02. 2014年11月13日 07:49:59
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「小峰隆夫の日本経済に明日はあるのか」 怪しくなってきた景気 アベノミクス第2幕の課題 2014年11月13日(木) 小峰 隆夫 この連載では、前回まで人口問題を取り上げてきた。人口問題についてはまだまだ論じたいことがたくさんあるのだが、連載を休んでいるうちに、経済の方が怪しくなってきた。そこで、やや方向転換して当面の経済政策の課題を述べてみたい。 アベノミクスは第1幕から第2幕へ アベノミクスは2つのステージに分けると分かりやすい。 第1幕は、2014年3月までの時期で、経済が順調に拡大し、アベノミクスの成果が大いに発揮された時である。これを支えたのが、「円安・株高」「公共投資」「駆け込み需要」という3点セットであった。 安倍政権発足前後から、円安・株高が急速に進展した。これは、民主党政権からの政策スタンスの大転換が、サプライズ効果となって市場を動かしたからだと考えられる。株高は経済の雰囲気を明るくし、資産効果を通じて消費を増大させた。円安は製造業の収益を好転させ、輸入物価の上昇を通じて物価上昇率を引き上げ、デフレからの脱却に貢献した。アベノミクス第2の矢である公共投資も景気拡大に寄与した。2013年度の政府固定資本形成(公共投資・実質、以下同じ)は、15.1%の伸びとなった。経済全体の成長率は2.3%で、そのうち0.7%はこの公共投資の増加によってもたらされている。 そして2014年4月からの消費税率引き上げを控えての駆け込み需要が2013年度の成長率を引き上げた。本年の内閣府「経済財政白書」は、駆け込み需要の規模を、消費だけでGDPの0.5%程度と推計している。この推計は消費だけだが、駆け込みは、住宅投資や設備投資にも発生していたと見られているので、実際の駆け込みの規模はもっと大きかったはずだ。 この3点セットの効果により、アベノミクス第1幕においては、多くのエコノミストの当初の予想を大きく超えて経済情勢が好転した。この間、エコノミストたち(私も含めて)がいかにアベノミクス後の経済を見誤っていたかについては、本連載でも既に見たところである(「ESPフォーキャストはアベノミクスをどう見ていたか」2014年7月23日) 怪しくなってきた景気 そのアベノミクスは、2014年4月以降第2幕に入ったというのが私の診断だ。 円安・株高の動きは一本調子ではなくなった。10月末に、日銀の異次元緩和第2弾が発動され、再び円安・株高が生じているが、第1幕では歓迎一色だった円安に対しては、否定的な評価も目立つようになった。第1幕における円安が「過度の円高」の修正だったのに対して、第2幕での円安は「過度の円安」への動きだと考えられているからであろう。 伸びきってしまった公共投資にはこれ以上成長をリードする力はない。内閣府の「平成26年度の経済動向について(内閣府年央試算)」(14年7月22日)によると、14年度の公的固定資本形成はマイナス2.3%と見込まれている。そして、駆け込み需要は、4月以降は逆に経済の足を引っ張っている。 こうした中で、アベノミクス第2幕は、多くの難しい課題に直面することになりそうなのだが、それを象徴するのが、景気の動きが怪しくなってきたことだ。 以下では、この変調の動きを、日本経済研究センターが毎月行っている「ESPフォーキャスト調査」によってチェックしてみよう。この調査は、日本の第一線のエコノミスト約40人に成長率などの経済の先行きをアンケート調査し、その平均値を公表するというものだ。 同調査の14年3月の調査結果と最新の14年11月の調査結果を比較することにより、アベノミクス第2幕に入ってからのエコノミストの考え方の変化を探ってみよう。この比較から、次のようなことが言える。 第1に、14年度の成長見通しが大きく下方修正された。3月の時点では、14年度のGDP成長率(実質)は0.7%と見ていたのが、11月には0.2%に低下している。もはやほとんどゼロ成長の世界だ。このように予想が時を追って下方修正されるのは、景気後退期特有の特徴だから気持ちが悪い。 需要項目別に見ると、差をもたらした最大の要因は、家計消費(民間最終消費)が当初の予想以上に落ち込みそうなことだ。3月の時点では14年度の家計消費はマイナス0.6%と予想されていたが、11月にはこれがマイナス2.3%となった。これはかなり大きい見通し違いだ。 14年度に入って家計消費が落ち込んだのは、駆け込み需要の反動と、物価上昇による家計の実質所得の減少が重なったためだ。多くのエコノミストは、駆け込みの動きや実質所得減少の影響を過小評価していたと見られる。 第2に、景気が下降局面に入ったとする見方が徐々に増えている。 同調査には、「次の景気転換点はもう過ぎたか」という質問がある。現時点で判明している景気の転換点は2012年11月の谷だから、これに「はい」と答えた人は、既に景気の山を越えた、すなわち現在は景気後退局面だと認識していることになる。3月の時点ではこの質問がなかったので、4月調査で代用すると、この時は「はい」と答えたのはたった1人だった。それが10月調査では11人にまで増えたので驚いたのだが、11月調査ではさらに19人に増えた(「いいえ」は22人)。もはや、景気後退派が約半数となったのだ。 月例経済報告の判断 民間エコノミストの先行きに対する見方が、景気上昇派と後退派でほぼ拮抗してきたことを見たが、実は政府の見方も微妙である。 政府の公式の景気判断は、毎月の「月例経済報告」によって示される。私はこの月例報告を作る仕事にかなり長く携わってきたのだが、この報告の冒頭にある「基調判断」という部分が、政府の景気判断を示すものとして重要なところである。プロのエコノミストは、この基調判断の微妙な言い回しの変化を通じて、政府の姿勢を探ろうとして、この部分に注目している。 この総括判断の文章は、4月以降、月を追って後退してきている。具体的に見よう。 3月「景気は、緩やかに回復している。また、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要が強まっている」→4月「景気は、緩やかな回復基調が続いているが、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の反動により、このところ弱い動きもみられる」(5、6月も同文)→7月「景気は、緩やかな回復基調が続いており、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の反動も和らぎつつある」(8月も同文)→9月「景気は、このところ一部に弱さもみられるが、緩やかな回復基調が続いている」(「一部に弱さ」が加わった)→10月「景気は、このところ弱さがみられるが、緩やかな回復基調が続いている」(「一部に」が消えた)、という具合だ。 つまり、4月から6月までは、景気に弱い動きが見られるのは、駆け込み需要の反動だと解釈し、その反動も薄らいでくるはずだと考えていたら、次第に弱い動きが拡大してきているという認識である。ただし、「回復基調は続いている」ということだから、依然として景気は上昇局面という判断は変えていない。 「景気動向指数」では「後退局面入りした」と判断 もう1つ、あまり注目されていないが重要な指標に「景気動向指数」がある。これには「先行指数」「一致指数」「遅行指数」の3つがある。最も注目されているのは、景気の現状を示すとされる一致指数である。 さて、この景気動向指数にも判断文がついている。その変化を見ると、3月までは「改善を示している」だったのだが、4月に「足踏みを示している」に変わった(以後、7月まで同文)。そして、8月の判断文は「下方への局面変化を示している」となったのだ(最新の9月も同じ)。これを普通の言葉で言うと、3月までは「景気は良い」という判断だったのだが、4月以降「どちらとも言えない」となり、8月からは「後退局面入りした」となったとなる。 つまり、同じ政府内で、月例経済報告は「景気の回復は続いている」と判断し、景気動向指数は「景気は後退局面入りした」と判断していることになる。どうしてこんなことになるのだろうか。その理由は、判断文の決め方にある。 月例経済報告の判断文は、いわば「アート」の世界である。その時々の指標を見ながら、各省とも相談し、最もふさわしい表現を考え、文章を練っていく。なにしろ政府の公式見解なのだから、マーケットに影響するかもしれない。簡単に「景気は悪いです」と言うと、国会で政府の経済運営の責任を追及されかねないし、「だったらさっさと経済対策を打て」と言われそうだ。あれこれ考えると、どうしても「アート」の世界になってしまうのである。 これに対して、景気動向指数の判断は「ルール」の世界である。この点は世の中にほとんど知られていないのだが、景気動向指数の判断文は、「数字がこういう推移を示したら、こういう判断文にする」ということがルールとして決まっており、恣意的な判断が入り込まないようになっている。そのルール(基準)も公開されている(こちらを参照)。100%透明なのだ。 私は、この景気動向指数の判断文の基準作りに参画したことがあるのだが、判断をルール化したのは、政治的な判断を排除して、できるだけ客観的な判断を示すよう工夫したからである。私は、その基準作りに参画しながらも「そうは言っても、現実に、政府の判断と景気動向指数の判断が食い違った時に、その客観性を貫けるのだろうか」と、やや半信半疑でいた。そういう点では、今回がまさに試金石だったわけだが、無事、政府の判断とは独立して、ルール通りの判断文が示されたので大変喜んでいる。 いずれにせよ、過去の景気を踏まえて設定されたルールに則って考えると、景気は後退局面ということになる。このルールに基づく判断が絶対というわけではないが、景気の現状が相当に怪しいということは間違いない。 大注目の7-9月期GDP さて、こうした微妙な景気情勢の中で大いに注目されるのが、11月17日に発表される7-9月期のGDPだ。なぜ注目されるのかを整理しておこう。なお、こうして11月17日に発表される統計について詳しく述べているということは、この小論の命もあと数日ということであり、やや悲しいことではあるが、景気問題を論じる際の宿命であり、やむを得ない。 第1のポイントは、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の影響がどう出るかである。 駆け込みの影響は、1-3月期の成長率を高め(6.0%増、実質・年率、以下同じ)、4-6月期の成長率を押し下げた(マイナス7.1%)。ここまでは誰でも分かる。ところが、駆け込みの影響はこれでは終わらない。4-6月期のGDPの水準は、駆け込みの反動によって通常より水準が下がっており、7-9月期にはそれが平常レベルに戻る。このため7-9月期のGDP成長率は高めに出るのだ(駆け込みの反動の反動。この点は、本連載の4月17日「駆け込み需要の影響はどう出るか?」で説明しているので、詳しくはこちらを参照してほしい)。 この点は専門のエコノミストは誰もが分かっていることであり、事実、ESPフォーキャスト調査の7-9月期の成長率予想は一貫して高めである。ただ、高めではあるが、最近時点では、その高めである度合いが小さくなっている。すなわち、8月調査では4.1%と見ていたのが、10月では2.5%になっている。これは、駆け込みの反動の反動を打ち消すような後ろ向きの要因が出てきたということである。 第2のポイントは、景気の基調をどう見るかだ。もし、2%を切るような数字が出たら、かなり悪いと考える必要がある。「普通であれば4%程度になってもおかしくないのに、2%になったということであれば、実態はゼロ成長」ということになるからだ この点で気になるのが在庫投資の動きだ。4-6月期のGDP成長率は、前期比年率7.1%もの大幅減少となったのだが、在庫投資は5.5%ものプラス寄与度となっている。在庫の積み上がりがなかったら、成長率はマイナス12.6%(!)に達していたわけだ。在庫だけでこれほど成長率が引き上げられるのはかなり異常な姿である。 これは、需要の落ち込みが思ったより大きかったので、売れ残りの過剰在庫が溜まったのだと考えられる。同じようなことが2008年10-12月期にも起きている。この時はリーマン・ショックによる突然の需要落ち込みで、在庫が積み上がり、在庫投資の成長寄与度がやはり5.7%にも達した。この時は、翌2009年1-3月期に逆に在庫を絞り込む動きが生じたため、在庫投資の成長寄与度が実にマイナス7.5%というすさまじい姿になっている。今回も同様のことが起きると、7-9月期の成長率はかなり引き下げられることになる。 第3のポイントは、消費税率を予定通り引き上げるかどうかだ。総理を始め多くの政府首脳が「7-9月期のGDPを見て、消費税10%の是非を検討する」と言っている。7-9月期が4%程度の成長であれば、安心して消費税率を10%にできるが、思ったよりも成長率が低かったとすると、引き上げを延期せよという声が高まってくるだろう。 私自身は、そもそも短期的な景気情勢で長期的な財政健全化の方向を判断することが間違いだと考えているので、多少の経済変動があっても、予定通り消費税率を引き上げるべきだと思うが、現実にはそう簡単にはいかないだろう。少なくとも、当初想定されていたような、「景気の上昇基調は明らかなので、安心して消費税率を引き上げる」ということにはなりそうにない。 しかし、だからといって、消費税率の引き上げを延期したりすると、政府の財政再建目標の達成はほとんど不可能となるから、今度は財政への信認が揺らぐ可能性が出てくる。 7-9月期のGDPは、これからのアベノミクス第2幕の行方を左右することになるのかもしれない。 このコラムについて 小峰隆夫の日本経済に明日はあるのか 進まない財政再建と社会保障改革、急速に進む少子高齢化、見えない成長戦略…。日本経済が抱える問題点は明かになっているにもかかわらず、政治には危機感は感じられない。日本経済を40年以上観察し続けてきたエコノミストである著者が、日本経済に本気で警鐘を鳴らす。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20141110/273630/?ST=print
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