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[核心]低線量でも健康影響?
「わからない」に挑戦を
編集委員 滝順一
低線量の放射線が健康に与える影響について「よくわかっていない」といわれる。確かに明確に有無を言える状況ではないが、このところ新たな研究成果がいくつか公表されている。
まず「INWORKS」と呼ばれる国際共同調査だ。英米仏3カ国の原子力施設で働く約31万人の作業員を対象に過去60年間をさかのぼって対象にし、発がんなどの状況を解析した。国際がん研究機関(フランス)など3カ国の研究機関の協力による。
7月に英医学誌に出た論文によると、約31万人のうち531人が白血病で亡くなっている。
被曝(ひばく)がなくても白血病で亡くなる可能性を1として比較した場合、原子力施設で1年以上働いた労働者は被曝1シーベルトあたり約4倍にリスクが高まるという。線量を1ミリシーベルト(千分の1シーベルト)に直線的に外挿すると、1ミリシーベルトの被曝で0.3%だけリスクが増す計算だ。
作業員の年間被曝線量は平均で1.1ミリシーベルト。働いていた間の積算線量は平均15.9ミリシーベルトだった。
同じグループが10月に別の英医学誌に出した論文では「白血病以外のがん」について調べている。
「白血病以外のがん」で亡くなったのは約31万人のうち約1万9千人。被曝なしでがんを発症した人に比べて、相対的なリスクは被曝1シーベルトあたり48%上昇していたという。同様に1ミリシーベルトに引き直すと、0.048%の増加となる。
作業員の大腸に対する積算の被曝線量は平均で20.9ミリシーベルトだったという。
いずれも低線量の被曝であっても「健康影響はある」と示唆する。
広島、長崎の原爆被爆者約10万人の調査からこれまで「100ミリシーベルト以下の被曝では統計的に有意にがんが増えるとはいえない」とされてきた。これがいわば定説だ。
新たな研究は調査対象の人数を増やし「よくわからない」を少しでもわかるようにしようとする試みだ。
ここで数字の読み方にひとつ注意点がある。「100ミリシーベルトでがんの頻度が0.5%増える」とこれまでよく解説されてきた。INWORKS研究が示す「0.3%」「0.048%」のリスク増加は、この「0.5%」と直接比較してよい数値ではない。新知見の大事な点は「少ない線量でも線量に応じた影響があるらしい」とデータで示したところにある。
このほかに、ちょっと古いが若者や子どもを対象にした研究もある。コンピューター断層撮影装置(CT)検査による被曝影響である。
豪メルボルン大学などの研究グループは、1985年以降にCT検査を受けた19歳以下約68万人の記録を調べた。
英医学誌に2013年に発表された論文によると、68万人のうち3150人ががんを発症しており、CT検査を受けていないが、がんになった人たちと比べると、検査を受けた人は24%発がんのリスクが高かった。1回の検査での被曝量は平均4.5ミリシーベルトと推定される。
新しい知見に対し専門家の見方は保守的だ。「定説を見直すには至らない」と甲斐倫明・大分県立看護科学大学教授は言う。「数が多い場合、必要な情報が消えてしまうことも」と指摘する。
31万人とか68万人の分析は過去数十年にわたって蓄積された記録を後から調べ直した。データは最初からこのような分析をするために集めたものではない。従って、計測法による線量のばらつき、喫煙や飲酒など対象者の生活習慣の違いといった被曝線量以外の要因が紛れ込むことを完全に回避するのは難しい。
また、CT検査を受けた人は何らかの受診理由があったはずだ。がんになる前兆がすでにあったのかもしれない。
仮に研究が示唆する影響が本当にあったとしても、それは既存の放射線防護の考え方を見直すことにはならない。低線量の影響は不確実ではあるが、線量がどんなにわずかであっても影響があるとみるのが、すでに標準的な考え方(しきい値なし直線仮説)になっているからだ。
福島の住民については「事故による大人のがんの増加は予測されない」(国連科学委員会報告)とされるが、この判断を大きく変えはしないだろう。小さな子については念のために慎重にみる必要は依然として残る。
ここで紹介したような新しい知見に対し専門家が慎重なのは当然だろう。科学では健全な懐疑心が大事だからだ。新しい材料が提出されるたびに判断が変わるのも困る。しかし研究が現段階で不完全であっても、決してムダではないと思える。
放射線の影響については20世紀半ば、原子力開発の初期に精力的に研究されたが、その後は下火になっていた。旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所事故や福島第1原発事故を経て、いま再び光があたっている。
疫学研究だけではなく、細胞や遺伝子レベルで放射線の影響を知ることも重要だ。近年の遺伝子研究などの発展を考えれば、半世紀前にわからなかったことがわかるかもしれない。
「わからない」を少しでも「わかる」ようにする科学の努力が今こそ求められている。
[日経新聞11月2日朝刊P.4]
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