01. 2014年12月18日 06:38:44
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上久保誠人のクリティカル・アナリティクス 【第96回】 2014年12月18日 上久保誠人 [立命館大学政策科学部准教授] 総選挙大勝でも“やりたい政策”実現は茨の道 安倍首相を取り巻く「意外な状況」とは 第47回衆議院議員総選挙の投開票が行われ、自民党が291議席、公明党が35議席を獲得し、連立与党で合計326議席となった。公示前勢力とほぼ横ばいながら、衆院で法案再可決が可能な3分の2の議席数を超えた。一方の野党側は、民主党が73議席となり公示勢力から11議席増やしたものの、目標としていた100議席からは遠く及ばず、二大政党の一角という地位を回復できなかった。維新の党は横ばいの41議席にとどまり、共産党は議席を倍増させて21議席を獲得したが、次世代の党、生活の党、社民党は壊滅的な結果となった。結局、ほぼ公示前勢力通りの議席配分となり、「誰も勝者がない」選挙となった。選挙戦は盛り上がりを欠き、投票率は戦後最低の52%台にとどまった。安倍首相のペースに乗って惨敗した野党: 「将来の日本」を逃げずに議論すべきだった 昨年の本連載最終回(第73回を参照のこと)では、「2014年は『アベノミクス退潮』と『新たな改革派』に注目」と論じていた。アベノミクス退潮はその通りだったが、安倍晋三首相は、江田憲司氏と民主党の保守系が合同する形の「新たな改革派」が姿を現わす前に、電撃的な解散総選挙に踏み切った。準備不足の野党側はなすすべがなく、まさに安倍首相の作戦勝ちであった。 選挙結果自体は、特に驚くべきことではない。安倍首相が「アベノミクスの是非」を事実上の単一争点に据えた時点で、勝負はついていた。アベノミクスは、瞬間的に過ぎなかったとはいえ、「失われた20年」の長期経済停滞に苦しむ国民にとりあえず一息つかせたという事実があったからだ 国民は馬鹿ではない。第二次安倍政権が発足するまでに、歴代政権が苦心惨憺取り組んできた財政再建や持続可能な経済運営を理解しないわけではなかっただろう。経営者も現場も、アベノミクスの本質が「モルヒネ」のようなものだとわかっていた。だが、それでも「今さえよければいい、もう一息つきたい」という気持ちを捨てることは難しかったということだ(第94回を参照のこと)。 野党側も国民の心情を理解できないわけではない。だから、「アベノミクスは失敗だ」と批判しながらも、結局は「国民の生活の充実」を訴えるにとどまった。だが、財政赤字を直視することのない対案は、リアリティがなかった。与党との違いもよくわからず、野党が国民の支持を得るのは難しかった。 今回、投票に行かなかった約48%の有権者に訴える政策はなんだったのか。それは、「モルヒネ」を打ち続ける対症療法をやめて、増税を予定通り断行して財政再建に真正面から取り組み、持続可能な社会保障制度のあり方を模索する。そして、既得権益に切り込み、斜陽産業に退場を促す「構造改革」「成長戦略」に尽力することではなかったか。将来の国民のために、引退・現役世代に「痛み」に耐えてもらうことを、逃げずに敢然と訴えるべきではなかったか。 所詮、今回の総選挙で野党が勝つことは、最初から無理だったのだ。それならば、安倍首相のペースに乗って、「アベノミクスの是非」という短期的な論点を争うべきではなかった。「選択肢がない」といって棄権した約48%の有権者が聞きたかったのは、「将来の日本はどうあるべきか」という中長期的問題を、言いにくい話から逃げることなく議論することだったはずだと、筆者は確信している。 国会運営で守勢に立ちがちだった安倍首相は 総選挙後に「やりたい政策」を強気に進めるか 総選挙の結果を受けて、安倍首相は「政権公約で示している政策についてご理解をいただいた」と発言した。それは、アベノミクスだけが信任を得たということではない。選挙で争点とならなかったはずの、憲法改正や集団的自衛権を含む安全保障法制の整備、原発再稼働など首相の「やりたい政策」も信任を得たという認識を示したのだ。 これは、安倍首相のいつもの手口で、特に驚きはない。これまでも、アベノミクスに国民の注目を集めながら、「やりたい政策」を静かに進めてきたからだ(第80回を参照のこと)。しかし、総選挙での大勝を契機に、安倍首相の手口は劇的に変わるかもしれない。 これまで、衆参両院で過半数を回復して「ねじれ国会」を解消しながら、なぜか国会運営で守勢に立たされがちで、重要政策の審議をなかなか前に進められなかった(第64回を参照のこと)。日本政治は複雑怪奇(第94回を参照のこと)だが、選挙後は強固な政権基盤を確立した安倍政権が、国民から「白紙委任」を得たとして、「やりたい政策」を堂々と正面から進めようと、強気の国会運営を行うと考えられている。 安倍首相の解散総選挙の真実: 財務省と財政再建派に包囲されていた だが筆者は、安倍政権が「白紙委任」を得たかのように「やりたい政策」をどんどん実現していくことになるとは思わない。それは、選挙中に出たさまざまなマスメディアの報道から、安倍首相を取り巻く意外な状況から考えることができる。 例えば、「週刊ダイヤモンド」(2014年12月13日号)の後藤謙次氏の記事や、「選択」(2014年10月号)の記事によれば、安倍首相が解散権を行使した理由は、財務省や自民党税調が増税実現のための命懸けで行動しており、これを潰すには解散しかなかったからだという。 もし、安倍首相が解散せずに増税先送り法案を国会に提出した場合、野党・民主党などが予定通りの増税実施を主張し、自民党内からも党税調などから安倍首相に対して厳しい批判が起こった。国会が混乱し、権力闘争に発展するリスクがあったのだ。テレビ番組での安倍首相の「財務省が善意ではあるが、すごい勢いで対処しているから、党内全体がその雰囲気になっていた」という発言は、この状況を裏付けている。衆院解散・総選挙を決めた背景には、財務省の消費増税に向けた多数派工作があったというのである(日本経済新聞2014年12月1日朝刊)。 この連載では、今回の安倍首相の解散権行使を意味不明と論じていた(第94回を参照のこと)。だが、これらの報道から、首相の決断には、権力闘争の観点から重大な意味があったことがわかる。首相が、財務省と与野党に横断的に存在する財政再建派による「包囲網」を振り切るには、解散権を行使するしかなかったということだ。しかし、一旦選挙となれば、誰も「増税先送り」に反対できなくなった。安倍包囲網はあっという間に崩壊した。まさに首相は「伝家の宝刀」を抜いたということだ。 アベノミクス支持派は政界・学会のマイノリティに過ぎない: 今後も続く財務省・財政再建派政治家の「安倍包囲網」 これらの報道が事実であるとすれば、安倍首相が置かれた状況は、「白紙委任」を受けたなどとは程遠いのではないだろうか。結論からいえば、安倍首相やアベノミクス支持の政治家、いわゆる「リフレ派」経済学者らは、実は日本の政界・学会でマイノリティに過ぎないということだ。 この連載では、シリーズとして野田佳彦政権による消費増税実現の過程を検証してきた。野田政権は「ねじれ国会」に苦しみ、小沢一郎元代表ら民主党議員の大量離党という造反があった。しかし、「民主・自民・公明による消費増税のコンセンサス形成」によって、実に衆参両院の8割が賛成するという圧倒的な多数派形成に成功し、消費増税関連法案を成立させたのだ(第40回を参照のこと)。 三党合意の成立には、90年代前半の「政治改革」の時代に台頭し、自社さ政権で政策立案の経験を共有した与野党の財政・税制通の存在があった。民主党の野田首相(当時)、峰崎直樹氏、五十嵐文彦氏、自民党の谷垣禎一総裁(当時)や、伊吹文明氏、町村信孝氏、野田毅氏らである。そして、野田政権を自民党のベテランが導く形で三党合意が形成されていった。与謝野馨氏、柳沢伯夫氏など、自民党政権末期に税制改革に取り組んだ元政治家も、彼らの間に立って政策立案に関わった。 また、この合意形成の背後には、峰崎氏らの動きによって、民主党政権が「政府税調」を再編成した際、学者による「専門家委員会」を設置し、11名の委員のうち4名を自民党政権時代の旧政府税調委員から起用し、自民党政権からの専門的な議論の継続性を維持したことも大きかった(第21回を参照のこと)。 さらに、財務省主税局の粘り強い人脈形成の努力があった。主税局は日常的に、与党だけではなく野党・反対勢力とも常にコミュニケーションを取っておくことに努めていた(第37回を参照のこと)。その結果、消費増税に対する理解者が、若手の政治家などに増えていった。 要するに、野田政権における消費増税のコンセンサス形成は、「政治改革」の時代に台頭した与野党の新しい財政・税制通の政権運営・政策立案の経験の共有と、財務省主税局の粘り強い人脈構築という、約20年に渡る政界の大きな流れの中で結実したものだといえる。 しかし、野田政権を2012年の総選挙で倒して登場した安倍政権は、大胆な金融緩和による「デフレ脱却」を掲げ、公共事業拡大、大胆な金融緩和、成長戦略の「三本の矢」からなる「アベノミクス」を打ち出した。そして一方で「社会保障と税の一体改革」三党合意を推進した「財政再建派」を官邸の意思決定から外したのである。安倍首相は経済成長重視、財政再建・社会保障改革軽視という経済政策の大転換を行ったのだ(第51回を参照のこと)。 「アベノミクス」の意思決定の中心にいる安倍首相、麻生太郎副総理・財務相、菅義偉官房長官、甘利明経済再生相や、そのブレーンである「リフレ派」「公共事業推進派」の学者は、「三党合意」の意思決定から外されていた。それは、国民に「痛み」を強いながら、苦心惨憺取り組んできた財政再建や持続可能な経済運営を行ってきた、歴代政権の経済政策の意思決定からも外れていたことを示している。つまり、彼らは政界・学会においては多数派ではなく、実はマイノリティであったといえる。 圧倒的多数派の財務省と財政再建派が アベノミクス支持派を静かに包囲する アベノミクスとはマイノリティでしかなかったグループが権力を握り、長年取り組まれてきた経済・財政政策を一挙にひっくり返したものだった(麻生副総理は、首相在任時に税制改革に取り組み「中福祉・中負担」の概念を示した。その意味ではかつて税制改革の中心にいたが、「三党合意」からは外れており、微妙な立ち位置だといえる)。 安倍首相や菅官房長官は、消費税率8%への増税は容認したが、10%への増税については「前政権が決めたことに従うことはない」(菅官房長官)として、今年8月の時点で、早々に先送りを決めていたという。基本的に安倍首相やアベノミクスを推進する政治家・学者は、これまで「外されていた」ことから、従来の経済・財政政策に対して、嫌悪感に近い感情を持っており、ことごとくそれを否定する意思決定をしてきたのである。 だが、マスコミ報道の通り、消費増税先送りを巡る財務省・財政再建派の政治家の包囲網が、安倍首相に解散総選挙という「伝家の宝刀」を抜かせるほど厳しいものだったとすれば、それはアベノミクス支持派がいまだ、政界・学会でマイノリティに過ぎないということを示しているように思う。 総選挙後、安倍首相はまず、景気回復を確実に行うために、公共事業など補正予算、企業に設備投資と賃上げを促す法人税減税など減税措置の経済対策を断行するだろう。だが、財政赤字がさらに悪化し、もはや、財政再建の国際公約の達成が不可能な状況となっても、首相に「白紙委任」が与えられ続けるということはない。 なぜなら、これまで安倍政権の2年間でさえ、財務省はアベノミクスの意思決定から排除されたように見えながら、実際はしたたかに「アベノミクスの狂騒」を利用してきたからだ(第82回を参照のこと)。 実際、アベノミクス「第一の矢」は財務省出身の黒田東彦日銀総裁、「第二の矢」は総額10.2兆円の12年度補正予算、総額92.6兆円の2013年度予算という過去最大規模の予算編成を行った財務省が放っていた(第61回を参照のこと)。つまり、財務省は、アベノミクス「第一の矢」「第二の矢」をしたたかに利用しながら、8%への増税実現の環境を整えていったといえる。 今後も、財務省と財政再建派の政治家はいつでも安倍首相を包囲することができる。しかも、20年間に渡って築かれてきた圧倒的多数派が、マイノリティに過ぎないアベノミクス支持派を静かに包囲するものなのだ。 「選挙」で安倍首相に従った政治家は 「選挙」がなければ首相に従わない しかし、安倍首相の解散総選挙の決断は、一瞬にして財務省・財政再建派の政治家の安倍首相包囲網を「武装解除」し、自民党から共産党までのすべての政治家を「増税先送り」に賛同させたじゃないかと、反論する方がいるだろう。だが逆にいえば、「解散総選挙」だったからこそ、すべての政治家が首相に賛同せざるを得なかったのだ。これから2018年までの間、基本的に総選挙がないとなれば、首相に従う必要はなくなるのだ。 もちろん、首相は解散権を持ち続けている。だが、「伝家の宝刀」は簡単に何度も抜けるものではない。例えば、2017年になっても景気が回復せず「増税先送り法案」を改正するために衆院解散すると首相が言ったとする。しかし、国民は到底納得しないだろう。また、憲法改正など首相の「やりたい政策」が世論の支持を得られない事態が生じたとしても、衆院選に二度も大勝してスーパーマジョリティを持つ首相が、解散権を安易に行使することは許されない。首相の国会運営の手腕が厳しく批判されるだろう。 今回の解散総選挙の断行で、「安倍首相はなにをするかわからない」という恐怖を抱いた国会議員が多いという話はある。しかし一方で、安倍首相は批判に対して極度に敏感で、批判をできる限り避けようとする「八方美人的」な性格だ(第58回を参照のこと)。今回でさえ、首相は当初「増税を先送りするという決断をしました」とテレビ画面に向かって勇ましく語ったが、国民の評判が悪いと知ると「アベノミクス解散」だと、微妙に言い換えた。首相には、国民の理解を得られない解散を繰り返すような度胸はない。 一方、政治家たちは、ただ選挙が怖かっただけである。今後しばらく選挙がないとなれば、安倍首相に「白紙委任」を与えて黙って従う必要はなくなるのだ。もちろん、来春の統一地方選、16年の参院選はあるが、選挙がしばらくなく身分が安泰な衆院議員は、首相の支持率が下がっていれば、容赦なく首相に反旗を翻すだろう。 やはり日本政治は「複雑怪奇」:巨大化した与党の中で、 財務省・財政再建派と族議員が入り乱れて大混乱となる アベノミクスでは、抜本的な日本経済の回復は不可能である。「モルヒネ」を打ち続けるがごとく、金融緩和・公共事業の拡大を続ければ、景気を維持することは可能だろうが、同時に財政赤字が拡大し、少子高齢化がさらに進む将来への不安も広がっていく。安倍首相に対して国民の支持が高まることはない。総選挙後しばらくすれば、首相の求心力は次第に失われる。ポスト安倍を狙う政治家が動き始め、政局が始まる。 その上、安倍首相が今回の総選挙で、集団的自衛権、特定秘密保護法、原発再稼働、社会保障政策、環太平洋経済連携協定(TPP)などすべての重要政策を、アベノミクスの袋に包んで隠すように、争点から外したことが問題となってくる。326名の連立与党の議員が、衆院選勝利の要因を、いかようにでも解釈できるからだ。 これは、2005年の小泉純一郎首相による「郵政解散総選挙」と比較するとよくわかる。あの時は、明らかに「小泉首相が主張する郵政民営化が信任されたこと」が自民党の勝因だった。だが、今回はなにが選挙の勝因か、さっぱりわからない。アベノミクスが信任されたのだというかもしれないが、アベノミクスのなにが信任されたのか曖昧で、いかようにでも解釈できるのだ。 族議員、支持団体や省庁は、「第一の矢」(金融緩和)、「第二の矢」(公共事業の拡大)を続けてきたことが評価されたというだろう。今後も、まずは景気維持のために「第一の矢」「第二の矢」の継続が重要と主張するはずだ。彼らは地方経済の回復、斜陽産業の保護を重要視する。 これに対して医療・雇用の規制緩和や女性の活躍、農業改革など「岩盤規制」を打破する「第三の矢」(成長戦略)は、都市と地方の格差を拡大し、既得権を失わせ、斜陽産業に退場を強いるもので、本質的に受け入れがたいものだ。従って、「第三の矢」断行への期待こそ、衆院選勝利の要因だと考える改革派と、激しく対立することになる。 安倍政権発足以来、特に「第二の矢」公共事業拡大による大規模な利益誘導の復活を期待して、自民党本部には族議員が跋扈し、陳情に訪れる業界団体の自治体関係者が押しかけて、大賑わいが続いている。しかし、安倍首相が二階俊博総務会長ら族議員に対して、バラマキを防ぐために指導力を発揮した形跡はない。二度の総選挙を経て、もうしばらく選挙がないとなれば、族議員は首相に遠慮する必要はなくなる。首相はさらに族議員を抑えられなくなるだろう。 総選挙後、安倍首相は「白紙委任」を得るのではない。野党が崩壊し、巨大化した与党の中で、財務省・財政再建派と族議員が、安倍首相を包囲しようと入り乱れて闘い、大混乱となる。安倍首相はその大混乱の中に埋没し、どこにいるかわからなくなる。日本の政治は単純にはいかない。「複雑怪奇」なのである。 http://diamond.jp/articles/-/63830 |