02. 2014年10月23日 07:33:44
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「引きこもり」するオトナたち 【第218回】 2014年10月23日 池上正樹 [ジャーナリスト] 戦場はフラットな“ユートピア”なのか!?引きこもり当事者に広がるイスラム国志願兵への同情 『ニートと引き籠りを「シリア」に派遣する黒幕!』 ?週刊新潮10月23日号の特集記事に、そんなおどろおどろしい見出しが躍っていた。 「徴兵制にして、引きこもりを戦場に送ったらいい」 「ニートをサマワに派遣せよ!」 ?10年以上前にも、政治家の間から、そうした発言が飛び出して議論になったことがあった。 「またか…」と思って、記事を読んでみる。 ?記事は『「北大生」に「イスラム国」を勧めた東大中退「大司教」』というタイトルの特集。「社会に適応し難い人間の仕事や生きがいを探す仕事を行っていた」という“大司教”について、「公安関係者」がこうコメントしている。 「『イスラム国』の外国人兵士らが月給をもらい、衣食住には困らないことを知った」 「北大生で成功すれば、今後、生きることに絶望している引き籠りやニートを。第2、第3の志願兵として送り込もうとしていた可能性もある」 「イスラム国」は第二のオウムか? 居場所なくした若者の新たな“受け皿”に ?高度経済成長期が終わる頃から、衰退した学生運動に代わって、オウム真理教のような新興宗教が社会に「居場所」や「肩書」を失った若者たちの受け皿的な機能を果たしてきた。 ?この「公安関係者」の語る「可能性」の根拠は、よくわからない。ただ、もしそうだとしたら、「オウム」が事実上消失したいま、「イスラム国」の志願兵となって戦闘に行くことが、社会に生きがいを見出せなくなっている若者の新たな「受け皿」として轢きつけるものを持っているということなのか。 ?その後、たまたま見ていたテレビの情報番組でも、「イスラム国」戦士へのニーズに沿うかのような若者たちのコメントが次々に紹介されていて驚いた。 「どこにも自分の居場所がない」 「自分のアイデンティティを確立したい」 「会社に入っても安定しているわけではない」 「未来が見えない」 「戦士として死にたいという感情はわかる」 ?たしかに一旦、就職に失敗したら、二度と会社に戻れなくなって、社会からドロップアウトせざるを得ない。 ?家族や周囲の描くコースは決まっていて、そこからはみ出したら許されず、まるでダメダメ人間であるかのように上から目線で責められる。 「日本で死んだように生きるなら イスラム国で死んだ方がいい」 ?現実に、ふだん生きづらさを感じているという当事者や若者たちはどう思っているのだろうか。周囲に感想を聞いてみた。 「気持ちはわかりますよ。日本社会がもう行き詰まっているのに、旧態依然としたシステムを続け、変わらない。若い世代に負担を押し付けるだけで、未来に希望がない」 ?そう明かすのは、40歳代後半の当事者男性Aさん。 「イスラムにはイスラムの問題があるように思う一方で、弱者への思いやりや希望がある感じがします。日本も、きな臭くなっていると思うので、それなら弱者を使い捨てにする国を捨てて、新しい国に移って別の生き方を模索する。あくまで想像ですが、引きこもり者が被災地で感じたフラット感が、戦地にあるように思う人もいるのかもしれません」 ?番組で放送されたのは、「就職活動に疲れた男子学生が志願兵になった」という内容だった。 ?同じように大学卒業後、就職がうまくいかず、いまも求職活動中の20歳代前半の女性Bさんは、子どもの頃に読んだ、村上龍の著書『希望の国のエクソダス』を思い出したという。 ?不登校になった少年たちが、他国でユートピアを作ろうとして、日本から脱出する話だ。 「当時、私は引きこもって未来が見えなかったし、日本とか学校とか大人……社会のすべてに絶望していました。だから、この本を読んで、『私もこんなユートピアがあったら行きたい。そして、日本を破壊してしまいたい』と思っていました」 ?彼女は、「どこにも自分の居場所がない」などとコメントする同世代の気持ちもわかる気がするという。 「いまの世の中の空気って、自分の役割がわからないし、生きているのか死んでいるのかさえ、わからない感覚に襲われます。日本社会は、人を生かす施策をまったく取っていません。人を助けるのではなく“自己責任”の名の下に“自分自身と闘う”ように仕向けられている。日本で死んだように生きるのか、それとも頑張って死ぬのか考えるよりも、いっそイスラム国で死んだほうがいいかもしれないという、やけっぱちな気持ちがあるように思いました。私は彼らに共感します」 ?はっきりしているのは、この国がユートピアとは対極の国だということなのか。Bさんはこう明言した。 「この国は、ユートピアではなくてディストピアです」 殺意とナルシシズムを満たすイスラム国 「行きたい」と話す当事者男性も ?最近まで引きこもっていた、地方に住む50歳代前半の男性Cさんは、こう語る。 「イスラム国に参加したいという気持ちは、どこかヘイトスピーチに参加する若い子と通じる心性のような気がします」 ?ヘイトスピーチに参加する心性と、どの辺りが通じるように思えるのか。 「なんか、どうしようもない行き詰まり感から、生きている実感を求めているような気がして、そこが通じるような気がします。僕が引きこもっていたときの気持ちですが、いまから考えたら、ほんとに気持ちが荒んでいました。もう社会からはずれてしまったのだから、どうでもいいと思っていました。イスラム国へ行った人も、荒んだ自分の気持ちと、イスラム国の荒んだ状況に共感したのだと思います」 ?誰かに自分を認めてもらいたい。単に目立ちたかっただけかもしれない。 ?ただ、Cさんは、とくにイスラム国でなくてもよかったのではないかと感じるという。 「とにかく、自分の殺意とナルシシズムを満足できるところが、たまたまイスラム国だったのだと思います」 ?当事者の30歳代前半の男性Dさんは、より積極的に、自分自身が行きたいと望む。 「人間は、生まれたときに神からクリアできる試練を与えられています。地球は広いです。日本に日本人として生まれたから、日本で一生、生きていかないと、という小さな考えはもったいない。世界中の自分に合った国へ行き、そこで生きていきたいと思っていたところです。『イスラム国』に、日本人の10年以上の引きこもり当事者を送り込むのは日本初だとしても、僕は行って生活してみたいです」 イスラム国が若者の幻想を かき立てる理由とは ?一方、同じ「引きこもり」中であっても、離島に住む30代前半の当事者男性Eさんは、「『イスラム国』へ行きたいという感情は、私にはない」と否定する。 「行きたい人のことを考えると、周りにこの道しかないと煽動されているのかもしれません。引きこもり状態の者たちの人生の先の道は真っ暗闇ですからね。 イスラム国には行きたくないですが、外国には逃げたい。『日本はいや』っていう感情も私にはあります。インターネットで情報を得た結果、日本はどこでも一緒だとわかってしまったので…」 ?情報化が行きつく先に待っていたものは、日本中の情報が瞬時に手に入る社会だった。 ?一昔前なら、地方の人は、都会に行けば、ユートピアがあるという幻想もあって、そのことが希望や励みになったりもした。 「東京でも、ここの離島でも、日本はどこでも環境が同じだと思います。一つだけ違うのは、現実に会える仲間集めができやすい場所と、できにくい場所があるということ。他は何も変わらない。離島でも、能力があれば、インターネットで稼ぐこともできると思います」(Eさん) ?裏を返せば、現実の「イスラム国」の情報があまり入手できない分、若者たちの幻想をかき立てることにもつながりやすい。 “戦士願望”を問題に思うのは 成功している人だけではないか ?都内の女子大学生Fさんは、こう冷静に分析する。 「イスラムっていうまったく違う世界に行けるって言われたら、無知な若者にはすごく魅力的に見えるだろうし、闘いとか戦争とか男の子なら一度は憧れる場面でもある気がします。 手引きする人たちにとっても、そういう学生は狙いやすい対象なんじゃないでしょうか」 ?大学を出て就職するという社会が敷いたレールから逸脱し、日本で新たな道を模索していく。今は、そんな個人の思いを尊重することは許されず、海外に出ていかざるを得なくなるくらい異常な状態なのか。前出のAさんは、日本の政治や行政担当者、支援者に向かって、こう問いかける。 「これ(『イスラム国』戦士願望)を問題と思えるのは、ある程度、いまの社会で成功し、上部にいる人たち。でも、彼らが、社会の底辺で失望している人の気持ちを理解するのは、難しそうです」 http://diamond.jp/articles/print/61021 |