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関東大震災100年 流言による惨事は"過去のこと"か/松本浩司・nhk
2023年08月21日 (月)
松本 浩司 解説委員
https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/486896.html
関東大震災から今年で100年になります。この震災の混乱のなか流言を信じた市民や軍、警察によって朝鮮半島出身の人たちが数多く殺害されるという事件が起こりました。この惨事がなぜ起きてしまったのかを振り返ると「100年も前のことだ」と切り捨てることのできない、現在の災害やコロナ禍での状況に通じる問題が見えてきます。事件の教訓を考えます。
【関東大震災での流言と朝鮮人殺害】
1923年9月1日に発生した関東大震災は激しい揺れに加え、大火災が東京東部や横浜の市街地の大半を焼きつくし、死者10万5000人という未曽有の災害になりました。
その混乱のなか多くの朝鮮半島出身者が殺害されました。きっかけは地震の直後から流れた流言、いわゆるデマでした。「朝鮮人が井戸に毒を入れた」「2000人の朝鮮人が武器を持って襲ってくる」など根拠のないうその情報が広がりました。
流言は市民、国、新聞の3者の間で増幅し、殺害行為をエスカレートさせていきました。
市民の間で急速に広がりましたが、国も流言を公式に発信し、市民をたきつける結果になりました。国の治安のトップ、内務省警保局長が「朝鮮人が各地で放火し、爆弾を持っている者もいるので厳重に取り締まるように」という通知を全国に発信したのです。
新聞も流言をうのみにして非常に多くのうその記事を掲載しました。
この流言を信じ、各地で、こん棒や日本刀、猟銃などで武装した市民による自警団や場所によっては警察、軍が朝鮮半島出身者を殺傷しました。
ほどなく国は流言に根拠がないことに気づいて否定にまわり、警察は朝鮮半島出身者の保護に乗り出しますが、保護された人たちを市民が襲って殺傷するなど暴行はすぐにはおさまりませんでした。
【市民はなぜ朝鮮人を殺傷したのか】
殺害された人数はわかっていませんが、国の中央防災会議がまとめた報告書は「千人から数千人に上る」と推定しています。この中には中国人や朝鮮半島出身者と間違えられた日本人も含まれています。
なぜ市民は朝鮮半島出身者を襲ったのでしょうか。
報告書では、殺害の背景には
▼当時、日本が朝鮮を植民地支配していて、それに対する朝鮮人の抵抗運動に恐怖心を持っていたこと
▼朝鮮人への「無理解」や「差別意識」があったとしています。
この事件では震災直後に朝鮮半島出身者233人を殺害した罪で367人が起訴されています。裁判のなかで「うわさを信じて、朝鮮人が自分の村に来たら取り押さえて村の人のために害を除こうと思った」という供述も残されています。専門家は差別意識に加え共同体のために役立ちたいという気持ちが殺害につながった面もあると指摘しています。
【正当防衛の主張と反論】
ところで、この事件をめぐっては、近年、文筆家や活動家などから「朝鮮人による暴動や破壊活動は起きていて自警団の行為は正当防衛だった」などとする主張が出てネットなどで拡散しました。
これに対して歴史学者やジャーナリストなどは、
▼震災後の司法省の報告書は「朝鮮人による一定の計画の下に脈絡ある非行はなかった」と暴動などを否定し、
▼神奈川の警察責任者は「朝鮮人が悪事をしたという流言を徹底的に調べたが、ことごとく事実無根だった」としていること
▼犯罪で有罪になった朝鮮半島出身者は十数人いたが、罪は窃盗など軽いものだったこと
▼日本人による殺害の直接証言が非常に多くある一方、朝鮮半島出身者による暴動や破壊活動を直接目撃したという証言は確認されていないこと、
などから「長年の研究によって実証されている事実を意図的にねじ曲げ、自分たちに都合のよいうその歴史を広めようとしている」と強く批判しています。
【多くの人が信じた東日本大震災での流言】
この事件は100年も前のことで「社会状況がまったく違う今日では起り得ない」と考える人が多いかもしれません。その常識は災禍によって社会が強いストレスを受けたときに試されます。
残念ながら最近も大きな災害のたびに口づてやネットなどで多くの流言が流れています。
東日本大震災の被災地では▼外国人窃盗グループが横行している▼遺体から金品を盗む外国人がいるなどの流言が流れ、警察は避難所をまわって「そのような事実はない」とするチラシを配り、打消しに追われました。
驚くのは、そうした流言を多くの人が信じたという事実です。
東北学院大学の郭基煥教授が(かく・きかん)仙台市と東京都の944人を対象に行ったアンケート調査で「外国人が被災地で犯罪をしている」という噂を半数の人が聞いていました。そして「その噂を信じたか」尋ねたところ86パーセントの人が「信じた」と答えたのです。
震災の混乱と強い不安のなか、普段なら疑うであろう流言を信じてしまう心理状態が広がっていたことがうかがえます。
【コロナ禍での外国人・少数者への攻撃】
コロナ禍でも外国人などへの攻撃がネットなどで横行したことがわかっています。
横浜中華街には、全国で感染が広がり始めてから中傷の電話や手紙、メール、落書きなどが相次ぎました。「中国人は早く日本から出ていけ」「ウイルスを広げるな」など事実無根の攻撃が数十件に上りました。さらにSNS上には数えきれない非難やデマが流れ、2年間にわたって続きました。
横浜中華街発展会協同組合の高橋伸昌理事長は(たかはし・のぶまさ)「人間を否定される一番強いヘイト攻撃でサンドバッグ状態にされ、いつ終わるのかわからない恐怖があった」と話します。
コロナ禍による鬱憤を外国人に向けた凶悪な事件もありました。
おととし8月、在日コリアンが多く暮らす京都府宇治市のウトロ地区で倉庫が放火され、住宅など7棟が全半焼しました。この事件などで逮捕・起訴された元病院職員の男は、ネット上で「ウトロ地区の人たちが土地を不法に占拠している」という誤った情報、流言を読んで一方的に不満を募らせ、わずか10日後に犯行に及んでいました。
裁判や拘置所などでのNHKの取材に対し「朝鮮の人たちに直接話を聞いたり、関わったりしたことはない」としながら「在日コリアンや韓国、朝鮮の人に疑心や嫌悪感があった」と述べました。
また事件の直前に新型コロナの影響で仕事を辞めざるをえなくなったこともきっかけのひとつだったとしたうえで「自分を含めコロナ禍で支援を受けられない人の不満のはけ口、憂さ晴らしの意味があった」と答えました。
【100年前に通じる社会の“弱さ”にどう向き合う】
こうした最近の災害やコロナ禍での事案を見て行くと、日頃からの差別意識を背景に強い不安や恐怖、行き場のない怒りが、理不尽に外国人など少数者に向けられるという、100年前の惨事と共通する「弱さ」を私たちの社会が抱えていることを認めざるを得ません。
国の中央防災会議の報告書を執筆した、東京大学の鈴木淳教授(すずき・じゅん)は「普段は常識の枠で抑えられているものが、なにかのきっかけで地域になじみの薄い少数者に対して牙をむいてしまうことがありうることを強く意識し、警戒し続けることが必要だ」と話しています。
関東大震災での朝鮮半島出身者などの殺傷事件に向き合うことは大きな痛みを伴います。しかし何が起きたのか、なぜ起きてしまったのかを知ることが、現在もある弱者や少数者への差別や偏見に向き合い、解消する努力につながります。このことが関東大震災の最大の教訓のひとつだと思います。
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