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※日経新聞連載
中国の環境を考える
(1) 経済発展の副産物ではない
中国では、環境汚染は経済発展の副産物で、ある段階までは避けられないとの見方がある。日本と英国でも環境汚染は一時深刻だった。だが経済発展につれて環境も再生された。中国でも、経済発展がある段階に達すれば汚染問題は解決に向かうと主張されている。
日英の環境は自然に再生されたわけではない。政府・企業と住民の環境保全意識が高まり、汚染物質の排出企業への監視が強化されたためだ。
環境汚染は経済発展の副産物というより、政府・企業と住民の責任感や倫理観が欠如したモラルハザードの結果だ。中国の政策では環境保全の優先順位が低い。関連法を整備しても守られないことが多い。汚染物質の排出企業は重要な納税者なので、地方政府は本気で取り締まろうとしない。
目に見える形では微小粒子状物質「PM2.5」などで大気汚染が深刻化し、川の水質も汚染されている。目に見えない形では、農地が重金属に汚染されている。
静岡県立大学グローバル地域センターでは、中国の環境問題に対し関心が高まっていることから「中国環境問題研究会」を設立した。大学の研究者、県内の環境関連企業の関係者、民間シンクタンクの研究員で作る産官学連携の研究チームだ。中国の環境問題の真実を解明する狙いで、定期的に研究会を開いている。
研究会では、環境科学の観点から汚染物質を特定・分析するほか、環境改善のための制度的枠組み作りを進め、かつての日本の経験を中国に応用しようとしている。本稿では中国の環境問題の現状と課題を整理する。
(静岡県立大中国環境問題研究会)
[日経新聞11月5日朝刊P.27]
(2) 法整備は先進国に遜色なし
環境保全には法の定めが必要だ。政府は法を厳格に執行し、環境を破壊する企業や個人には罰則を強化すべきだ。
中国の環境保全関連の法整備は先進国に比べ遜色ない。最初に「環境保護法」が制定されたのは1979年。89年と2001年に改正され、14年4月に再び改正された。15年1月には新しい環境保護法が施行された。
新環境保護法は、環境保護省の監督機能を強化し執行権限を付与した。これにより同省と地方政府の環境保護局は、環境汚染をもたらす企業の操業停止を独自に命じられるようになった。
一方、とくに地方政府は依然、経済成長一辺倒の姿勢が強い。環境保全を厳格化すれば、企業の操業停止などで経済が減速し、税収も減る恐れがある。このため真剣に取り組もうとしない。
環境汚染が深刻な現状は、政府の努力が不十分だと言わざるを得ない。一党独裁の政治体制では政府が本気で取り組めば効果が表れるはずだ。
例えば14年の大気汚染は3月初旬、北京で微小粒子状物質「PM2.5」の値が最高で1立方メートルあたり550マイクログラムを超え、史上最悪の水準に達した。だが11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)の期間は、北京の大気は透き通って良好だった。15年8月下旬、北京で世界陸上大会を開催。直後に天安門広場で抗日戦勝70年の軍事パレードがあった。この間も北京の大気汚染はほとんどみられなかった。
政府に取り組む力がないのではなく、意思が不十分だと言わざるを得ない。環境の未来は政府の姿勢にかかっている。
(静岡県立大中国環境問題研究会)
[日経新聞11月6日朝刊P.29]
(3) 環境アセスメントに抜け道
中国では企業が投資する際、政府環境保護局の「環評」(環境アセスメント)に合格することが必要だ。中国の環境基準は、世界保健機関(WHO)および先進国の環境基準を参考に定められた厳しい内容である。例えば自動車燃料の品質基準は、微小粒子状物質「PM2.5」を1キログラムあたり5ミリグラム以下に抑えるなどの欧州の「ユーロ5」と同様の「国5」基準が導入されている。
問題は環境基準の順守が徹底されていないことだ。「環評」も形骸化の傾向がある。
地方政府にとって企業誘致は首長の業績に関わる重要事項だ。静岡県立大中国環境問題研究会のヒアリング調査で、ある沿海都市の商務担当の副市長に「環境に多少有害な企業が投資することもできるか」と尋ねると「環評に心配はいらない。私が何とかする」と答えた。
環境アセスメントに合格さえすれば厳しく監視されないのが現状だ。汚染源の企業は、アセスメントに対処し一時的に対策を取るが、合格後は汚染物質の排出を続ける。環境関連の国際標準規格であるISO14000を取得しても基準を守らない企業も少なくない。
最も深刻なのは業者と環境保護局の幹部との癒着だ。研究会の調査では、地方政府による汚染源企業の保護が環境汚染をもたらしているとの指摘が専門家から寄せられている。
地方政府は経済発展が最優先で環境保全を二の次にするが、中央政府は景気減速を「新常態」として受け入れる姿勢だ。これを地方政府にも浸透させる必要がある。
(静岡県立大中国環境問題研究会)
[日経新聞11月10日朝刊P.31]
(4) 国予算割合、5年で6倍
中央政府は2008年、国家環境保護総局を環境保護部(省)に昇格し、環境保全重視の姿勢を示した。国の予算のうち環境保全関連は09年に0.25%だったが14年には1.5%に拡大。汚染につながる行為を取り締まる権限が強化され、予算も確保しやすいようだ。ただ、14年の中央・地方合計の環境保全予算は国内総生産(GDP)比0.6%にとどまる。
環境保護省の管轄として、地方政府の省と市・県レベルに環境保護局がある。環境保護省・局の主な責務は(1)環境保全の法整備(2)環境汚染の実態を把握すること(3)取り締まりである。
環境保護省・局は、環境アセスメントである「環評」で「一票否決権」を持つ。投資計画は環境保護省・局が同意しなければ実行できない。
しかし地方の環境保護局は、行政事務管理や人事で地方政府の影響を強く受けることが多い。地方政府は汚染源の企業でも納税者なので本格的に取り締まりたくない。
近年、同局の姿勢は少しずつ変化している。広東省、浙江省、江蘇省などで水質汚染、化学工場の建設とごみ焼却炉の設置に対し住民の抗議行動が活発化。同局は住民の要望に応えざるを得なくなった。ただ、抗議行動が集中する大気や水質など目に見える汚染は対策が講じられても、重金属による土壌の汚染など見えない汚染は十分な対策が講じられない。
行政の問題は環境保護省・局に対する監督監視が不十分なことだ。政策の中で環境保全がどんな位置づけなのかを検証すべきだ。行政の透明性が求められている。
(静岡県立大中国環境問題研究会)
[日経新聞11月11日朝刊P.32]
(5) 所得格差、意識向上を阻む
中国経済は改革開放で発展した。1人あたり国内総生産(GDP)は1980年の約300ドルから2015年には約8000ドルに増えるとみられる。住環境も改善した。70年代末、都市部の1人あたり居住面積は5平方メートル未満だったが、今は25平方メートル超だ。だが環境汚染は深刻化している。
経済発展と環境汚染の関係を説明する仮説がある。米経済学者のクズネッツは、経済が発展すると社会の不平等が広がるが、発展が一定段階を超えると不平等が縮小すると提唱した。この理論に従って、1人あたりGDPが高まる過程では環境汚染が深刻化するが、1万ドルを超えると徐々に改善されるとされる。
前提は、生活が豊かになれば環境に関心が高まることだ。しかし中国では08年の北京五輪以降にゴミの分別を試みているが、なかなか進まない。
関心が十分高まらない背景は所得格差だろう。中国国家統計局の推計では、ジニ係数は0.475に達する。ジニ係数は小さいほど所得分配が平等で、1に近づくほど不平等であることを意味する。0.4は、格差により社会が極端に不安定になる臨界点とされる。
富裕層は、強い経済力を背景に自分の周りだけきれいにするか、海外へ移住する。多くの富裕層は家族をカナダなどへ移住させている。一方で低所得層は、所得や生活水準が低く、環境保全意識が高まらない。
まず所得格差を縮小する必要がある。環境の改善には政府のリーダーシップが必要だ。1人あたりGDPが上昇すれば実際に環境が改善するのかは、検証が必要だろう。
(静岡県立大中国環境問題研究会)
[日経新聞11月12日朝刊P.30]
(6) 企業の行動、実態伴わず
中国人は環境に全く関心がないわけではない。上海交通大学が35の主要都市で行った2015年の「中国都市住民環境意識調査」では、65%の人が、自宅近くにゴミ焼却場など汚染物質排出施設ができれば必ず抗議すると答えた。個人の意識が高まれば、企業の環境保全活動を促せる。かつての日本と同様だ。
ただ問題は、企業が実態として環境保全に取り組んでいるかどうかだ。
国有企業が多い大企業は設備などが新しく、汚染物質の排出も相対的に少ない傾向がある。中堅・中小企業は、環境保全に充てる資金が不十分で意識も低い。例えば中小の染色・金属加工・製紙などの工場は生産量が少ないこともあり、廃水を浄化処理せず排出する例が多い。環境保全技術がない企業も少なくない。過去30年ほどの間に地方政府が誘致した外資企業の中には、環境基準を満たさないものもある。
染色や金属加工工場の廃水に含まれる重金属は川や土壌を汚染し、最終的に人体に蓄積される。「淮(わい)河流域水環境と消化器腫瘍の死亡図鑑」によれば、江蘇省の淮河流域と上流の河南省で、川と地下水の水質汚染による悪性腫瘍の発症は全国の2倍に上るとされる。同地域では5人に1人が悪性腫瘍で死亡する。非政府組織(NGO)などの調べで、直接的な原因は小規模化学工場の廃水による川・地下水の汚染とみられる。
企業の責任感や倫理性が欠如する背景は利益優先の考え方だ。さらに問題を深刻にするのは、政府が情報を封じ込めようとする姿勢である。これでは問題は解決しない。
(静岡県立大中国環境問題研究会)
[日経新聞11月13日朝刊P.28]
(7) NGOとNPOが主役に
中国は一党独裁の政治体制で、企業と行政の癒着が環境保全の深刻な障害になる。そこで、非政府組織(NGO)とNPOが重要な役割を果たす。
中国の憲法は結社の自由を保障する。だが政府は、反政府活動の温床になることを警戒し、NGOとNPOの設立を厳しく制限している。2008年の「中国環境保全民間組織発展報告」では、環境関連の民間組織は約3500団体で、NGOに近いものが約500あった。その後、NGOの活動は大きく発展せず、現在の数は不明だ。
政府は環境保全に特化したNGO活動を基本的には容認しているようだ。一例は1998年にできた環境専門NGOの「緑色北京」。環境保全フォーラムを開催したり、各地住民から寄せられた汚染事案をネットで公開し環境保護局に働きかけたりしている。ただ政府部門の圧力で10年以降の環境保全の広報活動は実質的に停止している。
NGOなどは実際どう役立つのか。例えば中国では水質汚染の原因特定が難しいことが多い。廃水を出す企業が地下に秘密の排水パイプを埋設し、地方政府と癒着していれば、住民が当局に通報しても原因不明を理由に真剣に対処されない。
そこで環境の専門家が参加するNGOとNPOが証拠を採取し当局に通報。同時に記者会見を開く。活動や報道に制限があっても行政に圧力をかけられる。大きく報道されれば住民の関心を呼び地方政府が企業をかばいきれなくなる効果が期待できる。今後、中国の環境保全の主役はNGOとNPOとなるだろう。
(静岡県立大中国環境問題研究会)
[日経新聞11月16日朝刊P.23]
(8) 汚染源判明も対策進まず
中国では2014年、微小粒子状物質「PM2.5」の濃度が1立方メートルあたり35マイクログラム以下の観測地点が1割強にとどまり、3割強で同70マイクログラムを超えた。とくに3月初頭の1週間は観測史上最高の同500マイクログラム超だった。参考に、日本の基準では同35マイクログラム以下とされ、70マイクログラム超は屋外活動の自粛を呼びかける水準だ。
中国の環境汚染の実態に関する研究は多い。汚染物質を解析し原因を特定するほか、汚染が広がる気象条件も注目される。工場の排気・廃水、工事現場の粉じん、工場や家庭の石炭燃焼、ゴミ、自動車の排ガスなどが主な汚染源だが、有効な対策が講じられない。制度と政策の問題が大きい。
工場を操業停止にし、自動車の走行も減らせば環境は改善する。14年の北京でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)と15年の世界陸上で実証された。APEC期間中に政府が周辺企業に生産抑制を求めると、PM2.5の濃度が3分の1程度に下がった。政府の本気度が試されている。
社会安定のため政府は環境問題を無視できないが、原因追及の矛先が政府に向かうのを恐れ国民レベルの議論を嫌う。例えば中国中央テレビの元キャスターの柴静氏は15年、自費で環境汚染のドキュメンタリーを製作しネットで公開。閲覧回数は数日で2億回を超えたが、後に国内全サイトで見られなくなった。
政府・共産党の基本姿勢は党の指導下の環境対策だ。これでは国民が啓蒙されず根本的な改善は望めない。汚染が深刻化した場合に統計隠蔽の恐れもある。まず国全体で問題を認めるべきだ。
(静岡県立大中国環境問題研究会)
[日経新聞11月17日朝刊P.28]
(9) 経済発展で「汚染産業」誘致
日本では中国からの環境の越境汚染が懸念されている。背景には、中国が経済の自由化を進め、諸外国との国際貿易を推進した歴史がある。経済成長に寄与する半面、多くの「汚染産業」が誘致され、中国の環境汚染の一因となった。
中国社会科学院の研究チームは、直接投資と国際貿易を通じ「汚染産業」が中国にどう移転したかについて実証研究を行った。地方政府が誘致した金属加工、ゴム製品加工、革製品加工、製紙工場などが、とくに深刻な汚染源、つまり「汚染産業」だとわかった。
改善に向かっている越境汚染もある。基準値を超えた残留農薬が含まれる食品が輸出された問題では、中国の税関が輸出品の検査を強化したほか、日本など輸入国の水際作戦も奏功している。
依然、深刻なのは、PM2.5による大気汚染だ。中国の環境保護当局が酸性雨を引き起こす硫黄酸化物や窒素酸化物を大量に排出する工場の取り締まりを強化し、排出量は減少に転じた。だが自動車の排ガスと石炭の利用が大気汚染の源になっている。エネルギー消費に占める石炭の割合は徐々に下がっているが、2014年も6割を超える高水準だった。
ガソリンなどの品質がよくないこともPM2.5の上昇をもたらす。政府はガソリンなどの基準を欧州連合(EU)なみに引き上げている。ただ小さな製油所で作られたガソリンは基準を満たさないことが多く、越境汚染の源になっている。
環境汚染は中国だけでなく地球規模の問題だ。国際協調で環境汚染に対処する必要がある。
(静岡県立大中国環境問題研究会)
[日経新聞11月18日朝刊P.34]
(10) 日本の経験生かす協力を
破壊された環境は再生できるか。結論は科学技術の進歩に左右される。ただ中国のような大国でこれ以上、生態環境が破壊されれば、たとえ再生できても想像以上に時間がかかるだろう。影響は周辺国にも及ぶ。環境保全の日中協力は今後さらに重要な意味を持つ。
外務省によれば2013年度までに日本が行った対中円借款は3兆3000億円あまりで、無償援助は1572億円、技術協力は1817億円だった。このうち環境関連事業は(1)日中友好環境保全センター(2)環境モデル都市設立(貴陽、重慶、大連)(3)寧夏回族自治区での植林事業(4)湖南省湘江流域の環境汚染対策事業(5)北京市下水処理場整備事業――などである。
政府間の協力は環境保全のモデル事業となり、経済発展と環境保全のバランスをとる方向性を示す。民間でも「日中民間緑化協力委員会」が設立され、中国で植林活動に取り組んでいる。
日中の環境協力は新たな段階に入りつつある。「日中省エネルギー・環境総合フォーラム」が開設され、産官学連携と対話を通じ中国のニーズに見合った協力が期待されている。かつて汚染が深刻だった日本が、官民の努力により環境を再生した過程を明らかにし、中国の環境保全に役立てるべきだ。
今までは資金や設備といったハード面の支援が主流だった。だが中国はもう世界2番目の経済大国だ。今後は日本のノウハウや経験というソフト面の支援が主流になる。環境分野での日中協力こそ真の戦略的互恵関係の構築に寄与するだろう。
(静岡県立大中国環境問題研究会)
=この項おわり
[日経新聞11月19日朝刊P.29]
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