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「消費増税先送り」解散で官僚とバトルする photo Getty Images
なぜ記者はこうも間違うのか~消費増税見送り解散&総選挙には大義がある
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/41078
2014年11月14日(金) 長谷川 幸洋「ニュースの深層」 現代ビジネス
■「ポチ取材」ばかりしているから間違える
消費増税先送りで解散総選挙への流れが確定的になった。
私は10月22日午後のニッポン放送『ザ・ボイス〜そこまで言うか』(書き起こしはこちら)で初めて解散総選挙の可能性を指摘して以来、このコラム(初報はこちら)や『週刊ポスト』の「長谷川幸洋の反主流派宣言」(抄録はこちら)、あるいは『たかじんのそこまで言って委員会』など、いくつかのテレビ番組でも一貫して「増税先送りから解散総選挙へ」というシナリオを強調してきた。
ついでに言えば『ザ・ボイス』や「反主流派宣言」では、景気の見方について日銀最高幹部の間で意見が割れている内幕についても指摘している。それからまもなく10月31日に日銀が追加緩和に踏み切ったのはご承知のとおりだ。強気派の黒田東彦総裁が敗北したのである。
マスコミには「追加緩和は消費増税の環境づくり」といった報道が相次いだが、それがまったくトンチンカンだったのは、増税先送りが確実になったいまとなってはあきらかである。11月21日号の「反主流派宣言」はその点も書いた(抄録はこちら)。
解散総選挙のシナリオについては、最初にラジオで喋ってから新聞やテレビが報じ始めるまで数日の間があった。正直言って、私は今回ほど政治記者や経済記者の鈍さ、理解の浅さについて唖然とした思いにかられたことはない。彼らはどうして、こうも見事に間違えるのか、あるいは政局の流れを読めないのか。
その理由を突き詰めて考えると結局、政治記者も経済記者も同じ「ポチ取材」ばかりしているからだ、と思うようになった。取材相手に取り入ることばかりに熱心で、自分の頭で経済の実態やあるべき政策の姿、あるいは政治の正統性といった問題について考えていない。だから間違えるし、政局の本質が読めないのである。
それは、解散総選挙が決定的になったいまも続いている。この調子だと、これからもずっと間違い続けるだろう。その結果、読者や視聴者はいつまで経っても政策の意味や政治の流れを理解できない。これは日本のジャーナリズムが抱えた奥深い病である。今回はそこを書く。
■「大義なき解散」報道は上っ面の議論
まず、なぜいま解散総選挙なのか。
それは増税を先送りするからだ。この順番が重要である。解散が先にあって、その次に増税先送りがあるのではない。ところが、あたかも解散が先にあって、ついでに先送りがあるかのように報じるマスコミもある。そうすると、いったいなぜ解散総選挙なのか、さっぱり分からなくなる。
それはそうだろう。突然、さあ解散総選挙だ、なんて報じられたら、だれだってびっくりする。だから、マスコミがそのロジックと流れを解き明かさなければならない。だが、肝心の安倍晋三首相はまだ増税先送りも解散の方針も、正式には何も語っていない。政権が語らない話を書くことこそ、マスコミの重要な役割であるはずだ。
ところが「どうやら解散は本当らしい」「首相が与党幹部にそう喋っているらしい」「解散風はもう止まらない」という理由で解散話が先にきた。一方、増税のほうはとなると「実は増税判断自体を先送りする案もあるようだ」という話が出て、いまひとつ確信がもてない。それで「大義なき解散ではないか」というような報道にもなる。
あるいは「増税法には景気が悪ければ、増税を先送りできる景気条項があるじゃないか。なんで解散なんだ」という批判もある。11月13日付の東京新聞社説や朝日新聞朝刊はそう書いている。私に言わせれば、こういう批判は日本政治の深層構造を理解していない、まったく上っ面の議論だ。
増税はすでに法律で決まっている。その法律は野田佳彦政権で与党だった民主党と野党の自民党、公明党の3党合意で成立した。だから、安倍首相がいくら「再増税はしません」と言ってみたところで、実はそれだけで増税は止まらない。増税を本当に止めようと思ったら、もう一度、増税凍結延期法案を可決成立させなければならないのだ。
では、なぜ安倍政権は増税を止めようとしているのか。これが政局の出発点である。それは景気が悪いからだ。景気が悪いのに増税すれば、景気は一層、悪くなる。それで法人税をはじめ税収が減る。すると、せっかく増税しても肝心の税収が増えず、財政再建という本来の目標は達成できない。
それどころか、政権の大目標であるデフレ脱却も遠のいてしまう。だから増税先送りなのである。そこをしっかり理解するには、記者自身が景気の実態について見極めなければならない。たとえばマクロ経済の数字などは、いくらでもネットで入手できる。街角の実感だって記者がタクシー運転手に聞いてみればわかるだろう。
■財務省が売「増税判断の先送り」という財務省が売り込んでいる話
ところが、たいていの記者は自分の景気判断を避けて、まずとにかく官僚や日銀の話を聞く。すると、財務省はもちろん増税したいから、本当に悪い話は言わない。日銀だって黒田総裁は増税派なので同じだ。
日銀が追加緩和に踏み切った時点で「そうか、それほど景気は悪いのか」と気づかねばならないのに、増税派から「これは増税への環境整備です」というような説明を吹き込まれると、そのまま鵜呑みにしてしまう。つまりポチ取材の結果、政局の出発点である景気判断を誤ってしまうのである。
経済記者がそうであるくらいだから、政治記者となるとなおさらだ。彼らは永田町のうわさ話に興味はあっても、景気の実態などハナから関心はない。新聞の経済面がいいといえば「そうか」と思うし、たまたま財務官僚にでも出会って話を聞けば「そんなに悪くないのかも」と思ってしまう。ずばり言えば、素人同然である。
財務官僚は「政治記者はその程度」と思ってバカにしている。政治記者は、ちょっとした永田町情報と一緒に自分たちに都合のいい話を売り込めば、そのまま書いてくれる都合のいい存在と思っているのだ。財務省の意を汲んだ政治家を取材しても結果は同じだ。やはりポチ記者の取材である。
今回の例で言えば「増税判断自体を先送りにする」というのは、まさに財務省がいま必死になって売り込んでいる話である。彼らだって「もう解散は避けられない」と観念している。だが、増税先送りだけは絶対に阻止したい。そこで編み出した抵抗ラインが「増税判断の先送り」なのだ。
そういう話をそのまま垂れ流しているのが、増税賛成派のマスコミである。ちょっと前には「解散は増税反対派へのブラフだ。いつまでも反対していると解散するぞ、と総理が脅している」などというトンデモ記事もあった。ここまで来ると、もうお笑いの世界である。
もしも増税判断自体を先送りするとなると、それこそなんで解散するのか、さっぱり分からなくなる。そういう記事を書いている記者自身が分からないだろうから、読者の頭がクエスチョンマークだらけになるのは当然である。
こういう話をだらだら書き連ねていても読者の頭が混乱するだけなので、いい加減にして情勢を整理しよう。
繰り返す。まず出発点は景気が悪い。だからこそ日銀が追加の金融緩和に踏み切った。そうであれば、ますます増税はできない。景気が悪ければ、金融は緩和し財政は減税または歳出増で景気刺激という政策は、大学1年生が習う「経済政策のポリシーミックス」である。
このイロハのイが分かっていれば、今回は経済政策として増税先送り以外にありえない、というのは自動的に分かる。
■正しい経済政策の実行を阻む官僚機構
ただ、現実の政治は正しい経済政策を目指して動くとは限らない。そこで次に、では「なぜ正しい経済政策が実行できないのか」という問題になる。実は、この問いこそが日本の政治そのものなのだ。政治記者たちは回答を用意しているだろうか。私は用意していないどころか、問題意識すらないと思う。
彼らは毎日、永田町で政権や与野党幹部を追いかけ、彼らの片言隻句に耳を傾けるのに精一杯で、とてもじゃないが「なぜ正しい経済政策が実行できないか」などという根源的問題を考えているヒマはない。いや、そもそも正しい経済政策が何かさえ分かっていない。
かつて政治記者といえば「政策は分からなくても政局が分かる」というのが優秀な記者の通り相場だった。政策は官僚がやってくれるので、権力闘争に明け暮れる有力政治家にポチ取材で可愛がられていれば、政局がつかめたのだ。だが、政治家が政策で勝負するようになると、政策が分からなければ政局も分からなくなる。それがいまの現状ではないか。
政策を理解するためには、現状認識がしっかりしていなければならない。そうでないと政治家も記者を相手にしない。つまり、政治記者も景気動向に敏感でなければならない。だが、そういう政治記者はいないから、結果として政局見通しもピンぼけになるのだ。
経済記者が「金融緩和で増税の環境整備」などというおバカな話を真に受けてしまうくらいである。政治記者の取材相手である政治家も経済が分からない人が多いから、そんな政治家をいくら熱心に取材しても、得られる成果は「正しい政策」ではなく、せいぜい政治家の思い込み程度である。
なぜ正しい経済政策を実行できないのか。それは、正しい経済政策を実行しようとすると、必ず既得権益を握った官僚機構と衝突して抵抗に遭うからだ。言い換えると、政治家と官僚のバトルになる。これが日本政治の深層構造である。
2006年から07年にかけて第1次安倍政権が目指したのは、まさに官僚とのバトルに打ち勝って正しい政策を断行する政治だった(詳細は拙著『官僚との死闘七〇〇日』講談社刊)。たとえば公務員制度改革だ。ところが、その政権はバトルに負けて、あえなく1年で崩壊した。
今回の第2次安倍政権は再チャレンジである。つまり菅義偉官房長官が折に触れて強調する「政治主導の改革政権」、これこそが安倍政権の本質なのだ。そんな政権の本質を前提に考えれば今回、景気は悪いのだから「当然、増税先送りを目指す」と理解できる。実際、私はそう理解していた。
そのうえで、ではどうやって先送りするのか、という話になる。
■3党合意を修正するなら解散総選挙しかない
それは「官僚との戦いに勝つ」という話だ。けっして生易しい戦いではない。はっきり言って、正面から戦ったら勝ち目はない。財務省には権力の源泉が3つある。まず予算編成権、次に徴税権、それから情報収集と配分能力である。
予算編成権は国会議員へのアメ玉だ。財務省に「地元に予算を付けてあげます」と言われて、喜ばない議員はいない。徴税権は逆でムチだ。「先生の政治資金がちょっと」と言われたら震え上がるだろう。記者は財務官僚から「これは貴方だけだけど」と囁かれて政策ペーパーをもらったら、だれでもポチになる。これが情報力である。財務省に議員とマスコミを抑えられたら、勝ち目はない。
だから、どうやったら勝てるのか。安倍首相が考え抜いたのはそこだと思う。先に書いたように、いくら首相でも法律で決まっている増税を「私はやめます」と言ってみたって、凍結法案を可決成立させなければ、増税は止まらない。しかも、そもそも増税を決めたのは自民党を含めた3党合意だった。
だから解散なのだ。3党合意で決めた増税を安倍政権がチャラにするために、あらためて国民の声を聞く。それは先々週のコラムで書いたように、政治的にまったく正統である。
いまの自民・公明連立政権は3党合意による増税路線を訴えて前回総選挙で勝った。同じ連立政権が増税路線を修正するなら、もう一度、国民の声を聞かなければおかしい。増税を願って自民、公明に投票した国民は、そのまま先送りと聞いたら裏切られたと思うだろう。「景気条項があるじゃないか」という東京新聞や朝日新聞は、増税を求めた国民が裏切られてもいい、と思っているのだろうか。
消費増税は言うまでもなく内政の最重要課題である。いまのように景気が悪化しているときはなおさらだ。そんな重要課題の扱いをめぐって正々堂々、解散して国民の声を聞く。それは民主主義の原理そのものである。
ちなみに東京は増税反対、朝日は増税賛成だ。正反対の立場であるはずの両紙がそろって「解散に大義はない」と唱えるのは、いま解散になると安倍政権が信認されて野党が負けると思っているからだろう。つまり安倍政権そのものに反対なのだ。そうだとすれば「お里が知れる」という話である。
両紙は政権に反対する立場から解散を批判していて、そもそも経済政策と政治の正統性がしっかり確保されているかどうか、という問題は2の次、3の次になっている。そんな「先にスタンスありき」の姿勢でいて、政局の行方がしっかり見極められるはずもない。だから間違うのだ。これは一連の朝日誤報問題と共通している。
■今回の総選挙は「国民と官僚のバトル」
自民党も賛成した重要な政策路線を変更する。そのために国民に信を問う。これが正しくないわけがない。増税断行を願う国民は政権に反対すればいいのだ。逆に先送りを願う国民は政権を支持すればいい。その結果、凍結法案の帰趨がおのずと決まる。
つまり、国民が増税するかどうかを決めるのである。私はこれこそが今回の総選挙の歴史的意義だと思う。これまで増税するかどうかを決めるのは事実上、永田町と霞が関の手に委ねられていた。だが、安倍首相は解散によって最終判断を国民に委ねる。
言い換えると、これまで「政治家と官僚のバトル」だった構図を「国民と官僚のバトル」に変えた。それによって勝算を見い出す。政権の力だけでは勝てない増税派に対して、国民の意思を背に一気呵成に勝負に出る。政治の戦場と力学構造を永田町、霞が関から国民レベルにまで一挙に拡大する。それで増税凍結法案を可決成立させる。根本的にはそういう話である。
そこで話は次に進む。では凍結法案はどういう内容になるのか。いま永田町では「増税を2017年4月まで延期する」という話がまことしやかに流れている。財務省にとって「増税判断を先送りする」という抵抗ラインが崩されたとき、最後は17年4月の増税だけは確実にしておきたい、という狙いだろう。
だが、本当にそうなるかどうか。私は「17年4月まで」ではなく「17年4月以降に延期する」になる可能性もあると思っている。それなら事実上、無期延期だ。「景気が良くなってから増税を再検討する」というのが正しい政策である。そうであれば、景気がいつ良くなるかなんて、だれにも分からないのだから、当面は無期延期しておくのが正しい。
それどころか、景気が良くなるまで「一時的に5%に戻す」案だってある。むしろ、それが一番合理的だ。とにかく景気を良くして、増税はその後に考える。今回の増税先送り解散は、そんな正しい政策の環境を整える絶好の機会になる。
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