近藤 大介北京のランダム・ウォーカー 2016年02月29日(月) 近藤 大介 3月の朝鮮半島は一触即発!「制裁決議案」採択後、金正恩の報復がはじまる〔PHOTO〕gettyimages 中国が主導した「北朝鮮制裁決議案」 「外交文書の作成というのも、一つの芸術作品のようなものだと、今回改めて実感したよ。まさに習近平主席がよく口にする『山あり谷ありの荒野の中の細道を突き進む』作業だった。 だが今回は、アメリカが予想以上におとなしく、表向きはアメリカの顔を立てたものの、実際には終始、中国が主導する形で進めることができた」 こう明かすのは、中国の外交関係者だ。 1月6日に北朝鮮が4度目の核実験を、2月7日には衛星『光明星4号』発射という名の長距離弾道ミサイル実験を強行した。それに対して、2月25日になってようやく、アメリカが国連安全保障理事会に、新たな北朝鮮制裁決議案を提出した。その骨子は、以下の6点だった。 @北朝鮮に対する航空機やロケット用燃料の提供禁止 A北朝鮮からの石炭や鉄鉱石、レアアースなどの輸入禁止。ただし国民生活に影響が及ばない範囲とする B北朝鮮に出入港する貨物船に対する検査の義務化 C北朝鮮に対する兵器の輸出禁止 D北朝鮮の原子力工業省(核開発部署)と国家宇宙開発局(ミサイル開発担当部署)など12団体、17個人を新たに渡航禁止と資産凍結 E北朝鮮の銀行の新規の支店開設禁止 2月25日、ニューヨークの国連本部で会見を開いたパワー米国連大使は、「過去20年以上のうちで今回が一番強力な対北朝鮮制裁となる」と自信に満ちた口調で語った。 だが、冒頭の中国外交関係者によれば、事情は少し違ったという。 「当初のアメリカ案は、もっとレベルの高い強硬なもので、それをそのまま実施したら、金正恩政権の転覆に直結すると思われた。金正恩第一書記の性格から言って、その前に暴発するだろう。中国としては、いまはそれを望んでいない。 そこでわれわれは、『金正恩政権の封じ込め』ではなくて、『核とミサイル開発の封じ込め』に徹するようアメリカに修正を求めたのだ。シリアの停戦問題で頭が一杯だったアメリカは、最後は、『北朝鮮のことは中国に任せよう』と言って、中国側が示した方針を容認する形となった」 北朝鮮の暴発リスクを軽減しつつ、ロシアにも配慮 この新たな制裁案について、もう少し具体的に見ていこう。 まず、@の燃料の供給停止によって当面困るのは、北朝鮮の国有航空会社、高麗航空である。 高麗航空は、北京と平壌間を月火木金土の週5回、瀋陽と平壌間を水土の週2回往復している。これらがストップすることになるだろう。その際には、中国国際航空や中国東方航空などが、平壌便を肩代わりすることになるのではないか。そうなると、中朝の二国間問題だから、北朝鮮が中国に恭順の意を示せば、北朝鮮客は無料か大幅割引するなどして、便宜を図ってやることができる。 Aの禁輸措置は、上記の6点の中で、私が中国外交に最も感心した点である。 もともと北朝鮮で石炭や鉄鉱石などの開発を始めたのは、中国企業だった。今世紀に入って、石炭や鉄鋼バブルに沸いた中国が、安くて質のいい北朝鮮産鉱物に目をつけたのだ。それに、外貨獲得を狙う金正日総書記と張成沢党行政部長が乗った(どちらもいまは亡きツートップだ)。 ところがここ数年、中国は国内の生産過剰に悩まされたことと、契約上のトラブルなどから、ほとんどの中国企業が、北朝鮮の石炭及び鉄鋼事業から撤退した。だが北朝鮮側は、無理やり安くて質の高い鉱物を中国市場に出してくるので、困っていたのだ。だから今回、渡りに船とばかりに、北朝鮮産鉱物が中国市場に出回るのを抑え込んでしまったというわけである。 「ただし国民生活に影響が及ばない範囲とする」と、もったいを付けたのは、二つの意味がある。 一つは北朝鮮に対して、「これは中国の国益を優先させた勝手な行為ではなくて、あくまでも制裁の一環として行うものだ」と示すことである。その言外には、北朝鮮の今後の出方次第で、中国が北朝鮮国民の生活を向上させるためにインフラ整備を施すことを示唆している。そうすることで、北朝鮮が怒りに任せて暴発するリスクを軽減させているのである。 もう一つの意味は、ロシアへの配慮である。北朝鮮での石炭及び鉄鋼事業から中国が撤退した後、それを引き取ったのはロシアだったからだ。 2011年8月、金正日総書記は最後のロシア訪問で、メドベージェフ大統領と一つの合意に達した。それは、北朝鮮が抱えているロシアに対する累計110億ドルあまりの債務の9割を免除し、残りの1割を「現物支給」で受け取るというものだった。それが石炭及び鉄鋼事業だったのである。 ロシアからすれば、自国の極東地域のインフラ整備を行うには、安い北朝鮮産を使うのが、最も手っ取り早かった。加えて、中国を牽制するために、背後の北朝鮮を取り込もうとしたのだった。このロ朝間の合意は、2014年4月にロシア国会が批准し、確定している。 それが今回、ウクライナやシリア問題を巡ってロシアと敵対するアメリカの思惑も重なって(つまり中国がアメリカに貸しを作って)、ロシアが割を喰うような決議案を作ってしまったのである。 今回の合意案作りは、完全に米中2ヵ国だけで行われ、6ヵ国協議のメンバーである日本、韓国、ロシアは外された。そこで中国としてはロシアに対して、「アメリカがものすごく強引だったが、中国の尽力で何とか、『ただし国民生活に影響が及ばない範囲とする』という一文を入れて、ロシアが完全に割を喰わないように配慮した」と言い訳したというわけだ。 だが2月25日に決議案を見せられたロシアは、蒼くなった。ロシアからすれば、「ふざけるな!」という案文である。そこで、「持ち帰って詳細に検討する時間が必要だ」として、即決に難色を示したのである。 外貨獲得にストップをかけようとしたアメリカ 続いて、Bの北朝鮮に出入りする貨物船に対する検査の義務化、及びCの兵器輸出禁止は、中国にとっては痛くもかゆくもない。そもそも北朝鮮に対する武器輸出は行っていないからだ。 胡錦濤・金正日の「中朝蜜月時代」には、瀋陽軍区(現在の東部戦区)で北朝鮮空軍のパイロットを訓練させてやっていたが、習近平・金正恩の「中朝冷戦時代」になって、それもなくなった。今回、検査を厳しくすることで、中国としてはむしろ、麻薬だの偽札だのといった物騒なものが入国するのを防ぐ手立てにもなる。 最後のDとE、いわゆる金融制裁に関しては、前述の中国外交関係者の話を聞こう。 「アメリカは当初、北朝鮮企業及び個人の銀行口座凍結や、北朝鮮労働者の海外での雇用禁止といった強力な内容を求めてきた。 アメリカの『成功体験』は、2005年9月に米財務省が、マカオのバンコ・デルタ・アジアにあった金正日総書記の隠し資産52口座2,500万ドルを凍結したことだった。それによって北朝鮮はパニックに陥り、同時期に北朝鮮が6ヵ国協議で保証した核凍結合意も反故にしてしまった。 アメリカは今回それを、大幅に拡大しようとしたのだ。また、昨今の北朝鮮最大の『輸出品』である労働者を帰還させることで、外貨獲得にストップをかけようとした。 だが銀行口座の凍結や労働者の帰還を強制すれば、金正恩政権の転覆に直結することになり、金正恩第一書記の暴発を招いて、北東アジアが大混乱に陥る。そこで、『核とミサイル開発の封じ込め』に徹するよう押し戻した」 アメリカのケリー国務長官と中国の王毅外相は、1月27日に北京で、2月12日にミュンヘンで、そして2月23日にはワシントンでと、計3度にわたって米中外相会談を開き、対北朝鮮制裁の詳細を詰めたのだった。 これは換言すれば、アメリカ側の素案を100とすれば、それを90、80・・・と引き下げる作業だったのである。前回2013年3月の時と異なり、ここまで時間がかかったのは、現在の米中が微妙な関係にあるからに他ならない。 「米中関係指数」は下降トレンドにある 1979年の国交正常化から現在までの米中関係は、極めて複雑な大国関係である。あまりに複雑かつ時々刻々変化していくので、分析するのは容易ではない。 そこで私は、まずざっくりと、ベクトルで見るようにしている。つまりその時々の米中関係が、良好の方向に向かっているか、悪化の方向に向かっているかという「波動」を見るのである。いわば株価の変動のような大まかなバイオリズムを捉えるのだ。 その点、現在の「米中関係指数」は、明らかに下降トレンドにある。原因は、先週のこのコラム(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47993)で記したように、アメリカの韓国へのTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)配備計画と、南シナ海における米中の攻防である。 アメリカも中国も、今回の北朝鮮の「暴発」を、朝鮮半島北側の局所的なものではなく、もっとグローバルな問題と捉えている。つまり、「第一列島線」と呼ばれるカムチャッカ半島から、日本列島、台湾、フィリピン、大スンダ列島へと下る南北のラインを、アメリカが死守するか、それとも中国が奪還するか、という攻防の一環として捉えているのだ。 米中は、あたかも西太平洋という「碁盤」で碁を指している敵対手のようなものだ。中国は南シナ海の岩礁埋め立てという「布石」を打った。それに対してアメ リカは、「航行の自由作戦」を展開し、「止め石」を打つと同時に、北側にTHAAD配備という大きな「布石」を打とうとしている。 西沙諸島・永興島の航空写真〔PHOTO〕gettyimages 今回の制裁案を受けて、日本のある防衛関係者に、こうした視点から聞いてみたところ、次のように述べた。
「アメリカ軍からすれば、北朝鮮はいわば街のチンピラで、中国は広域暴力団のようなもの。片やドスを振り回し、片や大量の拳銃を所持している。規模の大小はあっても、どちらも脅威だ。そこでチンピラを取り締まると同時に、広域暴力団も取り締まろうというわけだ。 その意味で、THAADが北朝鮮対策ではなくて中国対策だという中国の主張は、外れていない。東シナ海でアメリカ軍が一番注視しているのは、人民解放軍の北部艦隊の本拠地である青島軍港と、新たな国産空母を建造中の大連軍港だ。THAADを配備することは、この二つの軍港に対する強力な抑止力となる。 アメリカは、今回の北朝鮮の核実験を口実に、F22ステルス戦闘機を14機も、横田基地に配備した。北朝鮮への抑止力だけが目的なら、数機で済むはずだ。これが、青島軍港や大連軍港、南シナ海の偵察目的であることは、言わずもがなだ」 こうしたアメリカ軍の動きは、中国側ももちろん、重々承知している。だから今回は、アメリカ側の強硬な北朝鮮制裁案に、おいそれと乗るわけにはいかなかったのである。匕首は北朝鮮を向いていながら、同時に中国をも向いていたため、その匕首の先を曲げて、北朝鮮にだけ向くようにしたというわけだ。 北朝鮮はどのような「報復」に出るか ともあれ、今週中にも国連安保理で、計5回目となる新たな北朝鮮制裁決議案が採択される見込みとなった。今後の焦点は、北朝鮮がどのような「報復措置」に出るかである。 北朝鮮が報復行為に出た場合、最も直接的な被害を受ける周辺国は、言うまでもなく38度線で対峙する韓国である。韓国はその防衛策として、3月7日から4月30日まで、アメリカ軍と組んで、史上最大規模の米韓合同軍事演習を行う予定だ。そこには、そのまま北朝鮮に送り込める特殊部隊の訓練も含まれる。 その辺りの事情を、韓国政府関係者に聞くと、次のように答えた。 「朴槿恵大統領は今回、開城工業団地からの撤退という決断を下した。2000年6月の歴史的な南北首脳会談の成果であるこの事業から撤退するというのは、あれほど南北関係が悪化していた李明博政権も行わなかった大変重い決断だ。 その理由として表向きは、『核ミサイル開発に転用される外貨を北朝鮮に渡すことはできないから』と説明している。ところが本当の理由は、開城駐在の大量の韓国人が、そのまま北朝鮮の人質となることを恐れたからなのだ」 北朝鮮が長距離弾道ミサイル実験を強行した3日後の2月10日、洪容杓(ホン・ヨンピョ)統一部長官が突如、開城工業団地の全面的中断を発表した。その際、洪長官は次のように説明した。 「いままで開城工業団地を通じて、北側に6,160億ウォンの現金が渡り、昨年だけで1,320億ウォンが渡った。また、韓国政府と民間企業合わせて計1兆190億ウォンの投資が行われた。だがこれらの資金は、北側の核兵器と長距離ミサイルを高度化するのに転用されたため、撤退せざるを得ない。開城工業団地の全面的中断は、毎年1億ドルに上るこれらの資金源を遮断する効果がある」 この洪長官の発表を受けて、直ちに韓国企業の撤退が始まり、翌11日までに、開城にいた韓国人280人が全員、韓国側に戻った。同日、北朝鮮の祖国平和統一委員会は声明を発表し、韓国の入居企業124社の全資産を凍結し、開城市人民委員会の管理下に置くとした。今後は軍事基地にするという。 韓国政府関係者が続ける。 「昨年末の12月30日、北朝鮮は、長年韓国担当の書記だった金養建統一戦線部長が、前日の早朝に交通事故で死去したと発表した。金養建は開城工業団地の北朝鮮側の責任者でもあり、決して有能とは言えないが、話の分かる人物だった。 おそらく金正恩は、こうなる展開を見越して、金養建を殺してしまったのだろう。あるいは金養建が、このような展開に異議を唱えて殺されたかだ。われわれとしては金養建が粛清された時点で、開城工業団地が閉鎖に遭うかもしれないと覚悟していた。 今後、朴槿恵政権としては、この124社への多額の補償問題などを抱えるが、それでも北朝鮮に大量の『人間の盾』を取られるよりは、ずっとマシだ。そんなことになったら、4月の総選挙はもたないし、朴槿恵政権崩壊の危機となる」 米韓合同軍事演習 vs 北朝鮮サイバーテロ部隊 韓国では、近く北朝鮮からの「報復攻撃」があると見て、最大限の警戒を敷いている。韓国が警戒しているのは、主に次の4点だ。 @延辺島を始めとする西海(黄海)5島への砲撃 A東海(日本海)を南下して、江原道への工作員の上陸及びテロ B38度線の板門店付近への陸上攻撃。特に接収した開城工業団地からの砲撃 Cソウルや釜山など、大都市へのサイバーテロ このうち、私は個人的に最も可能性が高いのは、Cのサイバーテロだと見ている。それは次の4つの理由による。 第一に、北朝鮮のサイバーテロ部隊(偵察総局)は、金正恩第一書記自身が2009年に創設した部隊だからだ。第二に、米韓軍と圧倒的な力の差がある陸海空の伝統的戦力と比較すると、相対的に戦力の差が少ない。第三に、2011年4月に韓国の農協のサーバーを襲撃して以来、北朝鮮のサイバーテロは何度も成功体験がある。そして第四に、犯人が特定されにくいため、米韓軍の報復を受けにくいからである。 韓国政府の調査によれば、北朝鮮のサイバーテロ部隊は、全国の小学生の中から理系の天才児をピックアップして、平壌の金星中学校に集め、徹底したコンピュータ教育を施す。その中から厳選して、朝鮮人民軍総参謀部傘下の自動化大学(美林大学)でハッカーの英才教育を受けさせ、偵察総局に送り込むというわけだ。サイバーテロ部隊は、すでに1000人以上の規模に膨れ上がっているという。 ともあれ、国連安保理の北朝鮮制裁決議を受けて、実戦さながらの米韓合同軍事演習と、北朝鮮精鋭のサイバーテロ部隊が対峙する。3月の朝鮮半島は、一触即発の事態を迎える。 <付記> 上海G20蔵相・中央銀行総裁会議が先週末に開かれましたが、中国経済の減速、原油価格の低迷、米景気の足踏み、新たなEU危機という4つのリスクについての「解答」は得られませんでした。そのうち、中国経済の減速について、昨年来の現地の事情を踏まえて論じたのが本書です。どうぞご高覧ください! 『中国経済「1100兆円破綻」の衝撃』 著者: 近藤大介 (講談社+α新書、税込み821円) 株価暴落560兆円。地方負債480兆円。銀行不良債権36兆円。強引な共産党政治やトップたちの権力闘争と絡め、中国経済が抱える闇とその行く末に迫る!
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今週のコラムでは、北朝鮮の地政学的リスクについて述べたが、世界中の最新の地政学的問題について、ジャーナリストの船橋氏が斬り込んだのが、この新刊本だ。例えば北朝鮮については、次のように記している。 〈 北朝鮮が崩壊する可能性が強まっている。2016年1月の金正恩体制下の核実験は、この国をさらに孤立へと追いやることになるだろう。北朝鮮はこのままでは、爆発(外)か自爆(内)の暴発のいずれのシナリオもありうる。そうなった場合、朝鮮半島の行方が日本の安全保障にとって再び、死活的な意味を持つ 〉 このような船橋氏の博学多才な地政学的見解が、アメリカ、ヨーロッパ、アジア、中東、そして日本と、論じられていく。日本は小さな島国ではあるけれども、その将来を考えるには世界とアジアの地政学を学ぶ必要があると、再認識した次第である。 講談社 Copyright c 2010-2016 Kodansha Ltd. All Rights Reserved. http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48048
[32初期非表示理由]:担当:要点がまとまっていない長文
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