04. 2014年11月19日 06:29:20
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上久保誠人のクリティカル・アナリティクス 【第94回】 2014年11月19日 上久保誠人 [立命館大学政策科学部准教授] 誰も反対しない増税先送りが争点の総選挙 単純ではない日本政治の「複雑怪奇」 英国で考える「国家の成熟」とは 英国出張し、11月4日にロンドンの大和日英基金で2度目の講演を行った。講演タイトルは“Beyond Nationalism: Sharing Democratic Values between Japan, South Korea, and the Overseas Chinese Diaspora”で、北東アジア地域の紛争回避のために、日本は華人社会との関係を構築すべきというものだ。基本的にこの連載の論考(第91回、第67回を参照のこと)に沿った内容である。前回と同様に、講演の録音が大和のHPに掲載されたので、よかったらご覧ください。 英国に行くと、いつも「国家の成熟」ということを考えさせられる。今回の講演後に行われた懇談会で、英国人の紳士から以下のように話しかけられた。 「日本、中国、韓国はなぜ1回戦争したくらいで、これほど険悪な関係なのか。英国や他の国で催されるレセプションやパーティで、日中韓の大使が非難合戦を繰り広げているらしいじゃないか。会を主催する国に対して失礼極まりないことだ。英国とフランスは、百年戦争も経験したし、何度も戦った。ドイツ、スペインとも戦った。勝った時もあれば、負けたこともある。欧州の大国も小国もいろんな国同士が戦争をした。それぞれの国が、さまざまな感情を持っているが、それを乗り越えるために努力している。日中韓の振る舞いは、未熟な子どもの喧嘩のようにしか見えない」 また、消費増税をテーマにした2012年3月の講演では、質疑応答で、「英国では、キャメロン政権が付加価値税(VAT)を17.5%から20%に引き上げたが、政治問題にはならなかった。日本では税率を5%(当時)から8〜10%に上げるだけで、なぜそんなに大変なのか?」と聞かれた。行政にサービスを求めるならば、その費用については応分の負担をすると考えるのが成熟した国家の国民だろう。だが日本では、そのような当たり前の考え方が国民の間になかなか定着しないことを、いつも痛感させられる。 首相は財政悪化の責任を 国民に押し付ける 2014年7〜9月期の国内総生産(GDP)の一次速報が発表された。年率換算でマイナス1.6パーセントと、予想より悪かったことで、安倍晋三首相は来年10月に予定されている消費税率の引き上げを先送りした。そして、その是非を問うために衆議院の解散・総選挙に踏み切る考えを表明した。 安倍首相の解散総選挙の決断には、「大義名分がない」との批判の声が上がっている。「来年10月の消費増税に賛成する政党などない。なんのための解散なのかわからない」(海江田万里民主党代表)ということだ。だが、ここで大義名分の有無を問うてもなんの意味もない。大義があろうがなかろうが、解散権は首相の専権事項なのである。首相が解散すると言ったら、もう誰も止められないのだ。野党の選挙準備が整ってない、与党に圧倒的に有利な時期の解散だと泣き言を言ったところで、それはそういうものなので仕方がない。野党が不利な条件下で選挙を戦わねばならないのは当たり前のことだ。 今回の安倍首相の解散権行使を、過去のさまざまな衆院解散と比較しながら考えてみる。過去の衆院解散にはさまざまな理由があった。それらは以下のように整理されるだろう。 (1)「国論を二分する争点を巡って、国民に信を問う場合」(小泉内閣「郵政解散」など) (2)「失政、失言等により解散に追い込まれる場合」(麻生内閣「政権選択解散」、吉田内閣「バカヤロー解散」など) (3)「内閣不信任案可決」(宮澤内閣「嘘つき解散」、大平内閣「ハプニング解散」) (4)「議席増の勝算を考慮した解散」(中曽根内閣「死んだふり解散」など) 今回については、安倍首相は「消費増税先送りの是非」の信を問うためと主張している。(1)に類する解散だと考えられる。だが、既に述べたように「消費増税の是非」に与野党間に論争はない。 「自民党内に消費増税先送りに反対する議員がいるから解散するのだ」という指摘もある。しかし、増税撤回というわけではなく、あくまで1年半の先送りにすぎない。自民党内に「三党合意」を実現させた財政再建派は確かに存在する(第82回を参照のこと)が、党から除名処分を受けたり、離党したりするほどの問題ではないだろう。首相もまさか「刺客」「踏絵」戦術を繰り出すわけにはいかない。小泉内閣の「郵政解散」のように、与野党の議席が拮抗しているわけではなく、安倍首相は参院で法案が否決されても衆院で3分の2の賛成を得て再可決できる「スーパーマジョリティ」を持っているのだ。わざわざ議席を減らす「分裂選挙」をやる意味はまったくない。 一方、野党側をみると、みんなの党、維新の党、社民党、共産党など元々消費増税に賛成していない党のみならず、消費増税を実現した民主党でさえ消費増税先送りに賛成だ。海江田民主党代表、岡田克也民主党代表代行ら執行部のみならず、消費増税を実現した張本人の野田佳彦前首相でさえ、消費増税の先送り自体は容認しているのだ。要するに、与野党の誰も実質的に反対していない政策を「総選挙の最大の争点」に据えているという、珍妙な解散権行使であるといえる。 以前この連載では、安倍首相が重要争点をことごとく隠した2013年7月の参院選挙を「究極のポピュリズム選挙」と評した(第64回を参照のこと)。だが、今回の選挙はそれ以上の「超・究極のポピュリズム選挙」だろう。「景気が悪いので増税を延期していいか?」と首相から問われれば、国民の誰も反対しないからだ。また、安倍首相は景気悪化への対応として、先日の「黒田バズーカ・2」に続いて大規模な経済政策を打ち出すという。支持率低下を恐れ、誰も反対しないことしかできない安倍首相の「八方美人的」な性格が露骨に出ているといえる(第80回)。 更にいえば、安倍首相が消費増税の延期を争点に国民に信を問うことは、万が一日本が財政破たんした時は、「『国民の責任』、であります」と言って逃げる道を用意したことを意味する。「バカなことを言うな」と言われそうだが、首相はかつて、2%の物価上昇目標の達成を「日銀の責任」だと繰り返し国会で発言した(第63回を参照のこと)。第一次安倍内閣時の「政権投げ出し」という前歴もある。安倍首相がいざとなったら逃げ出すのを疑うのは当然だ。 結局、経済状況が悪化する中、不人気な消費増税を決断する胆力もなければ、国際公約でもある財政再建(第68回を参照のこと)が遠のくことへの国内外の批判にも耐えられない。「国民の責任」にして逃げたいというのが安倍首相の実像だということだろう。 アベノミクスとは 結局なんだったのか 野党は、消費増税先送りの是非よりも「アベノミクス」に対する評価そのものが総選挙の争点だとも主張している。GDP想定値が予想以上に悪かったことで、アベノミクスは失敗したと捉える有権者が増えることを期待し、野党は攻勢を強め始めている。だが、経済政策の是非を争点に野党が選挙を戦うのは、現実的には極めて難しい。 アベノミクスとは結局、株高・円安に誘導することで、企業が短期的に営業利益を増やして目の前の決算期を乗り切り、一息つけるというものに過ぎなかったと思う。長年の不況に苦しむ企業経営者や、部長、課長、その部下の平社員の「とにかく利益が出るならなんでもいい」という心理によって、高い支持を得たに過ぎない(第75回を参照のこと)。 リフレ派が想定したアベノミクスの効果は主に、金融緩和、公共事業拡大によって「円安により、輸出が増えて国民所得が上がる」「低金利を促すことにより、企業の設備投資が増える」ということだった。しかし、既に海外移転を完了した日本企業の輸出が増えるわけがない。また、企業は工場を日本に戻すつもりもない。したがって、日銀の金融緩和で銀行に大量の資金を供給しても、企業には資金を借りるニーズがない。円安で営業利益が増えても、グローバル競争に晒される企業は、容易に従業員の給料を上げられない。 中小企業は、円安の悪影響をモロに被り、原材料費、燃料費の高騰に苦しむ。結局、安倍首相の祖父・岸信介氏が「革新官僚」として取り組んだ「統制経済」まがいに、政府が「給料を上げろ」と企業に圧力をかけて、やっと給料を上げることで、無理やり「格好をつけた」だけだった(第80回を参照のこと)。アベノミクスなど、なんの実態もないのは明らかだ。野党がアベノミクスは失敗だったと安倍内閣を攻撃するのは、一見さほど難しいことではないように思える。 国民はアベノミクスを 簡単に捨てられない ところが、事はそんなに単純にはいかない。アベノミクスが瞬間的だったとはいえ、「失われた20年」の長期経済停滞に苦しむ国民に一息つかせたという事実は侮れないからだ。 国民は、第二次安倍政権が発足するまでの、歴代政権が苦心惨憺取り組んできた財政再建や持続可能な経済運営に、一定の理解を示していたと思う。だからこそ、野田政権時に消費増税は国民の理解を得たといえる(第40回を参照のこと)。しかし、それでもなお、国民はとにかく、「今さえよければいい、一息つきたい」と考えたのだ。国民は、長年のデフレとの戦いに疲弊し切っていた。なによりもまず、そこから解放されたかったのだ。 そして、「黒田バズーカ・2」に続き、安倍首相が経済対策を発表する。それで、次の決算期もなんとか乗り切れると国民は考えるかもしれない。経営者も現場も、アベノミクスの本質が「モルヒネ」のようなものだとわかっていながら、簡単には否定しがたい心情があるのだ。 一方、野党が「アベノミクスは失敗だ」と批判する時、それではどんな経済政策をやるのかというと、結局、過去と同じ苦心惨憺たる財政再建や持続可能な経済運営であり、「構造改革」「成長戦略」に尽力するということになるのだろう。ところが、これらは真面目にやればやるほど国民に「痛み」を強いるものだ。繰り返すが、国民は「痛み」を伴う改革の必要性は理解している。しかし、理解はしていても、アベノミクスを捨てて、またひたすら耐え忍ぶ日々に戻れるかというと、躊躇してしまうのではないだろうか。 議論のすり替えが横行している また、アベノミクス支持派が、しきりに「アベノミクスの失敗は消費増税のせいだ」というロジックを振りまいている。2014年4月1日の8%への消費増税が、景気を腰折れさせたという主張だ。 増税を行えば、景気に悪影響があるのは当たり前である。しかし、「輸出が増えない」「設備投資が増えない」「給料が上がらず消費が増えない」というのは、突き詰めれば「工場の海外移転による国内空洞化」という日本経済の構造問題に起因するものだ。つまり、消費増税があろうがなかろうが、アベノミクスには「瞬間的に一息つく」以上の意味はなく、次第に円安による家計、企業経営の悪化、財政赤字の更なる拡大となり、日本経済に致命的なダメージを与えていくものなのだ。 それにもかかわらず、アベノミクス支持派による議論のすり替えはまかり通っている。そして、「元々増税を決めたのは民主党で、安倍首相はそれを踏襲させられた被害者」であるかのような、イメージ操作も行われているように思われる。これに対して、野田元首相ら民主党側が「これほど景気が悪化すれば、消費増税先送りも仕方がない」という姿勢を取るようでは、なんとなく自らの罪を認めたような印象になってしまう。これでは、アベノミクス支持派の議論のすり替えを正当化してしまうのだ。 むしろ野党側は、アベノミクスによる成長戦略、構造改革の遅れ、財政悪化の深刻化こそ問題であるとし、増税は予定通り、断固として実施すべしと訴えたほうがいいのではないだろうか。もちろん、増税を選挙で訴えるのは、自殺行為ではある。しかし、これほど野党が弱体化した状況では、開き直って増税を訴えた方が、国民に対して迫力のあるアピールができる可能性があるかもしれない。 首相が本当に「やりたい政策」とは 結局、今回は、「消費増税の先送り」「アベノミクスの失敗」が争点になり、野党が今一つ攻め手を欠くというしょぼい総選挙になりそうだ。だが、徹底的に経済に焦点が当たる裏で、安倍首相が本当に「やりたい政策」(第80回を参照のこと)については、目を離してはいけないのかもしれない。「やりたい政策」とはいうまでもない。「集団的自衛権行使」「憲法改正」など安全保障政策、そして「原発再稼働」である。 13年7月の参院選以上に、今回の衆院選で安倍首相は、これら重要課題の争点化を徹底的に避けるように思う。しかし、野党が経済政策で与党を攻めあぐね、与党の勝利という結果に終わったら、安倍首相は一挙に「やりたい政策」の実現に動くのではないだろうか。選挙での争点化は慎重に避けるとしても、「やりたい政策」は自民党の選挙公約にはそっと盛り込まれるのは間違いない。安倍首相は選挙後、選挙公約を根拠に「国民の信任を得ました」と急に強弁し始めるだろう。 逆に言えば、野党は経済よりも、安全保障、原発に焦点を当てて、徹底的に安倍内閣を攻撃するという選挙戦略があり得るのだ。だが、「脱原発」を前面に押し出した細川護煕・小泉純一郎連合が、経済・社会保障に集中した舛添要一氏に敗れた東京都知事選のことが、悪いイメージとして残っているように思う。野党が、安全保障・原発に集中して、安倍内閣を攻めきる勇気を持つのは難しいだろう。 「決められない政治」は変わらなかった 最後に、今回の解散総選挙について、視点を変えて考えてみたいと思う。それは、安倍首相は「決められない政治」から脱却できなかったということだ。 2013年7月の参院選の勝利によって、安倍首相は、衆参の多数派が異なる「ねじれ国会」の解消を実現し、「決められない政治」からの脱却を宣言していた。だが、現実的には、これまで安倍内閣は重要政策の多くを決められないでいる。 2013年に「国家安全保障会議設置法」「特定秘密保護法」は成立させた。しかし、2014年に入ってからは、集団的自衛権行使関連法改正を来春以降に先送り、労働者派遣法改正案の審議も先送り、環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉は一向に進まず、成長戦略もなかなか実現に至らない。 安倍内閣は衆参で過半数を確保しているのだから、遠慮なく次々と重要政策を実現していけばいいのだが、現実にはなかなか難しい。女性閣僚のスキャンダルもあり、内閣は国会を強行突破するような体力を失っている。結果、衆院を解散せざるを得なくなったと見ることはできるだろう。 まさに、以前この連載が論じたように(第64回を参照のこと)、族議員やさまざまな業界の政策・利害の対立の調整は簡単ではない。景気対策を求める声は尽きることがない。野党が先鋭化して強硬な反対に出ると、それを強引に押し切るのは難しい。政治とカネの問題は予想しないところから突如噴き出してくる。自民党内のライバルは面従背反。内閣の支持率低下を静かに待っている。結局、なんでも簡単に決められそうに見えながら、安倍内閣は衆院解散という国会の「リセット」を必要とした。日本政治は、単純ではない。「複雑怪奇」なのである。 http://diamond.jp/articles/-/62382
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