02. 2014年10月23日 07:46:36
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真山仁の時代を読む 【第3回】 2014年10月23日 真山仁日本は将来の生き残りを賭けた正念場にいる。 だからこそ、今後10年で昭和史に取り組んでいく デビュー10周年記念ロングインタビュー・ダイジェスト第3回 『ハゲタカ』シリーズなどで知られる、作家の真山仁さん。デビュー10周年を記念した本連載では、第一弾として、ロングインタビューのダイジェストを全3回に分けてお送りします(完全版はcakes掲載)。今回はその最終回。真山さんの新聞記者時代の先輩である中央公論新社の石田汗太さんが聞き手となり、旧知の仲だからこそ引き出せた各作品への思いや作品づくりの裏側をお楽しみください。常に日本の「今」とともに歩み、作品を送り出してきた真山仁さんが、最新刊『売国』や今後10年で取り組みたいテーマについて率直に語ってくれました。 アメリカ国防総省もつけ狙う 日本の凄い技術が最新刊のテーマ ――10月30日には、いよいよ最新作の『売国』(文藝春秋)が刊行されます。これも問題作ですよね。テーマは「宇宙開発」です。冒頭、日本が世界において掛け替えのない国になる道は、原発と宇宙しかないというテーゼが登場します。 真山仁(まやま・じん)小説家。1962年大阪府生まれ。同志社大学法学部政治学科卒業。新聞記者、フリーライターを経て、2004年企業買収をめぐる熱き人間ドラマ『ハゲタカ』でデビュー。2007年に『ハゲタカ』『ハゲタカ2(『バイアウト』改題)』を原作とするNHK土曜ドラマ『ハゲタカ』が放映され、大きな反響を呼ぶ。同ドラマは国内外で多数の賞を受賞した。ほかに、地熱発電をテーマにした『マグマ』も、2012年にWOWOWでドラマ化された。その他の著書に、日本の食と農業に斬り込んだ『黙示』、中国での原発建設を描いた『ベイジン』、短篇集『プライド』、3.11後の政治を舞台にした『コラプティオ』、「ハゲタカ」シリーズ第4弾となる『グリード』、『そして、星の輝く夜がくる』などがある。10月30日に新刊『売国』(文藝春秋)を刊行予定。2014年でデビュー10周年を迎えた。【写真:長屋和茂】
真山 最初は航空産業でやろうと思ったんですよ。いけるかなと思ったんですけど、飛行機に関しては、やはりアメリカが盤石な国際ルールを作っている。他の国が自分たちを越えられないような制度を持ってるんですよ。そうすると結局、いくらよい飛行機を作っても、アメリカで飛べないんでは誰も買わないんです。 これは相当に大きな壁で。もし「売国」させるなら、日本がアメリカ人スパイを作らなきゃならない。これは無理だなと思った時に出てきたのが、日本の「固体燃料ロケット」。実はすごい技術で、アメリカが以前から苦虫を噛み潰していると。 これまでの日本のH2ロケットシリーズやアポロなど、液体燃料ロケットの場合、人が乗れるような大型化が可能になる一方で、非常にメンテナンスが大変で、打ち上げにリスクを伴う。スペースシャトルのチャレンジャー号みたいに、打ち上げの時に引火して爆発することもあるんですよね。 一方、固体燃料ロケットは、大型化は難しいものの、火薬の発想からできてるので、ランチャーの付いている車で、どこからでも移動して飛ばせる機動性がある。 そして最大のポイントは、固体燃料ロケットがミサイル、つまりICBN(大陸間弾道弾)と同じ構造だということです。この制御力がすごく重要で、日本の固体燃料ロケットは、鹿児島から打ち上げて、ブラジルで飛んでいる蝶々のど真ん中をぶち抜くだけの制御力があるそうです。そんな技術を持っているのは日本だけなんです。 ――すごい技術ですね。 その技術をアメリカは欲しくて、NASA(米航空宇宙局)がJAXA(宇宙航空研究開発機構)に、日本の固体燃料ロケットの設計図を見せろと迫ったそうです。でも、どんなに図面どおりに作って打ち上げても制御できない。それは意図的に隠してるのではなく、制御技術が「口伝」だからです。みんなでわいわい議論しながらロケットを作っているので、図面に記録しなくてもいいって発想があるんですよ。 アメリカは、バラバラだった日本の宇宙開発技術をJAXAに統合して、固体燃料ロケット開発チームを全部そこに入れて、すべて文書化しろと圧力をかけているそうです。こういう前提を聞いて、地熱発電と一緒で、そんなに日本の技術はすごいんだって思ったのがきっかけです。 ――NASAが日本の宇宙産業に対して、そんな圧力を掛けてきているというのは初めて知りました。 真山 日本人はあまり知らないんですけど、アメリカの宇宙開発の予算の半分は、国防総省から出ています。ペンタゴン(国防総省の通称)が目をつけているんですね。 欧米諸国は、日本がまた戦争を起こすかもしれないと警戒しています。その時、日本が固体燃料ロケット技術を使ってミサイルを自国配備したら、大きな脅威になります。何せピンポイントでどこでも狙えるんですから。日本にそんな武器を持たせるわけにはいかない。 小説では、そのあたりの設定を現実よりもかさ上げしていますが、これは、日本のモノ作りの原点とも言えるんですね。もしこの技術を、中南米とかアフリカ、アジアに輸出したら、欧米先進国をしのぐミサイルを作れることになるんです。アメリカにとってはやっかいな問題です。 日本の国益を売り渡す、とは どういうことか? ――タイトルはなかなか刺激的ですが、真山さんにとって「売国」とはどういう意味ですか? 真山 簡単に言うと、日本の国益を、日本ではないところに売り渡す行為ですね。たとえば、日本の製薬メーカーが画期的なガンの薬を発見したとしましょう。それを日本で薬にするためには、薬事審議会に許可をもらい、日本で発売したら、輸出もできるようになって、アメリカがその薬をまたチェックして、アメリカで使えるようになるという流れになりますよね。 ではアメリカがそれを潰したい時にどうするか。スパイを薬事審議会や厚労省に送り込んで、製薬会社に圧力を掛けて、新薬の申請を通さない。あるいは、国税庁を動かして、製薬会社を脅して研究開発を遅らせる。そのうちに、薬のデータをアメリカに売り渡して、アメリカの製薬会社に先に開発させる。そういうことです。 ――「売国」という言葉には、ちょっとイデオロギー的なにおいも感じてしまいますが。 真山 いや、イデオロギー的な意味はまったくないですね。もはや多くの人にとって、イデオロギーなんか関係ないと思います。だから『売国』というタイトルで、右翼、左翼っていう発想はないかなと思っていますけど。 それより、日本の国益を売り渡す、国を売るという意味でインパクトがあるのではないでしょうか。 ――国益を売り渡す理由は、私利私欲のためでしょうか? 真山 私利私欲の人もいるでしょうし、ハニートラップに嵌められた人もいるでしょうし。 スパイって、若いころにリクルートされて、20年ぐらいかけて磨き上げられていくんですよね。その年月の間に、彼はその国で出世して権力者になっているんですよ。その権力と、スパイ行為が成功したときに与えられる報酬は、やっぱり多くの人にとって蜜の味なんです。先進国は、こういうスパイ=売国奴をずっと作ってきた。ル・カレやフォーサイス、フリーマントルなんかの小説を読めば、いかに長い年月をかけて彼らはそれをやってきたかがわかります。日本でそういったスパイが摘発されていないだけです。 日本人がもっと敏感になるべき 日本の国益とアメリカの本音 ――スパイと言えば北朝鮮、中国、ロシアというイメージがありますが。 そういった国のスパイが日本にいるのは、もう想定内でしょう。それともう一つ、今回小説内の事件で公安が動かないのは、公安とアメリカはセットだからです、アメリカが関与している売国活動を摘発できるのは、東京地検特捜部しかないと考えました。 ――では、日本の真の敵≠ヘアメリカということに……? 真山 それは、ぜひ作品を読んでください(笑)。 ――そう言えば、『ハゲタカ』シリーズでも、アメリカがしばしば鷲津の巨大な敵として立ちふさがります。真山さんのアメリカ観をお聞かせください。 「どこまでもアメリカに追随するのは、どうなのか」(真山さん) 真山 アメリカのおかげで日本が豊かになったのは間違いありません。その一方で、どこまでもアメリカに追随する日本という国のあり方は、どうなのかなと思っています。
日本を守るために米軍基地があると勘違いしている日本人は多いですけれど、アメリカは自国を守るために軍隊を置いているにすぎません。だから、もう少し日本人は、なぜアメリカがこういうことをしているのか、冷静に考えるべきだと思っています。 ――アメリカの国益とは何か、ということですね。 真山 日本人は、アメリカが日本を好きだと思っていて、アメリカが一生懸命やってくれるから恩返ししようとしていますけれど、アメリカは日本なんてなんとも思ってません。ただの道具です。外交も、スパイ活動も全部含めて、それが国家なんですよ。スノーデン事件でNSA(アメリカ国家安全保障局)の情報収集の手口が発覚し、CIA(アメリカ中央情報局)がドイツのメルケル首相の携帯を盗聴しているという疑惑がありましたが、それはひどい話でも何でもない。当たり前です。 『ハゲタカ』の取材の時にも聞きましたが、日米貿易交渉の時は、日本側の作戦ルームに盗聴器が仕掛けられていて、日本の戦略は全部筒抜けだったそうです。そういうことを日本人は知らなさすぎます。 ――お人好しが過ぎる。 国家が一番大事にしているのは自国民で、国民を食わせなきゃいけないんですよ。それが一番わかりやすいのがアメリカです。だから、個人としての日本人とアメリカ人は、友情をはぐくめるかもしれないけれど、国同士の関係はそうじゃない。日本はその点甘すぎると思っています。アメリカが日本のためにプラスになることをやってくれるとしたら、それは最終的にアメリカの利益になるからです。そのことを忘れてはいけないと思います。 昭和史と向き合って 日本人にとっての戦争をひもとく ――デビュー10周年を迎えられて、今後の10年間のイメージはできていますか? 自分自身についてと、日本という国家についての未来予想図です。 真山 いや、日本のイメージは読めないですね、全然。 ただ、どんどん危うくなると思います。戦争をするかもしれないし、他国に占領されることはないでしょうけど、戦争に巻き込まれることは十分考えられます。 それと、国際社会で日本のプレゼンスが落ちるでしょうから、生き残りを考えていかなきゃいけない正念場が来ている。アベノミクスで生まれたバブルもいつ弾けてもおかしくない。そこの覚悟がまったくないですね。 そういう混沌とした未来の中で、若い人たちに未来を託せる社会が実現するように、もっと激しく警鐘を鳴らしたいというのが一つ。 もう一つ、歴史認識に対して、あまりにも偏見に満ちた声が大きくなってきたと思います。そこまで他国と憎み合うような言説が広がる根拠はどこにあるのかと、すごく不思議です。 まともに歴史を知らない人たちの勝手な情緒的煽りを、なんで誰も止めないのか。結局、多くの人が昭和史を知らないからじゃないか。高校や大学でさえ、最も重要な現代史をまともに教えないからですよね。 だから、今後の10年で、昭和史をちゃんとやろうと思っています。まず前半の5年で勉強し、昭和を知っている人たちに取材をする。場合によっては、その取材自体をどこかでオープンにしていきたいと思っています。 ――それは、具体的には戦前の歴史ですか? 真山 とりあえず戦前です。最大のテーマは、なぜわれわれは戦争をしなきゃいけなかったのか。なぜ自分たちでコントロールして、戦争を終わらせることができなくなったのか。 それを考えるにあたっては、日本が中国や朝鮮半島で何をしたか、正確に知る必要があります。起きたことを正しく理解しないで、あいつらの言うことは嘘だとか、でっち上げだとか言うのは絶対おかしい。まず歴史をきちんと知りたいんです。 戦前からの歴史を正しく知ることで、戦後、日本がなぜこれだけ大きく復興できたのか、高度経済成長できたのか、バブル経済が弾けたのか……。その答えのヒントが全部あると思うんですね。 真山 歴史小説はだいたい明治で止まっているでしょう。今の時代から振り返る大正以降の歴史は、すごく大事だと思っているので、この10年で取り組んでいきたいです。 こう言うと、未来を見通して書いているはずの作家が、なぜ過去に遡るんだって、よく編集者に言われます。でも、過去を知らないで、どうして未来を書けるのか。とりあえず最初は勉強しながら、この計画に乗ってくれる出版社と一緒にやろうかなと思っています。 隣国とうまくいかない国なんて もうそれ自体がダメ ――きょう真山さんには、70年前の戦争を書くべきだと言おうと思ったんですが、まさにそういう問題意識があると聞いて、ああ、やっぱりなと思いました。 真山 戦争を単なる英雄物語にしてほしくないんですよ。戦争は外交の延長でもあるんですよね。そのことがわからない人が、戦争賛成にせよ反対にせよ、情緒的な物語を語るのは、非常に良くない。とくに、戦争体験がない人は、情緒に走って「じゃあ、国のために命を張るか」と考えてしまう。戦争体験者はどんどん少なくなっているから、そんな時代が、すぐそこに来てしまっている。 もうひとつ、これからは東アジアと日本の関係性が、すごく重要になってくると思うんですね。 アメリカのプレゼンスを下げるためにも、東アジア諸国と日本がいがみ合うなんて、ありえないです。中国や韓国は、本気で日本のことを憎んでいるわけじゃないですよ。もしそうなら、日本の商品は全て排斥されるはずです。日本はアジアから引っ越せないんです。隣国とうまくいかない国なんて、もうそれ自体がダメだと思っているので。 こういう考え方がクルッと回ると、「大東亜共栄圏」になるという人もいるかもしれない。いずれにせよ、東アジアのことをちゃんと理解できてないから、歴史観もずれてくる。とにかく誤った歴史認識を何とかしたいんです。 ――これもまた、2000年代にデビューした作家の宿命だと思いますね。もう一度「あの戦争」に向き合うというのは。 真山 そう思います。 ――しかも、2020年がひとつの節目となる。 真山 そうですね。東京オリンピックまでに形にしたいと思います。 正しき「愛国者」として 東アジアが共存共栄する未来を夢見て ――オリンピックは、戦後日本にとって常に象徴的なイベントですよね。2度目の東京五輪が開催されるとは、本当に時間が巻き戻ったような錯覚に陥ります。 真山 私は今度の東京オリンピックを東アジアのオリンピックにすべきだと、強く思っています。直前の冬季五輪は韓国開催ですし。東アジアがこれから世界の中心になるためのオリンピックだっていうぐらいの感覚を持たないと、日本は沈みますよ。 ――サッカーW杯が日韓共催になったような感じで。 真山 あれはいいことをしたと思います。こうやって話していると、私がすごい右翼みたいに聞こえるかもしれませんが、そうではなくて……。 ――自分が右翼だって感じることがありますか? 真山 まったく自覚はありません(笑)。そもそも、これだけイデオロギーが漂白されてしまった社会で、右翼も左翼もないのでは? 私は、愛国者でいたい。それも、自国だけが栄えればいいという独善的な愛国者ではなく、東アジアが共存共栄する未来を提案していきたいと思います。そして、もっと面白く深みのある小説創作に磨きをかけることに情熱を注いでいきます。 http://diamond.jp/articles/print/60863 |