03. 2014年9月22日 05:35:43
: jXbiWWJBCA
分権化・連邦制・分離独立の狭間に立つウクライナ 2014年09月22日(Mon) 藤森 信吉 8月27日(ウクライナ・メディアによれば24日)、ロシアが人員・兵器を大々的に越境させたことにより、ウクライナ政府側の軍事勢力は後退を強いられ、ウクライナ東部情勢は転換点を迎えた。ウクライナ、EUとの連合協定を批准 EU加盟に道 EUとの連合協定を批准、その証書を見せるウクライナのペトロ・ポロシェンコ大統領(9月17日)〔AFPBB News〕 軍事力によるドンバス(ドネツク州およびルガンスク州)解放の可能性は後退し、9月5日にミンスクで停戦議定書が調印された。 今般のロシアによる介入の短期的目的は、崩壊寸前であったドンバスの分離主義勢力−ドネツク人民共和国およびルガンスク人民共和国の立て直しであるが、中長期的には、ウクライナの国家体制に注文をつけるためのテコ入れである。 停戦後、ウクライナ政府はこの地域に特別な地位を与えることを決定したが、特別法が実際に運用されるか微妙な情勢である。 人民共和国とは何か そもそも人民共和国(両人民共和国は「人民共和国連合ノヴォロシア」を名乗る)とはいかなるものなのか。 彼らやロシア政府の見解では「ファシスト的キエフ政権に対するウクライナ南・東部のロシア語話者住民の反抗」であり、ロシアの関与は「人道援助と義勇兵」に過ぎない。しかし、クリミアと比較すると、ドンバスの事例は、地元の関与・支持が少なく、外部からの影響が非常に大きい 。 クリミアもドンバスも、ことの発端は、ビクトル・ヤヌコビッチ政権=与党地域党の崩壊による地方の自立化である。 クリミアでは地元の公的権力(自治共和国議会、政府)が権力の空白を埋めた。ドンバスでも力ルガンスク州議会が中央に対し住民投票などを要求する動きを見せたが早々に終息してしまった。 その1カ月後の4月7日、突如としてよそから移動してきた武装集団がドンバスの政府系建物を次々に占拠し、地元の一部とともに人民共和国を名乗り始めた。 ここでの権力の担い手は、旧ソ連域内の数々の紛争に参加しドンバスにやって来たストレリコフ(前ドネツク人民共和国・国防相)・ボロダイ(前首相)のコンビが有名だが、地元からは、市、地区レベルの政治家、行政関係者もしくは政治家になり損ねた連中が加わり、州・国政レベルの政治家はほとんど関わっていない。 例えば、ドネツク人民共和国議会幹部会議長を名乗っていたプリシンは、ウクライナ最高会議選挙の泡沫候補でもあった。マルチ商法と同時にガスプロム出資と思われる反シェールガス運動を組織したことがある。 スラヴァンスク市人民知事を名乗ったポノマリョフは、石鹸工場の経営者と言われるが、資源の採掘に反対する「グリーン・リボン」環境運動に参加したことがある。 また、ドネツク州知事人民知事を名乗るグバリョフは、個人経営の広告代理店を営み、急進社会党の選挙キャンペーンに関わっていた。急進社会党は、クレムリン資金でドンバスやクリミアで反NATO集会をたびたび組織してきた政党である。 このほか、ルースキー・ミール財団の助成によりドネツクで文化・教育事業を行ってきた教育・行政関係者も人民共和国に参加している。 こうした紐つきNGO事業を通じて、ドンバスに人脈が形成されてきたと思われる。また、カネで寝返った者も多い。ドネツク州ミリツィア(民警)の実に10〜15%がカネに釣られて人民共和国側に寝返ったと報道されている。 ただ、住民レベルでは、人民共和国に対する支持は盛り上がっていない。人民共和国は支配地域の炭鉱の操業や、オリガルヒからのみかじめ料を資金源とする一方で、徴税、公共サービスの提供を行っている形跡はなく、実効支配の度合は高くない。
人民共和国創設がウラジーミル・プーチン大統領、ロシア政府の計画に沿ったものであるかどうかは議論が分かれるところである。 第1に、人民共和国は、「主権独立国家」を自称してウクライナからの分離独立・ロシアへの編入を目標としており、ロシア政府が主張する「ウクライナ連邦制」と一致していない。 第2に、クリミア併合によって、ロシア政府は多大な財政出動を強いられており、クリミアの3倍の人口670万人と、5倍の経済規模(域内総生産)を持つドンバス全域を引き取る経済的余裕はない。 ドンバスはウクライナの貿易輸出の27%(2012年実績)をたたき出す工業先進地帯だが、実態は補助金漬けの炭鉱と政府が逆ザヤで卸すエネルギーを浪費する鉄鋼業界が集中しているに過ぎず、住民1人当たりの域内総生産(名目)はロシアの半分である。 ウクライナ、東部親露派に「限定的自治権」付与 ウクライナ東部ドネツクで、軍事車両に乗り警戒するウクライナ軍兵士〔AFPBB News〕 これに復興費と欧米からの追加経済制裁を考慮すると、ロシアがドンバス併合に踏み切る経済的メリットはほとんどない。一部の論者が注目する非承認国家化にしても、ロシアからの支援が存続の源とならざるを得ず、現在の状況が長期に及べば経済的負担を覚悟しなければならない。 第3に正規軍をこれまで派遣せず、志願兵主体で戦ってきた点も、ロシア政府がドンバス独立国化や併合を狙っていない根拠となる。ウクライナ政府側の戦闘行動力は低く、仮にクリミアと同じくロシア軍が派遣されたならば、ドンバスは瞬く間に「解放」されたであろう。 他方で、人民共和国がロシア政府の主導と見なすことも可能である。 クリミア併合を強行したロシア政府が、ウクライナのNATO(北大西洋条約機構)接近を予想して、阻止する方法として、ウクライナ東部の不安定化を試みたという解釈である。 国境紛争を抱えるウクライナをNATOが同盟国に加えることは考えにくい。しかしNATO側の判断次第で加盟が一挙に実現する可能性もあり、東部情勢をテコに「中立」を押しつけ、憂いを完全に絶つ、という戦略である。 ロシア軍の制式装備品が人民共和国軍で運用されたり、沿ドニエストル共和国の前KGB長官が突如として7月にドネツク人民共和国の副首相に任命されたり、元ウクライナ大統領府長官が人民共和国側の代理人として立ち回ったり、地域党の有力国会議員ツャリョーフが人民共和国連合の元首に就任したり、とロシア政府の関与なしには起こり得ない事象も多い。 ロシア政府が主張する「連邦制・中立ウクライナ」 ウクライナ東部情勢はロシア自らを制約することにもなる。もっぱらナショナリズムの高揚を支持率の源泉としているプーチン大統領にとって、ドンバスにおける「ロシア系住民によるナチズムに対する自衛」を無視するわけにはいかない。 例えば7月にロシアで行われた世論調査では、ロシア国民の8割が、ウクライナのロシア語話者権利が脅威にさらされていると信じており、プーチン大統領は彼らの利益を守るべきだ、としている。 おそらくロシア政府としては、人道援助トラック派遣のような公式な援助を組織し、同胞を見捨てていないことを国民向けに宣伝しつつ、ドンバス全域の復興・経済発展に責任を負わないことが好ましいのだろう。 その場合、ドンバスをウクライナ国内にとどまらせ、かつロシア政府の圧力でこの地域に権利を付与させる「連邦制」は最適な選択肢となる。 ロシア政府はさらに、外交を含む国政上の重要案件の決定権を地域に付与させることを早くから主張してきた。それにより、ロシア政府はドンバス地域を介してウクライナを中立に縛りつけ、NATO加盟を阻止することが可能となる。 一般的には、連邦制において外交・安全保障は中央政府が最低限持つべき権限とされるため、ロシアが言う「連邦制」は国家連合(コンフェデレーション)に近い。 ロシア政府のウクライナ東部への関与は、欧米との直接対峙を避けつつ彼らの最も脆弱な部分を衝いて反撃を加えられるという意味もある。 3月18日のプーチン大統領のクリミア併合演説を見るまでもなく、ロシアは欧米が主導する国際社会秩序、二重基準、さらには「ロシア封じ込め政策」に強く反発している 。ウクライナは「大国ロシア」の力を誇示する格好の場なのである。 妥協案としての「連邦制」と「中立」 ウクライナの「中立」を主張するのはロシアだけではない。 ヤヌコヴィッチ前大統領が首都キエフから逃亡した直後、ズビグネフ・ブレジンスキー元米大統領補佐官は、英フィナンシャル・タイムス(FT)紙において、ロシアによる介入とウクライナ内戦化の危険性を指摘し、ウクライナの独立と領土保全のためには「フィンランド化」、すなわちウクライナがロシア・EU両陣営と良好な経済関係を維持し、かつ軍事的中立であることが理想的であるとの主張を行った。 ドイツ政府も危機収拾の方策として連邦制導入を模索してきたふしがある。 7月31日付インディペンデント紙は、ドイツとロシアとの間で、ウクライナ国内の対立を平和裏に終結終させるための密約交渉が続けられている、と報じた。 それによれば、ウクライナはクリミアに対するロシア主権を認め、ドンバスに何らかの権限を与え、NATO加盟申請を行わないことを確約する代わりに、ロシアは、ウクライナ東部に対する財政的・軍事的援助を引き揚げ、ウクライナ製品に対する貿易障壁を撤廃し、ウクライナに対する長期的なガス契約を提案する、というものである。 この交渉の存在を裏づけるかのように、8月23日、ウクライナ独立記念日にウクライナを訪問したドイツのアンゲラ・メルケル首相はペトロ・ポロシェンコ大統領に対し連邦制導入を提案している。 ただし、メルケル首相は「ドイツ型連邦制であり、ポロシェンコ大統領が言うところの分権化」と言い直し、外交権を付与した連邦制を否定している。 また、これと前後して、ガブリエル・ドイツ副首相も Welt am Sonntag 紙とのインタビューで、紛争が続くウクライナ東部に連邦制を導入することによってのみウクライナ領土保全が維持されるとの見解を示した。 名目的な「連邦制」導入でロシア政府のメンツを立てて、ドンバスから手を引かせ武力衝突を避けよう、という目論見であろう。このように連邦制導入はウクライナ国外では喧しいが、国内では全く支持されていない。 例えばポロシェンコ大統領は就任式で分権化推進の一方で国家の単一制(Unitary)維持を宣言し、連邦制を否定している。大統領選挙で連邦制を主張したドープキン(地域党)、シモネンコ(共産党)は両候補合わせても得票率は5%に届いていない。 ドンバスの住民内でも、連邦制は全く支持されていない。 6月に行われた世論調査ではドンバス住民においてウクライナ領内にとどまることを支持する率が64.4%(内ウクライナ領内で自治権を有するが17%)に達し、ロシア領への編入支持は15%に過ぎなかった。 世論調査結果や人民共和国の主張を見る限り、ロシア政府は誰かの利益を代弁していると言うよりは、専ら自らの利益を「連邦制」に投影していることになる。 同床異夢の停戦議定書 8月末以降の軍事状況の変化により、落としどころは変化しつつある。 戦況をひっくり返したプーチン大統領は公然と「南・東部ウクライナにおける政治機構と国家制度の問題」をウクライナ政府に提起し始め、NATOはウクライナ支持を一層強く打ち出してきている。 ウクライナ政府は、8月29日にNATO加盟を可能とする中立撤回法案を議会に提出し国際社会、特に軍事的中立を押しつけようとするロシアに対する決意を表明している。 ウクライナ側劣勢の中、9月5日にミンスクでウクライナ、ロシア、OSCE(欧州安全保障協力機構)3者間で停戦議定書が調印された(ルガンスク、ドネツク人民共和国はオブザーバー参加)。 議定書は大枠を定めたもので具体的な内容には言及していないが、停戦だけでなく、ウクライナの将来の国家機構に関する項目も含まれている。 すなわち、第3項「ドネツク・ルガンスク州の特定地区における地方自治の一時的措置法(「特別地位法」)の採択含む分権化を進める」)および第9項、特別地位法に沿った地方選挙の実施である。 この議定書にのっとり、特別地位法がウクライナ議会に提出され、9月16日に承認された。同法は3年間の時限で、域内でロシア語を使用する権利、中央政府の予算で経済・社会・文化の発展を主導する権利等が付与されるほか、隣接するロシア連邦の自治体とのトランスボーダー協力の推進、自前の警察の編成が認められている。また、域内で12月に議会、首長の選挙を行うことも規定されている。 その一方で、ウクライナ憲法・法に準ずることが明記されており、外交、安全保障の権限には言及がない。ウクライナの領土保全を維持したうえで、連邦制や人民共和国の独立は認めないというウクライナ政府の立場が堅持されている。 ウクライナ国家の枠内を前提とする特別地位法は、戦況を有利に運んできた人民共和国側にとって好ましいものではない。 ミンスク議定書に肩書き表記なしでサインしたルガンスク人民共和国首相は「議定書はウクライナからの離脱路線の変更を意味しない」「そもそも議定書の当事者ではない」と述べ、また、ドネツク人民共和国副首相も、分離独立以外の選択肢を否定している。 また、現在画定作業中と伝えられる「特定地区」について、ウクライナ政府は、人民共和国側に占領されているドネツク・ルガンスク両州の3分の1程度(下のウクライナ安全保障会議作成の地図参照)を、人民共和国側は両州全域を該当地域としており、対立している。 出所:http://mediarnbo.org/wp-content/uploads/2014/09/12-09-eng1.jpg 総じて、特別地位法には、ウクライナと人民共和国との対立を解消するものとはならず、停戦を最優先したものと言えよう。何も実行されないまま平和裏に既成事実が積み重ねられるか、軍事的手段で揺さぶられる状況が依然として続く可能性もある。
ロシア政府は特別地位法に事前合意していると言われ、連邦制や外交権限に触れていないにもかかわらず、肯定的に評価する声明がロシア外務省から発表されている。連邦制は導入できずとも、この地域に対するコントロールが確保され、「ロシア語話者住民の保護」という名目は達成されたということなのだろう。 今後、同法を本特別地位法の実施に反発する人民共和国にどのような影響力を及ぼすのか、注目される。 「プーチンとの協議時にポロシェンコはクリミア問題を提起したことがない」とラブロフ・ロシア外相が述べたように、クリミア棚上げと引き換えに人民共和国をウクライナ国家の枠内に留める妥協が両国間で成立していると見る専門家もいる。 その場合でも、これまでの過程から考えるなら、ロシアはウクライナの中立−NATO非加盟を別途、求めるのではないだろうか。 (一部敬称略) http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/41757 |