01. gataro 2014年12月21日 21:06:13
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番組説明文に落丁があった。-------------------------------------- 第23回FNSドキュメンタリー大賞 『沈黙を破る時〜封印された墜落の記憶〜』 (制作:沖縄テレビ) http://www.fujitv.co.jp/b_hp/fnsaward/23th/14-464.html 米軍基地に隣接する沖縄県うるま市川崎には、長い間、封印されてきた米軍機墜落事故の悲しい記憶がある。なぜ記憶は封印されなければならなかったのか。沈黙の理由を探っていく。 事故の証言を掘り起こすと共に映像を検証。どの墜落事故を記録したものか、場所・日時が不明な映像を検証する過程で、沖縄では本土復帰後42年間だけでも米軍機の墜落事故が45件も発生している事実を突きつける。 <11月28日(金)27時〜27時55分> 米軍基地に隣接する沖縄県うるま市川崎には、長い間封印されてきた米軍機墜落事故の悲しい記憶がある。この事故では住民2人が犠牲となり、7人が重軽傷を負った。しかし、これまで地域の人々が事故について語ることはなかった。大惨事だったにもかかわらず、なぜ記憶は封印されなければならなかったのか。沈黙の理由を探っていく。 取材のきっかけは、2012年9月9日に開かれたオスプレイ配備に反対する県民大会で、取材者が沖縄で戦後最悪の悲劇と言われる宮森小学校の米軍ジェット機墜落事故の被害者と出会ったことだった。過去の事故で傷ついた人々は、今なお米軍機の墜落事故が頻発し、新たな脅威オスプレイまでもが配備される沖縄の現状をどうみつめているのか、その思いを知りたくて取材を始めた。 取材の過程で、今も語り継がれる宮森小ジェット機墜落事故の2年後、1961年12月7日にうるま市(旧具志川村)川崎に米軍ジェット機が墜落したことを知る。そして、事故当時、小学1年生で顔に大やけどを負い奇跡的に助かった男性が今も地域で暮らしていることを知った取材者は、証言を依頼。それに対し男性は「もう思い出したくない」と一度は拒否。しかし…。その3日後の2013年5月28日、米軍機が沖縄本島近海に墜落。これを受け、半世紀にわたって沈黙し続けてきた男性は取材を受け入れてくれることになった。沈黙を破る時、男性は何を語るのか―。 また、沖縄で事故が起きた日、1961年12月7日に福岡でも同型の米軍機が墜落し住民4人が犠牲になったことを取材者は知る。一体どんな事故だったのか。それを知るため向かった福岡で、悲しい事故で受けた遺族の傷の深さに直面する。 こうした悲劇が二度と繰り返されることはないのか―。実は、そう言いきれない恐ろしい現実が日本にはある。根拠となるのが「日米地位協定」。地位協定には、米国は日本のどこでも基地にできると記されている。現に、防衛省から出された資料で、全国でオスプレイの飛行ルートが設定されている事が示された。全国どこでも地上からわずか150メートルの低空、人々の暮らしのすぐ真上で飛行訓練が行われているのだ。こうした事例から主権国家、日本の空の現状を浮き彫りにする。 番組では、埋もれようとしていた川崎米軍機墜落事故の証言を掘り起こす地域の人々の活動を追うとともに、映像を検証。どの墜落事故を記録したものか、場所・日時が不明な映像を検証する過程で、沖縄では本土復帰後42年間だけでも米軍機の墜落事故が45件も発生している事実を突きつける。そして、半世紀あまりの時を経て記憶の扉が開け放たれる時、そこには連綿と続く命の物語があることを描く。 もし、自分の家族が米軍機事故に巻き込まれたら、あなたは現状を看過できるのかを、事故で深く傷ついた男性と家族の半生を通して全国の人々に問いかける。 ディレクター・平良いずみ(沖縄テレビ報道部)コメント 「半世紀前に沖縄県うるま市川崎で起きた米軍ジェット機墜落事故。この事故の記憶は封印されてきました。地域の人々が口を閉ざしてきた理由を探っていくと、そこには戦後、否応なく基地と共存させられてきた沖縄の苦しみ、葛藤がありました。“葛藤の50年”を経て、なぜ事故で深い傷を負った人々が語り始めたのか…。そこにはあまりに過密な沖縄の米軍基地が及ぼす県民生活への影響があります。未来の命のために行動を起こす人々の思いを伝えたい、その一心で番組を制作しました。そして、これは決して沖縄だけの問題ではありません。自分の家族が米軍機事故に巻き込まれたら、あなたは現状を看過できるのかを、事故で深く傷ついた男性と家族の半生を通して全国の人々に問いかけたい、と思います」 <番組概要> ◆タイトル 第23回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品 『沈黙を破る時〜封印された墜落の記憶〜』 (制作:沖縄テレビ) ◆放送日時 11月28日(金)27時〜27時55分 ◆スタッフ プロデューサー 山里孫存 ディレクター 平良いずみ 構成 山里孫存 ナレーター 平良いずみ 撮影 宮城宗徳 大城茂昭 編集 古謝有智 |