07. 2014年12月03日 07:00:34
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山崎元のマルチスコープ 【第357回】 2014年12月3日 山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員] 総選挙で野党は何を訴えるべきか? 実はぎりぎりの勝負ではないか 安倍政権の勝敗ラインは「270」? 衆議院選挙が昨日公示された。 自民党だけで294もの議席を持ち、2年の任期を残しながら解散に打って出た安倍政権にとっての実質的な勝敗ラインは、どのくらいのものだろうか。 安倍首相は、解散を発表する記者会見で与党で過半数と述べたようだが、さすがに本気でそうは思っていまい。「勝敗ライン」を自分で述べると、後の制約になりかねないので、建前の数字を述べて、質問を相手にしなかったというあたりが本音だろう。 今回の総選挙の過半数は238議席だ。現有31議席の公明党の議席数は安定していそうだから、自公でこの近辺の議席数になると、自民党は210議席程度に減ることになる。この場合、安倍首相は首相として再任されようが、2015年秋に予定されている自民党総裁選では、「議席数を大きく減らす解散を行った」と批判されて、厳しい状況に陥るだろう。 自民党だけで単独過半数の238を割り込むことになった場合、自民党の公明党に対する交渉力が大きく低下することになる。もともと小選挙区制では、公明党の協力に対する依存度が大きい。公明党の協力なしで当選できない選挙事情を抱えた自民党議員は、少なくないはずだ。 単独過半数を失ったという数字になれば、安倍政権としては「明白な負け」と認識せざるを得ないだろう。「負け」という言葉を使わないかもしれないが、解散が「失敗」であったことは認めざるを得なくなるだろう。 それでは、現有議席を減らす場合に、「議席が減った」ことを「最大2年間のフリーハンドを追加で得た」ことが上回ると見なされる議席数はどのくらいか。全ての常任委員会で委員の過半数を確保し、かつ各委員会で委員長を独占するのに必要な「絶対安定多数」は、266議席だ。 これを十分上回る議席数を自民党が確保できれば、安倍首相の解散は「成功だった」と見なされるのではないだろうか。選挙後の議員の死亡やスキャンダル、離党などの可能性を考えると、270議席くらいが勝敗ラインになるのではないか。 このラインを割り込んだ場合、表面上すぐには何も起こらないかもしれないが、自民党内には安倍首相への対抗勢力の「核」ができるだろう。また、そうした核ができると、官僚集団は民主党政権時代に「親小沢(一郎氏)」と「反小沢」を対立させて仲間割れさせたように、安倍政権の弱体化を工作することが可能になろう。 もちろん、自民党が現有議席を維持ないし増加させるような大勝を得る可能性もある。こうした場合、自民党内で安倍政権に逆らえる勢力は登場しにくくなり、官僚集団も安倍政権に従順に従わざるを得なくなるだろう。 あれこれ考えると、一見余裕の解散に見えるが、安倍政権にとって今回の総選挙は、実質的にはぎりぎりの勝負なのではないだろうか。その後の風向きを左右する数字をあえて1つ挙げると「270議席」だと筆者は思う。 解散は明白に不都合 奇襲を受けた野党の「戦い方」 選挙には相手がある。安倍政権が「勝ち」を得ることができるかどうかに大きな影響を持つのは、野党の戦い方だ。 今回の解散にあって最大の判断材料の1つは、野党の選挙準備が整っていないと見えたことだっただろう。与党側で「なぜ今解散?」という疑問の余地は大いにあるが、それ以上に野党側にとって、解散は明白に不都合だ。サラリーマンで言うと、おそらく入浴中に緊急の呼び出しを受けたような感じだろう。 民主党は、候補者の選定が進んでいないことに加えて、有権者にとって印象の悪い前政権にあって要職にいた方々が並ぶ幹部のメンバーが良くない。維新の党は、前回選挙で初めて当選したばかりの議員が多い候補者メンバーの弱さに加えて、旧太陽の党の人々の離脱に結いの党の合流と、人と組織が安定していない。 そして、第三極の政党としてそれなりの存在感を持ちつつあったみんなの党は、率直に言って、渡辺喜美前代表のお蔭でバラバラになってしまった。「今」の解散は、正直なところ野党にとって厳しい。 一方、現時点のメディアの観測では、前回総選挙の自民党大勝の反動を見込むこともあり、自民党が議席減、民主党が議席増、維新の党が議席減と予測する向きが多い。 候補者は民主、政策は維新 野党の公約をチェックする 得票を決定する主な要因は、各党が公約に掲げる政策ではなさそうだ。しかし、野党が何を掲げて選挙戦を戦うかは、今回の選挙結果にそれなりに影響するだろうし、それ以上に今後の政治状況を考える上で重要だ。 野党が国政レベルで反攻に転じることが可能になるのは、現実的には2016年の参議院選挙からだろう。そのときに国民の支持を集め、野党勢力の核になることができるのはどの勢力なのかを判断する上で、今回掲げる政策は重要だ。 特に、民主党と維新の党がどのような公約で今回の選挙に臨んでいるのかを見てみた。 前回の本連載では、アベノミクスが失業を減らし、物価にプラスの影響を与え始めてデフレ脱却の「途上」にあること、この段階では中間層の実質所得がむしろ悪化すること、中間層を含む全国民の生活レベル改善のためには、規制緩和を中心とした生産性向上のための施策が必要であることを述べた。 アベノミクスの三本の矢の譬えに沿ってまとめると、次のような認識になる。 1本目(金融政策)の金融緩和は適切であった。しかし、2本目(財政政策)の財政支出はこの段階で適切だったが、それが公共事業に集中しすぎたことがいささか問題だった。第二の矢は、打った方向が少々悪かったと言えよう。 そして、4月の消費税率引き上げは失敗だった。加えて、最大の問題は、第三の矢がさっぱり飛ばないことだ。1本目「肯定」、2本目「修正」、3本目「推進!」が、正しい政策パッケージだ。 民主党のマニフェストを見ると、「行き過ぎた円安に対策を打ちます」「『過度な異次元緩和』よりも、経済・財政状況、市場環境を踏まえ、『国民生活に十分留意した柔軟な金融政策』を日本銀行に求めます」とあり、金融緩和にブレーキを踏む方向性を示している。 これではデフレに逆戻り 残念な民主党のマニフェスト 率直に言って、これではデフレに戻る危険がある。金融緩和による実質賃金の低下は、失業率の低下やアルバイトの時給上昇などを通じて、雇用市場の最弱者にメリットを与えた。現段階で単に金融緩和を逆行させ、たとえば円高に戻すのでは、彼らに再び実害が及ぶことになる。 あえて言えば、今回の総選挙で民主党が政権に就く形勢にないことは、日本の経済・市場にとっては大きな安心材料だ。 付け加えるなら、今回景気に大きなブレーキをかけた消費増税を選挙で問うことなしに決めたのは、民主党政権だった。マニフェストには、このことの反省が一言もない。10%への引き上げの先送りには反対しないようだが、仮に民主党が政権党であれば、スケジュール通りの引き上げを強行した可能性があり、その場合の日本経済の状況は悲惨だろう。 民主党の現執行部は、とにもかくにも「アベノミクスに反対!」しようとして、正しい方向を見失ってしまったのではないだろうか。かつて万年野党のポジションで、「何でも与党の反対」だった日本社会党の野党ボケ的な症状に、似てきたのではないか。 第二の矢に関しては、「バラマキ財政」を「人への投資」に変えるという方向性はいいのだが、具体性に乏しい。民主党は、公共事業による非効率的で受益層が偏る「不透明な再配分」ではなく、ルール化された減税や給付金を中心として使途の自由なお金を人に分配する「透明な再分配」を推進する政策を、もっと磨くべきだ。 具体性を欠く点では、第三の矢である「成長戦略」が「グリーン、ライフ、農林水産業、中小企業」を列挙するだけで、全く迫力に乏しい。 2009年の政権を獲った総選挙で、具体的に政策を書き込んだマニフェストを後に実行することができなかったことがトラウマになっているのかもしれないが、民主党が目指すべきは、具体的な政策を実行できるマネジメント力を持つことであって、公約を曖昧にすることではない。 他方、維新の党のマニフェストは、アベノミクスの評価と問題指摘が的確にできている。金融緩和に関しては「一本目の矢は、円高を是正して株価を押し上げ、経済回復へのかすかな光をもたらしました」と評されている。 二本目の矢が、「的を大きく外しました」という指摘も的確だ。「公共事業のバラマキは、現場のニーズや事情もお構いなしに進められ、工事着工も予定通りに進まず、地方の経済を押し上げることはできませんでした」とある。 そして、「失われた『第三の矢』を維新の手で」と、共同代表挨拶文の次に、第三の矢を強調する政策のトップとして掲げている。 競争政策を行財政改革と共に実行 期待できる維新の党のマニフェスト 維新の党の成長戦略は、競争政策を行財政改革と共に実行しようとする点に特徴がある。 まず、「身を切る改革」と称する政策の主な中身は、公務員の人件費削減、独立行政法人や官民ファンドの売却、独立行政法人の資金管理一元化、JT、日本政策投資銀行等の政府の保有株式売却、歳入庁設置などで財源を強化しながら行政を効率化しようとする。 加えて、景気が悪くても消費税10%への引き上げを強行する「景気条項の削除」に反対していることも適切だ。景気条項の削除は、安倍政権が官僚と妥協するために必要としたものだろうが、経済政策論理的には与党側の弱点だ。 また、「費用対効果の悪い消費税の軽減税率や一律の給付金ではなく、マイナンバー制度を前提に『給付付き税額控除』(いわゆる「負の所得税」)を実現する」と述べる再分配への配慮も、おおむね適切だ。 今回の総選挙では、公明党が「軽減税率実現党」に改名しそうな勢いで消費税における軽減税率導入を強調しているが、軽減税率は品目の指定が利権化しやすく、また事務的にも煩雑になるし、加えて富裕層にも貧困層と同様の恩恵が及ぶことになる、経済的弱者対策としては効率の悪い制度だ。せっかく与党の一角にあって、政権に影響力を及ぼすことができるポジションを得ているのだから、経済政策的にもう少し賢くなることができないものか。 また、維新の党の成長戦略は、「『稼げる国』へ、徹底した競争政策」と題して、@供給者への補助金からバウチャーへ、消費者優先の政策への転換、A新規参入規制の撤廃・緩和、B敗者の破綻処理の整備、といった経済的な効率性とフェアネスを強調する。 たとえば、医療の成長産業化にあっては、ビッグデータ活用による医療の標準化、混合診療の解禁、医師以外の民間経営者による病院経営を可能にする規制改革など、いずれも経済合理的な施策が並ぶ。 官製インフラビジネスの開放や、電波における周波数オークションの導入なども的確だ。 経済政策を総合的に見ると、維新の党が「アベノミクスの不足」を補う政策を的確に提案しているように思う。 2016年参議院選挙に向けた宿題 政権交代可能な野党に結集できるか? 建前上、選挙では何が起こるかわからないから、今回総選挙を与党勝利と見切って次に関心を向けるのは良くないことかもしれないが、野党勢力が自民党政権に対して本格的な反攻体制を築くことができるのは、2016年に予定されている参議院選挙からだろう。 そのときまでに、政権交代が可能な野党勢力を結集するには何が必要か。 経済政策は、現在の維新の党の方向性にまとめるといいのではないか。同党のマニフェストは、方向性として、国民から熱烈な支持を得た民主党の2009年総選挙のマニフェストに近い。経済を理解し、組合とのしがらみを絶った「本来の民主党」は、政策的に維新の党とまとまることができるはずだ。 一方、維新の党にも課題がある。これまでに随分時間がありながら、候補者人材を十分揃えることができていない。 政権時代の民主党の失敗は、行政組織のマネジメントができなかった「経営的失敗」だったが、維新の党は人材採用に不熱心であることで、別の経営的失敗に陥っているのではないだろうか。リクルーティングもまた、経営の根幹だ。 維新の党と民主党が、おおむね今回の維新の党のような政策の方向性でまとまって、地に足の着いた経営力を養うなら、2016年くらいから、自民党と十分勝負になる政権交代可能な野党勢力となることができるのではないだろうか。 いかにも気が早い話だが、総選挙後の展開として期待しておきたい。 http://diamond.jp/articles/-/63085
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