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国の未来を憂えていた/(C)日刊ゲンダイ
菅原文太さんが残した“遺言” 「日本はいま危うい局面にある」
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/155392/1
2014年12月1日 日刊ゲンダイ
【連載「注目の人直撃インタビュー」2013年8月29日号より】
集団的自衛権を巡る憲法解釈の見直しや自衛隊の海兵隊化――と、参院選後の安倍首相は露骨に右傾化を強めている。そうしたきな臭い状況に危機感を抱くのが元俳優の菅原文太さんだ。この夏80歳を迎えた老優は日本の何を危惧しているのか――。
■「今の日本は真珠湾攻撃をした時と大差ない」
毎年8月になると太平洋戦争を思い出します。日本が戦争に負けた昭和20(1945)年当時、私は小学6年生で、宮城県栗原郡(現・栗原市)の小さな村に住んでいました。
敗戦が近づいた頃のこと、仙台の街がB29の空襲を受けましてね。家の屋根に上ってかなたを見ると、夕暮れの薄暗がりの中で爆撃機がパラパラと焼夷弾を落とし、一面に炎が立ち上る光景が見えました。仙台とは100キロも離れているのに、無数の爆弾がまるで七夕の銀色の短冊のようにキラキラ光り、街全体を炎で赤く染めていたのをよく覚えています。
空襲は受けたけど、怖いとは思いませんでした。都会から離れたところに住んでいたこともありますが、大人の話を聞いて日本は勝つと信じていたからです。敵艦を何隻轟沈したという発表が幾度もあり、大人たちが「日本は勝ってる」と言うものだから、子供心に「日本は強いんだ」と信じていたんです。
ところが8月15日になり、いきなり玉音放送で「負けました」となった。ガーガーと雑音を発する祖母のラジオを叩きながら天皇のお言葉を聞いて、本当にびっくりしました。あとで聞いたら、大本営のウソの発表を疑問視する人たちもいたとか。「こんな戦争負けるよ」と言いたいけど、警察が怖くて言えない状況だったんですね。
だけど、考えてみると敗戦の兆しはあったんです。私の村でも出征のたすきを掛けた若者が「行ってまいります」と戦地に出かけ、その多くが命を失いました。現代では考えられないことですが、私も大人も、死に対する感覚が麻痺し、「戦争なんだから死ぬのは当たり前」というような錯覚に陥っていた気がします。
私の父の弟は37歳でルソン島に派兵されたのを最後に、いまもって行方が分かっていません。戦死扱いとされていますが、どんな死に方をしたのか遺族も知らされていないのです。父の兄は外地から復員するも、戦地で患ったマラリア熱が完治できず、死ぬまで発作に苦しみました。
私の父は中支(中国)で軍事物資を運ぶ輜重隊の隊長を務めたのち生還しましたが、戦争については一言も話しませんでした。あの時代、沈黙を通した人は父だけではありません。みんな、悲惨な現実を語りたくなかったのでしょう。
国外のあちこちで日本軍は米軍に押しまくられ、「救援を送れ」と要請しても兵隊は来ない。兵士は軍と国に見殺しにされ、昭和18年ごろからはアッツ島を皮切りに兵士の玉砕が繰り返されました。沖縄では兵隊のほかに大勢の民間人が巻き添えになりました。それなのに、軍隊のある参謀などは玉砕が怖いので「本土に用事があるから」と口実をもうけて沖縄を離れました。命惜しさのあまり部下と民間人を置き去りにして逃げたのだから、あきれた話です。
言い出したらきりがありませんが、すべては当時のリーダーたちが無謀な開戦に突っ走った結果です。
しかし現実の日本はどうでしょうか。私の目には、日本はいま非常に危うい局面にあるように見えます。
安倍政権は内閣法制局長官を交代させてまでして集団的自衛権の解釈の見直しをはかり、憲法を改定して自衛隊を国防軍にしようとしています。平和憲法によって国民の生命を守ってきた日本はいま、道を誤るかどうかの瀬戸際にあるのです。真珠湾攻撃に猛進したころと大差ありません。
いつの時代も為政者は国民を言葉たくみに誘導します。問題になっている沖縄の基地の件だって、彼らに利用されかねません。「沖縄に米軍は要らない」という国民の言葉を逆手にとって、政府が「米軍がいなくても大丈夫。自衛隊が国防軍になり、海兵隊の役割を果たしてくれるから安心してください」と言えば、国民はコロリとだまされ、国防軍化を許してしまうかもしれないのです。
その結果、自衛隊は本物の軍隊になり、米国が始めた戦争にいや応なく巻き込まれてしまいます。しかも米国は日本を自分の属国と見ているのだから始末が悪い。「俺たちに逆らったら、締め上げるぞ」と恫喝されたら最後、日本は逃げられなくなります。こうした数多くの悪要因の中で、日本が世界に誇る平和憲法が骨抜きにされ、戦争に突き進んでしまいかねないのです。
「まさかそこまで?」と笑われるかもしれませんが、いまの自民党は「ナチスに学べ」というバカな発言をした副総理を更迭できないほど自浄作用を失っています。実に恐ろしい状態です。
改憲派の政治家はよくこう言って現行憲法を否定します。
「いまの憲法は戦後、GHQに与えられたものだ。なぜ、進駐軍にもらった憲法を守らなければならないのか。そろそろ自分たちの憲法を持つべきだ」
この認識は正しいとはいえません。知り合いの学者に聞いた話ですが、いまの憲法は日本人が作成した草案を参考にして作られたそうです。社会統計学者で社会運動家だった高野岩三郎や法学者の鈴木安蔵らの「憲法研究会」が、敗戦の年に発表した「憲法草案綱領」がそれです。
この草案には、主権在民や基本的人権という民主的な概念が盛り込まれていました。GHQのある将校は非常に優れた憲法草案だと高く評価し、新憲法作成の下敷きにしました。
いま大切なのは、われわれ国民が政府のデマゴギーにそそのかされず、自分で考えることでしょう。書物や新聞を読み、多くの人の話を聞いて、平和を維持するために自分は何をするべきかを模索する。熟慮の末に真実を知れば、戦後ひとりの戦死者も出していない憲法9条がいかに素晴らしいものであるかが分かるはずです。
戦前のようにタカ派政治家たちの言葉に踊らされてはいけません。
▽すがわら・ぶんた 1933年8月16日生まれ、宮城県出身。早大第二法学部進学後、モデルや「劇団四季」の団員を経て、58年「白線秘密地帯」(新東宝)で本格映画デビュー。73年に始まった「仁義なき戦い」シリーズの広能昌三役で人気を不動のものとし、「トラック野郎」など数多くのヒット作に主演。昨年11月、国民運動グループ「いのちの党」を結成すると同時に芸能界からの引退を宣言。講演活動などに精力的に取り組んでいる。
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