18. 母系社会 2014年12月29日 20:20:32
: Xfgr7Fh//h.LU
: AdyvdnySyk
★「生活の党」と多くの若者の支持者がいる山本太郎氏の連携は、現実からの 要請でもあるが、試す価値がある構想でもある。この件で、一番、ショックを受けたのは、社民党の支持者だろう。かつては、 社民党が市民活動から政治を目指した人たちの受け皿だったが、余りにも、 社民党の頭が固く体質が古いので、市民活動から政治を目指した人たちは、 ほとんど皆、離党してしまい、誰もいなくなってしまった。 ★社民党の古参党員たちは、社民党を私物化するのを止めるべきだ。長い間、 社民党を支えてきた古参党員たちの気持ちは理解できなくもないのだが、血税 が支給されているのだから、今の社民党は古参党員たちの私物ではない。 社民党は、看板通りの社会民主主義に純化して、リベラリスト=非社会主義者 の市民活動家を受け入れ、場合によっては社会自由主義的「生活の党」と合体 するか、社会主義政党に純化して、非共産党的社会主義政党への道を進むか明確 にすべきである。 共産党の体質を嫌う人は案外多いし、マルクスも復権しつつある。米国のように 格差社会化が極限まで進み、社会が二極化して階級闘争が激化する日本では、 社会主義の支持者も徐々に増えるだろう。 「生活の党」の政権を樹立したら、次は複数の社会主義政党による議会制が課題 となる。だから、非共産党的社会主義政党、できれば、仏教社会主義政党への道 を進むことを期待しているのだが。 ●良いと思うことは、どんどん試せば良い。「生活の党」と多くの若者の 支持者がいる山本太郎氏の連携も、試す価値がある構想。ダメなら、別の構想 を試せば良い。 ★弁証法とは「走りながら考える」ことであり、「走りながら考える」のが、 政治家=実践家の態度・判断である。 というのは、議員だけでは革命的改革は不可能。党と議員たちを物理的に防衛 し、デモや集会などの様々な示威行動で、従米派支配層の謀略の発動を牽制し、 対抗する若者の<実力部隊>が必要であり、大半の正規労働者や学生が体制に 包摂されている現時点で、命懸けで「革命的改革」を遂行しうる<部隊>は、 非正規労働者しかいない。 要するに、非正規労働者を組織して、日本を事実上の<二重権力>状態に持ち 込み、体制側のプロパガンダ機関であるマスゴミや司法などの治安維持=謀略 機関を中立化・麻痺状態にしないと、とても「革命的改革」など不可能。 (この非正規労働者の<部隊>は、党や議員たちが非正規労働者や民衆を裏切 らないように監視し、牽制する役割も果たすだろう) ●偶然と必然が入り混じった政治や経済の未来予測は、何らかの理論や方程式 でスパッと解けるような問題では無い。 最高の理論でも、せいぜいが蓋然性としての予測までしかできない。 なぜなら、政治や経済には、自然界も含めて、この世の全てが関係している からである。だから、試行錯誤であり、色々試せば良いのである。 ★予防医学のように「走りながら考える」=「弁証法」が正しいのである。 ●日本の支配層は、親米派と親中派、中立派に分裂している。だから、支配層 の分裂を促し、親米派を孤立化させなければならないが、これは他の党では 不可能であり、財界にも人脈がある小沢氏らの「生活の党」しか出来ない。 「生活の党」は、財界の親中派と中立派を組織して、さしあたり財界を中立派 が主導する体制に持ち込み、主流派である親米=従米派の反動的な策動を阻止 して、「東アジア共同体」への参加を実現しなければならない。 ★「東アジア共同体」が結成される前には、東アジアの安全保障体制の基盤と なる「東アジア安保条約」が締結される予定。「東アジア安保条約」が締結 されれば北朝鮮も参加するし、やがてロシアやインド、中東諸国、EUも参加 して、ユーラシア全体の「安保条約」へと発展するので、中国軍や南北朝鮮軍、 ロシア軍も自衛隊の友軍=「同盟軍」となり、国民の意識も劇的に変化する。 (既に、平和、安定、協力の諸原則を定めた「東南アジア友好協力条約」には 日本はもちろん、中国や韓国、北朝鮮、ロシア、インド、EU、米国、ブラジル までも参加している) (ただし、「東アジア共同体」内部では韓国やベトナムなどと提携して、中国 のナショナリスト=覇道派を牽制し、中国がアジア全体の利益を代表して行動 する国になるように、統制=制御しなければならない) ●今の資本主義社会の政治経済制度も走りながら考え、試行錯誤した結果であり 過程の産物。何らかの計画があって、その計画通りに実現してきたようなもの ではない。だから、不均衡だらけでなので、常に均衡状態を求めて、政治や 経済の制度は変わり続けなければならない運命。 ★走りながら考えて、歴史は変化してきたというのが「弁証法」の歴史観であり、 無数の些細なことの集積である歴史は、この無数の些細なことを知れば知るほど 歴史の全体像はわからなくなるという不思議なもの。だから、ある視点=基軸を 導入=外装して、<段階>的に整理しないと認識不可能なのが歴史なので、 様々な段階論が考案されてきた。 そうした段階論の一つで、経済システムを重視した段階論がマルクスの歴史観 で、これは歴史から、何らかの教訓を導き出す方法論であり、歴史の解釈学で、 現代では、経済システムを重視した段階論は、半ば常識化してマルクス批判派 さえも、マルクスの歴史観とは知らずに採用している(笑)。元々、神ならぬ 人間には、歴史に限らず、物事を客観的に視ることなど不可能であることを、 弁証法は教えているのである。 とは言え、極力、物事を客観的に視ることは基礎の基礎であるが、それでも、 歴史的・文化・社会的な制約=パラダイム=無自覚的な先入観に制約される ことは免れないので、全ての意識はイデオロギー。だから、全てを疑い吟味 することが必要という相対主義が弁証法の立場。 ●マルクスが、「大ざっぱにいって」と断って書いた歴史の段階説を、ロシア のマルクス教条主義者たちが、社会主義のプロパガンダに役立つ歴史観として、 マルクスが歴史を詳しく研究した結果の正式な学説であるかのように教条化 してしまい、「唯物史観」とか「史的唯物論」とか名付けたが、マルクスは、 唯物史観とか、史的唯物論などという言葉は使っていないし、もともと、 「大ざっぱにいって」と断っているのだから暫定的なものであり、正式な学説 ではない。 だから、WIKIのような唯物史観の説明はロシア製の唯物史観であり誤り。 唯物史観の中では、上部構造(意識界)と下部構造(自然界+人間界の全関係) を規定した下部構造と上部構造の関係を規定した部分だけがマルクスの学説。 マルクスは唯一の哲学書である「ドイツイデオロギー」で、意識とは人間の 対自然的、対社会的な全関係性を自覚化したものと規定している。 ★マルクスの『経済学批判』の序言から(この時点では、原始共産制社会 の存在が明らかになっていなかった。原始共産制社会の存在は晩年に知った) <引用開始> 大ざっぱにいって経済的社会構成が進歩してゆく段階として、アジア的、 古代的、封建的、および近代ブルジョア的生活様式をあげることができる。 <引用終了> マルクスの「階級闘争史観」なるものも、一般人向けに書かれた階級闘争の 重要性をプロパガンダするための政治パンフレットである「共産党宣言」に 書かれたもの。この本以外では、マルクスは「階級闘争史観」なるものも、 一切書いていないのに、ロシアの教条主義者たちにより、これもマルクスの 正式な学説であるかのように教条化されてしまった。 マルクスが、初期から死ぬまで変えなかった世界観は、自然界と人間界は 密接に連関している、この世の全てが全てと関係しているという考えで、 これはマルクスの持論。 階級闘争や経済システムは、歴史の動因の中では、大きな要因であるのは 間違いないのだが、自然界の動向や宗教・思想も動因であり、そもそも、 マルクスは相互作用論の立場なので、因果論のような階級闘争や経済だけで 歴史が動くなどというのは明らかに間違い。エンゲルスは経済決定論という 批判に対して、誤解だと、何度も何度も反論していた。 詳しくは広松渉の著作で) (WIKI)東南アジア友好協力条約 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E5%8D%97%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2%E5%8F%8B%E5%A5%BD%E5%8D%94%E5%8A%9B%E6%9D%A1%E7%B4%84
(WIKI)唯物史観・・・ロシア製の唯物史観であり、誤りの典型。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%AF%E7%89%A9%E5%8F%B2%E8%A6%B3 (WIKI)廣松渉 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BB%A3%E6%9D%BE%E6%B8%89 |