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第三章 巷の声
ある土曜日、上田一行は大阪の下町に視察に出向いた。
景気についての庶民の実感と、消費税増税に対する賛否の声を直接に知るためだ。
片岡経済再興担当大臣と筆頭秘書官の深川、財政省出身の墨田秘書官が同行している。
首相秘書官は、通常数名いて上田内閣では5人いた。いずれも各省庁から将来の事務次官候補であるエース級の人材が送り込まれていた。筆頭秘書官の深川は商務経済省の出身だ。
一行の後にTVカメラと各局レポーター、記者達の取材陣が続く。
視察場所は、警備の都合もあり基本的に事前に根回しをしている。
商店街を練り歩いて、八百屋の前に足を止め女将さんに話し掛けた。
「売れ行きは如何ですか?」
「葉物やなんかは、高くなってなかなかお客さんの財布の紐も固いですね。出るのは葉物以外の輸入ものが多いです。」
「ご迷惑お掛けします。もう少しだけご辛抱下さい。経済再生をして必ず景気を良くする事をお約束します。」
「総理、お願いしますよ。じゃあお約束のあれやっときますか?」
「ああ、あれですね。」
女将さんは、上田にカブを2つ渡した。
「カブ上がれー、景気上向けー。」
TVカメラに向かって、上田はカブを両手に持ち万歳をした。
お約束通り拍手が起こり、TV局のクルーはニュースやワイドショー用の画が撮れてホッとした。
根回しをしているといっても、全てではない。
商店街を歩きながら、上田は何人かの買い物客に気軽に声を掛けた。
「今日は何をお買いになりましたか。」
上田は買い物袋をママチャリの籠に入れようとしていた30代後半の主婦も声を掛けた。
「今日は鶏肉とネギとか野菜類です。」
「夕飯はどんなおかずになりますか?」
「そうですね。鶏肉のピーナッツ炒めです。それにピーマン、ニンニク、ネギ、トウガラシを入れたやつです。主人も子供も好きなもんで。」
「美味しそうですね。」
「本当は鶏肉のカシュナッツ炒め作りたいんですが、カシュナッツが高いんでピーナッツを使っています。それにピーマンとネギ以外は全部輸入物です。鶏肉はブラジル産のグラム90円のもの、ピーナッツとニンニクとトウガラシと胡麻油は中国産です。でも最近は輸入ものも円安やなんかで高くなって家計は正直言って苦しいです。」
「一日も早く、物価高に給与水準の上昇が追い付くようにいたしますので、どうか信じて応援ください。」
多分このシーンは、消費税増税の首相判断を控えた財政省の意向を受けてTVでは使われないだろう。
取材陣の中にいた朝売新聞記者の四条玲子は、そう思った。
「でも新聞記事は、いや私は記事に必ず書く。」
視察場所の一つに、商店街を抜けた所にある町工場の安田精密があった。
上田一行は、社長の安田虎二郎に案内され工場内を一通り視察した。
応接間に通された上田は、安田に問い掛けた。
「お疲れ様です。ご商売は如何ですか?なかなか厳しいですか?」
「それは厳しいです。内需がこれ程冷え込んじゃうとねえ。うちみたいな部品工場は、海外と競争となってメーカーに買い叩かれ、このところの円安でも材料と電気、燃料が上がっちゃって、恩恵なんか受けてまへん。
うちは精密バネを作っていて特許も持ってるんで、それでもマシな方なんですけど。」
「ご苦労お掛けします。」
「総理。本当にそう思ってるなら、消費税増税は絶対止めなはれ。わしは増税に必ずしも反対じゃない。子供が産まれんようになって、年寄りばかり増えてく社会で年金に金が掛る事は十重知ってるつもりです。
でもねえ、総理。順番が違うんじゃありませんか?
わしも小さいながら会社をやってる立場から言わせてもらえば、消費税増税は会社に例えたら、売り上げが落ちて借金が嵩んで、さてどうするかって言うんで値上げに踏み切るようなもんですわ。でもね首相、そんなことしたら、お客さん離れて売上ますます落ちまっせ。そんな時にいの一番にやらにゃならんのは、無駄を徹底的に削る事、社長自ら給与減らして従業員にも賃下げを飲んでもらう事、その上で生かす事業と撤退する事業を決めて絞り込む事、研究開発や新しいアイデアを出して、場合によっては社運を掛けて投資に打って出る事。その上で売り物の付加価値が高まったら値上げをさせて頂く場合もある、それが順序なんと違いますか?」
上田の右脇に付いている財政省出身の墨田秘書官が口を開いた。
「社長。社長の会社も原料や燃料のコストが上がったら値上げをされますでしょう?」
「アホ言うな。それは、大企業の寡占や地域独占の場合だけや。そら、国は謂わば独占企業みたいなもんだからお客さん、この場合納税者は国外移住するしか余所に行きようがない。その場合は買い控えに走るんや。主婦は買い控えて、安もんしか買わんようになる。どんどん景気落ち込みまっせ。」
墨田秘書官が口を挟もうとしたが、上田が制した。
「社長。私達に今一番して欲しい事は何ですか?」
「さっきも言ったように、わしは将来の消費税増税には必ずしも反対していない。先ず首相率先して政治家の給与と公務員の給与を3割カットしなはれ。その上でもし移動で遣り繰りしても本当に人手が足りない部署があれば、そこには1割増員しなはれ。これだけで最低2割、場合によっちゃ10兆円近くのコスト削減や。」
墨田秘書官が再び口を開こうとしたが、今度は上田は手で制した。
「もちろん、あんたみたいなエリート達はお国には絶対必要やと思うから、その配分とか公務員制度の仕組みとかは国や地方の中で工夫してや。
その上で、後は成長戦略と少子化対策や、前の矢部さんの時は『ヤベノミクス』『オンナノミクス』『地方興隆』とか散々派手に花火打ち上げてたけど、結局日銀に仰山お札刷らせてマネーじゃぶじゃぶにしただけや。造血剤打って輸血して一時元気になったのはいいけど、身体鍛えて筋肉作らにゃならんところに、トレーニングメニュー作れなくて何もやらんかったから、頭に血―上って東京にオリンピックバブルが起きて、円安で輸入価格が上がってインフレになったけど、給与は追いついて行かず、結局経済が
ヘタレてしまったんや。
今度は『ウエダノミクス』だか『上田ミックス』か知らんが、成長戦略と少子化対策で日本を作り変える位して成功させてからじゃないと、消費税増税なんてカバが逆立ちした世界や。」
「社長。今日は貴重なご意見を拝聴いたしました。」
「しっかり、気張ってや。」
墨田秘書官は、筆頭秘書官の深川を睨みつけている。視察の根回しは深川の担当だった。一体この男は事務次官会議の調整を受けて秘書官会議で確認した方向でちゃんとやったのか。それとも、まさか商務経済省自体が財政省に逆らうつもりだろうか。
朝売新聞記者の四条玲子は、墨田の視線を見逃していなかった。
(続く)
■序章 青年首相
http://blog.livedoor.jp/ksato123/archives/54230364.html
■第二章 事件現場・女記者
http://blog.livedoor.jp/ksato123/archives/54263782.html
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