01. 2014年12月19日 06:47:57
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ピケティと同じ手法で「日本の富」を分析してみた! 日本でも納税者の0.1%に富が集中する傾向が顕著 2014年12月19日(金) 岡直樹 「同じくおもしろいことだが、ヨーロッパとは社会的にも文化的にも異なる日本さえ、20世紀初めには同じくらい高水準の格差が存在した。日本では国民所得のおおよそ20パーセント以上をトップ百分位が占めていた。(中略)どう見ても所得構造と所得格差に関して日本はヨーロッパと同じ『旧世界』の一部だった。20世紀を通じて日本とヨーロッパが似たような変遷をとげたこともまた興味深い」(トマ・ピケティ『21世紀の資本』335ページ、第9章「労働所得の格差」から引用) 岡直樹さん(前国税庁分析官)の連載第2回は、日本のトップ0.1%に当たる所得金額5000万円超の納税者5万人の所得分析と、日本で平均2.5〜5億円、米国で30〜70億円という所得トップ400人の日米比較をお届けする。 通勤中の電車で見上げると、“当たれば年収2000万の生活が30年できる”と、宝くじの宣伝が揺れている。年収2000万円というのはみんながイメージできる高額所得者の基準の一つなのかもしれない。米国では政府が高額所得者のデータを分析・公表することを法令で義務づけているが、基準となる金額は20万ドル(100円で換算すれば2000万円)だ。わが国でも給与収入が2000万円を超えると申告書提出義務があるので、このクラスの納税者については税務統計で実態を正確にカバーすることができる。 2010年に2000万円を超える申告をした納税者は31万人で、この年のわが国の納税者数は約5500万人(総務省調べ)なので、Top 0.6%だ(本コラムではTop1%とみなす)。また、5000万円を超える申告をした納税者は5万人なので、Top0.1%(細かくは0.09%)に相当する。なお、2010年において米国の納税者のTop1%に該当するためには最低42万ドルの所得が必要なので、120円で換算すると5000万円相当だ。 というわけで、今回は税務データから読み解くわが国のTop0.1%の納税者と、宝くじで1等に当たっても手が届かないかもしれないウルトラリッチ(Top400)の日米比較について。 Top1%の年齢 まずはわが国Top1%(申告所得2000万円超)の年齢から図1に示す。 図1 Top1%(所得2000万円超)の納税者の年齢階層 出所:FR118号55ページ図7(※1) これによると、Top1%の納税者は、50後半〜60代前半の人の割合が最大で、1/3の者がこの年齢階層だ。同時に、いわゆる年金受給世代である65歳以上の者も1/3存在している。2007年と2010年を比べると、年金受給世代の割合が減少した一方、いわゆる働き盛り世代である40代後半〜50代前半の者が2パーセント以上(6〜7000人)増加している。25〜45歳のグループの割合も増加しているが、ここには成功した若い企業家やFX投資家等が含まれているのかもしれない。 図1は所得の生涯所得カーブと相似形ではない。このようなカーブとなる背景には、毎年の経済活動により蓄積された「富」からの所得が影響していると思われる。 (※1)本コラムは、財務省財務総合研究所編集・発行「ファイナンシャルレビュー 通刊118号(平成26年第2号)」(本コラムでは「FR118号」と略す)47ページ以下に収録された筆者の論考に基づいて作成した。 Top0.1%の所得構成 Top0.1%(申告所得5000万円超)が得ている所得の種類を図2に示す。 図2 Top0.1%(所得5000万円超)の所得構成(2010年) 出所:FR118号57ページ図8および表6より筆者作成。 ※大まかにいって、(1)、(2)は「富の処分」による所得、(3)、(4)は、「富の保有」による所得、(5)、(6)は「勤労」による所得。 図2からわが国のTop0.1%の所得構成の特徴として次が挙げられる。(イ)勤労所得である給与所得の割合が高い。(ロ)いわゆる「富」からの所得(※2)として、(1)株式譲渡所得、(2)不動産の譲渡、(4)不動産の貸付からの所得が目立つ。(ハ)10億円を超える納税者は所得の7割が株式等譲渡所得であり、言い換えれば10数億レベルに達するためには株式譲渡所得が必須だ。 次に、Top0.1%の所得のうち、「富の保有」から生まれる所得(利子、配当、不動産)に焦点を当てる(図3)。所得の基となる資産の種類は、不動産と株式である。所得階層が高くなるにつれ、不動産所得のウエイトは低下し、配当所得の割合が高まっている。利子所得はほぼ皆無だ(※3)。 図3 Top0.1%の「富の保有」からの所得 出所:FR118号56ページ表4および57ページ表6より筆者作成。雑所得にはいわゆるファンドからの分配が含まれる。 (※2)「富」からの所得について、二元的所得税(所得税の在り方の一形態。富=資本=は労働よりも地理的に流動的なので、勤労所得に累進税率を適用する一方、資本所得には低い固定税率で分離課税するもの)の議論では、利子、配当、株・土地等の譲渡益、帰属家賃、事業所得(勤労報酬相当額を除く)を「資本所得」としている。「勤労所得」には、給与所得、フリンジベネフィット、社会保障給付、事業収益(勤労法等報酬相当分)が含まれるので富からの所得に含めた。 (※3)国内の銀行等から受け取る利子はどんなにお金持ちでも源泉徴収で課税が終了するので税務統計データにも表れない。ただし、海外に保有する銀行口座で受取った利子は別だ。こうした利子は(原則)申告が必要だが、2010年において、利子所得がある申告の件数は5000万円超の申告5万710件のうち1243件、全申告2400万件でも1万9763件しかない。理由はよくわからない。 Top0.1%の常連と1回だけ該当する人の違い 所得税は、理論はともかく、現実の制度としては所得フローに対して課される税なので、税務データもストックである「富」を直接捉えることはできない。しかし、Top0.1%など高額所得階層の“常連”が得ている所得の構成と、1回だけ該当した納税者の所得の構成を観察することを通じて推察することができると思われる。 Top0.1%の常連の人数と出現頻度を図4に示す。 図4 Top0.1%(所得5000万円超)の出現頻度(2005〜2010年) 出所:FR118号60ページ図11 2005年から2010年の6年間(途中の2008年9月にいわゆるリーマンショックがあった)の各年において、Top0.1%に該当した納税者は5万〜7万人いたが、全体の人数の増減には出現回数1回の納税者の存在が大きく影響している。他方、6年間連続して登場した“常連”が1万7000人、リーマンショック後、景気低迷期に3年間連続して登場した者が2万6000人存在する。 そこで、Top0.1%の常連と、6年間に1度だけTop0.1%に該当した人の所得構成(上位10位までの組み合わせ)を調べると、以下のように顕著な違いがみられた。 表1 Top0.1%の所得構成(常連と1回だけの者別) 出所:FR118号61ページ表9および表10。 (※4)“雑”とは失礼な呼び名で恐縮だ。MIscellenious income から来たと思われる。「他の9種類の所得のいずれにも当たらない所得をいい、公的年金等、非営業用貸金の利子、著述家や作家以外の人が受ける原稿料や印税、講演料や放送謝金などが該当します」(国税庁ホームページ) 表1は、例えば6年間連続で登場する常連のうち、16.3%の人の所得が「不動産、雑、配当、給与所得」の組み合わせであったことを示している。10位までの構成比の類型は、常連については75%となる一方、1回だけの者は57%であり、1回だけの者は所得構成が多様であると思われる。 富からの所得である不動産所得も、安定的に高額所得を得るために貢献していることがうかがえる。また、常連と1回だけの者を問わず、給与所得を得ている者が非常に多いことが特徴だ。特に、給与所得だけの者が、常連グループの8%(第4位)、1回の者のグループの6%(第5位)存在していることが大いに注目される。(なお、何億といった高額な給与を実績(merit)だけで説明できるかについては議論もあるようだ。一種の「富からの所得」の部分が含まれているのかもしれない) 富からの所得でも、保有資産の譲渡に由来するものか資産の保有に由来するものかという観点からみると、常連と1回の者で顕著な違いがある。配当所得は常連では目立つが、1回だけの者では10位までにすら登場しない。これとは逆に、不動産の譲渡など分離譲渡所得は、1回だけの者では目立つが、常連には登場しない。 以上から、米国とスケールは異なるが、わが国でも富のTop1%、なかんずく0.1%への富の“集中”が存在していると感じるのは筆者だけだろうか。 米国のTop400の常連 米国では、Top400番目までの申告書を提出した納税者について、1992年から毎年統計データとその分析が公表されている。 それによると、1992年から2009年の18年間(延べ7200の申告)に3869人の納税者がTop400に該当したが、そのうち10回以上該当した者が87人(2.2%)、1回だけ該当した者が2824人(72.9%)であることが報告されている。 申告書でみると、7200枚の申告書のうち、1回だけ該当した者が提出したものが2800枚、40%である一方、10回以上該当した常連によるものも1150枚、16%も存在している。筆者にはもはや想像すらできないレベルだ(少なくとも、Top400の常連が宝くじを買うのはお金と時間の無駄だ)。 米国のTop400は日給1億円 東京・銀座の数寄屋橋では、年末この時期になると長蛇の列が出現する。取り付け騒ぎなどではない。宝くじを買うための人の列だ。日本各地にこうした列が出現していることだろう。年末の宝くじに1年分の夢や希望を込めるのだとすれば、当選金も一般庶民にとって夢のある金額に設定されているのかもしれない。年末宝くじの1等当選金が6〜7億円だとすると、これは、米国では到底無理だが日本ならギリギリTop400に入れるかもしれない所得だ。 IRS (わが国の国税庁に相当)によると、米国のTop400人は2007年において1人平均3億4400万ドル、413億円(120円で換算)の所得がある人たちだ。Top400グループでみれば平均程度のつましい所得なのに悩ましい話だが!週給2000万円の生活を40年か、1日1億円の生活を1年間続けるか選択しなければならない。 日米ともTop400の税負担率は20%程度 Top400人がそのようなレベルの所得の人たちであることを頭に置きつつ、その所得構成などについていくつかの角度から観察してみたい。 まず、Top400に最低必要な所得などだ。表2によれば、Top400の所得や納税額のレベルは日米で10倍あまり違うが、日本では平均2.5〜5億円、米国では30〜70億円を納税している。また、税負担率(実効税率)は日米で同程度である。 表2 Top400に必要な所得、平均所得・納税額・税負担率 出所:FR118号63ページIV-1、64ページIV-2、およびIRS統計から筆者作成 日本のTop400は株長者・未公開株長者 日米の共通点は、給与所得を有する者が多いことくらいであり、相違点の方が目立つ。例えば、(1)米国では配当・利子等の金融資産からの所得をTop400全員が有するが、日本では配当所得を申告する者は半数程度いるものの、利子所得は事実上皆無である。(2)日本では、株式譲渡益(シェア20%)、特に未公開株式の譲渡益(シェア36%。上場を果たした創業者社長などがイメージされる)からの所得が貢献している。(3)米国では300件以上の申告で外国税額控除の利用があり、平均2.2百万ドル(120円換算で2億5000万円)の税額控除を受けていることから、米国のTop400がグローバルな経済活動を行っていることがうかがわれるが、日本で外国税額控除の申告をした者は1割以下であり、金額も2000万円程度(平均)にすぎない。 表3 Top400の所得 日本vs米国 出所:FR118号65ページ 節税? 寄付金大国でもある米国 さて、課税所得の金額は、赤字の所得や法令上規定された所得控除を差し引くことにより計算される。そこで、こうした課税所得を減らす方向の項目についても観察する。 表3からは、米国では、投資等に利用されるパートナーシップやS法人(※5)の赤字申告の件数や額が大きく、他の黒字と通算することにより課税所得を減らすタックスプランニング(節税や租税回避)が存在すると思われる。他方、日本のデータから明確にこのような傾向を見ることはできない。 節税の多くは合法なものだが、制度の抜け穴を巧妙に利用したものもある。租税回避への対応や情報開示の問題は、所得税制において重要な要素の一つであり、現在、G20やOECDなどにおいてグローバルな取り組みが行われている(※6)。 また、各国レベルの取り組みもある。米国では、オバマ大統領が租税回避を一般的に否認できる法律を2010年3月に国内法に導入した。英国も2013年7月に同様の規定を導入している。背景には、「租税は市民社会生活のための便益を提供するための費用に向けた拠出・貢献なのであるから、税法の抜け穴又は弱点を悪用するための複雑なスキームを構築することによりその租税負担を免れようとすることには何らかの制限を法律で課することに合理性がある」。という考え方が支持されたことがある(※7)。 次に、所得からの控除として、日・米とも寄付金控除の制度がある。米国のTop400についてみると、ほぼ全員(387人)が寄付を行っており、その金額も平均で19億円!(120円で換算)と巨額だ。他方、日本では平均1500万円となっている。 以上、今回のコラムはこれまでTop0.1%や1%などトップグループの所得構成などについて紹介してきた。これで“上”についてはだいたい見えてきた。 一方、格差の拡大が仮に存在するなら、その背景には、トップグループに帰属する所得や富の拡大の側面と、中位や下位グループに帰属する所得や富の縮小の側面と、両者の関係がある。ピケティは1980年代に最も公平になったのち、富の集中や所得の偏在が拡大していると言う。 そこで、次回(最終回)は、上だけでなく下位グループや中間層にも焦点を当てながら検討してみることとしたい。 (※5)投資等のための「ビークル」(組合や法人)だが、組合等に帰属する所得は課税上オーナーである投資家・納税者のものとして扱われる。日本にも所得税や相続税対策としていわゆる個人資産会社を持つ高額所得者は多いが、法人としてオーナーと別に扱われている。 (※6)例えば、OECDによるBEPS行動計画。具体的には、「行動 12:濫用的タックスプランニング(ATP)取決めの情報開示を義務づける国内ルール」など。 (※7)アーロンソン報告書(2011年11月11日)パラ3.3および3.4 (次回に続きます。掲載は、12月26日の予定です) 岡直樹(おか・なおき) 東京国税局、大蔵省・財務省、国税庁、税務大学校、OECD(出向)などに勤務。 トマ・ピケティがフランスの日刊紙リベラシオンに月1回連載しているコラムをまとめた時論集、『トマ・ピケティの新・資本論』(村井章子訳)が2015年1月下旬、日経BP社から発売される(アマゾンで予約販売中)。 トマ・ピケティは2015年1月に来日、31日に東京大学で講義を行います。一般から300人が参加可能です(有料)。みすず書房のサイトで参加申し込みを受け付けています。 このコラムについて ピケティと同じ手法で「日本の富」を分析してみた!
世界中で100万部を超える異例のベストセラーとなっているフランスの経済学者トマ・ピケティの「LE CAPITAL AU XXIe SIECLE」が『21世紀の資本』(山形浩生他訳、みすず書房)のタイトルで日本でも発売された。ピケティは本書で膨大な世界各国の税務データの歴史的分析から、放置すれば、資産を持つ人と持たない人の所得格差は拡大する一方であるという分析結果を導き出している。 世界で最も所得格差が大きいのは米国である。では日本はどうか。ピケティの手法と同様の税務データの分析から「ほぼ同じ傾向がある」と結論付けたのが、筆者である岡直樹氏だ。日本と米国の税務データに観察され見える「富の集中化」の比較分析について3回にわたって解説する。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20141217/275276/?ST=print |