03. 2014年8月09日 10:24:32
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知財問屋 片岡秀太郎商店 第102回 『 右脳インタビュー 』 (2014/5/1)
馬渕 睦夫 さん
元駐ウクライナ兼モルドバ特命全権大使、前防衛大学校教授 1946年京都府に生まれ。京都大学法学部を中退し、外務省入省。ケンブリッジ大学経済学部卒業。国際連合局社会協力課長、文化交流部文化第一課長等を歴任後、東京都外務長、(財)国際開発高等教育機構専務理事を務めた。在外では、イギリス、インド、ソ連、ニューヨーク、EC日本政府代表部、イスラエル、タイに勤務。2000年駐キューバ大使、2005年駐ウクライナ兼モルドバ大使を経て、2008年11月外務省退官。同月防衛大学校教授に就任し、2011年3月定年退職。 主な著書 『日本の敵 グローバリズムの正体』 渡部昇一, 馬渕睦夫 共著 飛鳥新社 2014年 『国難の正体―日本が生き残るための「世界史」』 総和社 2012年 『いま本当に伝えたい感動的な「日本」の力』 総和社 2012年 片岡: 今月の右脳インタビューは元駐ウクライナ兼モルドバ大使の馬渕睦夫さんです。本日はウクライナ問題についてお伺いしたいと思います。 馬渕: ウクライナ問題はそれだけを切り取ってみても全貌がみえません。まずロシアで起きた2003年のホドルコフスキー事件からお話したいと思います。ソ連崩壊後、ロシアでは国営企業を安く払い下げて貰って一夜にして莫大な財を成したユダヤ系の新興財閥を中心とするオリガルヒ(寡頭資本家)がボリス・エリツィン大統領を背後から操るようになっていました。そこで第2代大統領に就任したウラジーミル・プーチンはボリス・ベレゾフスキー(石油王)やウラジミール・グシンスキー(メディア王)等のオリガルヒを次々と排除、最後にミハイル・ホドルコフスキー(石油王)が残りました。ホドルコフスキーはヤコブ・ロード・ロスチャイルドと組みオープンロシア財団を設立、ヘンリー・キッシンジャーを理事に迎えます。財団の支援を得て、ホドルコフスキーは大統領選への出馬を表明するなど、政治活動を加速させました。またホドルコフスキーはロシア最大級の石油会社のユコスとシブネフチの合併で誕生する新会社の株式40%を米石油メジャーのエクソンモービルに売却しようとしていました。それはロシアの石油をメジャーが握ることに繋がります。2003年10月、プーチンはホドルコフスキーを投獄、これがホドルコフスキー事件です。この年は、3月のイラク戦争で米国がイラクの石油を握り、コントロールの及ばない主要産油国はロシアとリビアとイランだけとなっていました。そのリビアの石油もアラブの春で、結局米国が握ることになります。そういう一連の流れがありました。少なくともプーチンは「アラブの春」の政権転覆の背後にアメリカがいるとみなしました。 ホドルコフスキー逮捕に対する米国の反発が、その後毎年続いた東欧のカラー革命です。2003年11月、グルジアでバラ革命が起きます。大学卒業後米国に渡り、マンハッタンで弁護士をしていたグルジア人のミハイル・サーカシビリが、ジョージ・ソロスの支援を受けて母国に戻って政界入り、シェワルナゼ大統領を追放して大統領に上り詰めました。そして2004年12月にはウクライナのオレンジ革命、更に半年後、キルギスのチューリップ革命が起きます。その後、ウズベキスタンでも革命騒動が起きましたが、これは失敗に終わりました。その後暫らくして、アラブにも飛び火していわゆる「アラブの春」がおきます。こうした一連の流れの中で今回のウクライナ危機が起きたのです。 片岡: 馬渕さんがウクライナへ赴任されたのはそうしたカラー革命の頃ですね。 馬渕: 私の着任は2005年、オレンジ革命の翌年です。この時は親露派のヴィクトル・ヤヌコーヴィチと親欧米派のヴィクトル・ユーシチェンコの間で行われた大統領選の決選投票でヤヌコーヴィチが不正により勝利したと訴えるユーシチェンコ派を欧米が支援、最終的に再選挙となってユーシチェンコが僅差で勝利しました。かくしてユーシチェンコによる親欧米政権が誕生しますが、翌年の総選挙では親露派の地域党が第一党となり、地域党党首のヤヌコーヴィチが首相に就任します。それでも市場経済を良く理解するミコラ・アザロフが第一副首相に就き、米国もヤヌコーヴィチ首相とは是々非々で仲良くやっていました。親欧米政権だから良く、親露政権だから冷たいわけではありません。また親露、親欧米どちらの政治家であれ、ウクライナの領土保全、独立を保つということにおいては一致していて、違いを言えば、ロシアとの関係の温度差です。ロシアは地理的には隣国だし、ウクライナは歴史的には帝政ロシアやソ連邦の一部だった。そういうロシアとの伝統的な関係を重視するか、それとも欧米との経済関係の強化に重点を置くかの違いです。だから親欧米はロシアを刺激することを言っていましたが、対決するという気はないし、ロシアとの緊密な経済関係を考えれば、そんなことできるわけがないこともわかっていました。それでもウクライナにはEUに入りたい、NATOに入りたいという希望が強くありました。EUはウクライナのNATO加盟にはロシアとの関係を考慮して反対でしたし、EU加盟についても冷たかったのです。それは今もあまり変わりません。ウクライナは一人当たりのGDPが3000ドルぐらいですから、EUに入れる経済水準には達していませんし、WTOには加入できたけれども、実体は市場経済国とは言えない状況です。共産主義体制時代の残滓を引きずっており、市場システムができておらず、それは今も基本的に同じです。当時EUは拡大し過ぎて25か国もあり、とてもそれ以上は受け入れられない状況でした。他方、EUのウクライナ支援も微々たるものでした。新欧米派の大統領の下でも、欧米はウクライナ発展のための支援には積極的でなかったのです。最近の記者会見でも、ジョージ・ソロスは、EUはウクライナに要求ばかりで、その割に支援してこなかったと批判しています。 片岡: ウクライナのロシアへの依存度は大変なものですね。 馬渕: 輸出入の三分の一はロシア、何よりガス、エネルギー源をほぼロシアに依存しています。ただウクライナの場合は、ヨーロッパ向けのガスパイプラインも通っているので、ガス交渉が二国間の問題に留まらない点があるのです。ウクライナとロシアの間には、ほぼ毎年のごとくガス価格について紛争が起こります。ウクライナは「安くしてくれないと払えない」と、ロシアは「国際価格の何分の一という友好的な価格で提供しているのだからきちんと払え」と、そして交渉が決裂するとウクライナへのガス供給を止めたりする。しかし、ウクライナ向けを止めたとしても、ヨーロッパ向けは通常通りですから、ウクライナはヨーロッパ向けのガスを抜いていたといわれたこともあります。2009年ロシアは、ウクライナへのガスの供給をEU向けも含めて止めて大問題になりました。EUも乗り出し、最終的にはユーリヤ・ティモシェンコがプーチンと直談判しました。この時、ユーシチェンコ派の政商からティモシェンコ派の政商に利権が移ったといわれています。仲介業者、ペーパーカンパニーが沢山あって書類上ガスを右から左に通すだけでお金が入ってくる、そういう癒着があり、結局ガス問題というのは利権問題です。だから誰が政権を取ってもガス問題はおきます。利権を巡る争いはソ連時代から繰り返されていて、必ずしも政治的な心情やイデオロギーで対立しているわけではありません。知り合いのウクライナ人教授が「今回の政変は、マフィアとマフィアの戦いだ」といっていましたが、まさにそうでしょう。 片岡: 今回の騒乱の契機となったEUとの連合協定は、元々ウクライナにとっては受け入れ難い条件が付いていたとか…。 馬渕: 連合協定の実体は「EU加盟は認めない、これで我慢しろ」というもので、言われているようにEU加盟の一歩手前というものではなく、ウクライナにとってどれだけメリットがあるか疑問がある協定といえます。それでもウクライナにはEUとの関係を強化したいという気持ちが親露派の大統領のもとでもありました。それはロシアとの関係をカウンターバランスするというような高尚なものではなくても、単純に見ても西側の製品の方がロシアの製品より良いのですから…。何とか協定に調印するように進めてきましたが、更にEU側は難しい条件を付けてきました。その一つが、政敵であるティモシェンコの釈放です。これを条件にされてはたまったものではない。さすがにヤヌコーヴィチ大統領は逡巡しました。そこでロシアが連合協定の元でEUの予定していた支援額を面倒みることを提案しました。つまりロシアは連合協定を結ぶこと自体には反対していませんでした。若しロシアが体を張ってでも反対するとしたら、それはウクライナがNATOに加盟することで、全く別の意味を持ちます。尤も現在のところウクライナは軍事機構には加盟しないと憲法でうたっています。私がいた当時NATO加盟問題が議論されていた時、ドイツの駐ウクライナ大使がウクライナの新聞とのインタビューで「ウクライナはNATOに入るべきではない」という強硬な論陣を張り、直後に転勤してしまいました。 今でもNATOとロシアは若干国境を接していますが、もしウクライナをロシアに編入するとNATOと直接長い国境を接することになります。ロシアにとってはウクライナがNATOとの間のバッファーゾーンであることの方が安全保障上メリットがあるのです。従って、プーチン大統領はウクライナを併合することは考えていません。また、東部ウクライナだけをロシアに組み入れても、西部だけでは経済的に成り立ちませんので、西部は外資に蹂躙されてNATOに入るといった事態になれば、結局、同じことになります。 さて、欧米を中心とする世界のメディアのアジェンダは、プーチンは領土拡張主義者で悪であり、ウクライナの暫定政権は民主主義者で善ということになっている。だから欧米はウクライナを支援し、ロシアを経済制裁する必要があると世界に呼びかけています。しかし、実際には、暫定政権は憲法上必要な議会による大統領の弾劾手続きをせずに追放したため、正統性がありませんし、政権には極右グループが入閣しています。彼らは排外主義者でロシア系住民を挑発したため、プーチン大統領はクリミアで先手を打ったのです。もしクリミア住民の6割を占めるロシア人が迫害されれば、ロシア海軍の寄港地であるセヴァストポリ軍港をも失って大変な事になります。そこで、クリミアでもともと行うことになっていた住民投票時期を少し早めて、編入を問う形の住民投票を行い、9割の賛成を獲得しました。ロシア系住民の自警団によるパトロールなどが行われましたが、しかしそれ以上の、例えばロシア正規軍が国境を封鎖するなどの具体的な軍事行動には出ていないし、そうする必要もない。もともとクリミアは自治共和国でウクライナ内でも特殊な地位を享受していました。私もクリミアに行ったことがありますが、そこはロシア文化圏で、セヴァストポリはロシア軍の町でした。 ロシア語問題は複雑で、首都キエフでも殆どの人がロシア語で生活をしています。東部ではウクライナ語ができる人々は多くなく、ロシア語でないと不自由するほどです。ですからウクライナ語は国語ですが、ロシア語は生活上の必要もあって公用語ということになっていました。その公用語法を廃止すると…。 片岡: ウクライナ東部では、ロシア語を禁止すると公務員をはじめ多くの人が失業するので、猛反発を招くだけで…。 馬渕: 出来ないことが分かっていて敢えてそうしたとしか考えられません。今の暫定政権を見ていると、オレクサンドル・トゥルチノフ大統領代行はティモシェンコ内閣の副首相で、アルセニ・ヤツェニュク首相は外務大臣もやったこともある若い有能な官僚タイプですが、彼らはウクライナを指導するだけの力量があるかは大いに疑問です。暫定政権の政策はコロコロ変わりますが、政権内外の極右勢力の影響を強く受けている感があります。今後、5月の大統領選挙で極右候補がどの程度の票を獲得するかが一つのポイントとなります。私が駐在していた頃も外国人に暴力を振るう排外主義者がいましたが、まだまだ小さく、短期間でここまで勢力を拡大するには資金提供者の存在が欠かせません。 さて、欧米は「制裁だ」といいますが、米国は実質的には何にもできず、ましてやウクライナのために軍事行動を起こすこともありえない。プーチンの側近の一部の入国禁止や資産凍結くらいでは効果はないでしょう。それにロシアはエネルギーを始め天然資源も持っていますし、食料も自給できる。ロシア人は厳しい状況に何度も直面しながら生き延びてきた民族で、経済制裁をされたからと譲歩するようなひ弱な国ではありません。プーチンが恐れるとすれば東欧のカラー革命やアラブの春がロシアに波及し、ロシア内部から反プーチン勢力に崩壊させられることです。政権の中にも反プーチン勢力がいますし、企業家の中にも、もっと欧米と好を通じるべきだという勢力がいます。 片岡: 米国はNGOを通して、そうした民主化運動に資金を提供してきたそうですね。 馬渕: カラー革命を主導したソロスのオープンソサエティー財団や全米民主主義基金、フリーダムハウス等のNGOに米国務省は資金を出しています。これらのNGOは民主化運動の指導者となる各国の青年たちに講習会を開いて、暴力を使わない革命の手法を伝授、またビラや新聞の印刷のために輪転機まで援助するなどして、各カラー革命に何千万ドルという資金が流れたといわれています。更にそうしたNGOには米国の大企業、億万長者も資金を出していて、官民が渾然一体となっています。ウクライナでティモシェンコ首相のもとで副首相を務めていた人物はまさにソロスの財団で訓練を受けた一人です。私の在勤時にそういう人たちが沢山いました。東欧カラー革命やアラブの春現象に見られるのは、先ず政体を民主化し、次いで外資を導入し民営化し、その後にグローバル化する。プーチンは情報機関の出身ですから、そうした米国の戦略を熟知しています。だから芽が出るところでバサッと切ってしまう。 片岡: ロシアも米国の基軸通貨体制に揺さぶりをかけるなど、巨大な軸でぶつかり合っていますね。そうなるとウクライナは…。 馬渕: ウクライナ問題の本質は、グローバリズムとナショナリズムの世界的な戦いの中での、ナショナリズムの陣頭に立つプーチン潰しです。そういう意味ではウクライナの民主勢力が重要なのではなく、欧米の金融資本家にとってはウクライナの混乱を契機としてプーチンを追い詰められればいい。結局、割を食うのはウクライナの国民です。 我々は「米国」というと国家としての米国を考えますが、結局米国を動かしているのはウォール街の金融資本家です。そういう人にとっては米国の国益は必ずしも関心の対象ではないのです。世界は必ずしも国家すなわち国益という動機だけで動いているわけではないということを理解しないと、グローバリズムの本質が分かりません。勿論、大部分の国は政府が国益の観点から動かしているかもしれませんが、本当のコアのコアを抑えているのは金融資本家です。国単位でパワーバランスを考えると一見わかりやすいのですが、そこからは何故、中国と米国は仲が良いのか、わからない。そもそも今の中国共産党を作ったのも米国の金融資本家たちといっても過言ではないのですから…。彼らにとって共産党のエリートとビジネスをやればこんなにやり易いことはない。しかも安い労働力が無尽蔵に供給され、人権問題もまだそれほど考えなくてもいい…。これもグローバリズムだと言えます。 片岡: 貴重なお話を有難うございました。 〜完〜 インタビュー後記
今回は馬渕さんの情報についての言葉をご紹介します。「私は特別な情報ソースを持っているわけではありません。寧ろ特別な情報ソースを持っているという人は、反対にそのソースから操られている可能性も高いものです。だから我々は、まず今起こっていることを自分で考え、過去に起ったことを実体験と結び付け、公開情報をもとに自らの世界観で解釈していくことが大切、そうすれば隠されている本当に重要な事も見えてきます。… 情報をコントロールする側にしてみれば、例えばいつも信頼できる情報を伝えていると考えられている人やメディアに、一部だけプロパガンダを流させる。逆に知らせたくないことを報じられたら、報じた人やメディアの信用を損なえばいい。こうした情報操作が私たちにそれと気づかれることなく行われていることに注意する必要があります」 http://chizai-tank.com/interview/interview201405.htm |