02. 2014年12月04日 07:08:19
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安東泰志の真・金融立国論 【第51回】 2014年12月4日 安東泰志 [ニューホライズン キャピタル 取締役会長兼社長] 総選挙に突入! 「アベノミクス」の争点を考える 安倍首相は、衆議院の解散・総選挙に踏み出した。消費税増税延期については、与野党ともにほぼ異論がない中、解散の大義は何か。実際には集団的自衛権・憲法改正・原発再稼働なども争点になるはずのところ、それに焦点を当てさせない戦術なのか、首相は「アベノミクス解散」と称し、これまでの経済政策の可否を問うとしている。そのことの是非はともかくとして、今回の総選挙では、アベノミクスの何が争点になるのだろうか。第一の矢は未踏の領域へ 次第に高まる副作用 アベノミクスの第一の矢である「大胆な金融政策」は、10月31日に黒田日銀が市場に驚きを与える追加金融緩和を行なったことによって、まさに未踏の領域に入ってきた。市場は株価の上昇と円相場の下落というかたちで大きく反応している。 ところで、そもそも大胆な金融緩和というのは何を企図したものなのだろうか。それは、インフレ目標実現に向けての日銀の強いコミットメントをもって人々の「期待」に働きかけることによって、期待インフレ率を上昇せしめ、かつ、国債の大量購入によって市場金利を低位に安定させ、実質金利(名目金利−期待インフレ率)をマイナスにすることで、民間の資金需要を喚起しようというものだ。 一方、金融緩和で実際には何が起きるのだろうか。それは、日銀が銀行から大量の国債を買い上げ日銀当座預金にマネーを振り込むために、「マネタリーベース」が膨張することだ。期待されているのは、マネタリーベースが膨張すれば、民間主体が保有する預金である「マネーストック」も増えるので、民間の経済活動を刺激する、ということだ。 しかし、近年、マネタリーベースとマネーストックの連動性を疑う声も多い。すなわち、マネタリーベースがいくら増えても、それは銀行が日銀に預けているお金(日銀預け金)が増えるだけで、ただちに民間活動に使われるわけではなく、マネタリーベースとは関係なく、民間活動が活発になれば、その「結果」としてマネーストックの上昇に繋がるという意見も根強い。 黒田総裁の前任の白川氏は、どちらかと言えばその考え方に近かったのではないかと思われる。黒田総裁の異次元金融緩和は、先述のようにマネタリーベースを増やすことで「インフレ期待」が浸透し、民間の需要が喚起されてマネーストックが増えることに賭けるものと言って良い。しかし、民間の需要は規制緩和など民間活力を引き出す「第三の矢」があって初めて引き出されるものであって、単なるインフレ期待だけで増えるものだろうか。 また、日銀が大規模な金融緩和を行ない、自国通貨である円の価値を毀損させる意図を陰に陽に明らかにしている状況が続くと、円の信認は失われる。「通貨の番人」であるはずの中央銀行が、わざわざ自国通貨の信認を毀損させようというのだから、市場は安心して円を売れるので、恐らく今後もどんどん円安が進むであろう。それは、想定を超えた円安と、それを通じたハイパーインフレーションの危険さえもはらむものと言って良かろう。 日銀の金融政策については、自民党は公約の中で「物価安定目標2%の早期実現に向け、大胆な金融政策を引き続き推進します」と明記している。極端な円高の是正と株価の上昇は日銀の金融政策によってもたらされた成果であることに間違いなく、自民党がその成果を誇るのは当然の戦略だ。 一方、これに対する野党の反論の矛先は鈍い。しかし、既に述べたような、日銀の異次元金融緩和の意味を正確に理解している野党であれば、もう少しまともな反論ができるはずだ。 たとえば、(1)「インフレ目標2%を達成」というが、それが単に円安による輸入物価インフレであった場合でも国民にとって良いことと言えるのか、(2)経済面の国際比較がドルベースで行われる中、円安によって国際社会における日本の相対的地位が低下することが国益にかなっているのか、(3)マネタリーベースの増加によるインフレ期待という曖昧なものだけで民間の需要は本当に喚起され、マネーストックの増加に繋がるのか、(4)大規模金融緩和からの円滑な出口戦略はあるのか、(5)過度な円安を防止する明確な戦略を持っているのか――といった諸点について与野党間で健全な論戦があることを期待したい。 近づく「不都合な真実」 財政規律をどう守る 日銀の金融緩和だけでは直ちには民間需要が増加しないことは既に述べた通りなので、民間需要が喚起されるまでの間は、政府支出によって需要を創出しようというのが第二の矢である「機動的な財政政策」である。実際、内閣官房参与の藤井聡・京大教授は、「2013年の名目GDPは+0.9%、4.6兆円の成長を遂げているが、そのうち4.3兆円は財政政策によってもたらされたものである」(Voice 2014年9月号)と述べ、その成果を強調している。一方で、既に新聞紙上を賑わせている通り、公共事業の増加によって人で不足が顕在化し、建設費が高騰した結果、入札不調が続くなどの副作用も出てきている。 自民党は、公約にも「総選挙後、速やかに経済対策を断行」と明記しており、引き続き公共事業等による景気テコ入れを図る構えだ。 一方の野党は、「子育て支援、雇用の安定、老後の安心など人への投資に変える」(民主党)、「脱公共事業バラマキの経済対策」(維新の党)と、予算の使い道についての対案を示しているところが多いが、肝心の経済効果の試算がなく、具体策にはなり切れていない。 ところで、財政政策に関しては、第一の矢の行方と一緒に考えなければならない、より深刻な問題がある。それは、財政規律である。第一の矢で日銀が買っている国債の量は、追加緩和後、毎月発行される利付国債のほぼ全額に相当するようになった。国債の新規発行額を丸飲みし、金利を抑制するのは、既に「財政ファイナンス」の域に達していることを意味する。ここで財政規律を守るというコミットメントがないまま、追加の政府支出(使途は関係ない)を続けると、日銀引き受けによる財政拡大と見なされるリスクが非常に高くなる。 それは、いわゆる「ヘリコプターマネー」、つまり、政府が日銀券を国民にばら撒くのと同じことなので、当然、際限のない円安とハイパーインフレーションに直結しかねないばかりか、国債の信用が落ちて「誰も買わなくなる」ため、また日銀が引き受ける……という悪循環に陥りかねない。古今東西を問わず、債務過多の多くの国々が、ハイパーインフレーションを起こして国民負担を強いることで債務問題から解放されてきた(戦後の日本もそうであった)。 この「不都合な真実」に対する回答として、自民党は「2020年度における、国・地方の基礎的財政収支(PB)の黒字化目標の達成に向けた具体的な計画を来年の夏までに策定」と公約している。しかし、現在でも困難と見られている財政再建目標を達成するには、経済成長による税収増だけではなく、来年度も概算要求段階で100兆円を大きく超えるような財政規模の縮小、なかんずく、増加を続ける社会保障費の削減という政治的に困難な課題に挑戦する必要がある。 この公約がカラ手形にならないのか、野党はしっかり追及すべきだろう。なお、民主党も2020年度のPB黒字化という同じ目標に向けて「財政健全化推進法を制定」と公約しているが具体策はない。維新の党は、財政規模の縮減や社会保障改革などを前提に、「財政責任法」を制定して、民間の会計基準での財政再建を行なうことを公約している。財政責任法は次世代の党も唱えるが、その他の党も含め、その内容や具体策を提起している党はない。 幸か不幸か、今後も日銀の大規模金融緩和が続く以上、PB黒字化への道筋を国際社会に示すことは焦眉の急であり、自民党のペースで来年の夏を待つことなく、「今ここにある危機」として、各党の具体策が問われるところである。 民間活力を引き出す 「第三の矢」はどうあるべきか 安倍政権の第三の矢は「民間需要を喚起する成長戦略」である。既に述べたように、どんなに日銀が金融緩和をしても、民間に投資・資金需要がなければ経済は成長しない。だからこそ、規制緩和等によって民間の活力を引き出す工夫が必要なのだ。 この点について、筆者なりに本稿に関係ある論点を纏めると以下の通りだ。 (1)産業の新陳代謝促進 自民党は、第二次安倍政権発足以来、このテーマに正面から取り組んできたが、対する各党はどうか。新陳代謝を行なうことには、淘汰される企業の雇用問題なども関係するが、新陳代謝のない産業は国際的に衰退するのも事実だ。 またGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が企業再生やベンチャー育成のファンドにも投資を始めるなどの動きが自民党政権で実現し、産業の新陳代謝を促すと見られるが、各党はどう反応するか。筆者が見る限り、自民党以上に競争を重視した産業政策を提唱しているのは維新の党のみであり、他は踏み込むことにためらいが見えるが、どうか。 (2)コーポレートガバナンスの強化 日本企業が世界の投資家から信認を得るためには、コーポレートガバナンスの強化が必須だ。自民党政権下では、会社法改正、日本版スチュワードシップコードの制定がなされ、間もなくコーポレートガバナンスコードも制定される見通しだ。これについての詳細は次稿以降に譲るが、これらの政策をどう考えるのか。 今までの「日本的」なぬるま湯経営からの脱却を図るのかどうか。この政策は、自民党の支持層である大企業からは不評であり、自民党は一部譲歩を余儀なくされた経緯にあるが、それでいいのか。逆に、株主以上に従業員の利益を重視する一部野党、たとえば民主党、生活の党、社民党、共産党などからの反対意見があれば是非聞きたいところである。 (3)エネルギー戦略 「フクシマ」以来、原発再稼働の可否や、再生可能エネルギーの推進方法などについて様々な議論がなされてきた。また、発送電分離、東電の経営形態などについても様々な議論がある。特に、原則として原発再稼働を進める自民党に対して、ほとんどの野党は反対の立場だ。であれば、日本の電源構成のあり方や、それを実現するための方策、それに伴う経済効果など具体論を各党に問いたいところだ。 (4)雇用のあり方 産業構造が変化し、労働慣行を変化させる必要がある中で、労働者の権利をどう保護するのか。労働力が減少していく中で、女性や高齢者、外国人などの雇用をどのように実現していくのか。それは企業の収益力や経済の活力を損なうことなく実現可能なのか。各党の具体策を聞きたい。 (5)官の役割の整理と地方分権 「大きな政府」を志向する野党、「小さな政府」を志向する野党、伝統的にその両面を持つ自民党の3者の間で、活発な議論を期待したい。高福祉を掲げる野党は、財源をどうするのかをきっちり明示すべきであろう。また、前回の連載で筆者が指摘したように、官民ファンドに代表される「官の肥大化」は容認されるべきなのか。それとも、民間でできることは民間に任せるべきなのか。 (6)地方経済・中小企業対策・地方分権 政治的には難しい決断だが、そもそも地方経済や中小企業を、特定の保護対象とすべきなのかどうか。保護する場合、その背景に何があるべきか。自民党は「地方創生」を掲げるが、単なるバラマキにならないか。さらには、一部野党が強く主張する、道州制などの地方分権を、この視点から進めるのかどうか。 (7)社会のダイバーシティ(多様化)促進 女性の活用など、社会のダイバーシティを促進することによる経済の活性化をどう実現すべきか。それに伴う価値観の変革を社会が受け入れるか。各党の具体的な主張を聞きたい。 (8)東京金融市場の育成(金融立国) 東京をアジアナンバー1の国際金融市場にすることは、日本の国益上非常に大事な視点であるが、自民党の公約では、「総合取引所の実現」以外の具体策に乏しい。これまでの邦銀保護・育成に偏った金融行政を改め、世界の独立系証券・投資ファンド・リースなどの業者が競い合う開かれた金融市場を実現する方策が求められる。 その際には、これまでの行政の偏りによって抑制されていた日本の独立系業者の育成も求められる。さらには、躍進する中国・人民元市場の取り込み、イスラム金融の促進などを世界に先駆けて実現する方策が求められる。この点についても、各党の具体策を聴きたいところである。 以上、金融・経済政策に絞っても、多くのの争点があげられる。各党の活発な論戦を期待したい。 http://diamond.jp/articles/-/63149
田中秀征 政権ウォッチ 【第260回】 2014年12月4日 田中秀征 [元経済企画庁長官、福山大学客員教授] 安倍政治の猪突猛進に 有権者はブレーキをかけられるか 取り返しがつかない安倍首相の誤算 12月2日、衆議院総選挙が公示され、日本列島全体が14日の投票日に向けて走り出した。 だが、組織政党は別として、野党では選挙直前の大会や出陣式の集まりが悪くて盛り上がりに欠けているようだ。 私の目や耳に入る事前の調査では、例外なく大多数の選挙区で自民候補が強く、今のところ自民党の圧勝に終わると予想されている。 そこに水をかけたのが、11月28日、29日に実施された共同通信社の内閣支持率調査の結果である。 なんと、内閣支持率は43.6%、不支持率は47.3%で、安倍晋三内閣の支持率は2年前の発足以来、初めて不支持が支持を上回ったのである。 また、前回調査(19日、20日)からほぼ10日の短期間に、支持率は3.8%も下落し、不支持率は3.2%も上昇したのだ。この傾向が投票日までに劇的に変わる要因はなさそうだが、自民党はこれを覆す有力な戦略を持ち合わせているのだろうか。 既に本欄で指摘してきたが、安倍首相の解散戦略は「好調なアベノミクス」を絶対の前提としている。 しかし、11月17日発表の7〜9月のGDP速報値(年率換算マイナス1.6%)でこの戦略はあっけなく崩れ去った。 その改定値は、12月初旬、投票日前に発表される予定だが、もしもマイナス1.6%よりもっと悪い数字が出たら安倍戦略は一気に瓦解することにもなりかねない。 残る手立てと言えば、首相が良い数字を大声で叫び、悪い数字にはあえて触れないことしかないだろう。しかし、万一そんなことをすれば逆の効果を招くだろう。 また、仮に、アベノミクスが好調であったとしても、それが必然的に経済格差を拡大する政策であることを多くの人が既に気づいてしまっている。首相が一転してアベノミクスの大転換に踏み切る事しか他に道がないように思われる。 有権者が“野党連合”を形成する可能性も これに対する野党の動きも期待外れだが、それでも197選挙区で野党協力が実現している。 私は真剣な有権者が絶妙の判断をして、票の分散による野党の共倒れを防ぐ投票行動を起こすものと信じている。お互いに無連絡な有権者が実質的な野党連合の形成に動くということだ。 すなわち、明確な主張をし、当選可能性の高い候補に有権者が票を集中させることだ。所属党派を二の次にして野党勝利を優先する道だ。 特に、(1)集団的自衛権の行使容認、(2)原発再稼働、(3)行政改革を怠った消費税増税について、あいまいな主張をする候補を見捨て、党派を越えて主張が明確な候補に支持を集中させるであろう。それほどこの3つの重要問題についての有権者の関心は高い。 今回の総選挙は、選挙後にどのような政権をつくるかと言うより、とりあえず猪突猛進する安倍政権を有権者が立ちはだかって止めるかどうかと言うことに尽きる。「ストップ・ザ・安倍」である。総選挙は終盤に向かって盛り上がり、この筋で大きく展開するのは間違いない。 思えば、私も関係した1993年の政変も同じようなものだった。 われわれは、新政権の樹立を考えていなかったし、世間もそうであった。ただ、当時の自民党の腐敗政治との決別を誓って、8党会派がそれぞれの立場で自民党城に攻め込んだのだ。そして、思いがけず、自民党が過半数割れの結果を招き、8党会派はこぞって細川護熙政権を樹立したのである。その原動力は結束した国民世論であったという他はない。 ところで、2年前の民主党政権の末期には、米国経済に確かな復調の兆しがあり、その後堅実な歩みを続け、ついに量的緩和に終止符を打つに至った。当初アベノミクスが、いわゆるマインドに大きなプラス効果を与えたことは評価するものの、やはり米国経済の堅調な回復など海外要因がアベノミクスの底流で有効に作用したことは否めないだろう。 アベノミクスが順調でありさえすれば、他の問題(特に前述の3つ)は容易に突破できる。そう安倍首相は考えていたのだろう。しかし、その肝心のアベノミクスに今や最も厳しい批判と反発が寄せられているのだ。これは安倍首相の歴史的誤算と言うべきだろう。 http://diamond.jp/articles/-/63148 |