2. 2015年9月30日 12:53:46
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「日本と韓国の交差点」 就職難が変えた韓国の家族の風景2015年9月30日(水)趙 章恩 9月27日は陰暦8月15日。韓国ではお盆、秋夕(チュソク)である。土日を入れて4日間の連休だった。秋夕には親戚一同が集まり、新米のご飯と収穫したばかりの果物、たくさんの料理を作り茶禮(チャレ、お正月とお盆に行う先祖のための祭礼)を行う。お盆が近づくと「主婦の苦労を知ろう」「夫の実家だけでなく妻の実家にも行こう」など、テレビの秋夕マナーキャンペーンが始まる。 今年は特に、親戚が集まった場で姪や甥に「就職は決まったの?」と尋ねるのは絶対タブーだと、地上波テレビのSBS(ソウル放送)がマナーキャンペーンを行った。就職情報サイトJobkoreaが9月16日にアンケート調査を行い、「秋夕で集まった親戚から聞かれたくない質問」を聞いたところ、1位が「就職は?」、2位が「年俸はいくら?」、3位は「太ったんじゃない?」、4位は「結婚はいつするの?」だった。 Twitter Koreaも9月「#マナーが_お盆を_作る(映画『キングスマン』のセリフをパロディにした)」キャンペーンを行った。家族間、親戚の間でもマナーを守って楽しいお盆連休を過ごそうという内容だった。Twitter Koreaは「秋夕には親戚から嫌な質問をされがちなので行った」と説明した。 韓国メディアは2015年のお盆について、多くの大学生が帰省せず、会社員は海外旅行、帰省渋滞はいつもより少ないと報じた。地上波のMBCニュースは9月27日、帰省ラッシュはもう昔話だと報じた。車のナビゲーションシステムを使って渋滞を迂回する、高速鉄道を利用するなどの変化もあるが、秋夕の祝い方も変わったという。昔は秋夕の連休の間、家族や親戚とずっと過ごすのが当たり前だった。ところが最近は親戚が集まるのは半日もしくは1日だけ。あとはショッピングや旅行をして連休を過ごすという。 大学生の場合は、「親戚に会って就職のことを聞かれたくない」という理由で帰省せず、就職のための勉強を続ける割合が非常に高いという。韓国の大学の学生会はお正月とお盆にソウル市内の大学キャンパスから各地方へ向かう帰省バスを運行してきた。通常の高速バスより3割ほど安く利用できるのでとても人気があった。ところが今年は利用者が激減して帰省バスを運行しない大学が増えたという。 工学を専攻しないと就職できない 秋夕の風景を変えたのは、なんといっても史上最悪の就職難。韓国では就職難と青年失業が何年も前から問題になっているが、報道をみると2015年は特に厳しいようだ。 9月19日付の朝鮮日報によると、就職難により韓国では文系の大学生が複数専攻で工学部を選択する割合が急増した。2011年まで、文系の学生が工学部を複数専攻する割合はゼロに近かったが、2015年からどの大学でも目立って増え始めたという。企業が商品の企画や営業、事務の仕事までも工学部出身を優遇するので、学生らは仕方なく工学部を複数専攻しているという。 ソウル大学の場合、2015年3月に入学した文系新入生の24.4%が複数専攻するなら工学部を選択すると答えた。大学も就職サポートのため、文系と理系に分けず本人の望み通り複数専攻をできるよう制度を変えている。文系・理系を決めず、色々な専攻科目を受講できるようにする大学もある。 政府機関の韓国産業人力公団は、2015年9月から文系大学生を対象に工学部の科目を教える講座を始めた。工学部の学生が高校で学ぶ内容からやり直し、工学部を複数専攻できるようにする講座である。韓国の大手企業は、複数専攻で工学部を選択した学生も通常の工学部出身者と同じように優遇するので、この現象はなくなりそうにない。 雇用政策を研究する韓国雇用開発院の調査によると、2014年末時点で理工系卒業生の就職率は65.6%、文系卒業生の就職率は45.5%と差が大きい。全国経済人連合会(韓国の経団連のような団体)が韓国の企業を対象に行った2015年度新規採用調査でも、サムスン電子、LG電子、現代自動車は新規採用の8割以上を理工学出身にすると答えた。 サムスンやロッテが選考方法を変更――成績より実力 企業側も、経済不振を受け採用を絞らざるを得なくなった。少人数しか採用できないので即戦力になる人材を選ぼうと必死になっている。韓国は9月から大学4年生の就職競争が始まる。サムスングループは9月、20年ぶりに採用方式を大幅に変えた。今までは大学の成績が3.0(A・B・C・D・Fの5段階評価で、全受講科目がB以上であること)以上でないと書類審査で落としてきたが、この成績表提出をやめた。その代りに、志望理由を書いたエッセイと、職務適合性評価という書類審査を追加した。職務適合性評価は、大学で受講した科目などから、その学生が志望する業種の専門知識を持っているか、素養はあるかを判断するものだ。職務適合性評価に合格した学生だけが入社試験を受けることができる。 サムスングループは9月に願書を受け付け始め、5段階に及ぶ試験と面接を経て12月に採用を決める。入社試験は、GSAT(Global Samsung Aptitude Test)と、当日その場で課題を出して解決策を発表するプレゼンテーション(クリエーティブさを競う面接)、役員面接などからなる。GSATは、サムスングループが独自に開発したテストで、時事・常識から数学まで幅広い問題で構成されている。面接の方法は業種によって異なる。1泊2日かけて行う形式もあれば、面接官と討論をする形式もある。サムスングループの入社試験には毎年約20万人が集まる。採用する側も必死に人材を選ぼうとする。 サムスングループの変化は他の企業にも影響を与えたようだ。ロッテグループも願書にあった受賞歴、サークル活動歴、語学研修歴の欄をこの9月の募集から削除した。願書に書くためだけの無駄なスペック競争をなくし、本当に仕事をする準備ができている人材がどうかで採用を決めるという。 韓国経営者総協会の調査によると、2014年1月に入社した新入社員の25%が1年以内に会社を辞めていた。理由としては「組織・職務適応失敗」が47.6%ともっとも多かった。狭き就職の門を通過しても、「こんなはずではなかった」と辞めてしまう人が多いのだ。 同協会はこの調査に基づいて、(1)大学の成績や語学研修の経験の有無といったスペック競争では「実務型人材」を選べないとして、(2)新入社員を一斉に大量に採用するのではなく、適切な人材を見つけたら採用する随時採用に変えた方がいいとアドバイスした。ちなみに現代自動車は、新卒の公開採用だけでなく、随時採用も行っている。公開採用は、決まった期間に一斉に入社試験を行い、合格者を採用するもの。随時採用は、中途採用のように、必要な時にその都度採用するものだ。現代自動車の社員が大学を回って学生をスカウトする制度もある。 就職難は変わらない 韓国企業の多くは業績がいいとは言えない状況なので、新規採用を行う企業は少ない。採用方式を変えても狭き門であることは変わらず、就職難はまだまだ続きそうだ。 就職競争に疲れ、ベンチャー起業を選ぶ学生も増えている。韓国政府が2014〜17年に取り組む「経済革新」におけるもっとも重要な要素が「ベンチャー1000社起業支援」である。韓国政府はベンチャー起業のための資金、技術教育、オフィスなどを無料で提供する支援策を数えきれないほど行っている。グーグルもアジアで初めてのグーグルキャンパスをソウルにオープンし、ベンチャー起業を目指す人をサポートしている。韓国には今、2000年代初めと同じようなベンチャーブームが再来している。深刻な就職難は韓国社会と経済を色々な面で変えている。 このコラムについて 日本と韓国の交差点 韓国人ジャーナリスト、研究者の趙章恩氏が、日本と韓国の文化・習慣の違い、日本人と韓国人の考え方・モノの見方の違い、を紹介する。同氏は東京大学に留学中。博士課程で「ITがビジネスや社会にどのような影響を及ぼすか」を研究している。 趙氏は中学・高校時代を日本で過ごした後、韓国で大学を卒業。再び日本に留学して研究を続けている。2つの国の共通性と差異を熟知する。このコラムでは、2つの国に住む人々がより良い関係を築いていくためのヒントを提供する。 中国に留学する韓国人学生の数が、日本に留学する学生の数を超えた。韓国の厳しい教育競争が背景にあることを、あなたはご存知だろうか? http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/215834/092900016/ |