療養病床を転換するようにと言われました。それならば、今閉鎖している他の病院の 病床を借りられないかとお話をしましたが、特例は認められませんでした。当院は双 葉郡で稼働する唯一の病院であるのに、です。いわき市の救急医療も、双葉郡の救急 隊も長時間の搬送などで疲弊している中で、当院が少しでもその負担軽減の役に立て るならと思っての提案も、行政には伝わりませんでした。この地域の医療をなくさな いためにも、一刻も早く対策を打たせて欲しいと広野町にお願いをしましたが、双葉 郡の町村会は今後の医療計画は、公の医療機関が主となって進めると新聞に発表しま した。私たちの病院は私立です。私達はこの地で、救急や死体検案の増加、除染作業 員のモラルハザードなどの新たな問題に直面しながらも、どうにか医療を継続してい るのです。 JMM [Japan Mail Media] No.881 Extra-Edition2 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
□ 地域医療はだれのもの? 福島県双葉郡広野町・高野病院奮戦記 第2回 ■ 高野己保 :高野病院事務長 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■from MRIC ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 前回は、福島県広野町、高野病院における救急や死体検案の増加、除染作業員のモラ ルハザードなどの新たに起きた医療問題についてお伝えしました。当院は現在、双葉 郡で稼働する唯一の病院です。今回は現在直面しているスタッフ不足問題や、私達の 地域医療への思いについてお伝えしたいと思います。 現在、当院のスタッフ数は非常勤勤務者を含めて96名です。しかし、この中には以前 から委託していた、清掃の人員も入っています。震災直後、委託関係の業者はすべて 手をひいていなくなりました。そのため当初は、医療資格職だけではなく、厨房スタ ッフやお掃除スタッフも確保しなければなりませんでした。現在広野町のコンビニの 時給は日中勤務でも1200円。居酒屋さんのパートも1000円以上出さなくては人が集 まらない地域において、資格職以外の確保も難しいのです。 常勤医は院長1名になってしまいました。非常勤医師6名が週をつなぐように東京か ら来てくれていますが、院長も週3〜4回の当直、精神科指定医なので、精神科輪番も 月に5〜6回、レントゲン技師がいないので院長が救急の際にもCT操作なども行って います。 看護職は現在非常勤も含めて41名です。この数だけみると十分だと思われるかもしれ ませんが、元からの職員が26%、県外からの勤務者が25%、残りが震災後新規採用し た方達ですが、年齢的にはほとんど55〜69歳に分布しており、長期の勤務が望めませ ん。また県外からの職員が元の地域にお帰りになった場合は、現在の入院患者さんの ケアが難しくなります。またご家庭の事情で夜勤ができない、土日祝日はお休みをと いうスタッフも多いので、病棟で勤務を組むのがとても大変です。とにかく、人員を 確保することが第一であるため、多少の条件には目をつぶらなくてはならないのが現 状です。夜勤ができないからダメ、55歳を越えているからダメ、准看護師だからダメ 、などなど言っていたらこの地の医療は成り立たないのです。 みなさんは、行政は?と思うかもしれません。しつこいようですが、高野病院は双葉 郡でたった一つ残った民間病院です。この「たった一つ」、「民間」という言葉が、 今現在においても、これほどまで私達の重荷になるとは思ってもみませんでした。二 つ以上の病院の意見なら「みんなの意見」にもなるのでしょうが、一つだけだと、 「高野病院の意見」になってしまいました。私達の話を聞いて、それで助けてしまっ ては、「公平性の観点からも不都合がある」が行政の考えでした。双葉郡においては 、公平性こそが不平等である、と私達は思っています。看護協会などの協会という名 のつく組織などには、ことごとく「人がいないのはあなたたちだけではない」と言わ れました。 私達はずっとこの地で、震災後の地域医療の変遷を見てきました。地域医療の崩壊な どと言われていますが、とっくに崩壊しています。だからこそ、今のうちに私達がで きる対策を打たなければ、この地の医療は終わってしまうと危惧し、要望や陳情を行 いましたが、すべては高野病院の利益のためととる方もいて、公平性の壁に何度もは ね返されるのでした。確かに病院は、職員にお給料を払わなければなりません。安定 した医療を提供し続けるために、病院を決して赤字にしてはならないのです。それを 金儲けのためと言われるならば、「はい。その通り、金儲けです」と言うしかないの でしょうか。それは、地域医療を守る最後の砦が高野病院だ!という気持ちを失わせ るには十分なものです。 そんな日々を過ごし、いつしか行政のいう「地域医療」なんて、守る価値もない、私 達は目の前の患者さんとご家族、広野町、双葉郡の人達、この地で医療を必要とする 人達のために医療を提供し続けよう。そして私は、それを支えてくれるスタッフのた めに、どんなことでもしよう。そう思うようになりました。そのためには人の確保。 国の制度も県の支援も、待っていられない。そして今も看護職だけではなく、他職種 の人材探しの旅が続いています。 もともと当院の職員の勤務年数は長く、地元で若い人を育てながら、定年などで入れ 替わるという流れでしたが、今回の事故で、すべて断ち切られ、外に人を探しに行か なくてはならなくなりました。初めての大学にも説明会にお邪魔しましたが、大学に よっては、地元企業優先で、他県の病院は抽選というところもあります。うちのよう な小さいところは、ブースをいただけても、ほとんど人の来ない端っこであったり、 別棟であったりと苦戦しています。病院のT-シャツを着て、のぼりを立てて、路上キ ャッチのように、呼び込まないと、誰も来ないのです。また若い学生さんは、福島県 で原発がどこにあるのかを知らずにいらっしゃるので、病院を気に入っていただけて も、ご両親の反対を受けてしまうということもありました。他の病院は、人事担当者 と看護部長や師長が一緒に動くことが多いのですが、うちの場合は、病院がそれどこ ろじゃないので、勤務表から看護師を抜くことはできず、いつも私1人で動くしかあ りません。 幸いこの5年近くで、50名ほどの資格職の方達が、北は北海道、南は九州と全国各地 から高野病院のことをホームページやテレビ、新聞などで知り、力を貸してください ました。県外からの方達は、ご家族を置いての単身赴任など、どうしても期限を決め ていらっしゃる方が多いので、この人が来月帰るから、その代わりの人を探さなくち ゃ…と、綱渡りの毎日は今も続いています。 国は、福島県全体のデータしか見ていないので、医療従事者が前年より何パーセント 増えて良かったね、順調に戻っているね、と言います。しかし、福島県全体で見れば 数値的には戻っていても、双葉郡の原発の警戒区域にはだれもいないのです。今も震 災直後も大して変わらない状況で、医療を継続している私達にとっては、医者が増え た、看護師が増えた…は、別の国の夢物語に聞こえます。確かに、双葉郡の現在のデ ータがとれないのだから仕方がないと言われるかもしれません。だから双葉郡に病床 が、高野病院の118床しかなくても、震災前のデータが生きているから、現在もこの 地域は、病床の過剰地域だと言われてしまうのです。 ---------------------------------------------------------------------------- MRIC医療メルマガ通信 ( http://medg.jp ) MRICの配信をご希望される方はこちらへ > ( info@medg.jp )
|