もう一歩掘り下げたい、生活保護と覚せい剤の問題 ●覚醒剤逮捕 2割は生活保護受給 神奈川県内で、ことし6月までの半年間に覚醒剤の使用や所持の疑いで逮捕された容疑者のうち、およそ20%が生活保護費の受給者だったことが分かり、警察は、暴力団などが定期的に支給される生活保護費を狙って受給者に近づき、資金源にしているとみて実態を調べています。 神奈川県警察本部は、ことし1月から6月までの半年間に神奈川県内で覚醒剤の使用や所持の疑いで逮捕した426人について、実態を調査しました。その結果、逮捕された容疑者のおよそ20%に当たる85人が生活保護費の受給者だったことが分かりました。逮捕された受給者の年齢別では、40代が33人、50代以上が27人などと、40代以上が全体の70%を占めています。覚醒剤の使用では再犯者も多く、支給される生活保護費が覚醒剤の購入代金に回っている実態があるということです。神奈川県警察本部は、暴力団などが定期的に支給される生活保護費に目を付け、受給者に近づいて覚醒剤を売りつけることで安定的な資金源の1つにしているとみて、実態の解明を進めています。●薬物乱用者の社会復帰の問題 先ごろ、今年5月時点の集計で、生活保護受給者が200万人を超えたという報道がありました。震災関連の受給者増によって、近く、過去最高を記録することになりそうだといわれています。生活保護費の見直しが進むなかで、覚せい剤事犯者など、生活保護を受給しながら犯罪に関わる人たちの問題に、スポットが当てられたわけですが、しかしこの問題は、もう一歩掘り下げて検討してみる必要があると思います。 私がこれまでに担当してきた覚せい剤事件の被告人にも、生活保護を受けていた例は多数ありますが、思い出してみると、その多くが、覚せい剤で受刑した経歴のある再犯者であることに気づきます。前に刑務所を出所した際に、更生保護施設に身を寄せながら社会復帰した人たちの多くは、生活保護などの福祉サービスを受けながら、一歩ずつ自立生活を再開しているのです。 逮捕・受刑によって社会生活が中断された受刑者は、出所してもすぐに自立生活に復帰できるとは限りません。出所した人たちが再犯することなく再び社会の一員となる支援策として、生活保護はとても重要です。 多くの薬物依存者が、生活保護などの福祉サービスを受けながら社会復帰の道を歩いていますが、薬物離脱の途上で、再び薬物乱用に戻ってしまう人もいます。でも、この人たちに必要なのは福祉サービスを制限することではなく、離脱を後押しするための支援を続けることではないでしょうか。 近年、覚せい剤受刑者に対して、受刑中や仮釈放期間を通じて、覚せい剤離脱指導が行われるようになってきました。また出所後、ダルクなどに身を寄せながら、薬物のない生活をめざす人たちもいます。でも、こうした施策の対象者はまだ限られているのが現状です。 覚せい剤事犯として受刑した人たちが、出所後も薬物のない生活を維持していけるよう、支援し、監督する体制がなければ、薬物事犯の再犯を防ぐことはできません。 いま、世界中で、福祉予算の見直しが進行しているなかで、薬物依存者への福祉給付がやり玉にあがっています。貴重な生活保護費を覚せい剤の入手に費やすなど、とんでもない。こうした批判があるのは当然でしょうが、薬物依存者の社会復帰を支える重要な支援策をむやみに削減して、彼らの更生の道をますます閉ざしてしまうことのないよう、見守っていきたいものです。 「薬物依存症患者の最期」 皆さんは薬物依存患者というと、どんな印象がありますか?ヤクザ、マフィア、不良とあんまり良いイメージは無いでしょう。当然それ自体犯罪ですから、嫌悪感を抱く方も多いと思います。 一概に依存する薬物にも色々な種類があります。覚せい剤、麻薬、コカイン、大麻、幻覚剤、シンナーなど、ちなみに精神安定剤や鎮痛剤、アルコールも依存性薬物と言われております。その中でも日本では取り分け、覚せい剤が多いんです。 理由としては、戦前の日本で覚せい剤を痩せ薬「ヒロポン」として薬屋さんで普通に売っていた事や、戦時中、神風特攻隊のパイロットに飲ませていた事などが関係しております。 今では夜の繁華街などで、簡単に手に入れることが出来るんです。海外でグラム数十円の薬が末端価格で数千〜万円で売れる。さらに、その人が依存になれば、どんなに値を吊り上げても手に入れようとしますから・・これほど良い商売はないですよ。言ってみれば、日本は覚せい剤大国なのかもしれません。 最近でも東京クリニックの事件で、「リタリン」という覚せい剤を最初から処方し、依存患者にして、長期に通院させるという痛ましい事件もありました。その時依存症になった患者さんは何年もたった今でも苦しんでいます。あとアイドルの酒井法子さんが捕まったのも記憶に新しいところです。あんなに成功した彼女が何故・・・?本当に怖い薬剤ですよ。 今回は覚せい剤で、全てを無くした患者さんの悲しい話です。 その患者さんは30歳代の男性で、4人兄弟の末っ子です。山奥の車の中で練炭自殺を図り、救急病院に運ばれ、意識が回復したのですが、2週間くらいで徐々に話をしなくなり、食事もしなくなったとのこと。精神的なものではないかと、実家のそばの僕の勤務先の病院に、転院してきたんです。 彼は元々覚せい剤中毒でした。中学生の頃から素行不良であり、学校に行かずにシンナー、大麻、覚せい剤という風に依存薬物に手を出していったんです。18歳の時に警察に逮捕され、執行猶予がつくのですが、半年後には再犯し服役1年半の実刑。出所する時には両親に「2度としない」と約束するんですが、すぐに覚せい剤を始め、警察に逮捕されてしまうんです。 そういうことを、何度も繰り返し、結局30歳までに5回の服役。徐々に刑期は延びるんですが、出所してもすぐに再犯、彼は20歳代のほとんどの時間を、刑務所で過ごしていたんです。30歳で出所してから、1年後に結婚するのですが、覚せい剤を止める気配はなく、借金がかさみ、薬が手に入らないことからイライラして、奥さんに対して暴力を振るうようになり、徐々にエスカレートしていきました。 そんな中で奥さんは離婚を決意し、彼の両親に何度も相談に行くのですが、両親が金銭的な面倒をみるので、何とか別れないでくれと、泣きながら頼まれたそうです。しかし、覚せい剤も暴力行為もどんどん酷くなり、このままでは殺されると、ある夜、奥さんは家出をしました。当然彼は怒り狂って、彼女を必死に探したんです。 しかし、奥さんの行方は解らず、3日後に山中の車の中で、彼は練炭自殺を図ったんです。 搬送先の病院での懸命な救命処置で、何とか一命は取りとめ、意識も改善しました。その時には両親に一言「ごめんなさい」と漏らしたそうです。それから自力で食事も取れるくらいに回復したのですが、2週間くらいから徐々に発動性が低下、ほとんど会話をしなくなり、日中寝て過ごすことが多くなりました。 色々と検査をしたのですが、結局原因は不明であり、精神的なものでは?ということで、僕の勤務先の総合病院の精神科に転院になったんですね。 最初に彼を診た時には、車椅子に座って、目を瞑っており、全く言葉を話さない状態でした。神経学的にも問題なく、手を握ったり、口の中のものを飲み込むことは出来たんです。 一目見て、絶対に精神的なものではないと確信し、すぐに脳のMRIの検査をしたところ、脳の尾状核という中心部と、前頭葉の皮質下に軽度異常信号域を認めるのみで、脳波は正常でした。急性の一酸化炭素中毒脳症で矛盾しない所見だったんです。 とにかく入院させて、内服を全部中止し、栄養管理だけ行ったのですが、症状は全く改善せず。一週間後に再度、頭部CT検査をしたところ、驚くべきことに入院時と比べて明らかに異常信号域が、拡大していたんです。 ということは、今もなお、彼の脳の病気は進行している・・・どんどん動かなくなるのはそのせいだったんですね。 すぐに神経内科の専門医に相談したところ、間欠型一酸化炭素中毒脳症という診断がつきました。通常の一酸化炭素中毒は酸素より赤血球の結合力が強い、一酸化炭素が赤血球につくことで、組織が窒息し、比較的早期に死に至ります。 しかし間欠型と呼ばれるタイプは、ゆっくり進行して、組織が死んでいくんです。特徴的なのは脳の皮質下だけが壊れること、つまり外側の脳は正常なんです。ですから彼は意識が戻った時に会話が出来たし、脳波も正常だったんですね。 この病態は非常に稀であり、原因も不明で治療法もありません。ステロイドや組織を保護する薬などを使ってみたのですが、全く効果が無く、徐々に彼は植物状態になっていきました。 毎日のように健気に面会に来る両親には病状が進行してく、脳の画像を見せながら、再三助からないことを説明し、今後は植物状態から脳死になることが予想されると説明しました。 入院してから3週間後に瞳孔不同が出現し、すぐに検査してみたところ、脳の半分以上が変性(壊死)しており、脳ヘルニアという致命的な状態になっていたんです。その夜、両親と兄弟に手を握られながら、彼は静かに息を引き取りました。家族が泣き叫ぶ中、映画のワンシーンのように心臓が止まっていったんです。 何故、彼を救えなかったのか?覚せい剤を止めさせることは出来なかったのか?不登校やシンナー、大麻の時にそれを止めさせることが出来なかったんでしょう? 正直に書きますが、2回以上刑務所に入った覚せい剤中毒の患者さんは、たとえ医療機関につなげたとしても治りません。(2回以上服役ということは短期間に少なくとも3回以上警察に捕まったということです。初犯は執行猶予で実刑がきませんので・・・)理由としては、覚せい剤とシンナーには人格退行という性格変化が起こるからです。簡単に言えば、覚せい剤をすればするほど、我慢が出来ない子供の性格になるんです。さらに幻覚や妄想などの症状も認めるようになり、犯罪に結びつくこともあるんです。 薬剤の禁断症状のイライラ感や常用による精神症状、幻覚や妄想には抗うつ剤や抗精神病薬が効きますが、人格退行を治す薬は存在しません。千葉の下総療養所などでの治療もそういった薬を出して、止められなければ厳重な管理下での入院、あとは司法と連携して患者さんがどのくらいの期間、止めれるかを診ていくしかないんです。ダルクやNAという自助グループもあり、そこでは連帯感を武器にどのくらい薬が断てるかですが、実際脱落者や自殺者が後を絶たない状態です。 昔依存症の強さをサルを使って実験した学者がいました。(薬物自己投与・比率累進試験法)要は薬物依存状態にしたサルに点滴をつなげて檻に入れ、サルがレバーを押すと依存薬が点滴からサルの血管内に流れ込むという装置を作ったんです。そしてレバーを押す回数を倍に増やしていき(1.2.4.8.16.32・・・という具合に)何回で諦めるか実験したんです。 結果はニコチンで800回、安定剤で950回、アルコールでで1600回、覚せい剤で3200回、コカインとモルヒネは何と6400回という結果だったんです。中には全く餌を食べずに一晩中押し続けているサルや、途中薬物過剰によるけいれん発作を起こしても、目が覚めるとすぐにレバーの所に向うサルもいたそうです。想像しただけでもゾッとしますよね。 完全な依存症になり、人格が退行し始めると、どうしようもありません。長期の閉鎖病棟か刑務所などの薬を入手できないところで、認知症になるまで待つか、もしくは彼のように命を落とすしかありません。 彼のように何度も繰り返すケースは、決して珍しくないんですね。大事なのは人格退行が起こる前、不登校やシンナーの時、最初に逮捕された時に入る時にでも、無理矢理にでも止めさせなければいけなかったんです。そうすればこんなことには・・・ その答えは彼が亡くなった時の両親の言葉で解りました。 「逃げた嫁が許せない・・」 正直、なんて親だろう・・と思いました。多分今まで彼が何か悪いことをする度に、何度も許し続け、裏切られ続けてきたんでしょう。 その結果が・・・ 経済的な援助を絶って薬を入手出来なくするとか、親が彼の所持品を常にチェックし、見つけたらすぐに警察に突き出すとか、彼のために親子の縁を切るとか、何か出来なかったのでしょうか?自分の息子が可哀相?彼の報復が怖かったのでしょうか? 昔、覚せい剤中毒専門の下総療養所に研修に行った時、そこの権威の先生が言うには「中毒医療は警察(麻薬取締官)との連携も大事であり、時に脅しも必要である」と、許すことだけでは何も解決しないんですよね。 今回は残念な結果でしたが、もしここで彼が助かったとしても、すぐに薬を始めたでしょう。そして再び自殺を繰り返したと思われます。そのことを両親に伝え、逃げた奥さんを決して責めないようにお願いをしました。 彼の自殺はこれから一生、両親や兄弟の心の傷として残るんでしょう・・・悲しいことですが。 覚せい剤依存症というのは本当に怖い病気で、アルコール依存症とは比較にならないほど予後が悪いです。本人や家族が無くすものも大きく、非常に悲惨な末路になります。もし皆さんの周りで、薬をしている方を見かけたら、是非精神科受診を勧めてみて下さい。
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