07. 2014年11月23日 12:47:18
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権力は腐敗する。不都合な情報は隠蔽され、捏造とスピンの情報が流布されている。選挙の不正を疑う裁判が多数提訴されるもマスコミは黙殺し政権の広報機関と堕した。政治を背後で操る諸集団は自らへの際限なき利益拡大を画策し無能な傀儡政権を操縦している。 311復興構想会議、五百旗頭真議長の口から出たのは「復興を理由とした増税」であった。これは、官僚機構が震災を理由にした新しい利権構造を作り上げることを宣言したものである。被災地の復興を目玉として謳いあげた安倍政権は、フクシマの除染利権を追認する一方、被曝させるための帰還事業を推進している。東日本大震災の被災者は、寒い簡易住宅で4度目の冬を迎えようとしている。為政者たちは、彼ら被災者達の殲滅を願っているかのようである。
財界天皇との異名を持つ元経団連会長の米倉氏であるが、彼が会長兼CEOを務めていた住友化学は、「最も悪辣な企業」と名指しされる米国モンサントと提携している。食糧自主権や食の安全よりも自らの利益を優先させようとしている姿は、豚が際限なく餌を貪ろうとする姿に酷似している。
やがて訪れる放射能被曝と遺伝子組み換え食品(GMO)による癌患者の多発によって国民の不幸は医療・薬剤・保険業界の膨大な利益となって財界を潤すことだろう。原発マフィア、安保マフィアも同様であり、多くの人命と引き換えにしてでも利益を優先する企業群が国民の敵であることは論をまたない。
総選挙がある。不正をも乗り越えるほどの圧倒的多数の国民・有権者の意思によって 貪欲な豚と彼らの手先を糾弾し、悪政を終わらせなければならない。
“ ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― >響堂 雪乃 著 「略奪者のロジック2」 http://p.booklog.jp/book/77475/read
○長期不況に陥った最大要因とは、多国籍企業化した日本経団連の要請により派遣業務のポジティブ・リスト(非正規就労が禁じられた16の職種)を無効化し、労働者の40%近くを非正規に貶め貧困化させたことによるのだ。そのような「人間の物象化」(労働者の奴隷化)による需給ギャップを解消することなく、経済システムを正常化することなど不可能だろう。 ○政治集団は労働市場の矛盾を是正するのではなく、真逆にそれを強化し、反福祉を推進しつつ、生活領域を破壊する目論見だ。つまり全てはフリードマン理論に従い進捗しているのだが、それによって繁栄した国家モデルは世界に一つとして存在しない。 ○これほど国民が疲弊しながら多国籍企業の約60%に法人税免除が継続され、さらに消費税率の引き上げにより国防費100%以上の金が輸出還付金として彼らに付与されるわけだ。そのうえ自由貿易(TPP)により食糧自給権も関税自主権も、つまり国家主権が解体されるのであり、我々の体系は新植民地主義という「帝国」の版図に飲み込まれようとしている。 ○投資集団がステークホルダー(ひも付き)を統治機構へ投入し、隠然と制度を改変しつつ、自己利益を最大化するというシステムそのものが「社会」なのだ。縮減された福祉予算や搾取された労働者賃金が、国庫財源としてプールされることもなく、優遇税制や還付金という名目で彼らに傾斜配分されるという世界同時進行の錯乱は、このようなカラクリによるわけだ。消滅することも減衰することもない資本のダーク・フォースは、国家間で繁く移動を繰り返しながら、戦争や恐慌や奴隷制を連綿と人類史に刻み続けている。 ○仮に正当なプロセスを経て代表民主の政権が誕生したところで、鳩山・小沢内閣のように官吏機構や多国籍企業の権益を損なうこととなれば、国策捜査によって解体され、政党の体裁を残すのみで形骸化されるのであり、つまりどちらに転んでも民意が反映されることは叶わない。換言するならば、国民は社会福祉と労働権の増進を中心手段とする修正資本主義を求めながら、いずれの選択においても、それらを徹底排除する市場原理主義が推進されるのである。 ○最後の民主的な政治ユニットであった鳩山由紀夫と小沢一郎の失脚は官僚、報道、米国、財界など権益集団のクーデターによるものである。一般国民はあまりにも無知であるため、功績(対日改革要望書の破棄)を評価するどころか、そもそも既得権益が何かという理解すら覚束ない。トクベツカイケイも、ザイセイトウユウシも、ガイカクダンタイも、ナイセイカンショウも、意味化も観念化もできないのであり、搾取されているという自覚すらもなく、鳩山・小沢の敗北は、つまるところ民度の敗北であったのだと思う。 ○2009年の政権交代後も、独立行政法人、財政投融資、特別会計、天下り、クロス・オーナーシップ(新聞社による系列テレビ局支配)、企業団体献金など腐敗権益は解体されるのではなく真逆に強化され、さらに絶対化されたのである。国家システムとはコーポラティズム(資本と行政の共謀主義)を核心とするのであり、そのような連関図において政治者グループは経済団体の下部構造に過ぎず、国民憎悪の捌け口として常にdisposability(使い捨て)を原質としている。 ○我々は意思決定が代表議会によるものだと錯誤しているのだが、そもそも法案群は米国を触媒とする多国籍企業が策定した「日米投資イニシアティブ」や「日米経済調和対話」をプロトタイプ(原型)とするのであり、さらには「日本経団連政党評価表」によって執拗に調整されるのであり、すなわち国政議会とはセレモニーであり、民主主義とはフィクションに過ぎない。この体系は「ファシスト不在のファシズム」なのであり、不可視だが濃厚な資本の専制によって抑圧され続けているのだ。 ○小泉純一郎率いる自民党は、2001年に外資比率50%を超える企業群の献金を解禁している。つまり外国人の意向を反映した法制度を整備することにより、その達成度に応じてインセンティブ(成功報酬)を獲得するモデルを構築したのであり、すなわち売国をビジネスモデル化したのであり、この前提において、彼らの支持者は例外なく売国者もしくは極度の低知能者なのだと思う。> “
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