01. 2014年11月19日 06:32:50
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山崎元のマルチスコープ 【第355回】 2014年11月19日 山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員] 総選挙後の「アベノミクス2」を どう評価すべきか 消費税率引き上げ延期と 解散に大義はあるか? 昨日、安倍首相は「消費税率再引き上げの延期と衆議院の解散」を発表した。以下、本稿はそのことを踏まえて経済政策について整理する。 この時期の解散に大義はあるかということを含めて、様々な意見があるが、筆者の結論を予め言うと、(1)解散には十分な大義がある、(2)消費税率再引き上げ延期は正しい、(3)ここまでのアベノミクスはおおむね成功だが4月の消費税率引き上げは失敗だった、というものだ。 消費税率の引き上げは、2012年に民主党政権下で民主・自民・公明の三党による合意で決定された。しかし民主党は、政権に就く総選挙で、財政支出の削減が先であり、総選挙で成立する内閣にあっては、消費税率の引き上げを行わないとのメッセージの下で選挙に勝利した。 消費税は、税率引き上げそのものも、引き上げの幅やスケジュールも、選挙で信を問うて決定したものではない。魔法にかかったように成立した「三党合意」の形成にあっては、自由民主党の伊吹文明氏の調整力が大きかったと筆者は感じたが、選挙公約との関係で言うと、有権者から見ると「だまし討ち」のような決定だった。 一方、言うまでもなく、消費税率は国民の生活に大きな影響を及ぼすし、経済にも少なからぬ影響を及ぼすことは、4-6月期に続いて7-9月期のGDPがマイナスになったことでもよくわかる通りだ。 少なくとも、増税のスケジュールが変わるに際して、改めて消費税率に関するスケジュールがこれでよいかを国民に問うことは、十分意味がある。加えて、経済政策面では、政権成立後、日銀が2回目の金融緩和に踏み切り、いわゆるアベノミクスも第二段階に入りつつある。この段階で、有権者の支持の有無を問うことは適切だろう。 もちろん、内政外交両面に総選挙で争点化していいテーマは他にもあろうが、経済政策面だけから見ても、解散で政策の信を問うことには十分な意義がある。 「アベノミクス2」を承認するか? 経済政策の手順と段階を理解せよ 消費税率の再引き上げ延期を含めて、与党が勝った場合に総選挙後に継続されるとした場合の経済政策を「アベノミクス2」と呼ぼう。アベノミクス2を承認するか否かが総選挙の最大の争点だ。この評価にあっては、政策の手順と段階を十分理解しておくことが大切だ。 「財政赤字が膨らむので大変だ」とか「円安・インフレに賃金上昇が追いつかず、生活が苦しい」といった批判は、現象の一面としてその通りだが、経済政策の手順と段階を十分踏まえていない。 アベノミクス全体のポイントは、複数の政策目標を追う上で、「デフレの脱却」(2%程度のマイルドなインフレ環境の形成)を最優先事項にしたことだ。これは、経済成長、雇用の改善、財政の再建といった、他の目標をよりよく達成する上でも適切な手順だ。 物価の動きには人々の「慣れ」があり、粘着性がある。まずこのことを議論の前提として確認しておきたい。 個々の物価も、物価全体にあっても、物価は瞬間移動するように調整されるのではなく、徐々に動く。また、将来の物価の変化に対する人々の予想は、その時点の物価上昇率を中心に、少しずつ変化を織り込んで形成されている。 そこで、マイルドな物価上昇が実現し安定することによるメリットが、大きく2つある。1つは、成長率が低下し失業が増えた場合に金融緩和を行うことで実質金利を下げて、投資や消費が喚起できることだ。つまり、金融政策が効くようになるということだ。 また、年金のマクロスライド方式が過去に機能しなかったことを見てもわかるように、マイルドなインフレ下の方が、各種の社会的調整をスムーズに行うことができる。 加えて、実質賃金の調整を下方方向にもしやすくなる効果があり、この効果は賃金の相対調整をスムーズにするのと共に、失業の増加を防ぐクッションにもなる。 経済の成長力を高める上では、より生産性の高い分野に人材や資本を移動させる必要があるが、こうした移動がやりやすい状態をつくる「環境整備」として、デフレを脱却してマイルドなインフレの状態をつくることのメリットは大きい。 将来の金融緩和を予約した効果 雇用市場の再弱者層が救われた では、どうやって物価を上昇させるか。 通常の環境であれば、金融を緩和して通貨供給量を増やし、金利を低下させると、投資の資金需要が増えて貸し出しが増えるが、デフレでゼロ金利になってしまうと、実質金利が高止まりして、単純な金融緩和では効果が乏しい(デフレの大きなデメリットだ)。 アベノミクスは、1つにはインフレ目標を明確にし「将来2%の物価上昇率目標が十分に達成されるまで金融引き締めを行わない」というメッセージを発して、これを大規模な量的・質的金融緩和で裏書きすることによって、いわば「将来の金融緩和を予約する」ことで、将来の物価上昇率に対する予想を変化させて、実質金利を下げる効果を狙った。 実質金利の低下、さらには一層の低下予想は、為替レートの円安と株価・不動産価格をはじめとする資産価格の上昇をもたらし、これらが景気を後押しする効果も持った。 加えて、「2本目の矢」である財政支出の拡大で国全体の需要と供給のギャップを縮めて、需給をタイトにすることを通じて物価上昇が可能な環境をつくり、特に失業を減らして、賃金上昇が可能な環境をつくった。 こうした政策の組み合わせによって、特に雇用市場の再弱者層が雇用を得やすくなり、アルバイトの賃金が上昇するなど、広範に救われたことは、ここまでの「アベノミクス1」の大きな成果として強調していいだろう。 消費税率の大幅な引き上げは、民間の需要を急激に奪うことを通じて、需給ギャップを再び拡大させる効果を持つ。 2四半期連続でマイナス成長となるような景気の悪化が、物価上昇への流れを危うくしたことによって、日銀が追加緩和に「追い込まれた」のがここまでの状況だ。 追加緩和は適切な措置だが(ただし、GPIFによる株式の買い増しは手段として拙い)、もっと早くても良かった。また、そもそもデフレ脱却を達成する前に消費税率を5%から8%に引き上げたのが失敗だった。 日銀による追加緩和、さらに消費税率再引き上げ延期の決定に、総選挙によるアベノミクス全体の継続に対する承認を加えて、第一段階の税率引き上げによる失点をどの程度リカバーできるかが、今後の大きな注目点だ。アベノミクスの正念場といっていい局面だ。 増税延期で本当に危機が訪れるか? アベノミクス2の弊害に関する整理 消費税率再引き上げを延期するアベノミクス2に関し、いくつかの弊害の指摘がある。 1つの批判は、増税延期が「財政赤字の拡大」につながり、将来の「国債暴落」や「通貨の信認低下」を招きかねないし、「財政再建の先送り」は「国際公約」違反だ、というものだ。「国債」と「国際」、2つの「コクサイ」問題を挙げる声が喧しい。 一般論として、財政赤字拡大の弊害は3つある。1つは暴落と呼ぶかどうかはともかく国債の価格低下を意味する「長期金利上昇」、2つ目に「円安」、3つ目に「ハイパー・インフレの可能性」だ。 長期金利は、物価上昇率目標が達成されて、金融政策が普通に戻った後には、現在よりも大幅に上昇するのが当然の姿だが、現在、我が国の長期金利は極めて低く推移している。当面、日銀による長期国債買い入れの効果が大きいが、仮に物価上昇を伴わない実質金利だけの長期金利が起こると、年金、生保、銀行など国債を買いたい主体・資金は潤沢に存在する。現在、国債暴落を心配しなければならない状況にはない。 「円安」は円建て資産を持つ日本国民の購買力を奪うが、デフレの脱却を目指している現在、それ自体が物価下落に直結し、日本人の国際賃金を上げて失業を増やす「円高」よりもましである。現状よりも10円円安になるのと、10円円高になるのとでは、前者の方が望ましい。「円安」も心配すべき段階にはない。 「ハイパー・インフレ」はどうか。ハイパー・インフレに至るはるか手前にアベノミクス2が目指すマイルドなインフレがあり、まずはこれを達成することが重要だ。その先に、インフレ率が上昇しすぎた場合、金融の引き締めを行えば物価は制御できる可能性が大きい。デフレを脱却するよりも、インフレを金融引き締めで解決する方がはるかに事例も豊富だし、政策の効果が明確だ。これも、心配する段階ではない。 財政赤字削減に関して法的に 有効な国際公約など存在しない また、財政赤字削減に関して法的に有効な国際公約など存在しないし、米国のルー財務長官の発言や海外メディア(Economist誌など)の記事では、日本が増税による財政再建を急ぐことを懸念するニュアンスが強い。「国際」的懸念は問題自体が存在しないと言っていい。 加えて、そもそも実質的な債務の価値が増価するデフレよりも、減価するインフレの方が、長期的に財政再建は容易になるはずだ。名目成長率を高めることが財政再建には重要であり、タイミングの悪い増税によって景気後退とデフレ脱却の失敗を同時にもたらすことは、財政再建の観点からも避けるべきだ。 有権者から見て、アベノミクスに関わる「実感」を伴った批判があるとするなら、雇用と給与が安定している勤労者を典型とする「中間層」の実質的な所得が低下していることだろう。賃金の上昇は、消費税増税、円安、電気料金上昇、年金保険料の上昇に追いついていない。 アベノミクスは、その波及過程で、まず株式などの資産を保有する富裕層と、雇用が不安定で低所得な雇用市場の弱者層にメリットが及ぶが、中間層に対する実質的な恩恵は、生産性が改善して、これが賃上げに向かわないと生じない理屈だ。 これをより早く実現するためには、「第三の矢」である成長戦略が機能しなければならないのだが、残念ながらこの点に関しては、アベノミクス1はかけ声だけにとどまって、実行が十分伴わなかった。成長戦略としては、雇用、農業、医療、介護、貿易、などに関する規制緩和が望まれるところだが、官僚を含む既得権層の抵抗が強い。 中間層の生活改善を実現するためには、具体的な規制緩和を進めるために、総選挙を「岩盤規制」を砕く起爆剤的に使う選挙公約の工夫を望みたい。 もっとも成長戦略は、その性質上効果が及ぶのに数年単位の時間がかかる。現在、日本経済の生産性の改善は、年間0.5%からせいぜい1%くらいのものなので、これが実質賃金の伸びにフルに反映するとしても、毎年1%を超える消費税率の上昇は、中間層勤労者の負担感の増大につながる。 まずはデフレをが脱却してからだが、消費税率は「マイナス成長でない限り1年で1%ずつ20%まで上げていく」といったペースでの上昇が、望ましいのではないだろうか。 政策パッケージとしての分配論には 「大いに期待する」と言いたい 財源の安定性の点でも、徴税の公平性や効率の点でも、消費税が税収に占める割合を高めることは悪くないと考えるが、引き上げのペースには配慮が必要だ。 もちろん、その間に再びデフレに陥ると、景気が後退し、産業間の人や資本の移動が不自由になり、「第三の矢」の飛びが悪くなる。 なお、アベノミクスは政策パッケージとして分配論を欠いている。年金、生活保護などを一体的に見直し、経済的な弱者層に適切な額と形(特に後者が大事だ)での富の再分配がなされるような、セーフティ・ネットの整備が進むことを期待したいところだ。 分配政策の整備は、安倍政権の次に成立する政権に期待するのが現実的かも知れないが、喫緊の課題であることは間違いないし、期待しないのも失礼であるから、「大いに期待する」と述べておく。 http://diamond.jp/articles/-/62381
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