05. 2014年12月08日 07:25:30
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安倍政権の日印安全保障協力を検証する2014年12月8日(月) 長尾 賢 2014年も12月となった。話題の中心を占めるのはやはり総選挙だ。第2次安倍政権の2年間の成果が問われることになろう。 安倍政権が達成した成果の中でインドとの友好関係は進展した分野である。安倍晋三首相が就任して以来、2013年には天皇陛下の訪印が実現。2014年1月には、安倍首相がインド共和国記念日の主賓として招かれた。2014年8月末のナレンドラ・モディ首相の訪日は、インドの新首相が主要国の中で最初に訪問先に日本を選んだものであった。インドは、日本を重視するようになっているのだ。 こうした行動は、日印関係が重要であることを示すシンボルとして有用である。ただ、より問われるべきは具体的な政策の実現だ。この2年間、日印間で何があったのか。そしてこれからどのような具体的な政策課題があるのか。特に安全保障問題に力点を置いて分析してみたい。 東南アジア支援で日印対話を開始 安倍政権は大きく3つのことを実現したと言えよう。まず、最も成果が上がったのは安全保障が絡んだインフラ開発の分野である。インドと中国の国境に近いインド側でのインフラ開発に、日本の国際協力機構(JICA)が資金援助することでほぼ合意した。これは非常に意義深いものである。 なぜ意義深いのか、筆者は日経ビジネスオンラインで繰り返しその重要性を指摘してきた(関連記事:「インドが日本に示した奥の手」)。短く言えば、中国の国防費を、印中の国境地帯と東シナ海の2方向に分散させ、どちらも不十分なものにする。結果として、中国の国防費が増大する中でも、日本もインドもコストパフォーマンスよく対応できることになる。これを実現するためには、内陸にいるインド軍が国境地帯に素早く移動できるように道路や空港といったインフラを整備する必要がある。 日本は今回、インドと中国が領有権を争っているアルナチャル・プラデシュ州をはじめとする係争地でインフラを開発するわけではない。しかし、係争地につながるインド国内の道路を整備する。具体的にはインド北東部の各州だ(図1参照)。 図1:インド北東部の位置関係 この構想は、安全保障上すでに一定の意義を見せ始めている。インドでは、日本がインドの国境防衛に協力しているとする報道が現れている(関連情報)。これに対して中国政府が、日本側に説明を求めた。日本は、係争地への支援ではなく、普通のインフラ開発と説明しているようだ(関連情報)。インドが日印協力の重要性を現実のものとして感じるようになったこと。そして、中国が日本の動きを気にするようになったことは、安全保障上、日本を無視できなくなったことを意味している。外交上の大きな成果だ。
2つ目は、海洋安全保障上の協力の拡大だ。海上自衛隊とインド海軍が共同演習を毎年行うようになった。米海軍とインド海軍が行う演習にも海上自衛隊が参加する。このような日印、日米印の共同演習は、2007年と2009年、2012年にも行われているから、第2次安倍政権の成果としては目立たない。しかし、この日印両国の海上防衛組織が交流した後、今年初め、陸上自衛隊とインド陸軍が人道支援・災害救援及びテロ分野で協力することになった。航空自衛隊とインド空軍が、幕僚やテストパイロット、輸送機部隊間の交流を進めることにもつながった。この点で成果を拡大したと言える。 3つ目は、東南アジアを念頭に置いた日印2国間対話の開始だ。これは、2014年1月に安倍首相が訪印した時に決まったものだ。非常に意義深いことにつながるかもしれない。現在、中国による力を背景とした海洋進出が最も激しいのは南シナ海である。その原因の一つは、大国がいないことと考えられる。南シナ海には、東シナ海における日本、インド洋におけるインドのような存在がおらず、進出しやすいと見たのだろう。だから、東南アジア諸国には自ら強い防衛力を保有して、中国に対する抑止を高めることが望まれる。 しかし、東南アジア諸国が十分な防衛力を自力で整備するのは難しい。周辺の国が支援する必要がある。インドは1990年代から既に、東南アジア諸国の防衛力整備に協力してきた。特にベトナムとの関係は深い。インドはベトナムの新しい潜水艦部隊の乗員の訓練を請け負っている。新しいモディ政権は、戦闘機パイロットの訓練や、対艦ミサイルの輸出、哨戒艇の輸出なども進めるようだ。 日本もベトナムに哨戒艇10隻を供与する。だとすれば、日印が協力してベトナムを支援できればもっとよい。シンガポールや、マレーシア、インドネシア、フィリピンなどに対する支援でも、日印で協力できるはずだ。 1月に合意したASEAN(東南アジア諸国連合)加盟国に関する2国間対話は、こうした具体案を協議する上で、役に立つ可能性を秘めている。日越印といった3国の戦略対話などに結び付けば、より具体的な話を調整しやすくなるものと考えられる(図2参照)。 図2:アジアの位置関係図 救難飛行艇の輸出は道半ば
一方、実現に至っていない、途上の案件もいくつかある。1つ目は日印間で行っている外務・防衛当局者会談(いわゆる2プラス2)が事務次官級にとどまっていることだ。日米、日ロ、日豪では、外務大臣及び防衛大臣級が会談している。 事務次官級にとどまっている原因は定かではない。インド側が、中国の猛烈な阻止行動を招き、協力枠組みをだめにしてしまうことを恐れているのかもしれない。大臣級という象徴的で目立つ行動よりも、実務面で連携が進むことの方がより重要だからだ。 そのことを示す一例は、安倍首相が訪印した時に決まった、日本の国家安全保障局長とインドの国家全保障顧問との定期協議の立ち上げだ。2プラス2に比べれば目立たないが、実務面では意義がある。このような実務的な意見交換を続けていけば、いずれ2プラス2も閣僚級になるものと予想される。 2つ目は、救難飛行艇US-2を日本からインドに輸出する案件だ。これは日本が自衛隊の大型防衛装備品を初めて輸出するケースになる予定だ。しかし、まだ交渉中である。なぜいつまでも交渉中なのか。いくつも問題が指摘されている。 まず、高額であること。1機100億円になるかもしれない。しかも、波が高い時期があるインド洋でも1年中、離着水できる世界で唯一の機体であることが、必ずしも交渉で有利に働いていない。インドは、比較しながら適正価格を交渉するのに慣れているからだ。ロシアやカナダも飛行艇を生産している。しかし、離着水できない時期が長く、性能面で見ると日本のUS-2とは比較にならないものだ。インドは、他に比較可能な製品がない高額な製品を見て、日本にだまされて高い買い物をすることを恐れている。 次に、日本側に交渉の窓口がないことだ。日本は長年、防衛装備品を輸出してこなかった。だから、この取引が、外務省の案件なのか、防衛省の案件なのか、はたまた経済産業省のものなのか明確でない。ただし、日本側は組織の整備を進めており、これから改善されていくだろう。 さらに、インド側にも問題がある。そもそもインドとの武器取引は非常に複雑でペースが遅い。インドは外国から武器を輸入する際、自国の技術を高めるためのルールを定めている。また、汚職が起きないよう、それを防止するためのルールも様々ある。一度決めても、決断を変更することが多い。だから、なかなか話が進まないのだ。しかもUS-2は救難飛行艇である。インドは今、戦闘用の正面装備の購入を優先させている。だから、救難飛行艇は後回しになりやすいのかもしれない。 こうした事情を考えると、救難飛行艇の輸出はじっくり取り組む必要がある。ただ、昨今の日印関係拡大の象徴でもあり、実現する可能性はあると言えよう。報道によれば、インドは15機の購入を検討しているとも、もっと多いとも言われている。 3つ目は、やはり安全保障にかかわるインフラ開発である。報道によれば、インドが進めるアンダマン・ニコバル諸島の空港建設に対して、日本が支援を検討しているようだ。アンダマン・ニコバル諸島とはどこか。南シナ海とインド洋をつなぐマラッカ海峡の出入り口にあるインド領の島々だ。もしアンダマン・ニコバル諸島にインド軍が大規模に展開すれば、有事の際に、マラッカ海峡を通行する船を制限することができると言われている。つまり、中国のシーレーンを有事に封鎖することができる。だから、インド軍は近年、基地化を進めている。 日本としては、インドの取り組みを支援しておきたい。そして、日本が安全保障上、無視できない存在であることを中国に示しておきたいのだ。(関連情報)。 今後は宇宙防衛も視野に 以上に述べた状況を短くまとめるとこうなる。第2次安倍政権下で日印の安全保障関係の大枠は定まりつつある。しかし、具体的な案件の実現は、これから進めていく必要がある。 では、上記の案件以外に、どのようなものが検討課題に上るであろうか。1つは、南アジア諸国に対する支援での協力だ。昨今、南アジアでは、インドの周辺国を中国が支援することが多くなっている。インドは、中国の影響力が増すことを警戒している。特に、「真珠の首飾り」戦略に代表されるように、インドの周辺国が、中国軍の拠点になることを懸念している。しかし、インドは、これらの国々に対して中国に匹敵する支援を行うことは難しい。 そこで、日本との協力がカギになる。日本も、インド洋を通る自らのシーレーンの周辺で中国軍が活動を活発化させていることを懸念している。インド周辺国が中国の拠点にならないようにしたい。そして、日本も、中国に比べれば、インドの周辺国に対して支援できる金額は少ない。しかし日印で協力すれば、中国の多額の支援に対して、ある程度の対抗力を示すことができるだろう(関連記事:「動き出した日本のインド洋戦略」)。 2つ目は海洋安全保障にかかわる防衛装備品の輸出である。具体的には、日本からインドに掃海艇や潜水艦を輸出することが想定される。掃海艇は日本が得意としている分野だ。しかも昨今、中国海軍の潜水艦がインド洋で活発に活動するようになった。中国の潜水艦が、有事の際に、機雷を仕掛ける可能性が懸念されている。インドは機雷に対処できる掃海艇を必要としている。 実は、韓国がインドに8隻の掃海艇を輸出する計画だった。ところが、インドは最近、韓国との契約を破棄しそうだ(関連情報)。インドは別の理由は挙げているが、韓国がパキスタンに武器を輸出する提案をしたことと関係しているかもしれない。日本にとっては輸出のチャンスが巡ってきたと言える。 また、日本からインドへ潜水艦を輸出することも考えられる。インド洋に展開する中国の潜水艦に対抗するために、インドも潜水艦を必要としている。もし日本側で、性能は高いが安価で日本の機密をばらさない輸出用の潜水艦が用意できたら、話が進む可能性がある。 3つ目は、航空分野における協力だ。具体的には練習機、ミサイル防衛での協力が想定される。練習機については、日経ビジネスオンラインに既に書いている(「日印で練習機を共同開発しよう!」 )。その後、進展があった。インドは初等練習機をスイスから、高等練習機をイギリスから輸入し、運用を開始した。だが、既存の中等練習機が老朽化しているため、次期中等練習機が必要になっている。日印が共同開発することが望ましい。 ミサイル防衛について、インドは現在、独自の陸上配備型システムを開発している。その開発に、米国、ロシア、イスラエルが協力している。しかし今後、インドも海上配備型のミサイル防衛を必要とするかもしれない。中国が対艦弾道ミサイルなどを配備すると、インドの主要な港がその射程内に入る。インドの空母はその活動を制限されることになる。空母を守るために、インドは海上配備型のミサイル防衛システムが必要となる。海上配備型のミサイル防衛システムでは、日米が共同開発しているシステムが世界で最も優れている。ミサイル防衛システムの開発を通して、日米印3カ国の枠組みを強化することができれば、それは日本外交の成果になろう。 4つ目は、宇宙防衛における協力だ。実は日本とインドは同じような宇宙政策を進めてきた。両国とも平和利用を基調とし、宇宙利用において安全保障上の観点を欠いてきた側面がある。しかし2007年に中国がミサイルによる衛星迎撃実験を行って以降、両国は宇宙の利用に関して安全保障上の観点をより重視するようになった。日本は内閣府を中心とする体制を整備した。インドも2009年に、統合宇宙部門を創設した。国防省の陸海空軍及び防衛研究開発機構と、宇宙省傘下のインド宇宙研究機関が共同で宇宙防衛に当たる体制だ。2020年までには、より統合が進んだ体制が整う見込みである。 つまり日印両国は、平和利用を基調としながら宇宙防衛に取り組む点で戦略方針を共有していることになる。だとすれば、宇宙防衛の分野で協力関係をより緊密なものにしてもいいはずである。取得した情報を共有するだけでなく、情報の収集、分析の面でも協力していい。 日印が安全保障分野で協力できることは多い。今後も状況に応じて増えていくだろう。日本の総選挙の結果、次の政権がどうなるかはわからない。しかし第2次安倍政権が進めた成果は、活かす必要がある。 このコラムについて 日印「同盟」時代 日本とインドの安全保障関係が進展している。2005年以降、首相が相互訪問。2012年には海上合同演習も始まった。そして2014年にはインド共和国記念日の軍事パレードの主賓として、安倍晋三首相が招かれた。従来にはなかった動きだ。日印関係に何が起こっているのか。そこにどのような可能性があるのか。このコラムで検証する。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20141203/274607/?ST=print |