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2015年09月01日 (火)[NHK総合]
視点・論点 「原発再稼動 必要性を考える(1)」
21世紀政策研究所研究主幹 澤 昭裕
8月11日、九州電力川内原子力発電所が再稼働しました。東京電力福島第一原子力発電所の事故以来、全国の原発が停止してから約2年ぶりの稼働となります。
世論調査を見ると原発再稼働に反対している人も多くいます。そうした中で、原発再稼働を進める意味がどこにあるのでしょうか。その理由は三つあります。
第一に、電気の安定供給を万全にすることです。現代の生活に電気はなくてはならない必需品です。また、水や食料、灯油など、他の必需品を生産・供給するためにも電気が必要です。そのため、ひとたび停電が起こったりすれば、我々の日常生活は大混乱してしまいます。
電気を供給してくれる電源には、火力や水力、さらに最近では太陽光や風力などのいわゆる再生可能エネルギーがあります。それだけあれば十分ではないのか、と思われる方もいらっしゃるでしょう。一見、この夏も電気には余裕があるように思えます。
自前の資源に乏しい日本では、これまで、どれか一つの電源が何かの理由で使えなくなっても、他の電源の助けを借りてなんとかその穴を埋めることができるよう、意図的に色々な電源をバランスよく開発してきました。これを電源の「多様化」と言います。原発が福島第一原子力発電所の事故以降停止したという状況においても停電になっていない理由は、これまで別の種類の電源をある程度余分に用意してきてあったからなのです。日本は、国内に豊富な資源を持つアメリカや、いざとなれば、国内の石炭を使ったり、隣の国から電気そのものを輸入できるようなドイツなどの国とは事情がまったく違います。
現在、原発の穴の大半を埋めているのは、天然ガス、石油、石炭などを燃やす火力発電です。ところが、こうした火力発電所の中にはすでに老朽化が進んでいるものも多く、酷使に耐えられず、故障を起こすことも増えてきました。ここ数年で約2倍も故障が起こっているような状況です。また、火力発電の燃料のうち、例えば天然ガスや石油は、政情不安定な中東地域からの輸入に相当依存しています。したがって、いつその燃料供給が途絶えないとも限らず、ヒヤヒヤしながら火力発電に頼っているのがいまの状況です。
何かの電源が使えなくなっても、他の電源を使って何とか問題が表面化するのを防ぐ、というやり方は、そろそろ限界です。そもそも、電源の多様化は万能薬ではありません。その効果は急場しのぎでしかなく、電気の供給を安定的なものにするためには、元のバランスに早く戻す必要があります。
今は、例えて言えば、高速道路をシートベルトもなしに猛スピードで走っている状態です。今日事故がなかったからといって、明日もシートベルトなしで運転しても大丈夫ということにはなりません。原発が再稼動し電気の供給に余裕ができれば、酷使された火力発電を休ませることができます。また、天然ガスや石油の輸入に問題が起こるような事件が起きても、落ち着いて対処できるようになります。
第二の意義に、原発の再稼働によって、二酸化炭素の排出を抑えることです。原子力発電所の使用済み燃料をどう処理するのかという問題がよく取り上げられますが、実は火力発電にも大きなゴミ問題があります。それが二酸化炭素の排出です。地球温暖化による気候変動の悪影響は、最近世界中で頻繁に現れています。今年の年末にはパリで大きな国際会議が開かれ、温暖化対策のための新しい国際約束が交渉されることになっています。いまや、世界の最大の関心事は温暖化問題の解決にあるといってもいいでしょう。
二酸化炭素の排出を増やしている大きな原因のひとつが、火力発電による電気の増加です。そのため、火力発電に代えて、二酸化炭素を排出しない再生可能エネルギーや原子力を開発していくことが、各国で考えられています。特にアメリカやイギリスでは、温暖化防止に原子力が果たす役割への期待は大きいものがあります。日本では、100万kwの原発を10基一年間稼働させれば、日本全体の排出量の約4%も削減することができます。日本も、温暖化対策で各国と比べて遜色がない程度の国際貢献をするためには、二酸化炭素を排出しない電源をできるだけ多く維持していくことが必要となっています。
再稼動第三の意味は、我々の生活や経済面への悪影響を取り除くことです。原発停止中には天然ガスや石油などの燃料の輸入が増加し、年間3兆円から4兆円のお金が輸入代金として国外に流れ出ていきました。この額は、消費税で言えば1%を増税したに等しく、またGDPを0.7%程度低下させる要因になっています。その結果、電気料金は、震災前に比べて産業用で3割、家庭用では2割上がってしまいました。原発のコストは高いのではないかという意見を聞くことありますが、今止まっている原発を動かすのであれば、動かすための燃料費は火力発電に比べて10分の1、再生可能エネルギーに比べれば数十分の1しかかかりません。もし今ある原発が、他の電源と比べてコストが高いのであれば、原発が止まっている現在は、電気料金は逆に下がっているはずなのです。
また、原発依存度を低めるため、いわゆる固定価格買取制度によって再生可能エネルギーを大量に導入してきました。その結果、消費者が支払っている賦課金はすでに1兆円を超えるに至っています。このままいけば、この賦課金は3兆円近くにも達すると予想されています。
アベノミクスは、企業の収益増加が賃金上昇をもたらし、消費を本格的に回復させるという好循環を前提としています。しかし、電気料金の上昇要因を取り除くことができなければ、国内の消費に回るはずだったわれわれのお金は国外に流出してしまい、アベノミクスは失敗に終わることになるでしょう。
さらに、電気料金は生活必需品にだけかかる消費税のようなものです。普段からこまめに節電に取り組んでいる家庭であればあるほど、もう節電の余地はほとんどありません。電気料金が上がってしまえば、その分支払いが増えざるを得ないわけです。こうした電気料金の逆進性は、政治的にも大きな問題となります。
こうした様々な意義はあるものの、原発再稼働に関する最も大きな課題は、安全性の確保です。いわゆる安全神話、つまり重大な事故は起こり得ないということは誤りだということは今や明白です。ところが、福島第一原発の事故の前後で安全規制の考え方がどのように変化したのか、また誰が責任を持って安全を確保するのかといった点について、政府の原子力規制委員会や電力会社の国民に対する説明がまだ十分だとは言えない状況です。ゼロリスクはないという前提に立ちながら、事故が生じる確率とその事故が起こった際の汚染などの影響を、総体として最小化するという考え方が世界の標準です。日本も、この考え方に立って新たな規制基準が策定され、電力会社がその基準をクリアしたうえで、さらに自主的に安全対策を常に上積みしていくことで安全を守るということが要求されています。
つまり、審査を通ってもわずかながらも残るリスクについては、発電所の現場におけるハード・ソフト両面での安全対策の改善に向けて、電力会社が継続的な取組みを進めていく責任を負っているのです。電力会社は、規制委員会の審査に合格するだけにとどまらず、地元住民に対して安全対策への取組みについての真摯な姿勢を示し、安心と信頼を構築していくことが原発再稼働には必要不可欠なことだと言えましょう。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/226481.html
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2015年09月02日 (水)[NHK総合]
視点・論点 「原発再稼動 必要性を考える(2)」
九州大学大学院教授 吉岡 斉
九州電力川内原発1号機が、9月10日にも営業運転に入る予定です。新規性基準に適合したものです。経済産業省が7月に決定した長期エネルギー需給見通しには、西暦2030年におけるエネルギー・ミックス、つまりエネルギーの種類ごとの供給シェアの目標として、原子力発電20〜22%という数字が示されています。
これは自家発電を除く発電量に占める比率を指すようですが、原子炉の新増設なしにこれを実現するには、現在残っている43基の原子炉を全て次々に再稼働させる必要があります。福島原発事故前、日本には全部で54基の発電用原子炉がありましたが、福島第一原発の6基と、全国の老朽化原発5基、合わせて11基が廃止されたため、全部で43基となっています。
しかしこの20〜22%というシェアを実現するには、全ての原発を再稼働させるだけでは不十分で、43基の原子炉の半数程度の寿命を、現在法的に定められている40年から、60年に延長することが必要です。このように日本政府は、原子力発電を将来にわたり堅持していく姿勢を打ち出しています。
しかしそれは賢い選択ではありません。原子力発電は他の発電方式と比べて劣った技術であり、それを国策によって特別に優遇して維持していくことは、国民の利益に反するからです。
何よりも原子力発電は、巨大事故を起した場合に、他の技術とは比較にならない異次元の被害をもたらします。そのことは人類が1986年のソ連のチェルノブイリ原発事故や、2011年の福島原発事故によって経験済みです。
また原子力発電はいわゆる3E、つまりエネルギー安定供給、環境保全、経済性の観点からも、劣っています。まず安定供給性についてみると、福島原発事故から今日までの4年半、エネルギーが不足気味だった経験に照らしても、事故・災害・事件などが起きれば多数の原子炉が一度にダウンし、運転再開までに長時間を要します。原子力発電は各種のエネルギーの中で、実績において、最も安定供給性が劣ると断言してよいでしょう。
次に、環境保全性の観点から見た原子力発電の利点は、エネルギー1単位を生み出す際の有害化学物質や温室効果ガスの排出量が、火力発電よりも格段に少ないことです。その一方で原子力発電は、事故による放射線・放射能の環境への大量放出のリスクをかかえ、また各種の放射性廃棄物を生み出します。放射能と二酸化炭素のどちらがより深刻であるかは、福島原発事故により決着がついたと考えてよいでしょう。放射性物質との戦いは子々孫々続きます。
最後に経済性については、原子力発電が優位にたつという試算が、政府によって発表されてきましたが、非常に作為的なもので信頼性はありません。とくに使用済み核燃料を取り出してから最終処分するまでの費用、つまり核燃料サイクルバックエンドコストは、法外な金額となる恐れがあります。また福島原発事故による損害額は、現時点ですでに11兆円、将来分も合わせれば数十兆円にのぼることが確実です。それは原子力発電の原価を、1キロワットアワー当たり数円も押し上げます。
このように原子力発電は多くの点で、他の発電方式よりも劣っています。それでも電力会社が原子力発電を拡大してきたのは、政府の原子力発電推進の国策に協力する見返りに、電力会社が本来背負うべきコスト・リスクの多くを政府が肩代わりしてきたからです。しかしそれは結局のところ国民負担となります。素性のよくない原子力のような技術を国民負担によってからくも支えてきたというのが、原子力発電の歴史であり、また現在の姿です。たとえ原子力発電を廃止しても、福島原発事故の収束や後始末、放射性廃棄物の処分、原子炉などの核施設の廃止に、被曝労働を含めて多大な国民負担が必要ですが、原子力発電を維持していくのに比べればはるかに軽くすみます。
そもそも原発再稼働が必要なのか、ここで問い直す必要があります。日本の一次エネルギーの1割程度、自家発電を含め電力供給の4分の1程度は、原子力発電が担ってきました。しかし2012年以降、日本が原発ゼロ状態となっても、電力供給危機は生じませんでした。それは電力会社が過剰な火力発電施設を抱えていた上に、電力需要のベースラインがリーマン・ショックにより2008年から09年の2年間で8%近く(7.8%)も下落したからです。ちなみに一次エネルギー全体では9.4%下落しました。2010年に少々回復したものの東日本大震災により再び大きく下落し、その後も回復の兆しがみられないためです。たしかに化石燃料の異常な高騰と安倍政権による円安誘導のおかげで化石燃料の焚増し費用は相当な金額にのぼりましたが、今では化石燃料価格の急落により、取るに足らぬ金額となっています。停止による原子力発電の燃料コストの節約分を差し引けば、1兆円にも満たないでしょう。少々原発を再稼働しても、それによる化石燃料コストの節約はわずかなものです。
原子力発電は、他の技術とは異次元の、時間的にも空間的にも並外れて巨大な災害をもたらすリスクを抱えています。しかもその災害の原因究明は放射線・放射能に阻まれて困難をきわめています。福島事故から4年半を経過した現在でも、事故進行の詳細なシナリオは解明されておらず、核燃料デブリの所在場所すら分かっていません。さらに事故の収束もままなりません。今も10万人以上の被災者が避難生活を続けています。このように原子力発電は特別のリスクを抱える異次元の技術です。
今後、日本のエネルギー消費は少子高齢化の進行や製造業の地盤沈下などにより、電力消費も含めて順調に減少していくでしょう。そのような歴史的趨勢のもとで、異次元の災害をもたらす危険のある原子力発電を続けていくことは賢い選択ではありません。政府が国民世論を正面から受け止め、原発ゼロ社会に至る政策を構築することが必要です。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/226484.html#more
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