05. 2014年12月05日 06:27:43
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「磯山友幸の「政策ウラ読み」」 消費税先送りに「勝利」した安倍首相は、アベノミクスを貫徹できるか? 2014年12月5日(金) 磯山 友幸 総選挙が告示され、選挙戦が始まった。安倍晋三首相・自民党総裁は「アベノミクスを問う選挙だ」と言い、野党は「流れを変える選挙だ」と応じる。だが、多くの国民は、世論調査でも高い支持率を維持していた安倍政権が、なぜこの年末の忙しい時期に解散・総選挙に打って出たのか、首をかしげているのではないか。 「解散をしなければ消費増税の先送りを決めることはできなかった」 安倍首相に近い人物は言う。首相は11月18日夜、記者会見して、来年10月に決まっていた消費税率の10%への引き上げ時期を2017年4月に延期する方針を示し、国民の信を問うとして、解散総選挙を打ち出した。 前日の17日に発表された7−9月期のGDP(国内総生産)が、4−6月期比で年率に換算してマイナス1.6%と、予想外の2期連続マイナス成長となり、国民の間には「増税の先送りは当然」という感覚が広がっていたが、それでも解散がなければ、予定通りの増税が決まっていただろう、というのだ。 首相が解散を決めるちょうど同じタイミングで、政府は各界の有識者を招いて消費税率の引き上げを巡る「点検会合」を開いていた。経済界や労働界、学者、エコノミストなどが意見を求められたが、「予定通り引き上げ」派が明らかに優勢だった。 当然、財務省は税率引き上げが悲願で、多くのメンバーには日本の厳しい財政状況が繰り返し説明されているから、増税派が優勢になるのは当然だった。 自民党内も引き上げ派が圧倒的多数と見られていた。党の税制調査会長である野田毅氏はもとより、安倍首相の出身派閥である清和政策研究会(清和研)の会長である町村信孝氏や、幹事長の谷垣禎一氏ら、財務省に近い党幹部はこぞって「引き上げ派」だった。自民党内のほとんどの議員は、消費増税は必要という姿勢だった。 解散に出たことで「安倍おろし」を回避 仮に安倍首相が解散を打ち出さずに、消費増税の先送りだけを発言した場合、どうなったか。さきの側近は「安倍おろしが始まっただろう」と言う。この見方には異論も多いが、安倍首相と党側の亀裂が一段と強まったことは間違いないだろう。安倍内閣は露骨に財務省と距離を置いているが、党側には谷垣氏はじめ財務省シンパが圧倒的に多い。若手の議員も何かと面倒をみてくれる財務官僚を敵に回したくない、というのが本音だ。 「国の財政を考えずに消費税を先送りするのはけしからん」 「社会保障を充実させるという国民との約束を踏みにじった」 そんな声がジワジワと広がれば、安倍内閣の支持率も徐々に下落していくことになっただろう。もちろん、野党もこうした批判を前面に打ち出して、アベノミクス批判を展開したに違いない。 そうした、党内の「増税派」の声が、解散・総選挙で一気に消滅してしまったのである。 国民の目からみて分かりにくいのは、こうした党内の「増税派」と安倍首相の対立が、まったく表面化しなかったことだ。安倍首相の増税先送りに表立って反旗を翻す動きが出れば、それこそ郵政選挙と同じ構図になった。郵政民営化に反対した議員を公認せず、同じ選挙区に刺客候補者を立てた小泉純一郎首相(当時)と同じ手法である。 実は、安倍首相が解散を表明する前後、自民党内にひとつの噂が流れていた。税調会長も務め、増税派の象徴的な存在でもある野田氏を公認しないというのだ。消費増税派の多くの議員の頭に、郵政選挙の悪夢がよぎったのは想像に難くない。 これを境に、自民党内から安倍首相の方針に逆らうムードは消えていった。対決の構図が見えないまま、解散総選挙となったことで、国民にはまったく争点が見えなくなったのである。マスメディアがこぞって「大義なき解散」と書いたのは、致し方のないことだった。 第1次安倍内閣の轍を踏まない戦略 ただ、安倍首相は増税派への「配慮」も忘れなかった。2017年4月に先送りする一方で、景気条項は付さないとしたのだ。ただ先送りすれば増税派の不満は蓄積される。追い詰めれば窮鼠猫を噛むこともある。言う事をきかない首相の足を財務省が本気で引っ張り出す可能性もなくはない。 第1次安倍内閣はスキャンダルにまみれて1年で崩壊したが、公務員制度改革に真正面から斬り込んだ安倍内閣の足を引っ張るために、霞が関周辺からスキャンダル情報が野党に流されたとみられた。少なくとも、当時を知る安倍首相周辺の人たちは、そう信じている。増税は先送りするが必ずやる、と明示することで相手を追い詰めることを避けたわけだ。 案の定、選挙戦が始まると争点から消費税はほぼ消えたと言っていい。自民党の増税派にせよ、野党にせよ、予定通り増税すべきだと主張して選挙は戦えないと考えたのだろう。三党合意で増税を決めた当事者である民主党も、早い段階で、消費増税先送りを容認してしまった。消費税を巡る攻防は安倍首相の完勝だったと言ってよいだろう。 米国からも「増税先送り」要請 消費増税の先送りは、安倍首相や首相周辺のリフレ派ブレーンだけの発想ではない。米国のオバマ政権の幹部からも先送りを求める声が上がっていた。ようやく明るさが見えてきた日本経済が、再増税で一気に失速することになれば、世界経済の足を引っ張ることになる。 日本が再びデフレに沈めば米国経済にもマイナスだ。先送り時期が1年後の2016年10月ではなく、2017年3月になった一因は、次の米大統領選挙が2016年11月に行われることと無縁ではない、と見ていいだろう。 消費増税が争点ではなくなったことで、与野党はそろって「アベノミクス」に照準を絞ることになった。もともとアベノミクスに反対してきた共産党や社民党は、アベノミクスを弱者を生み出す市場原理主義だとし、格差を拡大させると批判している。 民主党も海江田万里代表は、アベノミクスを失敗だったと位置付けたうえで、アベノミクスからの転換を訴えている。安倍首相はアベノミクスによってデフレからの脱却が始まったとして、成果を自画自賛する戦略を取る。 民主党は批判票を取り込めるか 民主党は、アベノミクスの効果は実感できないという世論調査に賭けたのだろう。だが、マニフェストを見る限り、アベノミクスに代わる経済政策を具体的に提示できているとは言い難い。そんな中で、どれだけアベノミクス批判票を民主党が取り込むことができるのか。 どうやら、ここでも安倍首相の本当の敵は身内にあると見てよさそうだ。アベノミクスの1本目の矢である大胆な金融緩和に関しては反対する声もあったが、一応の成果を上げている以上、真正面から批判する声は少ない。 2本目の矢である機動的な財政出動は、公共事業のバラマキを続けてきた「古い自民党」と親和性が高い政策だけに、これにも反対の声はない。問題は3本目の矢である「民間投資を喚起する成長戦略」つまり、規制改革や構造改革である。 改革に着手しようと思えば、従来の既得権に手を突っ込むことになる。こうした既得権層が支持基盤だったりして、政治献金を受けている自民党議員は少なくない。3本目の矢は総論賛成だが、各論になれば、根強い反対意見が噴出してくるのだ。 安倍内閣は昨年6月に成長戦略を策定、今年6月にはそれを改訂した。だが、安倍首相が「岩盤規制」と名付ける農業や医療、雇用などの分野には、まだほとんど穴が空いていない。党内の抵抗勢力を黙らせて3本目の矢を進めるには安倍首相の強力なリーダーシップが必要であることは間違いない。それをこの総選挙にかけようというのだ。 だが、どれぐらいの議席を自民党が確保すれば、安倍首相の求心力が高まり、反対が多い構造改革を押し通すことができるのか。もちろん、現有議席よりも増やせれば、安倍首相の力は増す。だが、野党間の選挙協力もあり、なかなか情勢は厳しい。 安倍首相の勝利ラインは266議席 安倍首相は「与党で過半数」と言っているが、今回の選挙では定数が480から475に減るので過半数は238。解散前は自民党が295議席、公明党が31議席で合計326議席を持っていたから、88議席減に相当するが、さすがにそこまで減らすというのは現実的ではない。 おそらく、すべての常設委員会で委員長を出したうえで、委員の過半数を得るために必要な「絶対安定多数」が自民党単独で確保できれば、「安倍首相の勝利」ということで党内は納得するに違いない。絶対安定多数は今度は266議席なので、自民党単独でこれを守るとすれば、295から比べて29議席減が限度ということになる。 それでも多くの議員が嫌がる構造改革を進められるかどうかは微妙だ。これまでは、野党であるみんなの党や維新の党が改革を訴えていた。「安倍内閣の改革では生ぬるい」と主張していたわけだ。 みんなの党が解党し、維新人気が衰えていると言われる中で、どれだけ野党の改革派が国会に戻ってくるか。総選挙の結果によって、3本目の矢である構造改革の成否が見えることだけは間違いないだろう。 このコラムについて 磯山友幸の「政策ウラ読み」 重要な政策を担う政治家や政策人に登場いただき、政策の焦点やポイントに切り込みます。政局にばかり目が行きがちな政治ニュース、日々の動きに振り回されがちな経済ニュースの真ん中で抜け落ちている「政治経済」の本質に迫ります。(隔週掲載) http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20141204/274649/?ST=print
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