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特集ワイド:課題山積の安倍首相 解散している場合?
毎日新聞 2014年11月17日 東京夕刊
衆院解散・総選挙に向けた各党の動きが慌ただしくなってきた。確かに決定権は安倍晋三首相にあるのだが、どうにも唐突感が拭いきれない。国民は景気の回復を実感できず、社会保障や財政再建など課題も山積する中、あえて政治空白をつくる意味はあるのだろうか−−。識者3人に聞いた。【聞き手・小林祥晃、江畑佳明】
◇解釈改憲に通じる自制心欠如−−中北浩爾さん(一橋大教授)
安倍首相が近く解散に踏み切るとすれば、極めて異例といわざるを得ない。前回の総選挙から2年に満たないのに、国民を納得させられる正当な理由がないからだ。
自民党が結成された1955年以降、衆議院で任期半ば前に解散したのは、大平正芳首相の「ハプニング解散」(80年)と、小泉純一郎首相の「郵政解散」(2005年)しかない。前者は野党提出の内閣不信任案が自民党の反主流派の同調で成立したため、後者は看板政策の郵政民営化法案が参議院で否決されたため、民意が問われた。それに対して今回の「消費増税先送り」は、景気悪化時に増税を一時停止できる消費増税法の弾力条項に従って進めればすむので、正当な理由とはいい難い。
衆院議員の任期は4年だから、3年を過ぎると任期満了が見えてくる。しかし、任期半ばの2年よりも前は、さすがに早すぎる。そこで、首相が追い込まれ解散を避けるとすれば、2年半以降というのが常識的なラインになる。年末解散が与党に有利だとしても、来年夏以降ではないかという観測が従来強かったのは、それゆえだった。今回の解散が問題なのは、大義がないということだけではない。このような常識を壊してしまうことにある。
衆議院の解散は、首相の専権事項とされる。議員の政治生命を一瞬にして断ち切る「伝家の宝刀」を与えられた首相は、自制心を失わず、常識を尊重しなければならない。国民を納得させられる正当な理由がないまま、自らに有利というだけで解散権を振り回すならば、首相の権威を毀損(きそん)しかねない。
安倍首相は、集団的自衛権の行使容認のために、憲法解釈の変更という立憲主義を否定するような手法をとった。最高権力者としての自制心の欠如という点で、今回の唐突な解散論にも相通ずるものを感じる。
◇苦しむ庶民、選挙より成長を−−荻原博子さん(経済ジャーナリスト)
消費税率引き上げの「先送りの賛否」を問うのが解散の大義だと言われている。既に大勢の人たちが「先送りしろ」と言っているのに、今さら信を問う話だろうか。政権の狙いは、この国が抱えている課題を覆い隠すための「ステルス解散」なのではないか。
円安であらゆる物の値段が上がり、庶民の生活は苦しくなった。実質賃金は15カ月連続の前年比マイナスで、消費支出は前年を下回っている。そんな中、国は年金積立金を株で運用する枠を拡大する方針を打ち出した。私たちの年金を株にさらにつぎ込むなんて、不安なことこの上ない。財布のひもが固くなるのは当然だ。
安倍首相は「賃金を上げる」なんて言っているけれど、やろうとしていることは全く逆。非正規労働者を増やそうとしたり、移民や女性をこき使おうとしたり、どれも給料を下げる政策ばかりだ。
アベノミクスで一部の大企業は潤ったかもしれないが、中小企業は苦しいままだ。国は「これから恩恵が行き渡る」と強調するが、モノが売れず、新たな需要も喚起できない中では期待できない。日本の産業を支えてきた自動車(四輪車)でさえ、円安なのに輸出台数が前年比マイナス続き。親会社は円安による為替差益で利益があるが、下請けからは材料費の高騰などで悲鳴が上がっている。
今やるべきは解散ではなく成長戦略、つまり新たな産業の育成だろう。なのに、これといった戦略は全く出ていない。原子力に代わる再生可能エネルギーが新たな産業に成長しそうだったのに、安倍政権は原発推進にかじを切り、成長の芽をつぶした。
こんなことを続けていたら貧富の差が広がるだけだ。株を持つ人はますますもうかり、そうでない大多数はますます負担が増える。
総選挙の経費は約700億円。使い道をもっと考えてほしい。
◇与党の筋書きに逆らえぬ屈辱−−諏訪哲史さん(作家)
なぜ今、解散しなければいけないのか。最初は意味不明だった。消費増税はもちろん、沖縄の基地問題、脱原発と議論すべきことは山ほどあろうに、と。しかしある夜、布団の中でわき上がってきたのは、安倍首相率いる与党が政治のシステムを巧妙に利用していることへの怒りと「これは『民主主義』の名のもとに国民が喫した敗北だ」という屈辱感だった。
首相には解散権がある。議会制民主主義のルールだが、サッカーに例えれば、キックオフの笛を吹く権利を特定のチームが握っているようなものだ。今回、国民は突然笛を吹かれ、12月の寒風吹きすさぶ中、投票所にかり出される。私も含めて、積極的に1票を入れたい候補者や党が見当たらないという人が多いのではないか。その場合は「せめて今より悪くならないように」と消極的、現状維持的な選択をせざるを得ない。与党が有利に決まっている。
その結果、与党は米軍普天間飛行場の辺野古移設や原発の再稼働といった施策を推し進めるに違いない。選挙では「再稼働には反対だが、消費税の先送りは賛成」といった政策ごとの意思表示はできない。幕の内弁当のおかずを選べないのと似ている。後で「そこまでは賛成していないんだけど」と嘆いてみても、もう遅い。
表向きは民主主義でも、これは「選挙勝利至上主義」と呼ぶべきものだ。権力者に都合が良く、より大きな自信を抱かせるための選挙に、私たちは無理やり参加させられようとしている。
筋書きが完全にできあがっている中で踊らされる滑稽(こっけい)さ。それこそ屈辱でなくて何だろう。
もし選挙になったら、この屈辱感を深く、深くかみしめながら投票しなければならない。屈辱の記憶の刻印だけが国民を軽視する政治を突き崩し、私たちの手に取り戻す、次への道なのだ。
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■人物略歴
◇なかきた・こうじ
1968年生まれ。東大法学部卒。専門は日本政治論。立教大教授などを経て2011年から現職。近著に「自民党政治の変容」。
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■人物略歴
◇おぎわら・ひろこ
1954年生まれ。経済評論家の事務所を経て独立。家計や年金に詳しい。「荻原博子の『アベノミクス』に負けない安心家計」など著書多数。
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■人物略歴
◇すわ・てつし
1969年生まれ。2007年に「アサッテの人」で芥川賞。著書に「ロンバルディア遠景」など。愛知淑徳大准教授も務める。
http://mainichi.jp/shimen/news/20141117dde012010004000c.html
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