01. 2014年9月04日 06:57:22
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なぜ欧米人がイスラム過激派と共に戦うのか?イラクやシリアで活動する外国人戦闘員の実態 2014年9月4日(木) The Economist トルコ南東部にあるアンタキヤからシリア国境近くのレイハンリ行きのバスに乗っていた2人の若者は、長いあご髭をはやし、ふくらはぎ丈のズボンをはいていた。小さな巾着型の袋には最小限の持ち物。バスの運転手には片言のアラビア語で話しかけていたが(この辺りのトルコ人はアラビア語をかじっている場合が多い)、2人で互いに話す言葉にはイギリス訛りがあった。
これは2年前の光景だ。彼らはシリアの内戦に加わろうと欧州を離れる何百ものイスラム教徒のうちの2人にすぎない。あれ以来、戦闘に参加した者は数千人にのぼると思われる。その増加率も伸びているだろう。彼らは目的の地に着いた後、一体どんな生活を送るのか。そして、祖国に戻った時にはどうなるのだろう。 シリアへの人口流入が膨らんでいることの影響は明らかだ。シリアとイラクで活動する残忍なイスラム教スンニ派過激派組織「イスラム国」は、ヨルダンほどの面積と人口(約600万人)を持つ土地を自らの領土だと主張している。外国からシリアに入る戦闘員のほとんどはこのイスラム国に魅力を感じている。イスラム国の得意気な様子の戦闘員が巧みな文句を並べ立てる動画を流し、外国人の同胞を募る。堕落した欧米型の生活を捨てて「殉教者」となれば、天国が約束されるという。 彼らは、戦闘員に支給されるエナジードリンク「レッドブル」など贅沢品の写真をツイッターにアップしたかと思えば、その次には、切断した敵兵の頭部を抱えた自分撮り写真を公開する。顔文字(各種記号で作る笑顔などのマーク)や、インターネットで使われる「LOL」などの略語(「LOL」は「(笑)」の意)を使う一方で、西側世界に向けて威嚇メッセージを発信する。 イスラム国ではネットが使え、物資も豊富 イスラム国は、シリア東部の町ラッカへの支配を強めている。昨年3月に他の過激派が掌握したものを横取りした。ラッカは、シリアとイラクで活動するジハーディストの本拠地となった。遠方のアフガニスタンやスウェーデンなどから来た戦闘員たちは、妻と子どもを連れてラッカの町に入り、住民が逃げ出した後の空き家に住み着く。 シリア北部で活動するある欧州出身の戦闘員に、故郷のどんなものを恋しく思うか尋ねると、「牛乳」という答えが返ってきた。「ここでは牛の乳を自ら搾って飲むしかない」と言う。なるほど、英国のスーパー「テスコ」で買うよりずっと手間がかかる。 スウェーデン出身のある戦闘員は「でもジャンクフードはたくさん支給される」と嬉しそうにツイートする。そして「くつろぐための時間はたっぷりある。時には何日も続けて休むことができる」と「Kik(キック)」――スマートフォン用メッセージングアプリ――に綴る。そんな時には「洗濯や掃除をしたり、トレーニングをしたり、買い物をしたりと、日常的な一日」を過ごすのだという。 シリアには衛星を使ったインターネット通信があり、物資が継続的に流入する。域内の他国に比べて開発水準は高い。それゆえシリアでの活動には、アフガニスタンの山岳地帯のような困難はない。昨年、新たな仲間を増やそうと、ジハーディストたちは「5つ星の聖戦」というハッシュタグをつけた写真を何枚もツイッターで配信した。 身代金を欧米の言葉で要求 このような環境に暮らしてはいるが、欧米出身の兵士たちは戦いに尻込みしているわけではない。一部の兵士は「カーフィル(不信仰者)」とみなされた人たちを殺害するプロジェクトに参加している(カーフィルにはシーア派イスラム教徒だけでなく、実践が甘いとされたスンニ派のイスラム教徒も含まれる。彼らはすべて背教者とみなされる)。戦闘員たちはダムや軍事基地、油田を奪うための戦いにも参加する。そして、今年2月に英国人アブドゥル・ワヒード・マジドがシリア第2の都市アレッポで行ったような自爆テロ任務も遂行する。 欧米人はその他の面でも役に立っている。イスラム国の人質となり解放された人たちは、英語を話す3人に監視されていたという。欧米から来たジハーディストなら、人質の家族に母国語で電子メールを送り、身代金を要求することができる。 欧米出身の戦闘員たちは、戦闘や新たなイスラム国家の建国に貢献するチャンスに喜んで応じているようだ。ニューヨークを拠点に活動する情報組織ソウファン・グループは、今年5月末までに81カ国から1万2000人もの兵士が戦闘に参加していると試算、うち約3000人は欧米諸国の出身だと見ている(図参照)。 現在、その数字はさらに大きなものとなっているだろう。イスラム国が6月29日に、カリフ(預言者ムハンマド=マホメット=の後継者)を頂くイスラム国家の樹立を宣言して以降、志願者は急増している。今回シリアには、1980年代のアフガニスタン紛争、2003年の米国によるイラク侵攻など、過去のどの紛争の時よりも速いペースで兵士が集まっている。 イギリスに注目が集まる理由 米国人ジャーナリストのジェームズ・フォーリー氏がフードをかぶった戦闘員に首を切られる映像が8月19日に公開された。この戦闘員にロンドン訛りがあったことから英国が注目されている。1990年代、ロンドンは多くの過激派の隠れ場所となり、イスラム過激派も多く集った。過激な思想を唱道する者たちは、自らが抱く嫌悪をとうとうと語った。ノルウェー防衛研究所のトーマス・ヘッグハマー氏は、英国は今でもいろいろな意味で欧州出身ジハーディストのネットワークの重心となる場所だと指摘する。「英国の過激派コミュニティーは今もなお思想や手法を国外に向けて発信している」と同氏は言う。 出所:英エコノミスト誌/EU統計局、国際通貨基金(IMF)、過激化・政治暴力研究国際センター、ソウファン・グループ シリアにいる外国人戦闘員は、その圧倒的多数をアラブ人が占める。しかし英国は、欧米諸国の中では出身者が最も多い国の1つだ。ただし人口比で見ると、ベルギーやデンマークなどの方が高くなっている(図の左)。過激派を取り締まる法律が他国より厳しいフランスも、「ジハード」に参加する者の割合が高い。
英国出身者が突出して多い理由の1つは、英語が広く通じることだ。イスラム国が政府に影響を与えようと狙っている国の多くで英語が通じる。フォーリー氏を殺害する様子を撮影した動画に付けられたタイトルは「A message to America(米国へのメッセージ)」だった。イスラム国は英語で書かれた『ダービク』という新しい機関紙をこれまでに2回発行している。この名称はシリア北部の地名にちなんでつけられた。 女性の戦闘員も多数 欧米から参加している戦闘員の大半は40歳未満の男性だが、この度の内戦は過去に比べて多くの女性を惹き付けている。ロンドンに拠点を置くシンクタンク、過激化・政治暴力研究国際センター(ICSR)のピーター・ニューマン氏は、西側諸国からシリアに渡る兵士の10〜15%は女性だと見る。スウェーデン1国だけをとっても30人が参加した可能性がある。 結婚相手を見つけようとする者もいれば、ISが支配する地域の女性に、イスラム国が重きを置く最も厳格なイスラムの規律(ベールで顔や体をすっぽり隠すなど)を守らせるために、メンバー全員が女性のユニットに加入する者もいる。さらに、戦闘に加わる者も少数ではあるがいる。 欧米出身の戦闘員が加わる組織はイスラム国だけではないが、イスラム国は最も魅力的な志願先となっている。「カリフ制のイスラム国家を世界に広げつつある」など地球規模で見た前途や、シャリーア(イスラム法)を早急に施行しようとする姿勢、そして軍事的な成功などが相まってのことだ。ニュースサイトの「Vice(バイス)」がラッカで撮影した5部構成のドキュメンタリーは、イスラム国の宗教警察がシリアの市民を指導したり、裁判所を運営したり、子どもたちに教義を教え込んだり、一般向けの娯楽を催す様子を紹介している。 戦闘員たちが戦闘に参加する動機は、出身国と同じくらい様々だ。シリア内戦が始まった当初、外国人は食料や医薬品を届けたり共に戦ったりすることで仲間のイスラム教徒を助けようとした。欧米諸国の政府はバシャール・アサド大統領および彼の残虐行為を止めなければならないと叫んでいた。英国人のアッバス・カーン氏などの医師たちは反政府勢力が支配するアレッポに渡ったところ、アサド大統領率いる政府軍に捕らえられ、シリアに抑留され殺害されている。 それ以来、内戦は血生臭さを増し、武装勢力同士の対立も激化している。何万人もの市民が死亡した(国連によれば少なくとも19万人のシリア人が殺害されたという)。反政府派による犯罪も増えた。 イスラム世界の衰退が「イスラム国」の台頭を招いた その結果、イスラム国はさらに過激なタイプの人間を引き寄せている。以前は「シリア人を守る」と話していた人たちが今では「領地は地元民のものではない」と主張している、とICSRのシラズ・マヘー氏は言う。「大シリア」はアラーのものである、と戦闘員たちは言い放つ。「大シリア」は、イスラム世界では特別なステータスを持つ。終末預言に登場するからだ。 だがシリア国民がイスラム法を望まなかったらどうなのか。「祖国はイスラム色が薄いから捨てた」と話す欧州出身の戦闘員は、「シリア国民が決めることではない。イスラム法を施行するのはイスラムのためなのだ」と語る。そして「シリア人の首を落とすよりも、自分は彼らを教育したい」と続ける。 イスラム国は、欧米世界が栄え、イスラム世界が衰退した過去数世紀の歴史に対するイスラム側の反応が最も過激な形で表れたものだ。これについてはカリフ制イスラム国家とシャリーアの不在が原因だとする向きもある(カリフ制度は、トルコの世俗派で近代化を支持したムスタファ・ケマル・アタテュルク大統領が1924年に廃止した)。 イスラム教徒の大半は、イスラム国の思想のほとんどと、残虐なやり方のすべてを否定している。彼らにとって、イスラム国は単なる犯罪組織だ。だがイスラム国はイスラム教の教義を利用し、非イスラム教徒は「シズヤ」(特別税)を支払うべきなどと主張している。 外国人の戦闘員は何のために戦うのか 欧米人がなぜジハードに惹き付けられるのか。貧困という理由では説明がつかない。シリアに赴く欧米人の多くは中産階級の出だ。ナセール・ムサーナは、4つの大学から医学部入学のオファーを受けていた。イスラム国が作成した動画の中で、「アブ・ムサーナ・アル・イエメンティ」と名乗っている20歳のウェールズ人だ。 彼らが社会に適合できなかったという理由も考えにくい。最近殺害されたと思われる別の英国人戦闘員、ムハンマド・ハミドゥール・ラーマンの写真には、洒落たスーツを着たスリックヘアの若者が写っている。ラーマンはイングランド沿岸に位置する都市ポーツマスで大衆向けファッションブランドのプライマークに勤務していた。父親はカレーのレストランを経営していた。 では宗教的な信心深さが理由だろうか。それでも説明はつかない。7月に発生したテロ攻撃の罪状を認めたバーミンガム出身の2人の若者、ユスフ・サルワルとモハンメド・アーメは、シリアに発つ前にオンラインストアの米アマゾンで『Islam for Dummies』(誰でも分かるイスラム教)と『The Koran for Dummies』(誰でも分かるコーラン)という書籍を注文していた。戦闘員の一部はイスラム教に関して全くの初心者であるとマヘー氏は指摘する。 欧米人がイスラム国に惹かれる理由として考えられるのは、祖国での退屈な生活から抜け出し、自らのアイデンティティを見出したいという願望だ。ロンドンにあるシンクタンク、英国王立統合軍防衛安全保障問題研究所(RUSI)でアナリストを務めるラファエロ・パントゥイッチ氏は「人生を退屈に感じてシリアに赴く者もいる」と言う。 兵士たちが玉突きをして遊んだり、甘いものを食べたり、プールで水遊びをしたりしている画像は、時に「ジハードは学生の休暇とさほど変わらない(酒は飲めないが)」という錯覚を引き起こす。さえない町で将来性のない職に就いている若者にとって、兄弟の絆や栄光、銃はゾクゾクするほど魅力的に映る。ベルギー出身の兵士の多くは面白みのない町から来ている。そして過激派たちはそうした場所で集中的に募集活動を行う。 必要なのはイスタンブール行きの片道切符だけ ジハーディストや過激派たちは、今やモスクを拠点にする必要はなくなった。ロンドンのフィンズベリー・パーク(イスラム過激派の指導者アブ・ハムザがカギ状の手を振りかざしながらオサマ・ビンラディンを讃えた場所)にいる一味など、一部の組織は新しい管理体制を取り入れた。迎え入れる人間について以前より慎重になっている組織もある。少人数のグループならガレージやアパートの一室に集まることもできる。そうした場所なら活動も察知されにくい。 欧州在住のジハーディストは憎悪を煽り立てるような、過激派によるメッセージをインターネットで見ることができる。フェイスブックやツイッターのおかげでパスワードを要するオンライン上のフォーラムをわざわざ使う必要もない。 トルコは国境の警備を固めているが、シリアに入国するのは一般に容易だ。コネがないのに入国する者もいる。戦闘員に必要なのはイスタンブール行きの片道切符だけ。大半の戦闘員はイスタンブールで国内便に乗り換え、トルコとの国境(822キロメートル続く)近くにある町のいずれかを目指す。地元の人々はこうした国内便を「ジハードエクスプレス」と呼んでいる。新たに到着した戦闘員は安全な家に滞在した後、シリアに密入国する。もしくは、偽造のシリア人身分証明書を使ってトルコ=シリア間の国境での審査を通過する。 英国出身の戦闘員のほとんどはそれまで銃を持った経験がないが、ひとたびシリアに入ればキャンプで訓練を受ける。 多くの戦闘員は「(たとえまだ十分ではなくとも)イスラム的な生活ができる国の方が快適」と言う。ここを離れたり、他所で攻撃を実行したりすることは考えていない。前出の欧州出身の戦闘員は「ここにいる方がずっと幸せで、心が安らぐ」と話す。 だがニューマン氏は、アサド大統領と戦うべくシリア入りした者の一部は現状に幻滅していると言う。彼らは内部対立やイスラム教徒同士の殺し合いを気に病んでいる。そして「我々はこんなことをするために来たのではない」とニューマン氏に話す。 著名な英国の元イスラム過激派エド・フサイン氏は、(シリアやイラクでの話ではないものの)殺人を間近で目撃したことが、改革への道を歩むきっかけになったと話す。改革を推進する(そしてイスラム国が兵士を調達する力を鈍らせるための)方法の1つは、イスラム国が戦闘で成功しているという評判に傷を付けることだ。 戦闘員の帰国を懸念する欧米諸国 戦闘員たちが祖国に帰還するのは、たやすいことではない。欧米諸国の当局はシリアへ出国した人間についてある程度把握しており、その人物が帰国すればそれと分かる。ある戦闘員はニューマン氏に対し、英国に戻れて長期間の禁固刑を免れることができるなら、過激派思想の矯正プログラムも喜んで受けるし、保安局に付け回されてもいいと語った。ニューマン氏は「当局に通知することなく戦闘地域を訪れた者の渡航目的はすべてテロ参戦であり、そうした者は罰を受けるべき」(8月24日に、ロンドンのボリス・ジョンソン市長がこのようなことを示唆している)と決め付けることについて、「極めて愚かな対応だ」と指摘する。 それでも欧米政府はジハーディストの帰国を懸念している。今のところ、ダグラス・マケイン(イスラム国のために殉死したことが判明した初めての米国人)のような外国人は、自国ではなくシリアやイラクでの戦闘に焦点を当てているようだ。だが今後は「一匹狼」型テロリストによる自国での攻撃が増えると思われる。 昨年、2人のジハーディストがロンドンで英国人兵士リー・リグビー氏を殺害している。フランス系アルジェリア人のメディ・ネムシュは今年、ブリュッセルのユダヤ博物館で4人を射殺した容疑で逮捕された。ネムシュはシリアでの戦闘に1年間参加していたと考えられている。公安当局にとって、こうした攻撃を予測したり阻止したりするのは非常に困難なことだ。 今のところ、自国民がイスラム過激派に参加することに対する欧米政府の対応は様々だ。米国は、戦闘に加わる疑いのある人物をすべて厳重に取り締まっている。ヘッグハマー氏は、米国にそうした余裕があるのは、同国のイスラム人口が欧州諸国に比べて少なく、政治的反発が高まる懸念が少ないからだと指摘する。 欧州の各国政府はもっと慎重だ。欧州諸国の国民はたやすく中東に行くことができる。確かに罰を重くすれば一部の人間は思いとどまるかもしれない。だが取り締りの対象を広げすぎると、かえってジハードへの新たな志願者を増やす結果になりかねない。これまでの経験から、イスラム教過激派にとって刑務所は戦闘員を募集するための絶好の場所であることが分かっている。 サウジアラビアやスウェーデンなどが実施する過激派思想の矯正プログラムは、様々な結果を生んでいる。少なくとも英国でいちばん成功しているのは、いわゆる「チャンネルプログラム」による試みだ。英国政府が取り組む反テロリズム戦略の一環で、若者を過激思想から更正させるものである。警察や社会事業者、地方政府が協力して行うこの取り組みは、若者をギャング組織から脱退させるのに使う手法を活用している。 これから帰国する者のすべてが自国でも手を血で染めるわけではないだろう。ニューマン氏は、間違いを認めた人間に対して政府は逃げ道を用意すべきだと言う。欧米諸国はソフトな手段を講じることで利益を得ることもある。紛争地から帰国し罰を受けた元戦闘員は、これから戦地に赴こうとする若者を思いとどまらせることのできるまたとない存在かもしれない。 果たして、今日イスラム国のために戦っている欧州出身のジハーディストが、明日にはロンドンやパリ、ニューヨークの街角で殺人を犯すのか。それは誰にも分からない。 ©2014 The Economist Newspaper Limited. Aug. 30th 2014 All rights reserved. 英エコノミスト誌の記事は、日経ビジネスがライセンス契約に基づき翻訳したものです。英語の原文記事はwww.economist.comで読むことができます。 このコラムについて The Economist Economistは約400万人の読者が購読する週刊誌です。 世界中で起こる出来事に対する洞察力ある分析と論説に定評があります。 記事は、「地域」ごとのニュースのほか、「科学・技術」「本・芸術」などで構成されています。 このコラムではEconomistから厳選した記事を選び日本語でお届けします。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20140902/270671/?ST=print
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