05. 2014年12月05日 06:23:53
: jXbiWWJBCA
【第533回】 2014年12月5日 小野田治 [ハーバード大学シニアフェロー] アジアの安定化に日本が果たすべき役割は何か ニッポンの安全保障を考える(3) ――小野田治・ハーバード大学シニアフェローおのだ・おさむ 1954年神奈川県生まれ。防衛大学航空工学科(第21期)卒。77年10月第一警戒群(笠取山、三重県)に勤務。79年3月第35警戒群(経ケ岬:京都府)保守整備部門の小隊長。82年12月警戒航空隊(青森県三沢基地)警戒航空隊の部隊建設に従事。保守整備部門の小隊長。89年8月航空幕僚副長副官(東京都市ヶ谷基地)。96年8月防衛研究所第44期一般課程(東京都目黒基地)。99年3月航空幕僚監部防衛課装備体系企画調整官(東京都桧町基地)。00年8月第3補給処資材計画部長(埼玉県入間基地)。01年8月航空幕僚監部防衛課長(東京都市ヶ谷基地)。02年12月第3補給処長(埼玉県入間基地)。04年8月第7航空団司令兼百里基地司令(茨城県)。06年8月航空幕僚監部人事教育部長(東京都市ヶ谷基地)。08年8月西部航空方面隊司令官(福岡県春日基地)。10年12月航空教育集団司令官(静岡県浜松基地)。12年7月勧奨退職。 ?昨年10月に安倍政権は日米安全保障協議委員会(「2+2」)で日本の役割を拡大すべく、日米防衛協力の指針(「ガイドライン」)を2014年末までに改訂することに合意。拡大核抑止の強化、宇宙やサイバーなど新たな分野での協力、防衛装備・技術協力など、両国の連携の緊密化に合意した。 ?合意されたガイドラインの改訂は、昨年12月の閣議決定(国家安全保障戦略、防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画)と密接に関連している。 ?シリーズ「ニッポンの安全保障を考える(2)」では、閣議決定の内容と、ガイドライン改訂の内容を実現するための課題を踏まえた、今後の日米防衛協力のあり方を考える上での第1の論点として「グレーゾーン事態の対処」を挙げた。 ?本稿ではそれに続く第2の論点として、「国際貢献」を挙げる。なお、主として海上及び航空分野に焦点を当てることにする。 地域における日米共同の 軍事・非軍事の支援が必要 ?国際社会における安倍政権の掲げた「積極的平和主義」は、安全保障戦略の重要な柱であり、自衛隊の国際的な活動における制約をいかに緩和するかは大きな課題である。 ?今回の閣議決定において、武力行使そのもの及び武力行使と一体化する活動は、憲法9条が禁止する活動であることを原則としつつ、「現に戦闘が行われていない地域」での後方支援活動は武力行使の一体化に該当しないとされた。 ?また武力行使を伴わない国連平和維持活動における「駆け付け警護」に伴う武器使用や、「任務遂行のための武器使用」、領域国の受け入れ同意に基づく武器使用を伴う在外邦人の救出を可能とする方向で、今後法整備されることになった。 ?この方向によって自らの安全を他国に依存せずに国際的な活動を行うことが可能となることから、今後の法整備に併せて共通の部隊行動基準策定など、具体的な連携について米国と調整を進める必要がある。 ?一方、中東におけるイスラム国に対する多国籍軍の行動のように、武力行使を伴う活動に参加できない現状は変わらず、国際的な立場から見たときに果たして「より積極的な国際貢献」の役割を担うと言えるのか疑問が残る。米国では、今般の憲法解釈の変更を評価しない人々は、「日本は自国の防衛のためだけに集団的自衛権の行使を容認し、国際活動においては依然として十分な貢献ができないままだ」という見方をしている。 ?また地域諸国が主体的な能力を発揮できるよう、日米が協力して各国の防衛能力構築を支援する活動は極めて重要である。現在日本の支援は非軍事分野に限定しているが、米国と共同して軍事・非軍事の区別なく支援を行っていくことが有益である。 ?能力構築支援活動を日米が協力して行うことで、地域諸国に防衛協力のあり方を提示できるからである。その活動が中長期的には地域に共同防衛体制を育むことになるだろう。領土などの係争を抱えているフィリピンやベトナムにとって、こうした支援は非常に重要な意義を持つと考えられる。 「日本が盾、米国が鉾」 という考え方は過去のもの ?第3に「我が国に対する武力攻撃事態への対応」も重要な論点だ。 ?我が国に対する武力攻撃について現ガイドラインでは、日本に対する航空侵攻、周辺海域及び海上交通路の侵害、着上陸侵攻、不正規型攻撃、弾道ミサイル攻撃について共同作戦を行うこととしている。 ?もっとも懸念されるのは、A2/AD(Anti Access/Area Denial)による弾道ミサイルや巡航ミサイルによる攻撃と離島に対する着上陸である。特に南西諸島方面は地積が限られることから抗たん化(*)、分散配置は容易ではないが、即応態勢を確保するための前方展開拠点新設を含めて可能な限り努力する必要がある。さらに自衛隊と米軍施設の相互利用や施設の多機能化と多重化、空港、港湾、電力や通信といった社会インフラの抗たん性を高める努力も大切である。米軍は艦艇や陸上の基地が精密なミサイル攻撃に晒されることに大きな脅威を感じており、日本の基地に十分な抗たん化措置が図られない場合には、情勢緊迫時にグアム島などの後方基地に戦力を一時退避させることを考慮しているものと思われる。 ?離島侵攻対処における水陸両用戦能力の整備と日米共同態勢はもとより、南西諸島への迅速な戦力機動、後方支援、住民避難などのために本州方面との輸送手段を多層的に整備することが不可欠で、とりわけ海上及び航空輸送能力の整備充実、この分野での日米恊同も考慮に入れるべきである。 ?武力攻撃が生起する場面は、陸上、海洋、航空という3つの場に加えて宇宙、サイバー空間を考慮する必要がある。両分野ともに平素から日米が協力して警戒監視に努め、有事においては相手にこの分野を利用させない「拒否的能力」も必要になると思われる。 ?日米共同作戦は、日本が主体的に防勢作戦を行い、米国がこれを補完・支援することを基本としている。航空侵攻、海上交通路防衛に際して、米国は「打撃力の使用を伴う作戦を含め自衛隊の能力を補完する作戦」を行うこととされている。弾道ミサイル攻撃に際して米国は「必要に応じて打撃力を有する部隊の使用を考慮」するとして、日本の打撃力使用については記述がない。 「日本が盾、米国が鉾」、防衛作戦での主体と補完という伝統的な考え方は、弾道ミサイルや巡航ミサイルの発達、宇宙分野やサイバー分野を考慮すれば、既に意味を失っているように思える。 ?日本は現在保有している地対艦、空対艦ミサイルの長射程化を図れば限定的な打撃力を整備できるだろうし、北朝鮮の弾道ミサイル基地だけでなく、A2/ADへの対処にも活用できると考えられる。 ?また、前述した常設の日米共同調整所は有事における指揮統制中枢としてより有効に機能するだろう。将来的に日米共同開発によるA2/AD対処兵器が実現するかもしれない。 (*)抗たん化……軍事施設などが敵の攻撃を受けてもそれに耐え、機能を維持できるようにすること。 米国の後方支援は可能だが 戦闘はできない日本 ?当然ながら、第4の論点として「周辺事態法が適用されるような事態が起きた場合、我が国はどのように行動するのか」も挙げられる。 ?先日、ハーバード大学でアジア各地から訪れた大学生に対して日本の安全保障について講義を行った際に、フィリピンの学生から質問を受けた。 「フィリピンは中国との間で島の領有権を争っていますが軍事的に太刀打ちできません。もし中国から軍事攻撃を受けたら日本の自衛隊は助けに来てくれますか?」 ?筆者は以下のように答えた。 「残念ながら、貴国のために自衛隊が中国と戦うことはできません。同盟国である米国が貴国を支援するでしょう。その際、日本は米国を支援することになると思います」 ?日本は周辺事態法の適用によって、フィリピンを支援して中国と戦う米軍に対して、戦闘が行われない地域に限って物品や役務などを支援し、捜索救助活動及び船舶検査活動などを行うことができる。 ?そこに中国軍が攻撃を仕掛けてきたら、米軍の要請を受けて戦うことができるかというと、果たして武力行使の3要件に該当するのか疑義がある。 ?米軍が空母を派遣する場合、海上自衛隊には対潜戦、機雷掃海、潜水艦による中国艦艇の制圧、航空自衛隊には警戒監視と航空優勢の確保などが期待されるところだが、対潜戦や中国艦艇の制圧などは武力行使であり不可だろう。一方、機雷掃海や警戒監視は「現に戦闘行為を行っている現場」でない限りは可能である。 ?集団的自衛権の行使がどの程度可能かは今後の法制整備を待つ必要があるが、大局的に見て地域の安定に寄与するためには日米が連携して行動する必要があり、そこに制約があってはならない。 日本の打撃力強化に 強い懸念を持つ米韓 ?最後の論点として、「拡大核抑止の信頼性向上」が挙げられる。 「北朝鮮の核及び弾道ミサイルに対して、日本はこれらの使用を抑止する手段を持つ必要はないのか」、「北朝鮮の基地に対する打撃能力を整備して、米国の拡大核抑止を補強すべきではないか――」 ?こうした議論について米韓の識者の多くは、日本が独自の判断で北朝鮮を攻撃する能力を保有することに強い懸念を表明している。日本が北朝鮮を攻撃すれば、北朝鮮は韓国を攻撃して、一気に事態が拡大するという見方である。従って日本の打撃力強化とその一方的な行使は、抑止の信頼性向上には繋がらないという。 ?筆者はこの見方は正しいと考えている。日本国内の議論は、日本に対するミサイル攻撃を抑止するという点に焦点が当てられているが、同時に韓国に対する攻撃も抑止できなければ意味がないからだ。日本だけが打撃力に乏しいので北朝鮮が日本を攻撃してくるかもしれないという危惧もあるが、結局は米韓と協力しなければ地域の安定には繋がらない。 ?日本の役割は、米韓と協力して打撃力を発揮するほか、朝鮮半島周辺の情報収集・警戒監視、海上及び航空優勢の確保、日本及び米国に向かう弾道ミサイルへの対処、米韓の後方支援、北朝鮮の動きに併せたロシアや中国への対応である。日本が保有する地対艦、空対艦ミサイルの長射程化とその運用について、日米韓との協力態勢が構築できれば、北朝鮮の弾道ミサイル攻撃に対する抑止効果は向上するだろう。 ?また、米軍と自衛隊のイージス艦がともに日本海で弾道ミサイルの警戒及び対処を行う際に、イージス艦を守るために我が国の空中警戒管制機が海上及びその上空を監視し、戦闘機が必要な対処を行う。 ?かつて北朝鮮のミサイル発射事案においては、北朝鮮の戦闘機やロシアの情報収集機や戦闘機が日本海に進出してきた。米艦艇と協力してこれらに対処することができなければ円滑な作戦運用は困難である。 アジアの安定化に 果たすべき日本の役割とは ?今日、米軍は自衛隊の能力を高く評価しているが、日米の統合的な戦力運用は集団的自衛権、あるいはそれを盾にとった政治の壁に阻まれてきた。集団的自衛権に基づく共同防衛体制では集団的自衛権行使の可否は当事国の判断に委ねられており、「自動的に他国の戦争に参加することになる」という論理は、自国の主体性を否定するアナーキーな考えである。 ?また、「アジアにはNATOのような集団自衛権に基づく共同防衛体制は育たない」とこれまで多くの識者が指摘してきた。歴史的、文化的背景はもとより、政治体制や経済力の差があまりに顕著であり価値観や国益も多様である。それでも、少なくとも経済や安全保障に関するリスクについては認識を共有しつつあるのではないか。 ?富が向上し、諸国民がそれを実感することによって価値観の共有も進む。地域共通の安全保障リスクとは、第1に中国の経済的興隆及び軍事力の著しい増強に伴って、その対外姿勢が各国との係争や紛争を招き地域全体の懸念が増していること。第2に津波や地震などの自然災害、非国家主体のテロや海賊行為が顕在化していることが指摘できよう。 ?20年前にはこうしたリスクは軽微だったが、現在の状況は大きく変化している。NATOがソ連の脅威を対象として生まれたように、アジアが中国やその他の脅威に対して結集することは不可能だろうか。可能性があるとすれば、そのけん引役はだれが務めるのか――。 ?他国の紛争に巻き込まれることを心配するより、互いに協力して地域の紛争を防止することが大切である。いざというときはフィリピンを助けるという選択ができなければ、地域の意識は分散したままである。昨年12月に発表された政府の安全保障戦略の本質はそこにあるのではなかろうか。 ?米国との同盟関係を強化するとともに、地域における共同防衛体制を具体的な形にし、不安定化しつつある地域の安全保障バランスを安定させることが日本の新たな挑戦である。 ?地域不安定化の最大の要因である中国の軍事力はどこまで大きくなるのか、一方的な自国の利益主張と強制力の行使は今後も続くのか、北朝鮮の瀬戸際政策はいつまで続くのか、今後の見通しは全く不透明である。地域の大国である日本がいかなる行動をとるかが、地域の将来を大きく左右する時代となりつつあることを、今一度自覚すべきである。 http://diamond.jp/articles/-/63231
|