07. 2014年8月02日 19:26:52
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2014年8月2日 冷泉彰彦━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 今回のガザ危機は、2008年12月から2009年の1月にかけて発生したハマ スとイスラエルの紛争、そして2012年の危機に続く「第三次」の危機であると言 えます。イスラエルが地上軍を投入する前に休戦となった第二次とは違い、既にイス ラエルは地上軍を投入しており、規模としては2008年の第一次よりも深刻な事態 となっています。現時点でのパレスチナ側の犠牲者数は1500を越えており、既に 2008年の「第一次」の数を越えました。 7月31日には、国連の潘基文事務総長とアメリカのケリー国務長官が仲介した 「72時間の停戦合意」が一旦は成立したのですが、直後にガザ地区内で「イスラエ ル兵1名の行方不明事件」が発生し、ハマスによる拉致を疑ったイスラエル側は銃撃 を伴う捜索活動を敢行した結果、2時間もしないうちに停戦は破綻しています。本稿 の時点では、改めて戦火が激しくなっているということです。 ニューヨーク・タイムズは「過去3回の危機は同じパターンを踏んでいる」とし て、詳細なグラフで「それぞれのパターン」を並べて見せています。ハマスがロケッ ト弾を大量に打ち込んで、これにイスラエルが応戦、やがて地上戦(2008年の危 機では回避)となり、国連や米国の国務長官などの和平仲介がされ、何とか停戦に持 ち込むというパターンです。 この分析を見ると、今回の危機も「そろそろ相互に引く時期」であるかのように見 えます。ですが、潘・ケリー調停は完全に「コケ」にされた格好となった今、今後の 状況には暗雲が漂い始めました。ここ数日の欧州株、米国株の不調の背景にはこの問 題があるように思われます。 つまり、NYタイムスの「パターン分析」に反して、今回の紛争は終わらないばか りか悪化の一途をたどる危険も出来てきた、そのような観測が広がっています。で は、今回の危機は過去2回と何が異なるのでしょうか? 6点指摘したいと思います。 まず1点目は、双方の政治体制に「そこそこの安定」が見られるということです。 2008年の場合は、イスラエルの側には、オルメルト率いるカディマ政権が崩壊す る過程という事情がありました。また、2012年の場合は、パレスチナの中でハマ スとファタハの分裂が激化したという事情がありました。 ですが、今回はイスラエルの側はリクードのネタニヤフ政権は比較的安定した支持 を獲得しています。勿論、戦争遂行政策が国内の政争と密接であるという事情は変わ らないのですが、とりあえずネタニヤフの政権基盤は強固だと言えるでしょう。一方 で、ハマスの方は弱体化したファタハとの和解をしており、こちらも(複雑な事情が あるとはいえ)政治的には「落ち着いて戦争のできる」状態であると考えられます。 2点目は、相互に憎悪の拡大する構図が過去とは違う深刻さを持っているという点 です。まず、紛争の発端が、少年の殺害と報復という非常にエモーショナルなもので あったことは象徴的です。これに加えて、ハマス側からイスラエルに打ち込まれるミ サイルの数が半端でないし(一説によれば開戦以来で2700発以上)、同時にハマ スがイスラエルに向けて「民兵潜入用の秘密トンネル」を掘るという作戦が、イスラ エルを激怒させています。 この「潜入用のトンネル」ですが、ハマスは民兵に「イスラエル軍兵士の服装をさ せて偽装」して、トンネルを通ってイスラエルの市街地に潜入、そこで乱射事件など を起こして社会を混乱させるという「作戦目的」で掘っているのだとされています。 実際に被害が出ていると言われる以上、イスラエル側としては、そのトンネルの存 在は到底許すことはできないわけで、地上軍投入に至ったわけですが、このようなお 互いがお互いへの憎悪をかき立てるような対立構図は、過去のものとは質的に違うよ うに思うのです。 3点目は、エジプトの立ち位置です。2008年の危機に際しては、まだムバラク 政権が仲介機能を持っていました。2012年の場合は、既にムバラク政権は崩壊し て、公選によってムスリム同胞団系のモルシ政権が成立していました。エジプト政府 の位置は、ここで大きく変わっていたのですが、当時のヒラリー・クリントン国務長 官はそのモルシ政権を「ハマスへの説得窓口」として巧妙に利用して和平を成立させ ています。 ところが、そのエジプトはクーデターを経てシーシー政権になっています。シーシ ー政権は、同胞団をテロリストとして非合法化すると共に、ハマスへの露骨な敵視も しており、仲介機能をほぼ喪失した状態となっています。 4点目は、ハマスのスポンサーの変化です。長い間ハマスを支援してきたのは、レ バノンのヒズボラであり、またイランであったわけですが、現在のハマスの戦闘能力 の背景にある「カネ」の出所は、一つはカタールであり、もう一つはトルコであるわ けです。 カタールは、湾岸の王国で王族などが石油の富を独占しつつ、外国人労働者などと の間に不安定な格差社会を作っています。その格差が社会不安に転じることを回避す るために、王族としては「自分たちはアラブの大義に忠実だ」というPRをするとい う強烈な動機を持っているわけです。王族のポケットマネーで、全世界にアルジャジ ーラというメディアを展開しているのも同じ理由ですが、とにかく明確な理由に基い て「オイルマネー」による援助をハマスに提供しているのです。 トルコの場合は、エルドアン政権というのは「イスラム的な」政権であるわけです が、実際の社会経済政策を本当に「イスラム的」にしてしまうと、経済が低迷したり ヨーロッパとの協調に影響が出るわけです。そこで、イスラエルを敵視して、ハマス を支援してきたのですが、特に2010年にトルコの輸送船をイスラエルが撃沈する という事件もあって、反イスラエルの立場からハマスへの支援を続けています。 5番目は、ヨーロッパの世論の変化です。2009年の金融危機を経て、ヨーロッ パは周囲のトラブルに敏感になってきています。また今回のウクライナ危機、とりわ けマレーシア航空機撃墜事件からのショックも背景にあり、ガザ紛争という事態全体 への嫌悪感は相当なものがあるようです。恐らくはそうした嫌悪感や不安感が噴出す る形で「反ユダヤ運動」のようなものが拡大しています。 最も激しいのはフランスで、ほとんど人種差別に近い暴力的な運動が起きており、 その結果として差別的な社会の雰囲気を忌避したユダヤ系の住民がイスラエルに移住 するという動きも出てきています。更に、歴史的な経緯から反ユダヤ的な運動には極 めて自制的であったドイツでも同様の運動が発生しているのです。 6番目は、アメリカ世論の変化です。今回のガザ紛争に関しては、アメリカのメデ ィアではパレスチナへの同情論が、過去の紛争時以上に明確なものとなっています。 その背景には、アメリカの若い世代の世論が、明確に「イスラエル批判」という立場 に変わっているということがあります。 オバマが空想的な理想主義者であって、ハマスを贔屓しているから問題が複雑化す るという批判がアメリカの保守派の間にはありますが、それ以前の問題として、アメ リカの世論自体が大きく変化しているのです。世代交代に加えて、911という事件 の記憶が遠ざかっていることも大きな要素です。 このような6つの相違点があるために、今回の紛争は過去の2回と比較すると、仲 裁が難しくなっているのです。特にエジプトがハマスへの影響力を喪失し、アメリカ がイスラエルへの影響力を低下させているというのは重要な問題であると考えられま す。 そのような危機的な状況の延長には、ある「最悪の事態」を想定しなくてはなりま せん。それは、ネタニヤフ政権が、右派からの突き上げもあって「この際、ガザ地区 からハマス勢力を一掃する」という決意を固め、それを軍事行動という形で実行する ということです。そうなれば、ハマスの側のロケット攻撃も、あるいはトンネル等を 使ったテロ攻撃も激しさを増すでしょう。 ここまでの流血は、まだ2008年のパターンに近いレベルでしたが、より深刻な 流血の連続ということになる可能性もあります。つまり、イスラエルはハマスを駆逐 する決意を行動で示し、ハマスはこれにテロ攻撃で対抗するという構図です。そうな れば、ヨーロッパやアメリカの世論はますます反イスラエルになる中で、誰も和平の 仲介ができなくなるという危険があるわけです。 ケリー国務長官は、そのような「最悪の事態」を想定しつつ行動しているのだと思 います。そこまでは理解できるのですが、方法論が間違っていました。結局のとこ ろ、エジプトがハマスへの影響力を失っていることから、カタールとトルコを仲介役 に使ったのです。これは、イスラエルの不信感を増すことになった、そう評価せざる を得ません。 今回の「72時間停戦」が90分で終わったという背景にはこうした構図があるよ うに思います。今後に関しては、とにかく、2008年から09年の経験に即して、 一刻も早く本格的な停戦へ持っていかねばなりません。 ですが、今回の状況においては、合意は大変に難しいのです。というのは、ハマス はイスラエルの存在を認めない、イスラエルはハマスの追放を企図している(限りな くそれに近い)という「相容れない」構図に立ち至っているからです。その矛盾を埋 めるためには、当事者双方との間に信頼関係を持つ仲介役が必要です。 では、潘基文、ジョン・ケリーの2人以外ではどうかというと、クリントン夫妻は 2016年の選挙を控えて動けない、かと言ってオバマが自分で出て行くということ も考えにくいように思います。 一つ懸念されるのは、オバマの側近にいるスーザン・ライス(補佐官)、あるいは サマンサ・パワー(国連大使)といった人々が「第三世界における人権」をテーマに 仕事をして来たというタイプの人々だということです。 そのこと自体は個人のレベルでは悪いことではないのですが、彼女等の判断が入る ことで、従来のアメリカ外交との一貫性がフラフラするとなると問題が出てきます。 イスラエルが孤立への危機感からより冒険主義的になるということでは、より深刻な 暴力の応酬という悪循環へ行ってしまうからです。 いずれにしても、中東和平というのは、これまでの長い経緯に照らしても、国際連 合とアメリカが仲介の責任を果たしていくしかありません。潘基文、ジョン・ケリー の2人が、もう一度「仕切り直し」をして、例えばイスラエルに乗り込むとか、ファ タハのアッバス議長との関係を再構築するとか、粘り強く献身的な努力を続けるしか ないように思います。 ---------------------------------------------------------------------------- 冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ) 作家(米国ニュージャージー州在住) 1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。 著書に『911 セプテンバーイレブンス』『メジャーリーグの愛され方』『「関係の空 気」「場の空気」』『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』『チェンジはどこへ 消えたか〜オーラをなくしたオバマの試練』。訳書に『チャター』がある。 最新作 は『場違いな人〜「空気」と「目線」に悩まないコミュニケーション』(大和書房)。 またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。 ◆"from 911/USAレポート"『10周年メモリアル特別編集版』◆ 「FROM911、USAレポート 10年の記録」 App Storeにて配信中 詳しくはこちら ≫ 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