http://www.asyura2.com/14/warb14/msg/181.html
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「ウクライナ内戦」は、合意・調印という報道は未だなされていないが、ほどなく停戦に至るだろう。
この投稿では、『フォーリン・アフェアーズ・リポート』2014No.9に掲載されたシカゴ大学教授ジョン・ミアシャイマー氏の論考を紹介させていただく。
ミアシャイマー氏は、米国でベストセラーになったスティーブン・ウォルトとの共著『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』の著者として日本でも有名である。
彼(ら)は、『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』のなかで、「私たちは「米国が戦略上あるいは人道上の観点からはほとんど意味がない中東政策を続けている主な理由は、<イスラエル・ロビー>を構成する集団と個人の活動にある」と考えている。このロビーの努力がなければ、米国の無条件の援助を正当化するためにしばしば持ち出され“戦略的あるいは人道的説明”について、もっと頻繁に疑問が出されてきたはずだ。親イスラエル勢力は、米国の国益にもイスラエルの国益にも適う政策を自分たちが推し進めている、と考えていることは確かだ。だが、私たちはこれに同意しない。彼らが提唱している政策のほとんどは、米国の利益にもイスラエルの利益にもなっていない。それどころか、もし米国が別の取り組みをするなら、両国はよりましな状態になるはずだ」と書いている。
※ 『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』(ジョン・J・ミアシャイマー、スティーヴン・M・ウォルト共著/副島隆彦訳/講談社)
転載する論考も、大国間のパワーゲームとしての「ウクライナ危機」をリアリストの目で分析し批判を展開している。
別段、彼の考えに与するわけではないが、西側の思考に飼い慣らされたヒトは、「仮に中国が見事な軍事同盟を組織し、これにカナダとメキシコを加盟させようとすれば、ワシントンはどう反応するだろうか。怒り狂うのは目に見えている」とか、「キューバにはソビエトとの軍事同盟を形成する権利があるとアメリカが冷戦期に考えただろうか。無論、そうは考えなかつたし、現在のロシアも、ウクライナが欧米との同盟関係に参加する権利があるとは考えていない。こうした現実を理解し、パワフルな近隣国との関係を慎重に見極めることがウクライナの利益にもなる」ということさえ考慮しないようだ。
昨年秋から顕在化した「ウクライナ危機」を米欧露ウの合作と考えているので、ミアシャイマー氏の「プーチンによるクリミア編入はまったく予期せぬ行動だったし、ヤヌコビッチの追放に対する即応的な行動だった。後に、プーチン自身、(ヤヌコビッチ政権の崩壊を前に態度を変えるまでは)「自分はクリミアの分離独立には反対だった」と語っている」という“緩い”見解には同意しない。
しかし、「アメリカと同盟諸周はウクライナを欧米化しようとする計画を放棄し、むしろこの国を、冷戦期のオーストリア同様にNATOとロシア間の中立的なバッファーとして位置づけるべき」とし、「ロシアにとつて極めて重要なウクライナに反ロシア的な政権が誕生することなど許容できるはずもなく、この点を欧米の指導者も認めるべきだろう。だからといって、未来のウクライナ政府がモスクワに依存した、反NATO的な政権である必要はない。むしろ、最終目的はロシアにも欧米にも依存しない主権国家としてのウクライナを誕生させることだ。そのためには、アメリカと同盟諸国は「グルジアとウクライナをNATO拡大策から除外する」と明言しなければならない。一方で、EU、国際通貨基金、ロシア、アメリカが出資して、ウクライナが経済救済プランを実施するのを助けるべきだ。モスクワも自国の西側に位置するウクライナの繁栄と安定を望んでいる以上、この提案を歓迎する」という考えには基本的に同意する。
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『フォーリン・アフェアーズ・リポート』2014No.9
P.6〜17
「悪いのはロシアではなく欧米だ―プーチンを挑発した欧米のリベラルな幻想」
ジョン・ミアシャイマー(シカゴ大学教授)
ロシアの高官たちはワシントンに対してこれまで何度も、グルジアやウクライナを反ロシアの国に作り替えることも、NATOを東方へと拡大させるのも受け入れられないと伝えてきたし、ロシアが本気であることは2008年にロシア・グルジア戦争で立証されていた。結局のところ、米ロは異なるプレーブックを用いている。プーチンと彼の同胞たちがリアリストの分析に即して考え、行動しているのに対して、欧米の指導者たちは、国際政治に関するリベラルなビジョンを前提に考え、行動している。その結果、アメリカとその同盟諸国は無意識のうちに相手を挑発し、ウクライナにおける大きな危機を招き入れてしまった。状況を打開するには、アメリカと同盟諸国は先ず「グルジアとウクライナをNATO拡大策から除外する」と明言する必要がある。
■リベラル派の幻想
欧米世界では「ウクライナ危機はすべてロシアの責任だ」と考えられている。「ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はソビエトの再建という積年の思いに駆られてクリミアを編入し、最終的には、残されたウクライナだけでなく、他の東ヨーロッパ諸国もロシアの一部に組み込んでいくつもりだ」とみなされている。この見方に従えば「2014年2月のウクライナのヤヌコビッチ政権の崩壊が、ロシア軍にウクライナの一部を占領させる命令を下すきっかけをプーチンに与えた」ということになる。
だがこうした解釈は間違っている。ウクライナ危機を誘発した大きな責任は、ロシアではなくアメリカとヨーロッパの同盟諸国にある。危機の直接的な原因は、欧米が北大西洋条約機構(NATO)の東方への拡大策をとり、ウクライナをロシアの軌道から切り離して欧米世界に取り込もうとしたことにある。同時に、2004年のオレンジ革命以降のウクライナの民主化運動を欧米が支援したことも、今回の危機を誘発した重要な要因だ。
1990年代半ば以降、ロシアの指導者たちはNATO拡大策に強く反対してきた。モスクワは最近も「戦略的に重要な地域が欧米の拠点にされるのを傍観するつもりはない」と表明している。民主的に選出された親ロシアのヤヌコビッチ大統領が違法に政権を追われたことをプーチンは的確に「クーデター」と呼んだ。これが危機の大きなきっかけだった。この状況を前に、セバストポリにNATOの海軍基地ができることを警戒したプーチンは、機先を制してクリミアを編入した。
プーチンは、欧米に参加しょうとする試みをキエフが放棄するまで、ウクライナを不安定化させる戦略をとるつもりで、彼が反転攻勢に出たことには何の不思議もない。「欧米はロシアの裏庭にまで歩を進め、ロシアの中核的戦略利益を脅かしている」と彼は何度も警告していた。国際政治に関する間違った概念を受け入れていた欧米のエリートたちは、今回の事態の展開を前に虚を突かれたと感じている。「リアリズム(現実主義)のロジックは21世紀の国際環境では重要ではない」と思い込み、法の支配、経済相互依存、民主主義というリベラルな原則を基盤にヨーロッパは統合と自由を維持していくと錯覚していたからだ。
だが、この壮大なビジョンとスキームはウクライナで大きな挫折に直面した。ウクライナ危機は、国際政治では依然としてリアリズムが重要であり、それを無視すれば大きなリスクに直面することを物語っている。アメリカとヨーロッパは、ロシアと国境を接するウクライナを欧米圏に組み込もうと試み、大きな失敗を犯してしまった。その帰結はいまやはっきりしており、今後も現在の間違った政策を続ければ、さらに深刻な結末に直面することになる。
■NATO拡大策という欧米の挑発
冷戦末期、ソビエトの指導者たちは米軍がヨーロッパに駐留し続け、NATOもそのまま存続したほうがロシアにとつても好都合だと考えていた。これらの枠組みによって、統一ドイツの平和主義志向が保証されると考えたからだ。とはいえ、モスクワはNATOの拡大を望んでいなかつたし、欧米の外交官たちもロシア側の懸念を理解しているものと考えていた。
だが、クリントン政権は(ロシアの懸念に配慮するどころか)明らかに逆コースをとり、1990年代半ば以降、現実にNATO拡大策をとり始めた。1999年にチェコ共和国、ハンガリー、ポーランドが新たにNATOメンバーとなった。その後も2004年にブルガリア、エストニア、ラトビア、リトアニア、ルーマニア、スロバキア、スロベニアなどがこれに続いた。モスクワはこの流れに激しく反発した。
1995年のボスニアのセルビア人勢力をターゲットにしたNATOによる空爆作戦を前に、ロシアのエリツィン大統領(当時)は、「この事態はロシア連邦の国境線にNATOの境界が近づいてくれば何が起きるかを予兆している。・・・いずれ戦争の炎がヨーロッパ全域を覆い尽くすことになるかもしれない」と語っている。当時のロシアはNATOの東方拡大戦略を押し返すだけの力をもっていなかった。しかしこの段階では、小さなバルト3国を例外とすれば、NATOに新たに加盟した諸国がロシアと国境を接していなかつたために、モスクワがこれは大きな脅威とみなしたわけではない。
NATOはその後も東方への拡大路線を続け、2008年のブカレストサミットでグルジアとウクライナの加盟を検討し始めた。ジョージ・W・ブッシュ政権はこの計画を支持したが、フランスとドイツは「不必要にロシアを挑発することになる」と警戒してこれに反対した。最終的にNATO内部での妥協が成立し、加盟に向けた正式プロセスには着手しないことが合意された。しかしNATOは、同盟への参加を望むグルジアとウクライナの意向を支持し、「これらの国はいずれNATOメンバーになる」という大胆な表現を盛り込んだ声明を発表してしまった。
モスクワが、この流れを「欧米がロシアの立場に配慮した」とみなしたはずはない。アレクサンドル・グルシュコ露外相(当時)は、「グルジアとウクライナをNATOに加盟させるのは非常に大きな戦略的間違いであり、その場合、ヨーロッパの安全保障は深刻な帰結に直面する」とコメントし、プーチンも「グルジアとウクライナがNATOに加盟すれば、ロシアに対する直接的脅威になる」と表明した。ロシアのある新聞は、プーチンがブッシュに対して「ウクライナをNATOに加盟させれば、ウクライナという国は消失すると明確に示唆した」と伝えた。
2008年8月のロシアのグルジア侵攻は、グルジアとウクライナのNATO加盟を阻止することにプーチンが本気であることを立証し、彼の決意を疑う余地はなくなった。NATO加盟を決意していたグルジアのサーカシビリ大統領(当時)は、2008年夏にアブハジアと南オセチアという分離地域をグルジアに再統合した。一方、プーチンはグルジアを分裂した弱い国に保ち、NATO加盟を認めないことを決意していた。グルジアと南オセチアの分離主義勢力との戦闘が始まると、ロシアは軍事介入を行い、アブハジアと南オセチアを管理下に置いた。モスクワはその行動を通じて決意を示した。だがこの明らかな警告にもかかわらず、NATOは2009年にアルバニアとクロアチアをメンバーに迎え入れて拡大策を続けた。
EUも東方拡大路線をとつた。2008年5月、EUは「東方パートナーシップ」構想を発表した。このプログラムはウクライナのような諸国の経済的繁栄を育み、EU経済に統合していくことを目的にしていた。当然、モスクワの指導者たちは、この構想をロシアの国益を損なう動きとみなし、反発した。2014年2月にウクライナのヤヌコビッチ政権が崩壊したとき、ロシアのラブロフ外相が「EUは東ヨーロッパに勢力圏を形作ろうとしている」と激しく批判したのも無理はない。ロシアの指導者にとって、EUの拡大路線はNATO拡大の布石に他ならなかつたからだ。
キエフをモスクワから引き離す最後の手段は、親欧米的な個人や組織に資金援助を行うことで、ウクライナに欧米の価値を浸透させ、民主化を促進することだった。2013年12月にビクトリア・ヌランド米国務次官補は、1991年以降、アメリカはウクライナが「自らにふさわしい未来」を実現するために50億ドルを超える資金を投入していると述べている。
この試みの一環として、ワシントンは全米民主主義基金(NED)に資金を提供し、NEDはウクライナの市民社会を強化するために60を超えるプロジェクトに資金を提供した。NEDのカール・ガーシュマン会長はウクライナにおける試みを「大成功だった」と語っている。2010年2月のウクライナ大統領選挙でヤヌコビッチが勝利すると、NEDは「ヤヌコビッチは自分たちの試みを邪魔している」と判断し、さらに反体制派への支援、民主化を求める組織の強化に努めた。
ウクライナにおける欧米の「社会的エンジニアリング=社会再構築」の試みを前に、モスクワの指導者たちは「次はロシアがターゲットにされるかもしれない」と危機感を抱いた。この懸念は故なきものではなかつた。2013年9月、ガーシュマンはワシントンポストに寄稿した記事で次のように指摘している。「ヨーロッパへの参加と統合を望むウクライナの選択は、プーチンが具現するロシアの帝国主義イデオロギーの衰退を加速することになるだろう。ロシアも選択に直面している。プーチンは『近い外国』地域だけでなく、ロシアにおいても自らが敗れつつあることを自覚することになるかもしれない」
■欧米の体制変革戦略
NATO拡大策、EUの東方拡大路線、民主化促進政策という欧米の政策は、まさに発火しそうな部分に実質的に油を注ぎ込んでしまった。2013年11月、ヤヌコビッチが交渉を重ねてきたEUとの連合協定の締結を拒絶し、ロシアからの150億ドルの融資の受け入れを決めた結果、現実に危機が発生した。ヤヌコビッチの決定が、その後数カ月にわたって続くことになる反政府デモを誘発し、2月中旬までには100名前後のデモ参加者が命を落としていた。
危機を解決しようと、欧米諸国は特使たちをキエフに急遽派遣した。2月21日、政府と反政府デモ隊は、新たに選挙が実施されるまでヤヌコビッチが大統領ポストに留まることで一度は合意したものの、その直後に合意は破綻し、ヤヌコビッチは翌日ロシアへと脱出した。こうして欧米寄りで反ロシア的な政府がキエフに誕生したが、暫定政権の高官たちのなかには、いかなる尺度でみてもネオファシストと呼んでもおかしくない人物が4人も含まれていた。
こうした混乱劇にアメリカがどのように関与していたか、その全貌はわかっていないが、ワシントンがクーデターを支援したのは明らかだろう。ヌランドとジョン・マケイン上院議員は反政府デモに参加し、ジェフリー・ピアツト駐ウクライナ米大使は、ヤヌコビッチ政権が崩壊すると「この日は歴史に刻まれることになる」とさえ表明した。ヌランドは(ロシア側によって盗聴され)リークされた電話での会話で、体制変革を唱え、アルセニー・ヤツエニュクが新政権の首相になるのが好ましいと考えていることを示唆していた。実際にヤツェニュクは新政権の首相を務めている。あらゆる点からみて、ヤヌコビッチ政権の打倒に欧米が関与しているとロシア側が考えても不思議はなかった。
プーチンにとつて、ウクライナと欧米に対抗する行動に打って出る機は熟していた。2月22日からしばらくすると、彼はロシア軍に「ウクライナからクリミアを奪うように」と命令を出し、クリミアをロシアに編入した。クリミアのセバストポリ海軍基地には数千名規模のロシア軍部隊が駐留していたし、クリミア住民の約60%がロシア系住民だったこともあって、この目的は比較的簡単に達成された。実際、住民の多くはかねてウクライナではなく、ロシアの一部になることを望んでいた。
次にプーチンは、キエフの新政権に「モスクワではなく、欧米へ傾斜していくこと」のリスクを警告し、「ロシアに隣接する国が欧米の拠点になるくらいなら、その前にウクライナという国家の背骨をへし折る」と伝えた。この目的から、彼は内戦を起こそうとしていたウクライナ東部の親ロシア派に軍事顧問、兵器、そして外交的支援を与えた。プーチンはウクライナとの国境に大規模なロシア軍を配備し、ウクライナ政府が親ロシア派を粉砕する作戦に出れば、軍事介入も辞さない姿勢をみせた。一方ではウクライナへの天然ガス供給価格を大幅に引き上げ、これまでの未払い分を支払うように迫った。プーチンは本気だった。
■ロシアの立場で考えれば
プーチンの行動を理解するのは難しくない。ナポレオンのフランス、ドイツ帝国、ナチスドイツがロシアを攻撃するために横切る必要があつた広大な平原・ウクライナは、ロシアにとつて戦略的に非常に重要なバッファー国家なのだ。ウクライナをヨーロッパに統合することを決意している政府をキエフに誕生させるのを欧米が助けるという展開を前にすれば、いかなるロシアの指導者もそれを傍観することはなかっただろう。
ワシントンはモスクワの立場と行動を不快に思っているかもしれないが、ロシアの行動を支えている理屈、そして地政学の基礎を理解する必要がある。大国は自国の近隣地域における潜在的な脅威には常に神経質になるものだ。アメリカにしても遠くの大国が、アメリカとの国境線沿いはもちろん、西半球地域に軍事力を配備するのを許容するはずはない。仮に中国が見事な軍事同盟を組織し、これにカナダとメキシコを加盟させようとすれば、ワシントンはどう反応するだろうか。怒り狂うのは目に見えている。
そうしたロジックを別にしても、ロシアの高官たちはワシントンに対してこれまで何度も、グルジアやウクライナを反ロシアの国に作り替えることも、NATOを拡大させるのも受け入れられないと伝えてきたし、ロシアが本気であることは2008年にロシア・グルジア戦争で立証されていた。
アメリカやヨーロッパの官僚たちは、ロシアの懸念の緩和に努め、「NATOがロシアに対しても何の意図ももっていないことをモスクワは理解すべきだし、NATOの拡大はロシア封じ込めが目的ではない」と主張した。たしかに、NATOは新加盟国に部隊を常駐させることはしなかった。2002年には協調を育むためにNATO=ロシア評議会も立ち上げた。さらにモスクワを安心させようと、アメリカは2009年に、チェコやポーランドの領土内ではなくヨーロッパ周辺海域に新型のミサイル防衛システムを装備した海軍船を展開させると表明し、それまでの路線を見直した。
だが、こうした対応はいずれも効き目がなかった。ロシアはNATOの東方拡大策、特にグルジアとウクライナへとNATOを拡大することに頑迷に反対し続けた。たしかに、何が自国にとつて脅威であるかを判断するのは、欧米ではなく、ロシアだった。
■リベラル派の誤謬
それにしても、欧米のウクライナ政策がロシアとの大きな衝突コースを作り出していることをワシントンはなぜ理解できなかったのだろうか。この点を理解するには、クリントン政権がNATOの拡大を口にし始めた1990年代半ばに話を戻す必要がある。
拡大策をめぐっては専門家の間でも意見が分かれ、コンセンサスは存在しなかつた。アメリカ国内の東ヨーロッパ系ロビーは、ハンガリーやポーランドの安全保障が強化されると考え、拡大策を強く支持した。ロシアを依然として封じ込める必要があると考え、東方拡大策を支持するリアリストも少数ながらもいた。だがほとんどのリアリストは、ロシアのパワーは衰退し、人口も(減少し)社会も高齢化しているだけでなく、依然として資漁に経済の多くを依存しているのだから、あえて封じ込める必要はないと考えていた。
アメリカの歴史家で著名な外交官だったジョージ・ケナンは、米上院が第一次NATO拡大策を承認した直後の1998年のインタビューで、(NATO拡大策を前に)「ロシアは次第に(欧米に)敵対的な路線をとるようになり、モスクワの政策も変化していく」とその後を見通していた。「(NATO拡大策)は悲劇的な間違いだ。そのようなことをする理由はどこにもない。誰も相手を脅かしていないのだから」とケナンは述べている。一方、クリントン政権の高官を含む、ほとんどのリベラル派はNATO拡大策を支持した。彼らは、冷静終結は国際政治を大きく変化させ、これまでヨーロッパを支配してきたリアリストのロジックはすでに新しいポストナショナルな秩序に置き換えられていると考えていた。こうして、マドレーン・オルブライト国務長官(当時)が指摘したように、「アメリカは世界にとつてかけがえのない国家であるだけでなく、穏やかな覇権国なのだから、モスクワに脅威とみなされることはない」と思い込んでしまった。拡大策の目的は大陸のすべてを西ヨーロッパのような地域にすることにあった。こうしてアメリカと同盟国は東ヨーロッパで民主化促進策をとり、この地域の経済的相互依存を高め、東ヨーロッパ諸国を国際的制度に統合していった。
アメリカ国内での論争に勝利を収めたリベラル派にとって、NATO拡大策を支持するようにヨーロッパの同盟国を説得するのは簡単だった。結局のところ、ヨーロッパ人はアメリカのリベラル派以上に、EUのこれまでの成果からみても地政学的思考はもはや重要ではなく、すべてを内包できるリベラルな秩序がヨーロッパの平和を保障すると考えていた。こうして米欧双方のリベラル派が21世紀の最初の10年にヨーロッパの安全保障論を完全に支配してしまったために、NATOが拡大に向けた門戸開放策をとったにも関わらず、リアリストのはっきりとした反対に直面することはなかった。
リベラルな世界ビジョンはいまもドグマとして受け入れられている。例えば、2014年3月に、バラク・オバマ大統領はウクライナ危機に関する演説で、欧米の政策の基盤である理念を表明し、「これらの(リベラルな)理念がこれまで伝統的なパワーのとらえ方によって脅かされることも多かつた」と発言している。クリミア危機に対するジョン・ケリー国務長官の発言も同じ認識に根ざしていた。「口実をでっち上げて他国を侵略し、21世紀がまるで19世紀であるかのように行動するのは許されない」
本質的に、米ロは異なるプレーブックを用いて行動している。プーチンと彼の同胞たちがリアリストの分析に即して考え、行動しているのに対して、欧米の指導者たちは、国際政治に関するリベラルなビジョンを前提に考え、行動している。その結果、アメリカとその同盟諸国は無意識のうちに相手を挑発し、ウクライナにおける大きな危機を招き入れてしまった。
■ウクライナ支配の野望はもっていない
ジョージ・ケナンは、1998年の同じインタビューで、NATO拡大策は相手を挑発し、危機を引き起こすことになると予測した上で、拡大策の支持者たちは、(危機を前にすれば)「だからロシア人は信用ならないといったではないかと言うだろう」と語っている。
実際、まるで申し合わせたかのように、ほとんどの欧米の高官たちは「窮状に陥っているウクライナの現状に責任があるのはプーチンだ」と考えている。「プーチンは合理的思考を理解していない」と語ったドイツのメルケル首相は、オバマに対して「プーチンはわれわれとは別の世界にいる」とさえ述べたとニューヨーク・タイムズ紙は伝えている。もちろん、プーチンは独裁的な行動をとりがちな指導者だが、精神のバランスがとれていないとみなす証拠はどこにもない。それどころか、彼は一線級の戦略家であり、外交領域で彼の立場に異を唱える者たちでさえ、プーチンには一定の畏怖と尊敬の念をもっている。
一方、「ソビエトの崩壊を悲劇とみなすプーチンは、(旧ソビエト地域を再編入していくことで)国境線を拡大し、流れを覆したいと考えている」と状況を分析する専門家もいる。この解釈に従えば「クリミアを編入したプーチンはウクライナ全土、あるいは少なくとも東部全域を支配下に置くタイミングを計っており、いずれ他の近隣諸国に対しても強引な行動をとり始める」ということになる。この見方に与する専門家の一部は、プーチンのことを21世紀のアドルフ・ヒトラーに例え、彼と取引しようとしても、(結局はヒトラーを増長させた)ミュンヘン宥和政策の過ちを繰り返すことになると主張している。
「だからこそ、ロシアが近隣諸国を支配し、西ヨーロッパを脅かす前に、NATOはグルジアとウクライナの加盟を認めてモスクワを封じ込めるべきだ」と彼らは言う。
だが、この分析は詳細な検証に耐えるものではない。プーチンがソビエト・ロシアの再建にコミットしているのなら、2月22日よりも前に具体的行動を起こし、その意図はすでに明らかになっていたはずだ。しかし、彼がクリミアを取り戻し、その他のウクライナ地域を編入するつもりであることを示す兆候は、この期日よりも前にはなかった。NATO拡大策を支持してきた欧米の指導者たちでさえ、ロシアが軍事力を行使するのではないかという恐れに突き動かされてきたわけではない。プーチンによるクリミア編入はまったく予期せぬ行動だったし、ヤヌコビッチの追放に対する即応的な行動だった。後に、プーチン自身、(ヤヌコビッチ政権の崩壊を前に態度を変えるまでは)「自分はクリミアの分離独立には反対だった」と語っている。
いずれにせよ、そう望んだとしても、現在のロシアにはウクライナ全土はもちろん、東部だけでも簡単に支配し、編入する力はない。ウクライナの人口の3分の1に相当する1500万人は、この国を二つに分けるドニエプル川の東岸からロシア国境にいたる東部地域で暮らしている。彼らの多くはウクライナに留まりたいと考えており、ロシアの支配に抵抗するだろう。さらに、現代のワイマール共和国軍にはなれそうもない月並みなロシア軍には、仮にウクライナ全土を占領しても、安定化する力はない。ロシアの財政も占領コストを負担できるような状況にはなく、ウクライナを占領した場合に適用される国際的な経済制裁によって、ロシア経済はさらに追い込まれていくだろう。
仮にロシアの軍隊も経済も強靭だったとしても、ウクライナをうまく占領するのは難しい。アフガンにおけるソビエトとアメリカの経験、ベトナムやイラクでのアメリカの経験、そしてチェチェンでのロシアの経験に照らせば、軍事占領がほとんどの場合、うまくいかないことを理解できるはずだ。もちろん、プーチンはウクライナを屈服させようと試みるのが、棘だらけのヤマアラシを飲み込むようなものであることを理解している。彼の事態への対応はこれまでのところ防衛的であり、攻撃的なものではない。
■終わりなき欧米の挑発
「プーチンの行動は正当な安全保障上の懸念に根ざしているかもしれない」という見方を拒絶している以上、欧米の指導者たちは、ロシアの攻撃を抑止しようと現在の路線を続け、ペナルティをさらに強化していくと考えられる。ケリー国務長官は「あらゆるオプションがテーブルの上にある」と語っている。もちろん、アメリカもNATOも、ウクライナを救うために軍事力を行使するつもりはない。むしろ欧米は「ウクライナ東部で抵抗を続ける親ロシア派をモスクワが支援するのを止めさせるために」経済制裁で圧力をかけるつもりだ。
7月にアメリカとEUは、ロシア政府と深いつながりをもつ著名な個人、主要な銀行、エネルギー企業、軍需企業をターゲットに3度目の対ロ経済制裁措置を限定的ながらも発動し、ロシアの全産業を対象とするより厳格な制裁措置の発動も示唆している。
だが、そうした措置をとつてもほとんど効果は期待できず、厳格な制裁措置はいずれ選択肢から外されるだろう。そもそもドイツを含む西ヨーロッパ諸国は、ロシアが報復策をとり、EUに大きなダメージが及ぶことを恐れて、これまでも制裁の発軌には及び腰だった。仮にアメリカが厳格な制裁措置の発動をめぐって同盟諸国を説得できても、プーチンが彼の意思決定を見直すことはない。戦略利益を守るためなら、国家が懲罰策による膨大なダメージに耐えることは歴史が示す通りだ。ロシアがこうした歴史的ルールから外れた行動をとると考える理由はない。
欧米の指導者たちは、挑発的な政策に固執することで危機をエスカレートさせた。4月にジョセフ・バイデン副大統領はウクライナの議員たちに「オレンジ革命当時の願いを実現する2度目のチャンスをあなたたちは手にしている」と励まし、同じく4月にキエフを訪問したCIAのジョン・プレンナンも、今回の訪問の目的は「ウクライナとの安全保障関係を改善することにある」と表明した。
一方EUも、アルメニア、アゼルバイジャン、グルジア、モルドバ、ウクライナ、ベラルーシ間の連合協定である「東方パートナーシップ」を促進した。3月にウクライナ危機に関するEUの立場を発表した欧州委員会のバローゾ委員長は「われわれはウクライナに借りがある」と述べた上で「彼らに連帯を示す義務をわれわれは負っているし、可能なかぎりウクライナがヨーロッパに近づけるように努力しなければならない」とコメントしている。実際、EUとウクライナは6月27日に、7カ月前にヤヌコビッチが拒んだ連合協定を調印した。同じ6月、NATO外相会議はウクライナという具体名こそ使わなかったが、NATOが新メンバーを今後も受け入れることに合意し、ラスムセンNATO事務総長は「NATO拡大策をめぐっていかなる第3国も拒否権をもつことはあり得ない」とロシアを牽制した。外相会議は、指揮統制、後方支援、サイバー防衛などの領域を含むウクライナの軍事能力の強化を支援するためにさまざまな措置をとるとさえ発表した。ロシアの指導者はこの事態を前にただ驚くしかなかった。危機に対する欧米の対応は危機をさらに深刻にしただけだった。
■打開策はあるか
だが、ウクライナ危機を解決する方法は存在する。もちろん、そのためには欧米がウクライナ問題をこれまでとは異なる新しい視点でとらえなければならない。アメリカと同盟諸周はウクライナを欧米化しようとする計画を放棄し、むしろこの国を、冷戦期のオーストリア同様にNATOとロシア間の中立的なバッファーとして位置づけるべきだろう。
ロシアにとつて極めて重要なウクライナに反ロシア的な政権が誕生することなど許容できるはずもなく、この点を欧米の指導者も認めるべきだろう。だからといって、未来のウクライナ政府がモスクワに依存した、反NATO的な政権である必要はない。むしろ、最終目的はロシアにも欧米にも依存しない主権国家としてのウクライナを誕生させることだ。
そのためには、アメリカと同盟諸国は「グルジアとウクライナをNATO拡大策から除外する」と明言しなければならない。一方で、EU、国際通貨基金、ロシア、アメリカが出資して、ウクライナが経済救済プランを実施するのを助けるべきだ。モスクワも自国の西側に位置するウクライナの繁栄と安定を望んでいる以上、この提案を歓迎するだろう。ウクライナの政治体制を作り替えようとする試みを大きく制限する必要もある。別の言い方をすれば、新しいオレンジ革命を支援すべきではない。むしろ、アメリカとヨーロッパの指導者は、ロシア語を話す人々の言語の権利を含め、広くマイノリティの権利を尊重するようにウクライナ政府に働きかけるべきだ。
「この段階になってウクライナへの政策を変更すれば、世界におけるアメリカのクレディビリティ(信頼性)が失墜する」と、路線の見直しに反対する人も出てくるだろう。たしかに、そうした路線変更は一定のコストを伴う。しかし、前提を違えた政策を続けることのコストのほうがはるかに大きいことを認識すべきだ。間違いから教訓を学び、目の前にある問題に効果的に対処できる新政策をとるほうが、他の諸国の対米イメージもよくなるし、アメリカはそのオプションをすでに手にしている。
「ウクライナにはどの国と同盟関係を結ぶかを決める権利があるし、欧米の参加を求めるキエフの意向を抑え込む権利はロシアにはない」という批判も耳にするかもしれない。だが、ロシアの立場を無視して、欧米への参加を望むのはウクライナにとつて危険な外交オプションだ。残念なことに、大国間政治に支配されている地域では、力と影響力がものを言う。パワフルな国が弱体な国と対立している状況では、自決主義のような抽象的な概念に力はない。
キューバにはソビエトとの軍事同盟を形成する権利があるとアメリカが冷戦期に考えただろうか。無論、そうは考えなかつたし、現在のロシアも、ウクライナが欧米との同盟関係に参加する権利があるとは考えていない。こうした現実を理解し、パワフルな近隣国との関係を慎重に見極めることがウクライナの利益にもなる。
この分析を受け入れず、「ウクライナにはEUやNATOへの参加を望む権利がある」と考える人もいるだろう。しかし、アメリカとヨーロッパがそうした要求を拒絶する権利をもっていることも認識すべきだろう。ウクライナが方向を間違えた外交政策を模索し、しかもNATOにとってウクライナを防衛することが死活的に重要な利益でないとすれば、欧米がウクライナをメンバーに受け入れる理由はない。一部のウクライナ人の夢に翻弄されて、憎しみや抗争を招き入れるとすれば、ウクライナ市民にとっても困惑を禁じ得ないだろう。
「NATOがこれまでうまくウクライナとの関係を管理してこなかったことを認めつつも、ロシアがますます強硬路線をとりつつある以上、欧米は現在の政策を続けるしかない」と考える専門家もいるだろう。しかし、この見方は酷く間違っている。ロシアは衰退途上の国家であり、今後時間が経過するにつれてますます衰退していく。
仮にロシアが台頭途上の国家だとしても、ウクライナをNATOに参加させるのは不合理だ。そもそも、アメリカとヨーロッパの同盟諸国は、ウクライナに中核的な戦略利益をもっていない。事実、欧米はウクライナのために軍事力を行使するのを躊跨っている。つまり、他のメンバーが防衛するつもりのないメンバーを新たにNATOに迎え入れるとすれば、愚かとしか言いようがない。
NATOがこれまで拡大路線をとつてきたのは、結局のところ、新メンバーを迎え入れても新たな安全保障上の義務を履行する必要がないと考えたからだが、最近のロシアのパワープレーが示すように、ウクライナにNATOメンバーシップを認めれば、ロシアと欧米は衝突コースへと向かう。
しかも、欧米が現在のウクライナ路線に固執すれば、他の案件をめぐるロシアとの協調を困難にする。例えば、アメリカはアフガンから装備を運び出すのにロシアルートを利用する必要があり、モスクワの同意を得なければならない。イランとの核合意にも、シリアを安定化させるのにもロシアの協力が必要だ。実際、これまでロシアは、これら三つの案件をめぐってワシントンに協力してきた。2013年夏にプーチンは、オバマのためにあえて火中の栗を拾っている。彼がシリアに化学兵器の放棄を受け入れさせたおかげで、オバマは示唆していた軍事攻撃を回避できた。さらに、ワシントンは台頭する中国を封じ込める上でも、いずれロシアの協力を必要とする。だが、現在のアメリカの政策は、モスクワと北京を逆に接近させてしまっている。
アメリカとヨーロッパの同盟諸国は、ウクライナ危機をめぐる大きな選択に直面している。現在の政策を続ければ、ロシアとの敵対関係はさらに激しくなり、そのプロセスのなかでウクライナはさらに大きな混乱と困難に直面し、誰もが敗者になる。一方、ギアを入れ替えて、ロシアを脅かさず、中立的で繁栄するウクライナを出現させるために努力すれば、欧米がロシアとの関係を修復することにも道が開かれる。このアプローチをとれば、誰もが勝者になれるだろう。
John J. Mearsheimer アメリカの政治学者で、シカゴ大学教授(政治学)。リアリストの国際政治分析者として広く知られる。スティーブン・ウォルトとの共著「イスラエルロビーとアメリカの外交政策」はアメリカでベストセラーになった。最近の著著に Why Leader Lie: The Truth About lying in International Politics(2011) がある。
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