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日本の安全保障環境はどう悪化しているのか/津屋尚・nhk
2023年01月30日 (月)
津屋 尚 解説委員
https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/478990.html
日本は戦後最も厳しい安全保障環境に直面している。こうした認識から政府は国家安全保障戦略を見直し、防衛政策を大きく転換させて防衛力の抜本的強化に乗り出しました。「戦後最も厳しい安全保障環境」とは具体的にはどういうことなのか。大きく変化している米中の軍事バランスを中心に、日本の安全を左右しかねない軍事面の現実について考えます。
■米中パワーバランスは中国優位に
日本の新たな国家安全保障戦略は、「国際社会は時代を画する変化に直面」し、「日本はいま戦後最も厳しく複雑な安全保障環境のただ中にある」と指摘しています。
安全保障環境が厳しくなっている大きな要因は、日本が、中国、北朝鮮、ロシアという、核を保有する3つの専制主義国家に囲まれているという世界でも類をみない現実です。中でも最大の懸念は中国です。アメリカと中国が保有する軍事力を比較すると、そのバランスは大きく変化しています。
中国の国防予算はいまや、30年前の実に40倍です。国家全体の軍事力の規模や能力では、アメリカの方がいぜん勝っていますが、有事の際、米中が直接対峙する可能性が高い東アジア地域に限って比較すれば、そのバランスは、中国優位に傾いています。
東アジアに平時から配置されている米中の兵力を比較したこちらの図は、ここを任務エリアとするアメリカのインド太平洋軍がみずから作成し公表したものです。
▽1999年の段階では、軍用機や海軍艦艇は質量ともにアメリカが勝り、中国軍が活動し影響力が及ぶ範囲も東シナ海や南シナ海などいわゆる「第一列島線」の内側にとどまっていました。
▽ところが現在は、中国が、水上艦、潜水艦、戦闘機などの主要装備の「数」でアメリカを大きく逆転。「質」の面でも、アメリカに匹敵する能力を身につけるようになっています。中国軍の活動範囲は第一列島線を越えて太平洋に広がり、グアムなどを含む第二列島線の付近にまで達しています。
▽そして2025年には、その差はさらに拡大し、活動範囲も第二列島線の先にまで及ぶようになると、アメリカ軍は予測しています。
アメリカは“圧倒的な軍事力の象徴”と言われてきた空母機動部隊を日本に前方配備し、周辺国ににらみをきかせる戦略を長くとってきました。しかし、中国が築き上げた長射程のミサイル網などによって、有事の際、アメリカの空母は中国近海に簡単には近づけないことが考えられます。
■台湾有事のシミュレーション
アメリカのシンクタンクは、中国軍による台湾侵攻という最悪のケースを敢えて想定した、有事のシミュレーションを行い、今月、報告書にまとめました。シミュレーションでは、様々なシナリオが試され、ほとんどのケースで米軍の参戦によって台湾の武力統一は阻止されましたが、同時に米軍側も複数の空母を失うなど大きな犠牲を伴う結果となりました。日本は台湾との地理的な近さから、有事となれば日本の領土や領海も戦場となる可能性が高いとされていますが、シミュレーションでは在日米軍基地も攻撃を受けて大きな被害が出ました。報告書は、中国の軍事侵攻をくじくには、日本の役割が鍵となり、特に日本国内の基地が使用できることが不可欠だと指摘しています。
■核戦力増強する中国
加えて、中国の核戦力の増強も深刻な問題です。
アメリカ国防総省の分析では、中国が保有する核弾頭はすでに400発を超え、2035年には、アメリカにほぼ並ぶ、およそ1500発に増強されるとみられています。日本に“核の傘”を提供するアメリカは、ロシアだけでなく中国も、核大国として同時に抑止しなければならなくなります。
■“世界一流の軍隊”
中国の習近平政権は、中国が建国100年を迎える2049年までに人民解放軍を「世界一流の軍隊」、つまり、アメリカを凌駕する世界最強にすることを目指しているといわれています。これまでも中国を「戦略的な競争相手」とみなしてきたアメリカですが、去年公表した戦略文書で、「中国との競争は今後10年間が決定的に重要になる」と改めて強い危機感を示しています。
■“平時と有事”の境界があいまい。
安全保障環境を複雑化しているもう一つの要因は、有事と平時の境界線があいまいになっていることです。戦場は、「陸・海・空」という、目に見える空間に加えて、「宇宙」「サイバー」「電磁波」など、7つの領域に広がっています。見えない戦場では米中の攻防が繰り広げられています。軍事作戦は、宇宙にある人工衛星や「サイバー空間」に広がるコンピューターネットワークなどによって支えられています。このため、本格的な軍事攻撃が始まる前には、こうした背後のシステムへの攻撃が予想されます。また、SNSなどを通じて偽の情報を意図的に拡散し人心を撹乱したり、世論を操作したりする“情報戦”や“心理戦”も繰り広げられます。ロシアは、ウクライナ侵攻を始める前、大規模なサイバー攻撃や情報戦を仕掛けました。中国も平時から、サイバー空間などで様々な工作活動を活発化させていると考えられています。
■憂慮される台湾有事
さて日本で今回、防衛政策の大転換が打ち出された背景には、ロシアのウクライナ侵攻によって専制主義国家による軍事侵攻はアジアでも起こりうるとの危機感が広がったことがあります。そして、最も憂慮されているのは、先ほども触れた“台湾有事”です。
軍事的に見れば、台湾海峡を越えて侵攻する作戦は決して簡単ではありませんし、中国もアメリカとの武力衝突は避けたいのが本音なので、中国が武力統一を選択する可能性が高いというわけではありません。ただ、習近平国家主席は、台湾の統一は中国共産党の歴史的な任務だとし、そのためには武力行使も排除しない考えを示しています。また、アメリカ政府や軍の高官の中には、習近平政権の3期目が終わる2027年頃までに軍事侵攻がありうると警告する声が複数あるのも事実です。その可能性が存在する以上、有事を想定して今のままで何が足りないのか議論が必要です。
■戦争を抑止するために
ただ、この議論で最も大切な視点は、戦争そのものをいかにして抑止するかです。
そのために必要なのが「抑止力」です。
「抑止力」とは、「耐えがたい代償を払うことになると相手に理解させ侵略を思いとどまらせる力」のことです。欧米の研究機関の分析ですでに明らかなように、ロシアがウクライナへの軍事侵攻を始める前、プーチン大統領は首都キーウを含めウクライナ全土を短期間でたやすく制圧できると誤った認識をしていました。ウクライナや国際社会は、侵略がロシアに大きな困難と損失をもたらすことをプーチン大統領に十分に理解させることができなかったわけで、抑止に失敗したとも言えるのではないでしょうか。
これを台湾情勢に置きかえますと、習近平指導部に、米中のパワーバランスの変化により「武力統一の好機が訪れた」と誤解させないためにはどうするのか。日本は、防衛力とともに、外交や経済などあらゆる力を織り交ぜながら、抑止力をどのように構築し、中国が危険な行動に走らないように働きかけていくのか、重大な課題です。
■現実を直視し冷静で真剣な議論を
国会では今、防衛力の抜本的強化策についての議論が続いています。政府には、強化策の一つ一つが必要な理由や、万一有事になれば日本が直面するリスクについても、可能な限り国民に説明し、納得をえるよう求めたいと思います。そして、私たち国民ひとりひとりも、安全保障環境の現実を直視しながら、この問題を冷静かつ真剣に考えることが必要ではないでしょうか。
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