06. 2014年12月03日 08:02:24
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「武田洋子の「成長への道標」」 地域間格差は縮小に向かっている 2014年12月3日(水) 武田 洋子 日本経済は、4月の消費税率引き上げ以降、回復の足取りが重い状況にありますが、とりわけ地方経済の回復の遅れが指摘されています。実際、10月の全国の百貨店売上高(日本百貨店協会発表)をみると、大都市(10都市)の売上が前年比0.9%減と小幅マイナスにとどまったのに対し、その他の地方都市の売上は大都市を上回る減少(10都市以外の都市は前年比4.8%減)を示しました。 その背景には、消費税増税に加え、ガソリン代や電気料金、食料品価格など身の回りの物価上昇が影響した可能性はあります。とくに日常生活に車が欠かせない地方では、ガソリン高が暮らし向き実感の悪化に直結しやすい面は否めません。 一方、マクロの統計をみると、多くの指標が2013年初以降、(2014年4月の消費税率引き上げの影響を受けつつも)基調としては改善を示しています。マクロの景気を表す代表的な指標であるGDP(国内総生産)ギャップ(日本経済の需要と潜在的な供給力との差)を見ると、2013年第1四半期から概算で1%程度改善しています。こうしたマクロで見た日本経済の回復は、概ね大都市圏に恩恵をもたらしただけであり、地方にはほとんどメリットはなかったとの見方があります。果たしてアベノミクスは都市と地方の格差を広げたのでしょうか。 都市と地方の格差拡大は本当か? 実は、そうした見方と必ずしも整合的ではないデータがあります。下のグラフは、有効求人倍率を@全国平均(黒太線)と、A同倍率が高い5県(都道府県)の平均値(赤点線)、さらに、B低い5県の平均値(青点線)を、時系列で並べて示したものです。各時点のデータを用いるため、時点ごとに5県の内訳は変化していることを注記しておきます。 このグラフから読み取れることが3点あります。
第1は、全国の有効求人倍率は、現在1.09倍と22年ぶりの高水準にあるということです。リーマンショック直前の2007年も1倍以上でしたが、現在のほうが、さらに高い水準にあります。つまり、マクロ全体でみれば、日本の労働市場は22年来の好調期にあります。 第2に、有効求人倍率が高い5県の平均値を見ると、この値は、2007年の水準にわずかながら及んでいません。 第3に、有効求人倍率が低い5県の平均値を見ると、現在も1倍以下にとどまっていますが、2007年の値に比べれば、明確に高い水準へと改善しています。 上記、第2と第3の事実から導かれる帰結として、有効求人倍率から見た高い5県と低い5県の格差は、2007年の約1.2倍から現在0.7倍まで縮小したということが指摘できます。 つまり、地域間の格差は依然として残っているものの、その格差はリーマンショック前に比べ、むしろ縮小していることになります。あくまで労働市場という一面的な評価であることは十分踏まえたうえで、「アベノミクスが都市と地方の格差の拡大を助長した」との指摘はこのデータを見る限り裏付けられないと言えます。 もっとも、この格差の縮小の理由として、いわゆる統計の見せかけも含め、いくつかの理由が考えられます。まず、思い当たる仮説として、地方の労働力人口減少の影響が考えられます。労働力人口が早いペースで減少している地方は多いため、相対的に求人倍率を押し上げやすい傾向があるからです。しかし、低い5県における求人数を時系列で見ると、着実に増えていることが確認できます。つまり、単に労働力人口が減っているだけで有効求人倍率が上昇しているわけではありません。 地域間格差の縮小傾向を裏付けるデータがもうひとつあります。日銀の企業短期経済観測調査(短観)の都道府県別業況判断DIのデータを用いて、同様に、高い地域と低い地域の格差を確認してみます。すると、短観DIで見ても、2007年時点に比べて現在の方が、上位グループと下位グループとの間の格差は小さいとの結果が得られます。 2007年と比べ地域間格差が縮まった理由は? 2007年時点と比べ、現在のほうが地域間格差は縮まっているとすれば、その理由は、既に述べた労働力人口の変動の差以外に何が考えられるでしょうか。 第1の仮説は、2006〜07年の景気回復期が「輸出主導」であったのに対し、2013年からの景気は「内需主導」であったことに注目するものです。輸出主導の景気回復は、輸出企業――多くはある程度の大きな企業――や、その関連会社の工場が立地する地域の景気に、集中してプラスの影響を与えるであろうことが容易に想像できます。一方、今回の景気回復局面では、主に株高による資産効果やマインド改善を通じた個人消費の増加が特徴的です。個人消費を通じた需要や支出の増加は、製造業中心の輸出企業群ではなく、小売りやサービス、運輸、不動産といった非製造業に薄く広く効果が波及した可能性が高いと考えられます。 つまり、輸出企業とその関連会社が地域的なクラスターを形成しやすいことから、輸出主導の景気回復では、そうしたクラスターが存在する地域に偏った景気の拡大が見られる一方、非製造業は全国に散在しているため、今回の景気回復局面では、地理的に見て比較的まんべんなく景気が拡大したのが特徴だったのではないか、との仮説です。 第2の仮説は、訪日外国人観光客の増加や旅行支出の拡大の影響に着目するものです。例えば、北海道と沖縄県は、2007年も現在も求人倍率が低い5県に含まれますが、求人倍率の水準自体は2007年に比べ、1.5倍〜2倍近く改善しています。両者の共通点の一つとして、全国平均を大きく上回るペースで訪日外国人観光客が増加していることが指摘できます(13年度は、北海道で前年比49.5%増、沖縄で同64.0%増)。増加の背景には、両者の観光面での積極的な取り組みに加え、円安の進行や格安航空会社の就航拡大、東南アジア向けビザの発給要件の緩和なども追い風になった可能性が考えられます。こうした「地方の観光資源による経済成長」が、過去には見られなかったスピードで進んでいることは、大いに注目に値します。 第3に、――この仮説は第1の仮説とやや重複する部分もありますが――、今回の内需主導の回復を支えた要因として、地方で公共投資が増加した影響も無視できません。実際、有効求人倍率を職種別にみると、建設関連の有効求人倍率が2.9倍と、全体を大きく上回っています。東北地方の復興に加え、公共工事が比較的全国に広がったことが背景にあります。 やや脱線しますが、この点は、手放しでは喜べません。4月の消費税増税に備えて組まれた補正予算の執行が、建設分野での人手不足によって遅れたため、公共事業が期待されていたほど十分な景気刺激効果を発揮しなかったとの指摘があるからです。さらに、公共事業に人手を取られた分、民間の投資活動を阻害しているとの声も一部であがっています。 いずれにせよ、冒頭で述べたとおり、4月の増税後、地方の消費の回復の遅れが目立っていることは事実です。しかし、地方といっても輸出企業が存在しているか、観光事業が盛り上がっているか、公共事業が集中しているか、などの観点から見ると、状況は千差万別であり、ひとくくりには語れない点に注意が必要です。今回着目したデータは、アベノミクスのもとでの景気回復の効果は地方にも波及しており、地域間格差はむしろ縮小傾向にあることを示唆するものでした。今後の政策課題を考える際には、こうした事実も客観的に捉える必要があるでしょう。 人口減少を持続的な地域社会を創り直す好機に もちろん、地方経済・地域経済に課題がないと言っているわけではありません。2050年にかけて、日本の国土面積の実に3分の2の地点で人口が2005年の半分以下へと大幅に減少することが予測されています。「地方創生」は景気対策の掛け声で終わらせてよい性質のものではありません。 人口減少下でも、一定の行政サービスが維持され、人々が安心して暮らせるように、どのようにコンパクトな地域社会を実現していくのか、今から地域社会全体でビジョンを共有し、地域住民の合意形成を進めていく必要があります。つまり、「地方創生」は、短期的な景気対策の視点だけでなく、「50年後の日本の国土の姿を描く」という視点から取り組んでいくべきものです。人口減少という課題を、持続的な地域社会を創り直す好機と捉えることが重要です。 このコラムについて 武田洋子の「成長への道標」 歯止めのかからない人口減少、出口の見えない財政悪化、遅々として進まない構造改革…。景気や市場が好転しても、日本経済の成長基盤は脆さを抱えたままだ。持続的な経済成長をいかに実現するのか。米欧や途上国も直面するこの課題に、気鋭のエコノミストが処方箋を示す。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20141128/274390/?ST=print
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