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国交正常化50年 日韓の未来
(中)「克日論」「雁行形態観」修正を
深川由起子 早稲田大学教授
6月22日、日韓は深刻な関係悪化の下で国交正常化50周年を迎える。韓国の朴槿恵(パク・クネ)政権は従軍慰安婦などの「歴史認識」問題から安全保障と経済を切り離す方針に転じたようだ。だが、国家アイデンティティーの重要部分を経済が占める点は日韓共通で、経済関係が対立要因の外にあったのではない。むしろ、かつては圧倒的だった経済力格差の縮小は対立の背景かもしれない。しかも格差縮小の現実さえ、正確に把握されていない可能性が高い。
日韓経済は2000年代以降の急速なグローバル化に直面し、その関係も大きく変化した。にもかかわらず、感情対立はしばしば、経済関係を旧態依然とした国境の中に押し込め、ゆがんだ「経済認識」をつくり出してきた。ゆがみを正して自らの成長戦略の中に相手を具体的に位置づけられなければ、経済関係の切り離しも容易ではあるまい。
日韓はともに農業を除けば貿易の開放度が高く、産業の国際化も進んでいる。だが歴史的には産業政策の伝統を持ち、対内直接投資の受け入れで世界に大きく劣後するなど「国民経済」意識の強い組み合わせだ。経済実態とは裏腹に韓国側は伝統的な民族感情で、日本側はかつての雁行(がんこう)形態論的な枠組みの中で、国境を設定しがちだ。
最貧国から出発し、購買力平価でみれば1人当たり国民所得でほぼ日本に追いついた韓国の歴史的動力は、常に追いつき追い抜く、というキャッチアップ型工業化だった。経済面ではこの「克日」論理が一定程度、民族感情を統制してきた。しかし近年、韓国の輸出主導型回復をけん引したのは中国など新興国市場だった。技術の導入先も、日本のイノベーション(革新)停滞を受け電子機器やIT関連を中心に米国にシフトした。米中2極の世界観支配とともに「克日」が後退し、対日関係は民族感情だけが残った。
一方、日本側は今も先端技術の開発を専ら日本が担い、技術および資本財や部品を人件費の安いアジアの組み立て加工拠点に供給していた時代のアジア経済観が払拭されていない。実は韓国も近年までは同じで、その一部が硬直的な対日貿易赤字批判だった。
しかし技術のデジタル化や生産体系のモジュール(複合部品)化、技術者を含めた人材の国際移動などで国際競争の条件は大きく変化した。新興国のキャッチアップは事業選択と企業内外の経営資源の組み合わせが正しければずっと容易になった。電子産業など韓国が素早く対応して競争力を高めた分野では、技術流出や知的財産権の係争などで日本側に被害者意識が残った。
まずは現実に合わせて「経済認識」を修正することが出発点となろう。ごく最近まで割安な為替レートに乗じ、自国からの輸出拡大をテコに成長してきた韓国では、メディアや政策担当者の思考はサプライチェーン(供給網)よりも単純なグロス(総額)の貿易統計に支配されがちだ。
グロスでみれば韓国にとっては、中国は輸出で25.4%、輸入でも17.1%を占める圧倒的な存在なのに対し、日本はそれぞれ5.6%、10.2%にすぎない(14年)。しかし企業の多国籍化に伴って貿易の担い手は複雑化し、近年では国境を越えた広域的なサプライチェーンが重要となっている。日韓のように部品や素材などの中間財が貿易の中心となればなおさらだ。
一方、中国は日韓よりはるかに開放的な産業集積を擁し、中韓貿易の担い手は韓国・中国企業だけではない。日本から韓国への輸出が中国拠点からの供給に置き換われば中韓貿易の増大、日韓貿易の縮小になり得るが、こうしたサプライチェーンの変化を韓国・中国の台頭=日本の衰退と決めつけるのは短絡的でしかない。短絡的思考に束縛された韓国の通商政策は2カ国間自由貿易協定(FTA)に執着し、結局、環太平洋経済連携協定(TPP)のような広域協定の潮流に乗り遅れた。
他方、雁行形態時代とは異なり、日韓の比較優位は機械類を中心に接近している。図は経済協力開発機構(OECD)の付加価値貿易をベースに日韓の比較優位の変化を示す。この統計は中間財を重複計上しがちなグロスの貿易とは異なり、産業連関表を使って主要57カ国が生み出した付加価値で貿易を再計算する。
電子機器ではもはや日韓の比較優位は2000年代前半に逆転、輸送機器でも差は急速に縮小している。電子機器の最大品目は日韓ともデバイスだが、日韓間の貿易では、日本がプロセッサーなどの集積回路を輸出し、韓国からはメモリーを輸入するなど典型的な水平分業が成立している。
韓国の正規職賃金は既に日米を上回る。ゆがんだ高賃金体系は非正規職の多さや高い青年失業率などで維持不能になりつつあるが、労働改革は難航する。安価な人件費と割安な為替レートの下で技術を導入し、オーナー経営者の果断な集中的投資で量産を進めるといった成長モデルは過去のものとなった。韓国の研究開発投資は国内総生産比では世界トップで、絶対額でみても米中日独に続く。情報通信やバイオなど知識集約型産業に注力するほかなくなった。
韓国の「克日」論と日本の雁行形態観はハード中心思考の産物でもあった。特に韓国側では「克日」論が後退しても、いまだに日本は「製造業で激しい世界シェア争いを展開する相手」と位置づけられがちだ。だが国民経済単位であれば、日本の産業構造で製造業が現在の韓国と同水準だったのは1980年代末で、もう四半世紀も前だ。
90年代以降は周期的な円高で海外への生産移管が進み、産業構造は韓国よりはるかにサービス化した。米フォーチュン誌によるグローバル500企業(14年)に入った韓国企業17社のうち12社までがメーカーだが、日本企業では57社のうちメーカーは半数以下で、残りは銀行や保険、商社、通信などが占める。
現実を見つめ直せば、日韓間には様々な補完関係や協力の潜在性がある。韓国の国際的メーカーは日本の商社や銀行と多様な取引関係を持つ。また国ではなく人の次元でみれば、国際人材の不足で日本企業も韓国人を含めた外国人を採用している。今後はビジネス環境整備や立地優位で競争し、外圧をかけあうことが健全な関係につながろう。
アベノミクス以前の日本で指摘された「6重苦」――通貨高、高いエネルギーコスト、法人税、環境規制、労働規制、FTAの遅れなど対外競争条件の不利――の立地劣位は今や韓国に移動中だ。大幅な貿易黒字でウォンは強含み、公企業改革で電力料金は引き上げが不可避だ。税収不足で増税議論が始まり、環境基準も大幅な引き上げが続く。労働規制や賃金改革は遅滞し、国内にはFTA疲れが広がる。
突破口として、ITからバイオや新しい農業まで、ベンチャーの交流も有益だろう。防災や感染症対策、高齢化社会、都市交通など先端研究で実験施設やデータを共有することもコスト削減に役立つ。行政は透明で効率的な予算執行、司法は予測可能で公平性のある判断を競えばよい。
日韓経済はグローバル化しているが、地球儀を俯瞰(ふかん)しても人の移動や情報量という地政学は否定できない。国交50周年後の新しい経済関係は地政学を認め、負のエネルギーを正に変えることから始まるのではないか。
<ポイント>
○現実に合わせて両国の「経済認識」改めよ
○日韓の比較優位差は機械類を中心に縮小
○両国には様々な補完関係や協力の可能性
ふかがわ・ゆきこ 58年生まれ。早大卒、同大大学院博士課程修了。専門はアジア経済
[日経新聞6月4日朝刊P.27]
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