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『ニューズウィーク日本版』2014−7・29
P.32〜34
「地上戦に出たイスラエルの愚
中東:圧倒的な軍事力でガザを侵攻して
国際的批判を招くネタニヤフの危うい賭け
フレツド・カプラン(米外交問題評議会研究員)
イスラエルは先週、パレスチナ自治区ガザへの侵攻を開始した。純粋に戦術的かつ短期的に考えれば、これは合理的な措置と言えるだろう。だが戦略的かつ中長期的に考えれば、狂っているとしか言いようがない。
短期的な目的は比較的はっきりしている。ガザを実効支配するイスラム原理主義組織ハマスは、イスラエルに向けて大量のロケット弾を発射している。イスラエル政府とハマスの問に交渉は一切ないし、空爆だけではロケット弾は食い止められない。だから戦車が送り込まれた。
だが、軍事的に圧倒的優位にあるイスラエルがハマスをたたきつぶしたら、その後はどうなるのか。可能性は2つしかない。イスラエルが再びガザを占領統治するか、ハマスを倒した時点でガザから撤退するかだ。
再び占領統治をする場合、イスラエルはそれに伴う責任と危険を負担しなければならない。一定の行政サービスを提供するコストも生じるし、地元の武力組織に襲われる危険に常に怯えることになるだろう。
ガザから撤退する場合、ハマスよりもはるかに危険なイスラム原理主義組織が育つ土壌を放置することになる。現在シリアをむしばみ、イラクを大混乱に陥れているISIS(イラク・シリア・イスラム国、別名ISIL)のようなテロ組織が出てくるかもしれない。
ヘブライ大学(エルサレム)のバーナード・アビシャイ教授は、最近ニューヨーカー誌のオンライン版で、かつてイスラエルのエフド・オルメルト前首相に聞いた話を紹介している。
「08年に(イスラエルが)ガザ攻撃を決めたのは、2国家共存案で(イスラエルとの)交渉に応じるパレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長を応援する意味もあった」
パレスチナはアッバス率いる自治政府が統治するヨルダン川西岸と、ハマスが支配するガザの2つに分裂している。ガザ(ハマス)を攻撃することで、穏健派のアッバスを応援しょうというオルメルトの試みは当時失敗に終わつたが、今回も失敗するのは間違いない。
イスラエルは今もユダヤ人入植地の建設を続けており、分離壁と検問所を撤去する気配もない。つまりガザの住民が西岸の暮らしを羨ましく思ってハマスではなく自治政府の統治下に入りたいと思うような「特典」を、イスラエルは何ら提供してこなかったのだ。
そんななかアッバスは、ハマスとパレスチナ暫定統一政府を樹立することで合意した。自治政府にハマスを吸収することでハマスの弱体化を図ることが狙いだったが、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、ハマスの影響力が拡大することを懸念してこの措置を非難。和平交渉の中断を宣言した。
だが、ネタニヤフがアッバスを「切った」ことは、パレスチナとの関係、さらには中東におけるイスラエルの位置付けを著しく悪化させる恐れがある。
平和な時代を台無しに
イスラエルは戦略的な思考を忘れてしまったようだ。昔から強硬な態度を取り過ぎて墓穴を掘る傾向はあった。例えば06年、レバノンのイスラム武装組織ヒズボラがイスラエル北部に侵入したとき、アラブ諸国はそろってヒズボラを非難した。ところがイスラエルが不釣り合いに大規模な空爆で報復したために、ヒズボラは地元の英雄に祭り上げられた。
もっと深刻な影響は、過剰な報復攻撃のせいで、せっかくイスラエルに同情していたアラブ諸国を遠ざけてしまったことだ。そして今回もイスラエルは、大きなチャンスを台無しにしようとしている。
今回のいざこざが起きるまで、イスラエルは久しぶりに平和な時代を享受していた。西岸からテロ攻撃を受けることはなくなつていたし、シリアやヒズボラといった敵は、仲間内での宗派抗争に忙しい。エジプトでは再び軍部が権力を握り、ムスリム同胞団をはじめとするイスラム原理主義組織を厳しく取り締まっている。イランは少なくとも今のところ核開発をストップしている。
バラク・オバマ米大統領は世界中でトラブルに見舞われているが、オバマが建設を強力に進めた対空防衛システム「アイアンドーム」のおかげで、イスラエルはハマスのロケット弾が主要都市に着弾するのを防げた。
今回の戦闘でやたらめったらに発射されるロケット弾によるイスラエル側の死者は、これまでのところ1人しかいない。だがイスラエルの空爆によるガザの死者は270人、負傷者は2200人を超える。そのほとんどは民間人で、海辺で遊んでいた子供たちも多い。
ネタニヤフは過剰な軍事行動を推し進めることで、欧米諸国の支持をますます失い、イスラエルに一定の理解を示すアラブ諸国の暗黙の協力も失うリスクを冒している。
ジョン・ケリー米国務長官は今年2月、パレスチナとの和平交渉が頓挫すれば、イスラエル製品に対する国際的なボイコット運動が高まる可能性があると述べた。イスラエル当局はこれに猛反発し、ケリーを「反ユダヤ主義者」と決め付けた。愚かな言い掛かりだ。ケリーはボイコットを支持しているわけではない。事実を指摘しただけだ。そして、その指摘は正しい。
米政府は先週初め、イスラエルの自衛権支持をあらためて表明する一方、「民間人の犠牲を避けるため最大限の努力をするよう」ネタニヤフに求めた。
今の状況をもたらした要因として、この10年ほどに進んだ2つの流れを見ておきたい。1つは民族的な分断だ。数十年前までイスラエル人とパレスチナ人は同じバスに乗り、同じ通りを歩き、同じ場所で暮らしていた。もちろん両者は平等ではなく、植民者と被植民者の立場だった。それでも互いの顔が見える関係を保ち、共同でビジネスをし、友情さえ育まれていた。
だが今の若いイスラエル人とパレスチナ人は互いにほとんど接触した経験がない。相手を生身の人間と感じなければ、殺傷することに抵抗がなくなる。
交渉にしか望みはない
もう1つの流れはアメリカの不干渉だ。この傾向はジョージ・W・ブッシュが政権に就いた頃から始まった。イスラエルとパレスチナの和平交渉は長引くぼかりで実りがなく、アメリカの大統領はもはやその仲介の労を取ろうとしなくなつたのだ。ブッシュ父やビル・クリントンの時代にはアメリカが仲介に入って小火が収まることが多かったが、消火装置が機能しなければ炎は燃え広がる。
アメリカの無策が最大の禍根を残したのは、パレスチナ自治区で10年ぶりに立法評議会選挙が実施された06年だ。当時の米国務副長官ロバート・ゼーリックは上司のコンドリーザ・ライス国務長官にこう助言した。イスラエル政府に検問を緩和させるよう働き掛けてほしい。検問が緩めば、自治区のパレスチナ人はアッバスの手柄だと考え、選挙で穏健派が有利になる、と。
だがライスは、選挙結果に影響を及ぼすような介入を渋った。当時ブッシュは選挙さえ実施されれば民主主義が実現すると信じていたし、ライスもそう思っていたようだ。結果的にこの選挙でハマスが勝利し、ガザを実効支配するようになった。
今の紛争の責任は一方的にイスラエルにあるわけではない。テロ組織が支配する隣接地域からロケット弾が飛んで来れば、防衛に躍起になるのも分かる。
しかし注目すべきは、イスラエルの情報機関の元幹部たちが、自衛のためには武力行使より和平交渉を選ぶべきだと主張していることだ。昨年アメリカで公開された衝撃的なドキュメンタリー映画『ザ・ゲートキーパーズ』で、イスラエルの治安機関シンベトの元指揮官6人がカメラの前でそう発言している。
この6人は平和活動家などではない。シンベトの主要任務の1つは、パレスチナ自治区に潜入し、過激派の下部組織を根絶すること。当時も今も、それは暴力的な任務だ。
それでも、パレスチナの共同体の中に入れば実情が分かる。人々の文化や価値観、感情が見えてくる。元指揮官たちはテロ行為を容認しているわけでも、テロリストに共感しているわけでもない。だが占領下での暮らしとテロの結び付きは理解している。だからこそ、際限のない攻撃にうんざりしているなら、占領を終わらせるしかないと訴えているのだ。
彼らは引退した人間であり、現役時代にはそんな主張はしなかったと、イスラエルのタカ派は言う。それは事実だろう。日々過激派と戦い、その動きを監視する任務に追われていれば、短期的な問題に目を奪われ、長期的な予測や戦略的な計算ができなくなる。イスラエル政府も同じことだ。
仲介の努力を惜しむな
イスラエル政府が視野を広げるには、外部からの助言が必要だ。そして、そうした助言ができるのはアメリカだけだ。
あちこち電撃訪問したケリーはくたくただろうし、オバマはネタニヤフとの関係(とその他の国際情勢全般)に徒労感を募らせているだろう。だが2人とも今の危機の解決に力を惜しんではならない。エジプトと協力して何とか停戦を実現させ、それによって戦略的に優位に立てることをイスラエルに気付かせ、その優位を最大限生かすよう導くべきだ。
そのためには、イスラエルは入植地の建設を凍結し、ガザの住民が穏健派の統治のメリットに気付くよう、西岸に多額の経済援助と投資を行いつつ、長引くことを覚悟の上で和平交渉を再開する必要がある。
オバマ政権がそこまで持っていくには大変な労力がいる。だがそれを惜しむなら、イスラエルの戦車がガザに突入するのを座視するしかない。その代償はとてつもなく大きい。」
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