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【“被曝農業時代”を生きぬく】
『農業経営者』副編集長 (株)農業技術通信社 専務取締役 浅川芳裕
第1回 2011年07月15日
先月号(20頁)ならびに週刊文春(6月30日発売)での筆者の提言通り、政府は原発構外の放射能汚染について法整備に動き出した。前回、指摘した「原発からの環境(大気、土壌、海洋)への汚染物質漏えいは合法」との見解を環境省は撤回し、7月6日、「日本は放射能汚染の無法地帯であり、法の不備があるのは明らか」(同)であるとの認識をはじめて示した。現状、工場などからの有害物質の排出を規制する法律には、環境省が所管する大気汚染防止法、土壌汚染対策法、海洋汚染防止法などがあるが、放射性物質は適用除外”になっている。法的根拠がないことが、漏出の現状を把握する汚染マップづくりや除去作業などへの対応の遅れを招いていた。いまだに東電に対する司法による取り調べがないのもこのためである。
先月号(20頁)ならびに週刊文春(6月30日発売)での筆者の提言通り、政府は原発構外の放射能汚染について法整備に動き出した。
前回、指摘した「原発からの環境(大気、土壌、海洋)への汚染物質漏えいは合法」との見解を環境省は撤回し、7月6日、「日本は放射能汚染の無法地帯であり、法の不備があるのは明らか」(同)であるとの認識をはじめて示した。
現状、工場などからの有害物質の排出を規制する法律には、環境省が所管する大気汚染防止法、土壌汚染対策法、海洋汚染防止法などがあるが、放射性物質は適用除外”になっている。法的根拠がないことが、漏出の現状を把握する汚染マップづくりや除去作業などへの対応の遅れを招いていた。いまだに東電に対する司法による取り調べがないのもこのためである。
「無法状態の解消に努めたい」とする環境省だが、「われわれには放射性物質に関する知見もノウハウも実績もない」との現状を明かす。
これまで、放射線規制の主導権を握っているのは原子力行政を推進してきた文科省だ。原発敷地内の原子炉等規制法や病院や研究施設などでの放射線障害防止法、こうした施設からの放射性物質の廃棄物処理などを所管している。
福島県全域を対象にした土壌調査がはじまったのは原発事故から2カ月以上もたった5月下旬で、担当するのは文科省となっている。調査に関する文書には“汚染”という言葉はなく、文科省にとってはいまだ合法行為との認識に立っている。
筑波大が汚染マップ初公開!
省庁間の縄張り争いが続くなか、筑波大学の調査チームは6月13日、関東の広範囲にわたる実測による放射性セシウムの土壌表面密度マップを文科省に先駆けて公開した(41頁・図1)。
「残念ですが、茨城県と千葉県の一部地域で、放射線を専門に取り扱う当研究施設より野外の汚染濃度が高くなっています」
こう語るのは、調査を主査する筑波大学の末木啓介准教授(アイソトープ総合センター)だ。
土壌サンプルを採取した地域は、福島県北部から茨城県全域、栃木県東部、千葉県北部、一部東京都を含む東西130km、南北220km。サンプル数は110カ所で、3月下旬から5月初旬にかけて国道沿いの空き地を中心に土壌を採取した。放射性物質が拡散した3月29日時点に合わせた表面密度に数値を換算し、汚染状況を明らかにした。
「放射線防護対策の基本はどの核種の放射性物質がどこにどれだけ降下したか、データで把握すること。福島県の調査は国がすぐにやるだろうと思い、3月下旬から茨城県を皮切りに計測を開始した」(末木准教授)
これまで国の土壌汚染マップは原発から80km圏内に限定したものしか公に発表されていなかった。しかも、米国エネルギー省の協力のもと文科省による航空機からのモニタリング計測での推定マップで、土壌の実測による公的研究機関からの発表ははじめてとなる。末木准教授の発表から数日後の6月16日、文科省は計測済みであった120km圏内の航空モニタリング結果をようやく公表した。
筑波大の調査により、福島県外でも一部地域の土壌から検出された放射性セシウム137の値は4万Bqで、チェルノブイリ事故後のソ連による汚染区域の最低基準ライン3万7000Bqを超えていることが判明した。
筑波大のデータと地図を照らし合わせると、茨城県では取手市、龍ヶ崎市、守谷市、千葉県では我孫子市、柏市、流山市、松戸市などがその密度に該当する地域となっている。
こうした地域が高濃度になった理由として、「大気中に飛散していた放射性物質が3月21日に当該地域で降った雨で地表に沈着したものと考えられる。密度の濃淡と21日のアメダスによる降雨量(41頁・図2)の多少がほぼ一致している」(前述)
同じ土壌サンプルから検出されたセシウム134を合わせると1平方メートル当たり8万Bqとなり、国が定める「放射線管理区域」の基準(4万Bq)の2倍の汚染密度だ。
放射線管理区域とは、原子炉建屋や放射線を扱う研究室、病院のスキャン検査室などの放射線被曝の危険性があり、適切な被曝管理が必要とされる区域のこと。放射性物質による汚染密度1平方メートル当たり4万Bqが設定基準で、放射線障害防止法などによって定められている。
「原発事故直後の空間線量の数値から、こういう結果になることは専門家なら概ね予測がついていた。だから、3月中には複数の放射線にかかわる複数の学会から文科省に対して、放射線測定のできる大学が結集した早期の汚染マップづくりを提案したが、まったく乗る気を示してくれなかった」(前述)
汚染マップづくり以前に、「汚染濃度の計測自体についても問題が多い」と末木准教授は指摘する。
「各県のホームページで土壌調査の結果が公表されているが、この数値は農水省独自の方式で計測されたもの。IAEA(国際原子力機関)などの国際基準からみると何を意味しているのか皆目わからない」
どういうことか。
汚染密度(面積当たりの放射性物質量)を図るのが国際基準だ。土表面の汚染密度から、長期的な空間線量(被曝地の住民やそこで作業する農家が浴びる)が換算できるからだ。国際的に汚染密度から空間線量の換算係数が決まっている。
その数値から年間の外部被曝量が計算でき、地元でとれる農産物・食品の内部被曝量の推定がある程度できる。また、この数字は除染などの放射線防護対策を講じるための根拠になる。さらには、食品の暫定規制値(上記の年間の外部被曝量を考慮した内部被曝の緊急時の許容限度)を決める根拠となる。
つまり、土壌の汚染密度がわかれば、日本人のみならず、世界中の誰がみても同じ尺度で、その土地の被曝濃度について共通理解ができる。その上で、科学的な知見や英知を集結して行政や地域住民による対策が講じられるというわけだ。
計測方法は、深さ5センチの土壌を採取する。その値から平方メートル当たりの沈積量を推定するという手順だ。この方法は、IAEAの測定手順書に則っている。チェルノブイリで作成された汚染マップも同様であった。
「農水省基準は意味なし」
対する農水省の測定方式では、土の重量(土1kg当たりの放射性物質)を計っている。汚染密度を測っていないため、上の測定方法で得られる数値や根拠がまったく得られず、放射線防護対策にとって役にたたない。また、国際的な基準となんら関係ないため、世界の研究者は誰も理解できない調査結果となっている。
厚労省の暫定規制値(玄米:1kg当たり500Bq)をもとに、あくまで土量から玄米への移行係数(0.1)をもとに、深さ15cm(作土層によっては深さ25cm)の土1kg当たりのセシウム量(134と137の合計)を計っただけだ。
これは、被曝農業者や住民の放射線防護をまったく考慮にいれていない。単純に農家の経済的な側面(=規制値以下なら出荷できる)といういわゆる“風評被害”対策のために設定されたものだ。
文科省の汚染マップづくりに先立って、農水省基準での土壌調査は、福島全域をはじめ茨城・千葉・栃木・群馬等で計測された(4月)。本来なら、せっかく手間をかけて土壌サンプルを採取しているのだから、その際、農水省基準だけでなく同時に国際基準でも計測していれば、早期に土壌汚染マップができていたはずである。
筆者の取材に対し、文科省は「農地は農水省の管轄だから入れない」といい、農水省は「われわれの計り方は昔からこの方法で、国際基準といわれても困る」という。
こんな単純なことを阻む縦割り行政を嘆いても仕方ない。農水省方式で計測された値を国際基準の数値に換算する数式を末木准教授におねがいして作ってもらった。
煩雑な算定式は割愛するが、農水省方式の数値から国際基準の汚染密度の推計方法は次の通り。xBq/kg(土の重さ)×300(土の密度2.0gの場合)=300xBq/平方メートル。xに稲作の作付規制の上限値5000Bqを当てはめると、5000×300で150万Bq/平方メートルとなる(密度1.6gの場合240倍の同120万Bq、1.3gでは場合97万5000)。これは、チェルノブイリ基準では居住禁止区域(148万Bq以上)を上回る。
つまり、前号でも指摘したとおり、5000Bqをギリギリ下回る地域(例えば本宮市4984Bq)は日本では稲作が認められているのに対し、チェルノブイリでは立ち入り禁止になっている。
関東圏でもっとも高い栃木県(最高値の那須塩原市)の場合、1826Bq/kg×300=約55万Bq/平方メートルとなる。これはチェルノブイリ基準の厳重放射線管理区域(一次移住)に相当する。
群馬県の最高値(下仁田町) は569Bq/kgで、平方メートル当たり17万700Bqとなり、チェルノブイリ基準の高汚染区域(18万5000Bq以上)に近い数値と推計される。
茨城県、千葉県、神奈川県の最高値は、それぞれ496Bq(龍ヶ崎市)、301(成田市)、202(相模原市)で、いずれも平方メートル当たり3万7000Bq以上で、チェルノブイリ基準の汚染地域に相当する推計結果となった。
冒頭で述べたとおり、国が定める放射線管理区域を上回る汚染密度が広範囲の農地で広がっていることを示している。
農地の放射線管理基準を今後、どうするのか。文科省に取材したところ、「野外の設定基準を設ける知見を有していない。現状の原発敷地内や病院や研究施設といった屋内の管理区域における4万Bq/平方メートルという基準値自体の根拠でさえも、1960年代に決まった古い話なのでわからない。忙しいので、外郭団体に聞いてほしい」との回答があった。
自らが規制・管理している基準の意味さえ説明できないというのだ。
チェルノブイリ基準の汚染区域の設定根拠は明確である。汚染密度が3万7000Bq/平方メートル以上の地域では、国際的な年間の被曝線量限度1mSvを超える恐れがあるため設定される。したがって、汚染区域の区切り毎の意味は以下のとおりだ。14万8000Bq/平方メートル÷3万7000Bq=年間の被曝線量4mSv、55万Bq÷同=約15mSv、1480000÷同=40mSvである。
汚染濃度別に区域分けせよ
根拠が明確だから、目標も明確である。前号の特集で紹介したとおり、旧ソ連3各国ではそれぞれの汚染区域で年間の被曝線量限度1mSvを下回ることが目標だ。農業技術を用いた防護・除染対策を講じ、低減度合に応じてより厳しい農産物の暫定規制値が定められていったのだ。“風評被害”対策ではない。
原発事故から4カ月。日本でも現実の実害を下げていくためお対応を始めるときだ。前提として、決して「フクシマ問題」にしてはならない。汚染濃度別に区域分けし、福島と千葉で同じ汚染度の地域なら「第二汚染区域について」といった議論にすべき。地域の名称ではなく、すべてファクト・ベースで、放射性物質の低減、封じ込め計画を立て国民に情報公開をすることが重要だ。
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