05. 2014年12月19日 06:29:08
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「金曜動画ショー」 投票率の低さを嘆くのは逆効果ですよ 2014年12月19日(金) 鶴野 充茂 今回の選挙、すごいことになってますね。選挙が終わって週の後半になっても、まだ解散した意味や投票率の低さを嘆く声が目立っています。こんな選挙は今までになかったのではないでしょうか。 コミュニケーション上では、たくさんの人が同じようなことを言い出したら危険信号です。今回はそんな観点から選挙を考えてみたいと思います。 ネット動画はアイデアの宝庫、それでは今週もいってみましょう。 選挙結果への不満を投票率のせいにしてませんか 12月14日の衆院選挙。急な解散を受けて候補者が揃えられないとか、対立軸がはっきりしない・受け皿がないとか、話題はいろいろありましたが、結果としては解散の意味を疑問視されながらも与党は議席を守り、野党第一党の党首自身が落選し、代わりに共産党が議席を倍増させ、投票率が戦後最低の52.66%だった、などが注目されたポイントでしょうか。
中でも際立っているのが、開票が始まった直後から延々と続いている「投票率の低さ」を嘆く声です。 「低投票率 「若者の視点」置き去りに 与野党、内向きの戦い」(水曜・毎日新聞 「2014衆院選:検証」) 「低投票率 民主政治の危険水域」(水曜・朝日新聞社説) このあたりが結果速報後の振り返り型記事で、朝日新聞は木曜になっても1面で「主権者よしつこくあれ」としつこく嘆いています。 確かに投票率が戦後最低なので、それ自体がニュースではあるのですが、個人のつぶやきも含めてよく見てみると、この時とばかりに「なぜ選挙に行かないのか」「どうすれば投票率は上がるのか」と言っている人には、日頃から現状路線への不満を口にしている人たちが目立っており、本当に投票率を問題にしたいのか、投票率の低さによって現政権の批判をしたいのか、正直なところよく分からない印象です。 誤解のないように書いておきますが、ここまで投票率が低いのは問題で、特に若者が積極的に投票するようになることが望ましいという考えに何ら異論はありません。 むしろコミュニケーションの観点から、何ができるのかを積極的に考えたいと思っています。 その上で、投票率の低さを嘆く声が続けば続くほど、冷める人が増えて逆効果という懸念を抱いているのです。 池上特番に選挙報道の限界を見た 選挙当日、民放の選挙特番で最も視聴率の高かったのはテレビ東京系・池上彰氏をメインキャスターに据えた番組でした。 これまでにも候補者に鋭い質問をぶつける様子がネットで話題になっていて、それを楽しみに見た人も多かったようです。 今回も候補者紹介のテロップはユニークなエピソードや身近に感じられる表現を工夫したり、普通なら遠慮して聞きづらい質問を次々と投げかけたりしながら、政治の仕組みを分かりやすく解説。池上さんの影響力の大きさに改めて注目したという人もいました。 実際に私も見ていましたが、確かに痛快で見応えのあるものでした。番組のあちこちでいろんな工夫や挑戦が見てとれました。 しかし同時に感じたのは、「これは選挙に興味のある人しか見ないな」という寂しさでした。 つまり、分かりにくいことを分かりやすく伝える所で留まっているということです。 もちろん、報道ですからそれで十分に役割は果たしています。 そして、選挙特番ですから、あくまで選挙の行方に興味のある人向けの番組であり、方向性に何の間違いもありません。逆にそれ以上、無理にエンタメ要素を増やすのは危険なのかもしれません。 しかし、言い方を変えれば、選挙報道の天井はこのあたりだろうな、というのを感じてしまったのです。それほどまでに完成度の高さを感じました。 何が言いたいかというと、これ以上に分かりやすさで訴求しても選挙に行かない層にアピールすることは難しそうだということです。 本気で投票率アップを議論するなら、ここからは、別のアプローチで訴求しないと、効果が出ないのではないか、ということなのです。 イメージを変える何かを では、どんな方法が考えられるのか。 選挙自体のイメージを変える方法は何かないか。これが1つめの観点です。 ここで参考になりそうな1本目の動画を紹介したいと思います。 [Christmas Surprise Traffic Stop with Lowell Police] この動画は、米ミシガン州の警察の取り組みを紹介したものです。
車を運転していて警察に呼び止められると、ハッピーな気持ちにはなりにくいものです。 警察に呼び止められ、何かの違反で罰金だとすると年末の物入りの時にキツいな、今日はツイてないな、と運転手とすれば、そんな印象かもしれません。 そんな中、警察官が車の運転手に話しかけます。 「クリスマスの買い物はしましたか?」 「まだです。娘はレゴがほしいんだって」そんなやりとりをしながら運転免許証を見せています。 そのやりとりを無線で聞いていた別のチームが、リアルタイムでお店にあるレゴを探します。 そしてその場で商品を購入、やりとりをしている間に持って行って、警察官からクリスマスプレゼントとして手渡しをしています。 テレビのスクリーンが割れた、と言ってテレビをもらっている人もいます。 「まさか! 本当に?」「もらっていいの?」 「ハグさせて」「こんなの初めて」 など、誰もが警察に呼び止められた時の表情とは明らかに異なる興奮の表情を見せています。 10日ほど前に公開されたこの動画、再生回数はすでに300万回に迫る勢いで、あちこちのメディアで紹介され、話題になっています。 なぜ注目されるのか。 理由は簡単で、一般的に思い描く警察のイメージと対極のことをやっているからです。 違反キップという「イヤなものを渡される」相手から、「欲しいものを渡された」驚きです。 しかし、警察側にとってより重要なのは動画の最後に現れる次のメッセージを伝えることです。 「違反を勧めるつもりはありませんが、市民の皆さんのことを警察がどれだけ気にかけているかを示すことも大切なことです。」 最近、米国では警察の黒人に対する不当な扱いが繰り返し報じられ、各地でデモが起きるなど警察のイメージは最悪の状態です。 そんな中で「イヤな存在」ではなく、社会に不可欠で大切な役割を担っている存在だということを改めて感じてもらいたいと、注目を集めながらイメージを変えるメッセージを伝えるべく工夫をこらした取り組みです。 これに何を見たかというと、政治や選挙が「自分とは関係ないもの」と思っている人たちに、一般的なイメージとは異なる体験を与えられないだろうか、ということです。 上の動画は、警察による独自の取組みではなく、地元テレビ局がスポンサーとなって実現したものです。取り組みを見せること自体がテレビ番組になっている訳です。 危機感や必要性を共有する組織同士が協力して、今までなかった施策でメッセージを伝える。そんなアプローチがあるかもしれないということです。 アウェイでアピールする 民主主義だとか、自分たちの声を反映するため、といった「意味」でアピールして効果があるのは、あくまで一定層に留まります。 その先の効果を得るには、相手の関心のある世界、つまり元々の専門フィールドではなくアウェイでアピールする。それが2つめの観点です。 次に紹介する動画は、そんなコンセプトによってUNICEF(国連児童基金)が南スーダンの深刻な事情の認知を高めるために制作したものです。 [The video game idea that caused a walkout | UNICEF] ストーリーはこうです。
米ワシントンD.Cで開催されているビデオゲームの展示会に、役者と撮影チームを派遣し、キーノートスピーチの形式で新しいゲームの紹介をします。 参加者は展示会に参加している一般のゲームユーザーです。 本格公開前のここだけの紹介、と言いながら「エリカの逃亡」という名の「ゲーム紹介」を始めます。 ゲームは戦闘モノで、生き残りをかけて戦うルールだ、と。 「あなたがプレイするのは、7歳の女の子です」 ゲームは母親がコレラで死亡するところからスタート。あなたのお兄さんもあなたを守ろうとしてやられます。 「皆さん、ついてきてますか?」 会場はザワザワし始めます。 「これが難民キャンプです。食糧はなく、衛生状況も極悪です。飢えた弟を食べさせるために売春するかどうかの選択を迫られます。あなたは決断しますか?」 こうした解説の途中で、参加者は次々と会場から出ていきます。 「ビデオゲームの世界でも堪えられないことが、現実に南スーダンの子どもたちの身に起きています」 そんなメッセージの後、現地から招かれた女性が会場に現れて訴えます。 「これはゲームではありません。このエリカというのは私のことです。実際にこれが起きている事実なのです」 この動画は、アウェイでアピールする難しさと可能性を同時に示しています。 まず映像の中で、リアルに参加者が次々と席を立って出て行っています。YouTubeの反応も半数以上がネガティブです。 一方で、南スーダンというニュースになりにくい国の状況説明に、それでもまだ会場で多くの若者が耳を傾けていること。そして、動画の公開から1週間で再生回数が16万回オーバーまで達していることです。 選挙の話で言えば、たとえば投票という行為自体をもっと身近にする。サービスや商品、売場、ゲームのルールなど政治を離れて日常生活のあらゆるシーンで投票すること自体を習慣化するような工夫もあるかもしれません。 個人でもできること 個人でもできることがないか、というのが3つめの観点です。 今週、オーストラリア・シドニーでイスラム過激思想の同調者とみられる男がカフェに立てこもり、死者も出る事件が起きました。 それをきっかけにオーストラリア国内で反イスラム感情が高まり、報復を恐れて一般のイスラム教徒の人たちが安心して出歩けない状況になりました。 そんな中、ある人物がツイッターでこう発信しました。 「373番バスに乗る人は、いつも通りの宗教的な服装で。私が一緒に乗るから安心してください」 その人物は、別の女性のツイートを読んで呼びかけようと決めたと言います。 「(電車で)隣に座った女性が静かにヒジャブ(イスラム教徒の頭を覆うスカーフ)を外した。私は駅でその女性を追いかけて一緒に歩くからヒジャブを着けてと言った。女性は涙を流して1分ほど私を抱きしめ、1人で去っていった」 という内容でした。 呼びかけは大きな反響を呼び、「○時○分XXX線に乗ります。イスラム教徒の方、良ければ一緒にどうぞ」「このスカーフを手首に巻いているので見かけたら一緒に」等といったツイートが広がっています。 [Sydney Siege Sparks 'I'll Ride With You' Hashtag Vs. Anti-Muslim Sentiment] 問題意識を共有したり、仲間を増やしていくような取り組みで輪を広げていくようなアプローチもあるかもしれません。実際、若者の間で選挙に一緒に行こうと誘う動きも少しずつ出てきています。
勉強しない子に勉強しろと言うのに似ている 選挙に行かない人が反応しない方法で投票の重要性を訴える様子は、何だか勉強しない子どもに勉強しろという親に似ていて切ないものを感じます。 勉強しない子どもを勉強させるコミュニケーションには原則があって、 「いい仕事に就けない」「いい大学に入れない」などの意味を伝えるものは効果が低く、 「お父さんみたいになるよ」というのは最悪(お父さんの言葉を聞かなくなる)で、 「一緒にやろう」というのが最も効果がある といったことなのですが、長期的に最も大切なのは、 親が勉強している姿を見せることです。しかも、楽しそうに。 親の問題意識としては、勉強する習慣をつけさせることの大切さや意味を伝えたいわけですが、それをそのままの言葉で言ったとしてもうまくいきません。やろうと思っている人ですら、「今やろうと思ってたのに」と言ってやる気を失いますからね。 必要性で訴えるだけではダメなんです。 問題意識と投げかけは別だということ。そして、受け手の関心と感情を意識した投げかけを工夫するということが大切です。 投票に関して言えば、 投票しても変わらない 投票は面白くない という2つを感じさせるものは投票率ダウンにつながります。 あれだけ事前に「自民党圧勝」と報じていれば、普段投票する人も影響を受けるし、冷めた声を聞けば聞くほど、興味を失います。 つまり、「投票率がまた低かった」「投票率の低さは問題だ」と言えば言うほど、投票自体から離れたい気持ちを刺激することになるということです。 たとえば朝日新聞は社説で「低投票率 民主政治の危険水域」と題して「要因はいろいろ考えられるが、まず問われるべきは政治の責任だ」などとしていたのですが、低投票率を何とかしようと思うのであれば、いつまでもボヤいてばかりいずに、もう少し明るい政治の話を増やす工夫や、投票率を上げることを公約にする候補者を増やす工夫をした方が効果的ではないかと感じます。 ネット動画はアイデアの宝庫。それではまた、金曜日にお会いしましょう。 新刊「エライ人の失敗と人気の動画で学ぶ頭のいい伝え方」鶴野充茂(著)日経BP 「エライ人の失敗と人気の動画で学ぶ頭のいい伝え方」 この「金曜動画ショー」が本になります。過去60回以上のコラムで特に反響の大きかったものを中心に再構成し、効果的な伝え方についてまとめた本です。発売は12/23の予定。アマゾンなどで予約受付中です。 この金曜動画ショーの読者に出来たての新刊をお渡しして動画で紹介をお願いしました。 [新刊「エライ人の失敗と人気の動画で学ぶ頭のいい伝え方」について金曜動画ショー読者に聞いてみた] このコラムについて 金曜動画ショー
話題になっているネット動画をビジネスの視点から、コミュニケーションの専門家であるビーンスター鶴野充茂氏が紹介します。どんなメッセージをどのようにネット動画で伝えているのか。どんな要素や条件によって、その動画が広められ、多くの人に見られているのかを分かりやすく解説。最新の話題やトレンドのチェックとして、あるいは動画を活用した情報発信のヒントとしてご覧ください。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20141218/275337/?ST=print |