05. 2014年12月04日 07:15:35
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【第74回】 2014年12月4日 山田厚史 [デモクラTV代表・元朝日新聞編集委員] 総選挙・アベノミクスは本当の争点ではない 「安倍首相好み」政策に目を凝らそう 「景気回復、この道しかない」。安倍首相は自民党の政権公約2014の表紙に書いた。総選挙の争点はアべノミクスだという。四半期GDPは二期連続マイナス。いまや「冷めたピザ」でしかないアベノミクスだが、そんなものしか選挙も売り物はないのか。 いや違う。実績なら集団的自衛権行使の閣議決定や秘密保護法がある。やりそこなったが憲法96条の改正もしたかった。これからは原発再稼働や普天間基地の辺野古移転だ。イスラム国攻撃のお手伝いや憲法改正も視野にあるだろう。意欲を燃やす政策はいろいろある。が胸張って国民に示せない。そこに安倍政治の本質がある。 本当の争点はアベノミクスではない。前面に出さない政策こそ総選挙の争点なのだ。 実質賃金は16ヵ月マイナスなのに…… 総選挙を伝えるNHKは「アベノミクスの評価が最大の争点となる総選挙」と冒頭で必ず言う。公共放送だから首相の言い分をなぞるのか。2日の公示の日、読売も夕刊で「アベノミクス継続問う」と打った。朝日は「安倍政権2年評価焦点」。毎日「安倍政治を問う」、東京「安倍政治の2年審判」の見出しだった。 同じ夕刊に厚労省が同日発表した10月の勤労統計調査の速報が載った。読売は「給与8か月連続増」と見出しに打った。脇に「実質賃金は16か月マイナス」。名目給与は昨年10月に比べ0.5%上がったが、物価上昇を加味した実質賃金は同2.8%も下がっている。給与所得者にどちらが大事かは明らかだが、読売は名目賃金が0.5%上がったことを「アベノミクス継続問う」という一面記事の横に飾った。 4月から消費税が3%上がった。これが景気の足を引っ張った、というのが政権や読売の説明だ。日銀によると消費税3%が物価に及ぼす影響は2%程度だ。名目賃金が0.5%上がったのに実質賃金が2.8%下がったということは、3.3%の物価上昇があった、ということだ。つまり消費税以外に1.3%も通貨の価値が目減りしている。 日銀マネーをじゃんじゃん刷ってインフレを起こす、というのがアベノミクスの狙いである。1.3%も物価が上がったのは成果かもしれないが、賃金が追い付かないからみな困っている。 その一方で、建築労働者の賃金は急騰した。5.5兆円もの補正予算を組んで公共事業を増やしたため急な発注で人件費や資材費が高騰した。建設現場は過熱しているのに、日本経済全体としては湿ったままで賃金は上がらない。 「ようやく掴んだデフレ脱却のチャンスを手放すわけにはいきません。消費税の引き上げを18ヵ月延期します。好循環の流れを止めることなく、全国津々浦々へと広げ、国民生活を豊かにしていきます」 首相は公約の冒頭で訴える。だが円安で潤うのは海外の大企業。日本の99%を占める中小企業から景気のいい話は聞こえてこない。賃上げどころか円安で輸入資材が高騰し経営は苦しい。それが津々浦々の現状である。首相は毎月、地方を回っているが「いい話」しか聞いていないのではないか。 「トリクルダウン」は起こっていない 公約にある「好循環の流れ」は起きているのだろうか。 景気の鈍化を記者会見で問われた甘利経済財政担当相は「トリクルダウンがまだ弱いということです」と語った。 トリクルダウンとは「滴り落ちる」こと。経済構造の上層を占める大企業が儲かれば、発注や雇用・賃金が増え、下請けや従業員など下々にも恩恵が落ちてくる、という考えだ。昭和の日本では、トリクルダウンは働いていた。自動車や電機など日本を代表する産業が海外で活躍すれば、輸出が増え、設備投資が盛り上がり、下請けも潤い、賃金の上昇が国内消費を高める、という好循環があった。 安倍政権は円安・株高にすれば好循環が始まるというが、「トリクルダウンが弱い」と嘆く。 現状はどうなっているのか。儲かっている上層の大企業は、利益を内部留保として溜め、設備投資は海外だ。恩恵は滴り落ちない。経済がグローバル化し、生産は需要がある場所だ。企業は多国籍化し、投資先は儲かる市場であって日本とは限らない。 甘利大臣は「収益を上げたところから還元していかないと、儲かっている人がため込んでいるだけ。一切外に出しませんといったら経済の回復などあり得ない」という。 トリクルダウンを速くする、実質賃金がプラスになるようにしていくことが課題というが、政府が民間の尻を叩いてできることなのか。「内部留保課税」という新税でも制定するなら別だが、「法人税を安く」という政府にできることではないだろう。 円安、株高、法人税減税、派遣労働の規制緩和……。安倍政権が進める国際競争力の強化は、強者をさらに強くする政策だが、恩恵は下層へ滴り落ちない。 首相は「この道しかない」という。道半ばで、もう少し待っていれば好循環が始まる、と言いたいようだが、「道を間違えた」のが正解だろう。昭和の方程式を前提にしたアベノミクスは「冷めたパイ」である。 トリクルダウンは、閉鎖された途上国経済で有効でも、グローバル経済では回路は遮断される。「おこぼれちょうだい」は時代遅れなのだ。 少子化社会で労働人口が減る。創造性にあふれた若者が必要とされる社会で、使い捨てのような派遣労働者や身勝手なブラック企業が日本に増えている。安心して創意を活かし伸び伸びと働ける環境をどうしたら作れるか、が課題であるのに、政治の目配りはピラミッドの頂点に利益を貯めることに集中している。 幻想でしかないトリクルダウンを起こそうと、劇薬とされる「異次元の金融緩和」を黒田日銀総裁は進めている。当コラムの第72回「金融緩和の蟻地獄にはまった日銀」で書いた通り、アベノミクスは膨大なリスクを溜めながら財政ファイナンスの道を進んでいる。 片道の燃料で飛び立った特攻機、沖縄に向かう戦艦大和のようなたたずまいである。安倍首相が首尾よくさらに4年の任期を得たら、蟻地獄にはまった政策の結末を見ることになるだろう。 表紙の裏に綴じられた「安倍好み」の政策 アベノミクスのメッキが剥がれないうちに総選挙を、と考えたのだろうが、表紙の裏に綴(と)じられた「安倍好み」の政策に目を凝らしたい。憲法解釈で「できない」とされていた集団的自衛権の行使を強引に閣議決定し、憲法9条の空文化を進める政権は、米軍との役割分担を定める日米安保協定のガイドライン改定へと進む。これまで「極東」に限られていた協力関係を「世界」へと広げる。首相はペルシャ湾の機雷掃海を日本が請け負うことを表明したが、この程度ではとどまらないだろう。 アメリカが日本に応援を求めるのはもっと深刻な事態だ。真っ先に考えられるのは中東で勢力を伸ばすイスラム国との戦いだ。 オバマ大統領はイラク・アフガニスタンへの武力介入に懲り、シリア攻撃に消極的だった。しかしイラク・シリアに跨るイスラム国の残虐な活動に米国世論は沸騰し、「オバマは弱腰」と非難された。やむなく空爆を始めたが効果は限定的だ。地上戦に踏み切る可能性が高まっている。 無理な武力攻撃を始めるとき、米国は日本に協力を求める。ベトナム戦争や湾岸戦争に日本が参戦しなかったのは「平和憲法の縛り」があったからだ。憲法解釈を変えた日本がイスラム国討伐の要請を断れるのか。 集団的自衛権を発動する際の「三原則」を素直に読めば、中東での武力行使に日本が参加する根拠はない。だがオバマから要請されたらどうだろう。尖閣諸島が日米安保の適用範囲であることを米国に表明してもらった安倍政権は、集団的自衛権を日米関係強化の証(あかし)にしたい。参戦は無理としてもイラク戦争の時にサマワに部隊を派遣したように「後方支援」に応ずる可能性は大きい。 イスラム過激派は日本を敵とみなすだろう。正面から戦えない過激派は手薄な部隊を狙う。後方支援の自衛隊はテロの標的にされるだろう。そんな中で、一人でも死者が出たら、日本の世論はどうなることか。 野党が弱体化し「安倍の暴走」に歯止めをかけてきたのは世論である。アルジェリアで日揮の石油プラントが襲撃され死者が出た事件があった。政府は犠牲者を「企業戦士」として扱い、世論もその死を悼んだ。自衛隊に死者が出れば「英霊」と扱われるかもしれない。 アメリカで世論が好戦的になったきっかけは「公開処刑」だった。罪なきジャーナリストが殺されたことで空気は一変した。 「中東の紛争になんで日本が」という世論でも、自衛隊に犠牲者が出たら、空気は変わるだろう。日本人の犠牲者など誰も考えたくないが、集団的自衛権にまつわりつく事態は、日本の針路を誤らせる大きなリスクをはらんでいる。 原発は再稼働を推進 原発再稼働への動きは福島事故の忘却と共に進んでいる。誰もが悲惨な事態は考えたくない気分の中で、ひたすら争点から外されようとしている。自民党は前回の総選挙で「脱原発依存」だった。方針を明確に示さず、曖昧な表現で「脱原発」の世論をかわした。 今回は「原子力規制委員会によって新規制基準に適合すると認められた場合には原発は再稼働」としている。規制委の田中委員長は「基準に沿って審査するが、安全性を保証するものではない」と言っている。責任の所在が不明確なまま再稼働が始まる。 暴走する原発は制御できない。運を天に任すしかなかった、というのが福島の教訓だった。首都圏3000万人が被害を免れたのは偶然が重なったからだ。4号機の燃料プールには首都圏を壊滅させるほどの使用済み燃料があった。崩壊熱によるメルトダウンに至らなかったのは、隣にあった4号機の水抜きがたまたま遅れていたからだ。何かの拍子で、4号機の水が燃料プールに注ぎ込まれた。その偶然で燃料棒は溶解を免れた。 水抜きの遅れ、偶然の注水という極めて稀な「幸運」によって東京は無人都市にならずに済んだ。そんなことも忘れ、原発の再稼働を始めようとしている。 日本の地殻が比較的落ち着いていた時に、都市化や原発の立地が進んだ。このごろ地震が頻繁に起きている。列島は地殻変動の活発期に入った、とも言われる。 溶け落ちる核燃料の受け皿が欧州の原発には装備されるようになった。日本は義務付けていない。福島で前線本部として機能した免震重要棟の設置も再稼働の条件になっていない。避難計画も整ってはいない。「福島の教訓」はどうなったのか。安全性は誰の責任か。事故が起きたら電力会社の社員だけでは収拾できない。命を張って前線に立つのは誰か、という決まりすらない。 高濃度に汚染された「核のゴミ」をどうするか。議論は止まったままだ。厄介なことは先送りして、目先の再稼働だけ進める。 増税や財政再建は後回しにして、景気対策だけ進める、という手法と似ている。米国の格付け会社ムーディーズは、日本国債の格付けを下げ、中国や韓国の国債より信用がないと判断した。警鐘である。 御嶽山の噴火は自然を侮るな、という警告かもしれない。阿蘇山も不気味な噴火が始まった。 せわしい師走の最中に「争点の見えない選挙」に有権者の関心は盛り上がらない。だが改めて日本列島に目を凝らせば、多事多難。戦後の日本が築き上げてきた「財産」を失いかねない事態が進んでいる。 失敗したら、首相は辞めれば済む。実害をこうむるのは国民だ。被害は我々にとどまらない。次の世代に「惨憺たる日本」を残すことになる。選挙は国民が政治に関与できる唯一の機会である。 http://diamond.jp/articles/-/63145
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