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漂流タイ クーデター1年
(上)視界不良の民政復帰 憲法草案、公平さ巡り論争
軍事クーデターから1年を迎えるタイが閉塞感を強めている。軍事政権下で表面上の平穏は戻ったが、長く国民を二分するタクシン元首相派と反対派の対立はくすぶり、経済の回復も思うように進まない。漂流するタイはどこへ向かうのか。
4月30日夜、タクシン派が運営する衛星テレビ局「ピースTV」の画面が突然真っ暗になった。政府が電波を強制的に遮断したのだ。その後、軍幹部が局を訪れ、放送免許の剥奪を通告した。
問題視されたのは「赤シャツ隊」で知られる政治団体、反独裁民主統一戦線(UDD)のチャトゥポン代表が出演するトーク番組だった。最近起きた爆発事件を「政府の自作自演」と評した発言を、軍は「社会対立をあおる」と断定した。
「ろくな調査もなく、突然通告された。法律に反する」。ピースTVは不服を申し立て、規制の網の届かないユーチューブ上で放送を続ける。
今のタイでは軍が法律だ。戒厳令こそ4月に解除したものの、軍政トップのプラユット暫定首相に治安維持の絶対権を与えた。軍政に批判的な記者を「処罰する」と発言し、強権を振りかざす。
大義名分は「国民和解の推進」だ。タクシン氏が追放された2006年以降、地方の低所得層が支持するタクシン派と、都市の富裕層・中間層が中心の反タクシン派の争いが続く。「中立の調停者」を装って再びクーデターを決行した軍は、政情安定が最優先課題だ。
が、足元の平穏は和解の成果ではない。軍の影響下にある暫定議会は1月、コメ政策の巨額損失を巡り、タクシン氏の妹のインラック前首相の公民権を停止した。前首相は刑事責任も問われ、19日に初公判が開かれる。露骨なタクシン派潰しにティーダUDD前代表は「民主主義のルール無視だ」と不満を強める。
軍政は「早期の民政復帰」を掲げるが、その行方にも黄信号がともる。
「公平さを欠く」「民意を反映しにくくなる」――。4月後半、憲法起草委員会がまとめた草案に批判が噴出した。圧倒的多数を握る巨大与党の出現を阻止し、議員でなくても首相に就任できる内容だったためだ。
かつて強力なタクシン政権を産み落としたのは「史上最も民主的」といわれ、巨大政党と強い首相に道を開いた1997年憲法だった。前回クーデター後の07年憲法はそれを修正したが、選挙に強いタクシン派の再台頭を阻めなかった反省が、草案の背骨となった。
過度の規制は角を矯めて牛を殺しかねない。反タクシンの急先鋒(せんぽう)、民主党のアピシット元首相も「国民の意思を国政に反映させる力を政治家から奪う」と批判的だ。
憲法論争の背後にあるのは政治家全体への不信だ。「暴力沙汰はもう嫌。あと3年は軍政が続いてほしい」。バンコク都心部で紳士服店を営むアンチャリーさんはこう話す。10年近くも政治対立を解決できず、汚職も絶えない政党政治へ、国民の不満は鬱積している。
「民主政治は時に国民に我慢を強いるが、この国では混乱が起きるたびに軍がリセットボタンを押してきた。その安直な姿勢が、国民の政治的成熟を阻んできた」とチュラロンコン大のシリパン准教授は嘆く。タイの民政復帰の行き先が、民主主義の後退につながる恐れは否定できない。
[日経新聞5月19日朝刊P.7]
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(下)景気回復 処方箋示せず 家計の借金、消費の重荷に
「作付け資金を手当てするため、追加の借金に頼らざるを得ない人もいる」。コメの一大産地であるタイ東北部ウボンラチャタニ県で、村のリーダーのスクン・サンディーさんは肩を落とす。
タイの家計債務が急膨張している。国内総生産(GDP)に占める割合は2014年末時点で約86%。最近5年間で一気に25%も上昇した。
タイ語で「農民銀行」を名乗るカシコン銀行は個人に融資する際の審査基準を最近、厳格化した。タウィー副社長は「債務が増えて返済能力を超えている人には貸せない」と言う。
借金漬けは「輸出依存から内需主導の成長への転換」を掲げ、大胆な景気刺激策をとったインラック前政権の負の遺産だ。コメの高値買い上げや自動車・住宅購入者への大型減税は、空前の消費ブームを呼んだ。政権2年目の12年のGDP伸び率は前年比6.5%に達し、前年の洪水危機からV字回復を果たした。
だが「上げ底景気」のメッキがはがれるのは早かった。政策が一巡すると、膨らむ借金が消費の重荷となった。山が高いほど谷は深い。12年に前年比8割増の144万台に達した新車販売は、今年3月まで23カ月連続で前年割れしたままだ。
昨年5月にクーデターを決行した軍は、当初はタクシン元首相派のバラマキ的な経済政策を批判した。前政権の看板だったコメ買い上げを廃止し、高速鉄道4路線の整備計画は白紙に戻した。
ところが9月に正式発足したプラユット暫定政権の政策も、大きな違いはなかった。1兆円超の景気対策は農家への補助金、地方の学校・病院の改修などバラマキ的なメニューが並んだ。
インフラ整備も同様だ。「民間企業の運営とは驚きだ」。2月に訪日したプラユット氏は東京〜大阪間の新幹線に乗り、ご満悦だった。自国の長距離鉄道計画に高速鉄道の導入検討を指示したのはその直後だった。
新幹線も候補に挙がる。日本政府が熱心に採用を働きかけている事情があるが、ある日系企業の幹部は「とても採算は合わない」と声を潜める。
バラマキ的な政策で目先の国民の支持を得て、国家の中長期的な競争力強化に向けた大型公共工事へとつなげる。06年、14年と2度のクーデターにより道半ばに終わったものの、かつてのタクシン政権やインラック政権が描いた経済戦略だ。
その手法をなぞる軍事政権の悩みは、笛を吹いても景気がよくならないことだ。GDP伸び率は「巡航速度」とされる5%を割り込み、今年1〜3月まで8四半期連続で3%以下。08年のリーマン・ショック後でさえ5四半期にとどまったことを考えると、低成長が常態化し始めている。
1997年のアジア通貨危機後を除けば「異次元」で足踏みするタイ経済。繰り返す政情不安でも傷つかず「テフロンエコノミー」と呼ばれた以前の面影はない。
「国民和解」を掲げる軍政は、政治対立の一因だった経済格差の解消を狙い、早々に所得再配分のための資産課税の導入を打ち出した。ところが上向かない景気への配慮を理由に、相続税は税率引き下げで骨抜きにされ、固定資産税も雲行きが怪しい。
「平和を維持するためには経済発展が伴わなければ」。汚職罪での服役を拒んで国外逃亡中のタクシン氏は19日、韓国の国際会議での講演でこう話した。軍政が経済再生の処方箋を描けない現状は、肝心の政情安定にも影を落とし始めている。
小谷洋司、京塚環が担当しました。
[日経新聞5月20日朝刊P.7]
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