03. 2014年7月22日 11:52:12
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http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/41294 ガザの悲劇から学ぶべき教訓 イスラエルに打ち込まれる憎しみのミサイル 2014年07月22日(Tue) 松本 太 ハマス(パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム主義組織)のミサイルが止まらない。そして7月17日深夜、とうとうイスラエル軍はガザへの地上侵攻を開始した。国際社会が強く停戦を求めるにもかかわらず。 この背景には、ハマスが運用する最新型のミサイルが、すでにイスラエルのほぼ全土を捉えていることがある。ネタニヤフ首相は、イスラエル領に通ずるガザの地下トンネルを破壊するために地上侵攻を命じた。テルアビブやハイファといったイスラエルの主要都市が、ハマスのミサイルの射程内にある限り、ネタニヤフ首相はその政治生命をかけて、イスラエル人の人命を守らざるをえないのだ。 ガザのトンネルの徹底的な破壊をイスラエルが目論んでいる以上、7月8日に発動された「Operation Protective Edge」が終了するためには、相当の時間がかかるだろう。そして、ちょうど5年半程前の2008年12月27日から3週間以上続いた前回のガザ地上侵攻作戦であるキャスト・レッド作戦以上に、血生臭い戦いになるおそれも高い。 1990年代にオスロ合意を受けて始まったガザの復興プロセスに直接関与した経験のある筆者にとっては、ガザのパレスチナ人と同様、底なしの無力感を感じるばかりだ。 当然ながら私たちは、無辜のパレスチナ人に多数の死傷者が生じている人道上の悲劇を嘆き悲しむ。しかしながら、私たちには、そうした感傷に耽っている余裕はないのだ。むしろ今、眼前で展開されている戦いの意味をよく考えてみる必要がある。なぜなら、イスラエルとハマスの間のミサイル攻撃と抑止をめぐる、この「小さな」実戦は、私たちの未来の安全保障を考える上で貴重な教訓を提供してくれているからだ。 このガザにおける現在進行形の物語は、中国のA2AD(Anti-Access/Area Denial:接近阻止・領域拒否)能力に対抗する抑止を考える上でも実に興味深い事例なのだ。すなわち、(1)ミサイル技術の向上がもたらす戦略的変化、(2)戦力上も非対称的なプレーヤーによる戦闘という2点において、ガザの悲劇は私たちに重要なメッセージを発している。本稿では、これらの点を読み解きつつ、なぜイスラエルが地上侵攻を行ったのか、そして、それをもたらした直接的原因であるハマスのミサイルの謎を明らかにしてみたい。 射程距離160キロの「ハイバル1」をイスラエルに発射 最初の教訓は、ミサイル技術の向上は常に戦略的な変化を呼ぶという点だ。ミサイルの射程が延伸されれば、ゲームのルールもそれに応じて変わるのである。ウクライナ東部で撃墜されたマレーシア航空機MH17の悲劇とロシア製地対空ミサイルSA11は、そうした如実な例である。そしてガザの悲劇もまた、ミサイルのなせる仕業と言っても良い。 もともとハマスが有していたミサイルは、射程がせいぜい10〜20キロメートルほどの短距離射程しか有さない、現地で組み立て可能なカッサームやグラッドにしかすぎなかった。これでは、ガザ近郊の小さな街は狙えても、ガザの国境から60キロメートルも離れる首都テルアビブには遠くおよばない。 ところがハマスは2006年以降、より長距離の射程を有するミサイルを、イランなどの支援を受けて、スーダン、そしてシナイ半島経由でガザ・エジプト国境のトンネルを通じてガザに運びこむことに成功したのである。 最初は、射程45キロメートルの「ファジュル3」が、そして、次には射程75キロメートルの「ファジュル5」と呼ばれるミサイルが密輸された。ファジュル5は、テルアビブやエルサレムも射程に入れたミサイルである。これらの密輸にハマスが成功して以降、イスラエルのハマスに対する対応は一層厳しいものになった。 2012年11月には、ハマスがファジュル5をテルアビブやエルサレムに向けて発射した。そのほとんどが、イスラエルの誇る迎撃ミサイルによって撃ち落とされたものの、その内の1発がテルアビブの南部8キロメートル程にある街に着弾している。 それから2年も経たないこの7月には、ハマスはとうとう射程が160キロメートルもある「ハイバル1」と名付けられた、より長距離射程を有するミサイルをイスラエルに向けて発射したのである。これで戦略的縦深性が浅いイスラエルの国土の大部分がカバーされたことになる。 なお、ハイバル1がこの地域で最初に登場するのは、2006年の第2次レバノン戦争の際である。ヒズボラ(レバノンのイスラム過激派組織)がこのミサイルを初めてイスラエルに使用している。「ハイバル1」は謎が多いミサイルである。弾径が302ミリという特殊なサイズからきていることから、別名「M?302」という。もともとイランもシリアにしても、もともとこのサイズのミサイルはそもそも製造していなかったのである。 ミサイルの原型は中国が製造する「WS?1」 実は、弾径302ミリのミサイル・シリーズを唯一製造しているのは、元来、中国なのだ。すなわち、中東においては中国が設計し、これに基づいてイランやシリアがライセンス生産したと見られるミサイルが問題を引き起こしているわけである。 中国が製造するこのサイズのミサイルを「衛士1」(WS-1)という。WS-1は、4連装自走ロケット砲として、中国航天工業総合公司(現在の航天科技集団公司)の傘下にある四川航天工業総公司(Sichuan Aerospace Industry Corporation, SCAIC)が輸出用に開発したものである。 前述のファジュル5も、中国のミサイルであるWS-1の設計に基づき、イランのミサイル製造機関のAIO(Aerospace Industries Organization)において製造され、「夜明け」を意味する「ファジュル」と命名され、最終的にハマスに移転されたと考えられている。 「ハイバル1」も、中国から輸出されたミサイルが、シリアにおいてライセンス生産され、密輸トンネルを経て2013年末にもガザのハマスに移転されたと見てよいだろう。 イスラエルが、もともと中国で設計されたミサイルの脅威と戦わなければならないのは皮肉な事態である。なぜなら、イスラエルは米国から強い反対を受けるまで、長い間にわたって「ハーピー」と呼ばれる無人飛行機を中国に輸出してきたからだ。 なお、ミサイルの名前となった「ハイバル」とは、アラビア半島の都市メディナから95キロメートルほど東にあるオアシスの名前である。ちょうどイスラムが勃興する前まで、アラビア半島で最大のユダヤ教徒の居住地があった場所である。 西暦629年に預言者ムハンマドと付き従う者たちが、ユダヤ教徒と戦って勝った「ハイバルの戦い」で有名な場所である。イランは、イスラム教の歴史に忠実に、このミサイルをハイバルと名付けたわけである。 「恐怖戦略」でイスラエルに立ち向かうハマス 第2の教訓は、戦力の格差が明確な戦略の違いをもたらすという点だ。ハマスとイスラエルの争いは、全く異なるレベルの戦力を有する非対称的なプレーヤーによる非対称戦である。それぞれの戦略には、それ相応の考えや特徴が見て取れる。 イスラエルは核兵器を保有すると見られる地域の軍事大国である。これに対して、極めて限定的な軍事力しか有しないハマスが仕掛けているのは、多数のミサイルを活用した一種の「恐怖戦略」なのだ。 そもそもハマスの有するミサイルは、いかに射程が伸びようとも、精度を欠く代物でしかない。また、ハマスのミサイルの弾頭には、まともな弾薬すら詰め込まれていないものも多い。実際に着弾したとしても、軍事的な被害という意味では、あまり有益なミサイルとは言い難い。 しかし、イスラエルの迎撃ミサイルシステムの「アイアンドーム」が、ハマスのミサイルの一発でも打ち損じ、例えば、首都テルアビブやエルサレムの住宅密集地で人的被害が出るならば、ハマスのミサイルがもたらす心理的恐怖は、甚大なものになるだろう。 イスラエルといえども、もはや普通の国である。現代のイスラエル社会は、もはや中東戦争を幾度も耐えてきたかつてほどの忍耐強さを有していない。 ハマスは、まさに現代の市民社会の弱点をつく形で、大量のミサイルをイスラエルに対して発射し、イスラエルに囚われているパレスチナ人囚人の解放など、イスラエルからの譲歩を迫っているわけだ。 この結果、一見すると核兵器保有国にすらミサイル攻撃を行うことができるという不思議な事態が成立してしまっている。ネゲブ砂漠にあるディモナの原子力施設に向けてミサイルが発射された事実の意味合いは深い。 イスラエルによる徹底した抑止の方法 それでは、圧倒的に強い軍事力を有するイスラエル側は、いかに戦っているのか。イスラエルの抑止戦略から学ぶべきことは実に多い。同時に、その限界も赤裸々になっている。ここでは2つの点を指摘したい。 1つは、ミサイル抑止を徹底しようとするならば、敵地攻撃のための弾道ミサイルや巡航ミサイルを装備するだけでは、残念ながら極めて不十分であるという点である。当然、ミサイルが実際に発射されないことを担保するためには、事前に、敵地あるいは第三国におけるインテリジェンス活動を行い、敵によるミサイル調達活動に対するサボタージュ(破壊活動)を行ってこそ、ようやく抑止が完成する。 この点でイスラエルのやり方は、実に徹底している。ハマスがガザにミサイルなどの武器を密輸しないよう、実際にイスラエルが行った(あるいは、多分にそう考えてよい)いくつものオペレーションがこれまで実施されてきている。 2009年1月と2月に、イスラエル軍が行ったと見られているスーダンに対する空爆は、その一例と言えよう。当時、イランの革命防衛隊が、スーダンの主要港であるポート・スーダンを経由してガザにファジュル3を密輸しようとしていたが、密輸業者のトラックに対して空爆が行われ、119名の密輸業者が死亡したとされている。また、ミサイルを紅海経由で運ぼうとしていた貨物船も同時に空爆されている。 また、2010年1月にドバイのブスターン・ロターナ・ホテルにおいて、ハマスの軍事組織である「イッザ・ディーン・アル・カッサーム」幹部のマフムード・マブフーフが暗殺されたことも、地域における武器移転の実態の深淵をかいま見せた。なぜなら、マブフーフはイランからガザへの武器密輸のまさに担当責任者であったと考えられているからだ。 そして最近では2014年3月にパナマ国籍の貨物船「Klos-C」が、スーダンのポート・スーダン港に150キロメートル程の紅海上で、イスラエル海軍艦艇によって拿捕され、イスラエルのエイラット港に曳航されるという事件が発生している。 実は、トルコ人の船長も知らない内に、イランのバンダル・アッバース港に寄港した際に謎の貨物が積み込まれ、ポート・スーダン港に向かったという。結局、イスラエルによる査察の結果分かったのは、その謎の積荷の正体は、まさに今回ハマスがイスラエルに向けて発射したM-302ミサイルだったのである。 6月27日付ロイターの報道によると、国連のイラン制裁パネルの報告に基づけば、その積荷の最終仕向地がガザであったか否かは不明だが、積荷には、40機におよぶM-302ミサイルに加え、181機の120ミリ砲が含まれていたという。 今回、イスラエルが、イスラエル人少年の暗殺事件をきっかけに、2年近く続いたハマスとの停戦を破る形で、「先制攻撃」とも呼ぶべき作戦を発動した背景には、こうしたインテリジェンス戦争の結果得られた冷徹な分析があることは間違いないだろう。 「敵基地攻撃能力」の大きな課題 さらにもう1点強調すべきなのは、これほど徹底してミサイル抑止を考え実行しているイスラエルにも、その限界があることである。そもそも、迎撃成功率9割を誇る能力を有するアイアンドーム・システムにも限界があるのだ。 すなわち、ハマスが多数のミサイルを同時に発射する、いわゆる「飽和攻撃」が行われるならば、数に限りがあるアイアンドームでは、対応はやはり不十分なのである。ハマスは極めて安価なミサイルで、そしてイスラエルは高価な迎撃ミサイルで、実に非対称的な応酬を行っているわけだ。 また、イスラエルにとっては、自国の安全保障を確実に担保するためには、ガザへの大規模空爆だけでも不十分なのである。結局、ガザ〜エジプト国境にある密輸のためのトンネル破壊を含め、ガザへの徹底した地上侵攻を行わない限り、ハマスのミサイルを根絶やしにすることは決してできない。これが、今回の地上侵攻へと至るイスラエル側のロジックなのだ。 それほどまでに敵のミサイルを叩くということは、「言うは易く、行うに難し」なのである。1991年の湾岸戦争において、米軍がイラクのスカッドミサイルをほとんど発見できなかった事例は、当時より20年以上が経った現代においても当てはまる。むしろ、多くの弾道ミサイルが固形燃料化し、さらに移動式になっている現在の方が、ミサイルによる攻撃の抑止は至難の業であると言ってよい。 一方で、地上侵攻を行えば、多数のパレスチナ人の犠牲者やイスラエル軍の被害が出ることは、イスラエルにおいては十分に覚悟の上である。例えば、2008年12月から翌年1月に行われたイスラエルのガザ地上侵攻作戦では、1200名にも及ぶパレスチナ人の死亡者が出ている。 一言で言えば、現代のミサイル紛争のコンテキストでミサイル攻撃を阻止するためには、敵のミサイルの入手をあらゆる手段を通じて未然に防止し、かつ、最終的には敵のミサイル能力を徹底的な空爆と地上侵攻をもって壊滅させるという、インテリジェンス能力と物理的攻撃能力の双方が求められているということなのだ。 ガザの悲劇を通して見る日本の安全保障 幸いにも、我々の隣人にはハマスはいない。そして、私たちは、第2次世界大戦以降、実際にミサイルが次から次に私たちの頭上に発射されるという直接的な経験を有していない。 湾岸戦争当時、イラクのスカッドミサイルの恐怖を感じた、湾岸地域やイスラエルに住んでいた日本人を除けば、ミサイルがもたらす「恐怖」は一度としてリアルなものにはなっていないのである。 それゆえなのか、近隣国ではハマスのミサイルよりも比較にならないほど格段に優れた精度と射程、そして弾頭を誇る数百に上る弾道ミサイルや巡航ミサイルが、日本列島を実際に物理的射程におさめているというのに、現代の日本の安全保障の議論は多分に空理空論に陥りがちである。 だからこそ今、私たちは「当事者」となってハマスとイスラエルの戦いの行く末を凝視すべきなのだ。そうすれば、例えばDF-21DやDF-26といった精度の高い弾道ミサイルの開発・配備を通じて、中国がそのA2AD能力を飛躍的に増大させていることの意味合いと、私たちが取り組むべきリアルな課題が、わずかなりとも見えてくるに違いないからだ。 残念ながら今回もまたガザの紛争は容易には止められないだろう。一方、私たちは、そうした悲劇からも多くを学ぶことができる。あるいは、悲劇であるからこそ学ぶべきなのだ。そして願わくば私たちのアジアの同胞にもそう考えてもらいたいと思うのは、筆者のお人好しのせいだろうか。 (本稿は筆者個人の見解である) |