02. 2014年11月20日 07:00:35
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山田厚史の「世界かわら版」 【第73回】 2014年11月20日 山田厚史 [デモクラTV代表・元朝日新聞編集委員] 安倍解散に二つの憲法違反の恐れ 政局重視・逃げる政治の行く末 安倍首相は来年10月に予定された消費税の税率引き上げを1年半先送りし、この選択が国民に受け入れられるか、衆議院を解散して信を問う、と表明した。 消費税増税を担いできた自民・公明・民主の3党は、足並みを揃え「増税先送り」を主張している。3党だけではない。共産党も含めたすべての野党に「予定通り増税を」と主張する政党はない。 「信を問う」とは選択肢があることが前提だ。選択肢のない選択。そんな総選挙を強いる今の政権は正統性にも問題がある。解散劇の裏にある「2つの憲法違反」と政局重視の行く末には、どんな事態が待っているのか。 憲法に根拠なき裁量的解散 解散を規定する憲法の条文は、天皇の国事行為を定めた7条、内閣の不信任に関する69条がある。7条は内閣の助言に従って行う天皇の国事行為の1つとして「国会の解散」を挙げている。国事行為は天皇の権限ではなく、儀式としてのお仕事である。解散が決まった時、国会に行って詔勅を読むことを定めているのが7条だ。 69条は国会と内閣の対抗関係を定めた条文である。衆議院で内閣不信任案が可決された場合、あるいは信任案が否決された時に、首相は国会を解散して民意を問うことができる(対抗的解散)。 解散を定める憲法の規定はこの2つだけだ。首相が自分の都合のいい時に勝手に議会を解散していい(裁量的解散)、という根拠は憲法に見当たらない(もちろん裁量的解散を認める学説もある)。 新憲法になって解散は22回行われた。内閣不信任による対抗的解散は4回、残る18回は首相の専権事項として発動された裁量的解散である。なぜ憲法にない解散がまかり通っているのか。これは旧帝国憲法の名残ともいえる。 大日本帝国憲法は天皇に国会を解散する大権を与えていた。実際は首相が天皇に進言して解散を行っていた。実質的な解散の権限は首相にあったのである。この仕組みが踏襲されたようだ。 新憲法下による最初の解散は、占領下だった1948年、第二次吉田内閣によるものだった。ワンマン宰相と呼ばれた吉田は帝国憲法に倣って裁量的解散を試みた。だがGHQが認めない。解散は内閣が不信任された69条に限定されるとの解釈を示した。吉田首相は仕方なく、野党に不信任案を出させ、与党が協力して可決するという手続きを踏んだ。「馴れ合い解散」と呼ばれた珍事である。 2回目の解散は1952年。前年にサンフランシスコ講和条約が結ばれ占領に終止符が打たれた。第3次吉田内閣は晴れて69条に依らない解散に踏み切った。いわゆる「抜き打ち解散」だ。落選した苫米地義三は解散を「憲法違反だ」と訴訟を起こした。ところが最高裁は「高度に政治的な問題」と統治行為論の立場で判断を避け、苫米地は敗訴。「国民の信を問う」という解散のスタイルは司法の黙認によって始まったのである。度重なる解散が首相の専権事項という制度を既成事実化していった。 首相が自在に行える解散は、明らかに政権政党に有利だ。相手の不利に乗じて議席を増やせる。対等な競争条件が確保されるべき選挙にふさわしくない。総選挙で国民の審判を仰ぐという公益性があってこそ是認される。そこには解散するにふさわしい理由が必要となる。 支持率が高いうちに 来年10月に消費税率を10%に引き上げるかどうかについて首相は「有識者の意見を聞いて慎重に判断する」と繰り返してきた。政府が選んだ有識者45人が順次、見解を述べているが、意見は割れた。7割近い有識者が「予定通り」の増税実施を主張している。 今となっては有識者の意見聴取はなんだったのだろう。聞く前から首相の周辺では「増税先送り」の方向が固まっていた。首相は10月22日、谷垣禎一自民党幹事長と会った。「年内解散」への下地つくりはこの会合で行われた、と自民党関係者は見ている。谷垣は自民党総裁として当時の野田佳彦首相と一緒に消費税増税を決めた立役者で、今なお消費増税路線の旗頭である。 7〜9月期のGDP速報値が悪い数字であることは、このあたりで検討がついていた。数字をどの辺に着地させるか。内閣府の集計は発表の1週間前にはほぼ固まっている。予想を大きく下回るマイナス1.6%(年率換算)は経済運営としては失敗だが、増税見送りの口実にはなる数字だった。 速報値は北京のAPEC首脳会議の前に知らされた。安倍首相は公明党の山口代表に会い、根回しを済ませて1週間の外遊に発った。その直後、解散風が一気に吹き出す。 4月の消費税増税から景気の鈍化が目立っていた。実質所得は14ヵ月連続で減っている。アベノミクスへの期待感は失望に変わりつつある。兆円単位のマネーを日銀が吐き出し、インフレ期待を煽って消費や投資を誘発しようという金融の量的緩和は空回りするばかり。円安で輸入品の価格が上がり、消費者や中小企業に違和感が広がり始めた。 支持率が高いうちに。解散は安倍政権の身内の事情でこの時期が選ばれた。 依然として大きい1票の格差 「解散の大義がない」という議論が今回噴出しているのは、「国民の審判を仰ぐにふさわしい解散か」という本質的な問題をはらんでいるからだ。 憲法に根拠のない首相の解散権を拡大解釈し、なし崩し的に「解散は首相の都合いい時に出来る」という制度にすることは憲法の精神に違反し、民主主義を自殺に追い込む危険をはらんでいる。憲法解釈で認められた自衛権を、さらなる憲法解釈で集団的自衛権にまで拡大する手法と通ずる。安倍晋三首相の真骨頂ともいえる大胆な振る舞いだ。 首相が記者会見で年内解散を表明した日、山口邦明弁護士ら東京の弁護士グループが、東京地裁に衆議院選挙の差し止めを求める仮処分を申し立てた。「一票の格差を抜本的に是正するまで選挙を行うべきではない」というのが、その主張だ。 最高裁大法廷は昨年11月20日、安倍政権を誕生させた前回の衆議院選挙を「違憲状態」とする判決を出している。最高裁は「選挙無効」までは踏み込まなかったが、最大2.43倍の格差がある選挙区の区割りを「違憲状態」とし「国会は、今後も1票の価値の平等を実現する努力を続ける必要がある」と述べた。 最高裁は、都道府県に1議席を割り当て、残りを人口に応じて配分する「1人別枠方式」が格差の主因と指摘した。衆議院議員選挙区画定審議会(区割審)は昨年3月に、新たな「ゼロ増5減」の区割り案を策定した。最大格差は2倍未満まで縮小し、そのことでかろうじて「無効判決」にはならなかったとみられる。 「今後の努力」を促したものの、格差解消は「2倍」で止まっている。区割りも問題として指摘された「一人別枠方式」とほとんど変わっていない。2倍の格差のままでは、都市部の有権者が半分の投票権しか持っていないという現実は固定化したままだ。 安倍首相は「違憲状態」で選ばれた国会議員によって選出された。首相になっても「国民の平等な投票権」に対する熱心さは見えない。首相周辺に基本的人権に目配りする側近は無く、1票の格差は放置されたまま総選挙に突入する。 増税を棚上げしアクセルだけ噴かす 1強多弱の政界、しかも野党の準備が整っていない今、一気に総選挙に打って出る。小選挙区で野党候補が乱立すれば、自民・公明の選挙協力を手堅くまとめた与党の優位は揺るがないだろう。 増税を先送りは、野党も攻撃しにくい。アベノミクスにほころびが出てきたが、株価が高いうちに選挙をやってしまうのが得策と考えたようだ。 年末までの宿題だった増税の可否は、2年半先に遠のいた。不足する税収はとりあえず赤字国債で賄う。財政再建は遅れるが、これまで放置していたことを思えば1年半など大きな問題ではない。危ない、大変だと言いながら、これまでなんとかなってきた。これからも大丈夫だろう。そんな慢心が無いだろうか。 安倍政権で首相はさながら育ちのいい旦那。外向きの顔である。番頭である菅官房長官は目先の課題の捌きは上手い。器用な人にありがちだが、底流の重い課題は敢えて見ないのだろうか。首相は振り付けで踊ることに慣れ、官房長官は政治の職人。この政権の危うさは高い位置から全体にリスクに目配りしているキーパーソンがいないことだ。財務省がその役割を果たしていた時代があった。しかし借金の重圧でその機能はもはや果たせない。 財政再建は民主党も持て余した重い難題である。鳩山政権は無駄を切れば何とかなる、と大風呂敷を広げ、失敗した。菅首相は財務省に助けを求め、消費税を担ぎ自滅した。 安倍政権は増税とアベノミクスのダブルトラックで走ろうとした。ブレーキとアクセルを一緒に踏んで、クルマはスピンした。増税を棚上げしアクセルだけ噴かそうというのが今度の決定だ。 自らの構造問題から政治が逃げている 大きな問題が3つある。(1)歳出カットをどうするか。(2)日銀の国債買い上げをいつまで続ける。(3)消費税以外の増税をどうする。 安倍政権は財務省より経産省の方が相性がいい。法人税引き下げ、円安誘導など大企業に都合いい政策が主流だが、このままでは格差が大きな社会問題になる。 財政には「所得再配分機能」があり、貧富、中央・地方など社会のバランスをとる。機能が低下するとぎすぎすした社会になる。税金を逃れる富裕層や赤字を装う大企業、海外の税租界に逃げるカネを補足する仕組みを本気で考える時だ。 消費税は取りやすい税で弱者にきつい。大衆課税を強いるなら、富裕層に愛国の情を形にした負担を求めてもいいだろう。増税を諦め、国債に頼るなら、やがて金利は上がる。日銀が大量のマネーを放出して買い支えれば金利を抑えられるだろうが、人為的な操作は限界がある。こうした問題を腰を落として考えなければならない。それを目先の政治劇場にばかり目が向き、自らの構造問題から政治が逃げている。 増税が政治的に不可能なら、インフレで国債を燃やすか、返済不能とお手上げするか、いずれかの選択になる。輪転機を回して国債を買い上げるアベノミクス路線を続けていれば、どこかでインフレに火が付くだろう。 身を切る政策から逃げ回っていたら、何かのきっかけで金利が暴騰したり、円が急落する。市場の暴力で始末を迫られだろう。 考えたくない事態だが、国際経済の波乱や首都直下型の地震が引き金になるかもしれない。起きてみて、改めて分かるリスクの上を我々は這っているのだ。 http://diamond.jp/articles/-/62459 |