4. 2015年10月30日 08:12:19
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遅すぎる原発再稼働の原因を作った原子力規制委の問題点【第19回】 2015年10月30日 岸 博幸 [慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授] 8月、10月に再稼働を始めた川内原子力発電所 九州電力の川内原発の1号機が8月に、そして今月に入って2号機が再稼働を始めました。次は四国電力の伊方原発3号機の再稼働が有力視されているものの、東日本大震災から4年半経ってまだ原発が2基しか再稼働できていないことに対して、原発再稼働が日本経済の再生に不可欠と考える外国人投資家の多くが「なんでこんなに再稼働のペースが遅いんだ」と呆れています。 それでは、なぜ原発の再稼動が遅々として進まないのでしょうか。よく言われるのは、原子力規制委員会(以下「規制委」と略す)とその事務局である原子力規制庁の人手が足りないということです。確かにそれも事実でしょうが、それ以外にも深刻な問題があるように思えます。それは、活断層の判定を巡る混乱です。 敦賀原発で明確になった活断層を巡る混乱 規制委の規則では、“活断層の上に原子炉など原発の重要な構造物があってはならない”となっています。即ち、既存の原発の下に活断層があったらその原発の再稼働は認められず、電力会社は原発の廃炉を迫られることになります。 そして、まさにこの活断層問題が原因で、この夏に敦賀原発2号機の再稼働を巡る規制委と日本原子力発電(以下「日本原電」と略す)の対立が鮮明となりました。その構図は概要以下のようになっています。 規制委は、再稼働を目指す既存の原発の下に活断層がないかどうかの判定のために、少数の専門家(地質学者)を集めて有識者会合を組織しました。そして、規制委は事実上、有識者会合の評価を追認していましが、この有識者会合は規制委と異なり法的根拠もなく作られた組織です。原発1基の建設に2000億円以上のコストがかかっていることを考えると、法的根拠のない組織が原発の下の活断層の有無(=原発の廃炉)を決めるというのはあまりに乱暴です。 かつ、有識者会合と事業者の見解が対立して、その議論に長い時間が割かれたため、結果的に原発再稼働の審査作業全体が大幅に遅れる要因となってきました。 そこで、昨年12月の段階で規制委は、 ・活断層の存在についても法的な権限を有する規制委が審査を行なう ・その際に有識者会合による評価を重要な知見の一つとして参考とする ・事業者(電力会社)から追加調査等による新たな知見の提出があれば、それも含めて厳正に確認を行なっていく という方針を明確にしました。 しかし、現実にはその通りに進んでいません。敦賀原発2号機について、まず有識者会合が原発の下の破砕帯が活断層である可能性が高いという趣旨の評価書案をまとめました。当然ながら日本原電はそれに対する詳細な反論を提出していますが、それに加え、有識者会合の評価書案を外部の専門家が評価する“ピアレビュー会合”が開催され、そこで専門家から評価書案について相当の疑問が提示されたにも拘らず、評価書案はまったく修正されないまま、規制委に提出されました。 そして問題なのは、有識者会合の評価書は重要な知見の一つとして規制委の判断の参考とされるのに、ピアレビューでの専門家の知見も参考とされるのかについては、何も明確にされていないのです。 これでは、規制委が敦賀原発2号基の下の破砕帯が活断層であるかを判断する際に、有識者会合の意見ばかりが参考とされないかと日本原電が懸念するのも当然のように思えます。 活断層に関する行政判断の3つの問題点 それでは、なぜこのような事態になってしまったのでしょうか。再稼働を目指す原発の下に活断層があるかどうかという極めて重い行政判断のプロセスに3つの大きな問題があるからです。 第一は、既に述べたように、規制委が活断層の有無に関する意思決定のプロセスを明確に確立していないことです。事業者の側からの反論が有識者会合の評価書と比べてどの程度の重みを持つ参考とされるのか、ピアレビューでの専門家の知見はどう扱われるのかなど、行政判断に至るプロセス透明性が低いのですから、結果的に恣意的な行政判断も可能となるようにしていると見られて当然ですし、多くの関係者の疑心暗鬼を産むことになります。 第二は、有識者会合のメンバーの人選です。原発事故の反省、そして電力業界と“御用学者”の癒着に対する批判の高まりを受け、有識者会合のメンバーを選定するに当たっては、“過去に原発の審査、評価に関わった人は選ばないように”という条件が付けられたそうです。要は御用学者が完全に排除されたのです。 その結果として有識者会合のメンバーとなった顔ぶれをみると、御用学者とは別の意味で問題が多い学者が目に付きます。本人の名誉のために本名は伏せますが、例えばA氏は社民党・民主党の議員を中心とする「原子力政策転換議員懇談会」の技術顧問を務めていました。B氏は、同じ会の技術顧問を務めたのに加え、福島瑞穂氏など社民党の国会議員とともに原発を何度か視察しています。C氏は共産党系の会合で講演を行っていますが、発言などからも左翼的な政治思想、反原発の思想がベースにあることは明らかです。 御用学者を完全に排除する一方で政治的な中立性の観点から疑わしい学者が複数入っていては、御用学者とは正反対のベクトルの方向でのバイアスがかかっているのではと疑われてもやむを得ないのでしょうか。 第三は、活断層の有無の判断のプロセスで過去の知見が活かされていないことです。既存の原発は、規制委の前身である原子力安全・保安院が活断層の有無についても審査を行ない、問題なしと判断されたからこそ建設が許可されています。 当然ながら、そのときも地質学者による調査と判断が行なわれています。それが御用学者によるものであったとしても、行政の継続性の観点から、そして今の有識者会合のメンバーには御用学者と別の意味での偏りがあることを踏まえると、保安院時代の判断と今の有識者会合の判断を純粋に科学的・技術的な観点から比較衡量することは、活断層の有無について客観的な最終判断を下す上で不可欠ではないでしょうか。 次は志賀原発が不透明なプロセスの犠牲に 以上のように、原発再稼働が遅れている原因の一つである活断層を巡る行政プロセスの混乱は、未だに収束する気配がありません。日本原電の敦賀原発に加え、東北電力の東通原発も同じように有識者会合の評価、ピアレビューの開催を経た後、再稼働の審査は店晒し状態のままです。 そして、別の原発がこれらと同じ目に遭いつつあります。北陸電力の志賀原発1、2号機です。志賀原発の下に“活断層がある可能性は否定できない”とする有識者会合の評価書案がまとめられ、年内にピアレビューが開催される予定となっているようですが、このままでは敦賀原発、東通原発と同じ目に遭いかねません。 しかし、志賀原発は2基で7000億円と巨額の建設費がかかっています。かつ、北陸電力は北陸3県のみを電力供給エリアとする小規模な電力会社なので、志賀原発の下に活断層があるという結論、即ち志賀原発は2基とも廃炉という結論になったら、北陸電力は経営破綻しかねないという声も出ています。 私は個人的な意見として、原発の再稼動は必要と考えています。ただ、だからと言って、ここで述べた活断層を巡る問題について、有識者会合の評価書には反原発のバイアスがかかっていて間違っているから、有識者会合の結論を覆して早くこれらの原発を再稼動しろと主張するつもりはありません。 必要なのは、安全性が正しく確認された原発を早く再稼働させることであり、そのためには活断層の有無についても、なんらバイアスをかけずに中立的な立場から科学的かつ公明正大に審査を進めることが重要だと思っています。 しかし、残念ながら、既に述べたような3つの問題点が解決されていないことを考えると、活断層の有無についての規制委の検討の進め方は、そうした行政プロセスとして当たり前のやり方からかけ離れてしまっていると言わざるを得ません。 その結果として、例えば志賀原発1、2号基が廃炉に追い込まれた場合、また万一にも北陸電力が経営破綻した場合、政府はどう責任を取るのでしょうか。規制委の前身である原子力安全・保安院がゴーサインを出したからこそ北陸電力は7000億円の投資をして原発を建設したのです。 対象が原発であるからのみならず、そして活断層の有無の審査は数千億円にも上る民間企業の投資を政府が胸先三寸でムダにするものであるからこそ、規制委の審査プロセスはあらゆる意味で科学的、公明正大、そして透明性が高いものにすべきではないでしょうか。 ちょうど今年は規制委が発足して3年目であり、規制委設置法案の附則で決められた“3年以内に必要な見直しを行なう”年に当たります。規制委は年内にその方向性をまとめるようですが、活断層の有無に関する審査プロセスの抜本的な見直しが最優先課題ではないかと思います。 http://diamond.jp/articles/-/80823 |