04. 2014年12月01日 07:24:53
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シリーズ・日本のアジェンダ 消費増税先送りYES or NO 【第3回】 2014年12月1日 ダイヤモンド・オンライン編集部 増税延期は誤った判断 財政と異次元緩和の背後に潜む“2つの限界” ――法政大学准教授 小黒一正 〈『タイタニック』という映画がある。超大型豪華客船の船底は氷山に衝突して傷ついている。徐々に浸水し、沈みゆく。しかし甲板では、船が傾き、沈没する可能性があることをわかっていながら、「損傷は小さく、この客船が沈むはずがない」という甘い認識があるのか、何事もないふりをして楽団が音楽を奏で続けている――。いまの日本財政の状況を見ていると、このシーンを思い出さずにはいられない。〉財政危機を回避するのに 残された時間は長くない おぐろ・かずまさ 1997年京都大学理学部卒、一橋大学博士(経済学)。大蔵省(現財務省)入省後、財務省財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授などを経て、2013年4月より現職。内閣府・経済社会総合研究所客員研究員、経済産業研究所コンサルティングフェロー。専門は公共経済学。著書に、『財政危機の深層 増税・年金・赤字国債を問う』、『2020年、日本が破綻する日』、『アベノミクスでも消費税は25%を超える』など。 これは、近々、緊急出版する拙著『財政危機の深層増税・年金・赤字国債を問う』(NHK出版新書、2014年)からの引用であり、私がいまの財政の現状から受けるイメージだ。 このような状況の中、安倍首相は2014年11月18日、経済成長の下振れ懸念が強まったと判断し、消費増税の一年半延期の是非を問うための衆議院の解散を正式表明した。
11月21日にもはや衆議院を解散してしまったので誰も止めることはできないが、筆者は、増税の延期は間違った判断だと考える。リーマンショックや東日本大震災のような異常事態が起こらない限り、再増税を延期することは賢明な選択ではない。主な理由は2つだ。 第1は、財政危機を回避するのに残された時間はそれほど長くないためだ。つまり、財政の限界である。米国のアトランタ連銀のアントン・ブラウン氏らの研究(Braun and Joines, 2011)は、政府債務(対GDP比率)を発散(限りなく膨張すること)させないために、消費税率を100%に上げざるを得なくなる限界の年を計算している。結果は消費税率が10%のままならば2032年まで、消費税率が5%のケースでは2028年まで。ブラウン氏らは試算していないが、消費税率が8%のケースでは「2030年」頃が限界の年となるはずだ。 そもそも消費税率を100%にすることは現実的には不可能だろう。ならば、これらの限界年は、その後、どんなに財政再建の努力を行っても財政破綻を防ぐことはできない限界の期限を示していることになる。 また、1997年4月の増税実施(消費税率3%→5%)から、今回(2014年4月)の増税(消費税率5%→8%)が国会で決まるまで、17年もの時間がかかっている。安倍首相は、1年半の延期で2017年4月に必ず増税する(消費税率を10%に引き上げる)としているが、それが確実な保証はない。将来の経済動向は誰も予測がつかず、景気が低迷したときでも、本当に増税が実行できるのか疑問が多い(実際に今回は増税を延期している)。 また、そもそも今回の増税は「止血剤」に過ぎず、財政を安定化(対GDPでの政府債務を発散させずに、一定比率に安定化)させるには、消費税率は20%を超えるという現実も重要である。現在の議論には以下の視点が欠けている。まず、再増税が遅れれば財政的に同じ効果を持つ税率引き上げ幅は2%(10%−8%)より大きくなる。財政を安定させるためには、最終的にどの程度の税率が必要なのか、も議論されていない。 前述のブラウン氏らの研究によると、日本がデフレから脱却し2%のインフレを実現した場合でも、今後5年おきに段階的に消費税率を5%ずつ引き上げていき、ピーク時の税率を32%にしなければならない。このシナリオは年金給付などの削減など、相当厳しい状況を前提としている。 増税スケジュールを遅らせれば、ピーク時の税率が急上昇し、若い世代や将来世代の負担が増す可能性がある。消費税率を10%に引き上げる痛みを先送りすれば、将来の痛みはずっと大きいのだ。 買い入れるべき国債が枯渇 異次元緩和の限界 第2は、異次元緩和の限界だ。現在、政府の借金である政府債務が対GDP比で200%を超えている。政府債務の多くはいうまでもなく国債であり、これだけ大量の国債を発行すれば、国債価格が下落し、長期金利が上昇してもおかしくない。約1000兆円もの政府債務がある状況で、長期金利が急上昇すれば、借金の利払いも急増し、財政が危機的な状態に陥るのは明らかである。しかし、長期金利は1%を切る水準で低下している。 この理由は、アベノミクスの第一の矢、つまり日銀が異次元緩和(厳密には「量的緩和」)で大量の国債を市場から買い入れていることにある。 「量的緩和」とは、中央銀行が「通貨量を増やす」という量的調整を行う非伝統的な金融政策のことを指す。量的緩和を実施するとき、例えば、中央銀行は民間金融機関から国債を買い入れ、民間金融機関に通貨を供給する。そうすると、市場に流通する国債が減るため、国債の価格は上昇し、長期金利は低下していくという理屈である。 しかも、2014年10月31日、日銀は年間のマネタリーベース(「日銀が供給する通貨」をいい、具体的には「現金通貨+中央銀行預け金の合計」をいう)の増加額を、約80兆円まで拡大(これまでより年間で約10〜20兆円規模の拡大)することを発表した。2012年末に約130兆円(うち保有する長期国債は89兆円)だったマネタリーベースについて、2014年末に275兆円(同200兆円)に増やすことになる。 その際、これまで年間約50兆円のペースで増やすとしていた長期国債の保有残高が年間約80兆円に相当するペースで増加と、これまでよりもさらに約30兆円多いペースで増加するよう買い入れを行う予定である。長期国債をネットで年間80兆円増やすには、日銀が保有する長期国債のうち償還分も買う必要があり、実質的な買い入れ総額(グロス)は110兆円程度になるはずだ。そして、長期国債の平均残存期間(満期になって償還されるまでの時間。デュレーションともいう)も、現状の7年程度から7〜10年程度に延長する。 だが、この異次元緩和には限界がある。なぜなら、このまま日銀が買い入れ額を増やしていけば、近い将来、市場で取引される国債は底を突くからだ。理由は単純である。大雑把であるが、財政赤字(新規の国債発行額)が約30兆円としよう。日銀が異次元緩和で市場からネットで毎年約80兆円の国債を買い入れると、金融機関が保有する国債のうち50兆円(=80兆円−30兆円)を日銀が吸収してしまう。2014年時点で国債発行残高は約800兆円で、すでに日銀は約200兆円の国債を保有しているから、単純な計算で約12年間[(800−200)兆円÷50兆円]で日銀はすべての国債を保有し、国債市場が干上がってしまうことになる。 もちろん今後の財政赤字の状況や、日銀以外の各保有者の動向によっても、結果は違ってくる。例えば生命保険会社等は、資産運用のために国債が必要だ。だから実際には、12年も待たないうちに国債市場は枯渇することになる。 総選挙の争点は増税の延期ではなく 財政ファイナンスを認めるか否か そう考えると、今回の解散・総選挙の争点は「増税を1年半延期するか否か」を国民に問う解散・総選挙というよりも、むしろ「財政ファイナンスを認めるか否か」ということこそが大きな争点だと気づくはずだ。 財政ファイナンスとは、財政赤字を穴埋めするため、日銀が国債を大量に買い取ることをいう。財政ファイナンスには2種類ある。 一つは、「中央銀行(日本では日本銀行)による国債の直接引き受け」だ。つまり、政府が発行した国債を、市場を介さずに日銀に買ってもらうことを指す。それによって当面の国債の償還財源を確保するわけだ。つまり、「国債と引き替えに、中央銀行がお札を刷って政府に渡す」ということである。 そんなことが許されれば、市中にお札があふれ、その国のお札に対する信頼は失われてしまう。急速にお札の価値が下がっていき、結果的に高インフレーションが引き起こされる可能性が高まる。そうなると、もう中央銀行も物価をコントロールすることは容易ではない。このような状況は国民の経済生活が劇的に脅かされる事態であるから、中央銀行の国債直接引き受けは、財政法第5条で原則禁じられている。 もう一つは、上記で説明したように、「節度を失った量的緩和」による財政ファイナンスである。もっとも公式には、日銀はデフレ脱却を目的に異次元緩和を行っている。例えば、2014年11月12日の衆院財務金融委員会において、日銀の黒田総裁は「大量の国債購入はあくまでも金融政策運営上、2%の物価安定の目標を実現するために必要な手段として行っているものであり、財政ファイナンスを目的にしていない」旨の答弁を行っている。しかし、早稲田大学ファイナンス総合研究所の野口悠紀雄・顧問やBNPパリバ証券の河野龍太郎・経済調査本部長等も指摘するように、実質的には財政ファイナンスになっている蓋然性が高い。 「金融抑圧」という 借金帳消しの第3の手法 時々、「第2次世界大戦後の英国は政府債務が対GDP比で2倍を超えていたにもかかわらず、財政破綻しなかった」というような話をする識者もいるが、それは誤解だ。過剰債務を抱えた場合、政府はさまざまな政策手段を駆使して、借金を圧縮、または帳消しにしようとする。その典型が「債務再編(例:国債のデフォルト)」や「突然の高インフレ」であるが、「金融抑圧」という手段もある。 金融抑圧とは、政府・中央銀行が市場実勢と比較して非常に低い水準に金利を規制あるいは誘導しつつ、金融機関や個人にきわめて低い利回りで国債を引き受けさせることを指す。低金利とインフレでマイナスの実質金利(実質金利=名目金利−インフレ率で、「名目金利<インフレ率」だとマイナス金利となる)にして、債務を圧縮する政策手段の一つであり、現在の日本のように資本移動が自由化した状況では難しいが、広義には、筆者はこれも実質的な破綻と見なしていいと考えている。 例えば、名目金利が5%、インフレ率が35%とすると、実質金利はマイナス30%となる。このとき、100億円の名目債務は10年で約1.6倍の162億円になるが、物価は約20倍となるから、10年で実質的な債務は12分の1に軽減される。これは、実質金利がマイナスだからだ。 そして、金融抑圧を利用して、過剰な政府債務を圧縮した事例が、終戦直後のイギリスなのである。カーメン・M・ラインハートらの研究によると、1945年から1980年の35年間において、金融抑圧税(マイナスの実質金利による税収)は対GDP比で年間平均3.6%にも達した可能性が高い旨の報告がある。これだけの増税を35年間も行えば、単純計算でも、政府債務(対GDP)は126%ポイント(=3.6%×35年間)減少するはずだから、政府債務が縮小するのは当たり前だ。なお、対GDP比で3%〜4%とは、現在の日本のGDPは約500兆円であるから、国民の資産である預金等に対して、年間平均で15兆円〜20兆円にも及ぶ増税を35年間も行い、政府債務を圧縮したことを意味する。 いずれにせよ、財政再建には3つの手法しかない。増税、歳出削減、経済成長の3つだ。この中で、痛みを伴わないのは経済成長による財政再建である。ただし、国民所得を拡大するために経済成長は重要であるが、経済成長に頼る財政再建はギャンブルである。そうすると、財政を再建するには、増税や歳出削減を進めるしかない。つまり、再増税を巡る対立の本質は「実施 vs 延期」ではなく、本当の対立軸は「いまの痛みか vs 近い将来のより大きな痛みか」という選択なのだ。 今回の衆議院・総選挙は12月2日公示、14日投開票だ。選挙は我々国民が一票を行使し、国の方向性を決める時であることはいうまでもない。もはや我々に残された時間は少ないのであり、以上の視点も含め、投票を行うことが望まれる。 http://diamond.jp/articles/-/62931
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