国道6号線沿いに車を走らせていると、簡素なプレハブ作りの建物の集合を見ることがあります。大きめの窓が1つついていて、中には2階建てのものもありますが、一見すると資材置き場かと思ってしまうこの建物です。
時折こちらを仮設住宅と間違えられる方がいるようですが、実はここには多くの除染作業員が生活されています。
今、相双地区で除染作業を行っている作業員の人数は5000人以上に上ります。地元の住民でさえ住居が確保できない状況下で、これだけの人数を収容する施設を確保することは困難を極め、その結果、作業員の住環境はどうしても厳しいものにならざるを得ません。
もちろん、アパートの一室を借りている、という人もあります。しかし中には「低い間仕切りしかないところで雑魚寝している」と言われる方もいらっしゃるようです。今、そのような方々の健康が問題となっています。
高い基礎疾患率
除染作業員の方が健康を害する理由にはいくつかあります。1つには、作業員の方々の、社会的背景があります。
差別を避けるために付け加えておきますが、一言で除染作業員といっても、重機などの特殊技能を持たれる方もたくさんいらっしゃいますので十把一絡げにはできません。
しかし、除染作業員募集のホームページなどを見ると、多くは「学歴・経験を問わず」となっています。これが何を意味するかと言えば、どうしても社会的弱者が集まりやすい背景があるということです。
除染に限らず作業現場を転々として暮らしていらっしゃる方は、元々高血圧や糖尿病などの基礎疾患を持たれている方が多いのです。そしてこのような方は、医療機関へかかることを非常に嫌がります。
理由としてお金がかかる、というだけでなく、病気と言われると雇ってもらえなくなるかもしれない、という恐怖心や、医師に説教をされるのが嫌だ、ということもあるようです。
その結果、極度の高血糖や脳出血など、本当に緊急の状態になるまで我慢してしまう方も大勢います。
しかし逆に、これまで医療保険を持たなかった方が除染作業の職に就くことで医療機関にかかれるようになり、重大な疾患が見つかることもあるようです。
1週間前から現場に入った、という方が、腹痛で外来にいらしたことがあります。その時点ですでに外から触れるほどの巨大な腫瘍がありました。
この方は地元で治療を受けたい、というご希望があり紹介状をお書きしました。除染のおかげでガンが見つかった、そう言えなくもない状況なのですが、このような方が地元に帰れば「福島でガンになった」と噂されるのではないか。そういう不安を感じたのも事実です。
生活環境
このような元々の健康状態だけでなく、住環境も問題があります。それほど長期ではないとはいえ、住環境は仮設住宅の環境をはるかに下回ります。インフルエンザやその他の風邪の集団感染がいつ出てもおかしくない状況です。
この健康状態をさらに増悪させるのは、食生活の乱れでます。
「震災の後、コンビニの品揃えはずいぶん変わりましたよ。以前は学校帰りの高校生が買い食いするようなものしか置いていなかったのに、今は焼き鳥とか、枝豆とか、酒のつまみみたいなメニューがずいぶん増えて・・・」
地元の方の言葉です。確かに夕方になると、コンビニエンスストアのレジは仕事帰りの男性が列を作っていますが、これも相双地区では、震災前には見られなかった光景のようです。
調理設備もないところで男の方が集団生活するのであればやむを得ないことかもしれませんが、飲酒量も含め、食生活はずいぶん偏りがちであることは、コンビニの品揃えから推測できます。
労働環境
このような住環境だけでなく、職場環境、特に除染作業の時に着衣が義務づけられている、放射線防護服も問題となります。
これはタイベックスと呼ばれる、気密性の高い作業着で、ズボンからフードまでが一体となったつなぎです。除染作業中はこのタイベックスにゴーグルとマスクを着用することが義務づけられています。
「トイレに行くにはこれを全部脱がなきゃいけないし、どうしても水を飲まずに作業する人が出てきます。夏場は本当に危ないです」
建設会社のIさんからお聞きした話です。
また、Iさんの言われるには、あまり知られていない問題として、山の中を除染する際の動物関連の外傷があるとのことです。
「人の住んでいないところも除染するわけですから、当然動物の巣も荒らすわけです。スズメバチとか、マムシとかの巣も荒らす可能性があります。猪に襲われる危険なんかも問題になりますね」
建設業界の苦難と苦悩
除染作業員、と言うとどうしても被災地の「よそ者」を思われがちです。しかし、地域差はあれ、彼らを雇用するのが地元の建築会社である、つまり、自身が被災者である従業員の方々も大勢働いている、ということは往々にして見落とされがちです。
このような地元の建設会社の仕事は、除染作業にとどまりません。道路の回復、仮設住宅、復興住宅、恒久住宅の建設から仮置き場の設置に至るまで、土木建築業界なくしては災害復興は成り立ちません。
Iさんは、津波の直後に救助活動のための道を切り開いた人のことを忘れてほしくない、と言います。
「津波の後、最初に現場に入るのは自衛隊でも政府でもなくて、地元の消防隊・警察と、なにより私たち建築業者なんです」
津波の直後から、救助活動のための道路を一刻も早く通すことが必要でした。作業の途中にご遺体が出てきたら警察を呼んで、また進める。一つひとつのエリアに道を通す啓開作業は、ただのがれき除去とは比べ物にならない辛い作業であったとのことです。
そのような作業の最中に、原発事故が起こりました。多くの方が避難する中、がれき処理や除染作業のためには、実際に線量の高い地域にも行かなくてはいけない状況となりました。
「屋内退避指示が出ている中でも作業しなくてはいけないので、問い合わせたら、『車の中は屋内とする』って言われて・・・だから我々はその間もずっとその"屋内"で移動していたんです」
このような中で、いかに労災を防ぎ、社員を確保するか。これが福島県の建築業者の大きな課題となっています。
「原発事故の後、従業員を辞めさせないためには、彼らの健康問題を保障してあげる必要があります。特に放射線の正しい知識と防御の仕方、そしてメンタルの問題です」
放射線がなぜ健康に悪いのかさえ分からない状態で、これらの問題にも対処しなくてはいけなかった現場の方の負担には、察するに余りあるものがあります。
増え続ける負担
仮設住宅、復興住宅、恒久住宅などの建築や、仮置き場づくりなど、震災4年が経っても建設・土木業者の負担は減ることはありません。
ある日、外来に腰痛でいらした大工さんは、震災の後の仕事量の急増が、体の負担になっている、と言います。
「震災の後は、同時に7件くらいの家を同時に請け負っています。それ以上はさすがに他の会社に紹介するんですが・・・でも家を流された方の住居は一刻も早く建ててあげたいですから」
需要が増加する一方で、風評被害も相まって社員は一向に増えない。そのような過酷な状況の中で、今、福島県では建設業界の労働災害が非常に問題になっています。
昨年8月には、福島労働局は「死亡労働災害多発非常事態宣言」を発令し、関係団体に注意を喚起しました(1)。2010年まで減少傾向にあった労働災害の数が、2011年以降急増したためです。
しかしこの注意喚起の現状は、罰則規定が中止であり、「事故を起こしたら発注を止められる」、そういうインセンティブしか与えられていません。つまり、具体的にどのように労災を防ぐか、それは個々の業者に丸投げされてしまっているのです。
最初に被災地に入り、最後までとどまる人々が、安心して働ける環境づくりが望まれています。
安全な労働環境と地域づくりのために
南相馬市ではこのような労災防止に向け、建設会社と医療関係者が協力する、という取り組みが徐々に始められています。
例えば屋外で作業する方々のために、これまでに放射線の専門家や医師による様々な勉強会が開かれました。
放射線の基礎知識を知っていただくための講座、南相馬市における原発事故の経過説明、被曝量を減らすための屋外作業の留意点など、数多くの講座が開かれましたが、その中で、現場で本当に必要な情報を得るためには、普段から顔の見える距離でつながっていることが大切だと気付いた、とIさんは言われます。
「商工会と病院の定期交流会とか、除染研究所の方々との勉強会とか、一緒に集まって飲んでいるうちに気軽にいろんなことが聞けるようになってきました。建築業界とかに行ってその話をすると驚かれるんですよ。『なんでお前がそんな人と知り合っているんだ』って」
そのようなIさん自身が、私たち医師と建設業界の方々の懸け橋となってくださっています。
またそのほかにも、南相馬市では一般の方にも放射線の正しい知識を知ってもらおう、と「医師と市民の集い」という会が定期的に開かれています。
「最初は市民の方のために始めたんですが、意外に医師の方に喜んでいただけて」
実際、このような災害がなければ、病院にやって来る患者としか会話をしていなかったかもしれない医師の方々が、今、積極的に社会に関わる機会を得ています。
そういう意味では、我々医師は災害から一刻も早く立ち直ろうという方々によって、社会に「引っ張り出して」いただいた、とも言えるかもしれません。
言葉だけでない「多業種連携」
災害復興の分野の中では、多業種連携(multi-disciplinary co-operation)という言葉が魔法の言葉のように繰り返されます。しかし真の多業種連携とは、頭で構築したシステムではなく、このような顔の見える距離の人々によって初めて達成されるものなのではないでしょうか。
「災害復興」「レジリエンス」「ウマノミクス」・・・今、世の中には既成の言葉のイメージに振り回されて本質を見失っているような単語が氾濫しているように思います。
時代がどんなに変わっても、本質をつかむことは、私たちの五感、あるいは六感にしかできないことなのではないでしょうか。相馬に移り住むことで、私自身、「肌で感じ取る」ことをたくさん学んできたと思います。
「現場100回捜査の基本」と言いますが、五感を鈍らせたくない方々には、是非この元・被災地のエネルギーを感じにいらしていただきたいな、と思っています。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43494
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