02. 2014年10月23日 07:42:25
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あなたの仕事は「誰を」幸せにするか? 【第4回】 2014年10月23日 北原茂実 [医療法人社団KNI理事長] 国民総背番号制に賛成する医師が、 外国人看護師の受け入れに反対するわけ ちきりん×北原茂実 対談【後編】 著書『あなたの仕事は「誰を」幸せにするか?』が話題になっている医療法人KNI理事長の北原茂実氏と、『自分のアタマで考えよう』などのベストセラーで知られるブロガーのちきりん氏。対談の後編は、医療を海外に輸出するなど先進的な取り組みを行う北原氏ならではの視点で、日本の医療の問題をさらに深掘りします。国民総背番号制(マイナンバー)を導入するメリット、そして海外から看護師を招き入れることが「ビジネス」の観点からNGの理由とは?(構成:宮崎智之、写真:田口沙織)開業医は情報拠点へ 医療に市場原理を働かせよ! 北原茂実(以下、北原) 前回は、2030年に医療・福祉の就業者数が944万人になるという予測を紹介しました。 北原茂実(きたはら・しげみ) 脳外科医、経営者。1953年、神奈川県生まれ。医療法人社団KNI(Kitahara Neurosurgical Institute)理事長。東京大学医学部を卒業後、同大学病院脳神経外科にて研修。1995年、東京都八王子市に北原脳神経外科病院(現・北原国際病院)を開設。救急・手術から在宅・リハビリテーションまで一貫した医療を提供すべく、現在は医療法人社団KNIとして八王子市内に4施設、宮城県東松島市に1施設を経営している。開設当初より、「世のため人のため より良い医療をより安く」「日本の医療を輸出産業に育てる」の2つを経営理念に掲げ、より多くの人の“幸せ”のため、「医療を変える」数々の斬新な取り組みに挑戦しつづけている。特にカンボジア、ラオス等の海外において「総合生活産業としての医療」を輸出するビジネス的な試みは、大きな注目を集めている。著書に『あなたの仕事は「誰を」幸せにするか?』(ダイヤモンド社)、『「病院」がトヨタを超える日』『「病院」が東北を救う日』(以上、講談社+α新書)。著者の活動情報はこちらから。 ちきりん 今の就業者数が6300万人。単純に考えても6人に一人くらいが医療・福祉分野で働くことになる。医療・介護・福祉が国内で最大の産業になるということですね。
北原 しかし、問題はこの944万人がワーキングプアになる可能性があるということです。だから、医療費を上げる必要がある。さらに、もっと先を考えると、団塊の世代が亡くなった後には、逆に医療者が余ってしまうということが起きる。したがって、医者や看護師をひたすら養成するのではなく、大局的には人手がいらない医療にしていく必要があります。コンビニがなぜ興隆を極めたのかというと、あそこは商品を売る場所というだけではなく、広義には情報を売る場所だったからです。開業医も情報拠点として、自分たちがどうあるべきかをこれからは考えなければいけない。 今医者がやるべきことは、医療のプロとして「医療はどうあるべきなのか」を考え、伝えていくことです。教育も含めて考えなければいけない。我々の考える「医療」を実践する医者が増えなければいけません。そうすれば、日本はもう少しまともな国になると思っています。 ちきりん たしかに医療に関しては、情報提供や教育だけでも大きなニーズがあると思います。体力が衰えた高齢者が大きな病気をした場合、医者から「手術もできるけど、しないという選択肢もあります」と言われることがあります。ところがそんなことを言われても、患者や家族としてどう判断すればいいのか、まったくわからない。せいぜい「先生がいいと思う方法でお願いします」くらいしか言えない。そんなとき、もし家の近所に、医療相談に応えてくれる開業医がいたら、保険が適用されなくても、自費でお金を払ってでも相談したい、話を聞きたいという人はたくさんいると思います。患者にとって、医療関係者に求めるニーズは、治療だけではないんですよね。 北原 その通りですね。 ちきりん 関西出身。バブル最盛期に証券会社で働く。その後、米国留学を経て外資系企業に勤務。2010年末に早期リタイヤ後は、「働かない生活」を謳歌中。崩壊前のソビエト連邦などを含め、これまでに約50ヵ国を旅している。2005年から書き始めた「Chikirinの日記」は、政治・経済からメディア、世代論まで、幅広いテーマを独自の切り口で語り、現在、日本で最も多くの支持を得るブログとなっている。著書に『ゆるく考えよう』『自分のアタマで考えよう』『未来の働き方を考えよう』など。 ちきりん 他にもぜひ先生にお伺いしたいことがあります。ひとつは診療科による医師の需給バランスの問題です。中途半端な形で市場原理が持ち込まれたからかなと思っているのですが、今の制度だと、負担の大きい救急医療や産婦人科が足りないのに、医師を増やしても、増えるのは皮膚科と眼科ばかり、みたいなことが起こりえますよね。医師の全体数を増やすのではなく、必要な分野の医者を増やすような、インセンティブの付け方はあるのでしょうか。
北原 中途半端というより、ほとんど市場原理に任せてないから、「儲かりそうな○○科」というような選び方をする人が生き残ってしまうんです。市場原理に任せれば当然、淘汰は働きます。救命救急医は仕事が厳しく、訴訟を起こされる可能性も高いのに収入は変わりません。だから誰もやりたがらない。医療をビジネスとしてとらえ、市場原理を働かせていくしか方法はないと思います。 医療改革にはマイナンバーが必要? 日本の病院がIT化に乗り遅れたワケ ちきりん 先生はご著書の中でも、国民皆保険を全廃すべしと言われています。時代にそぐわなくなってきていると。ならば、今の時代にあった公的保険の形とは、どのようなものなのでしょうか? 北原 医療単体で物事を考えることは、できないと思うんです。だから、まずは国民総背番号制(マイナンバー)を導入すべきですね。出生登録を出したときにマイナンバーが発行され、それに基づいて生活を紐付けていく。学校に入る、アルバイトをする、株式を売買するといったことすべてにマイナンバーが必要となると、収入が捕捉できます。そうすれば将来の生活リスクが分かり警告を発することもできますし、医療を含めて最低限の生活を送る補助を出すこともできる。 あともう一つ、医療に関して面白い変化が起きます。保険診療をする病院に対しては、診察をしたときの診断名、処方箋、画像データの入力を義務づけると、誤診の記録が残ります。そうすると、自信のない病院は検査ができなくなります。もちろん、災害が起きたときには、持病を持っている患者に適切な処置ができますし、ビックデータを活用すれば医療が進歩するかもしれない。 ちきりん マイナンバーは、医療分野だけでなく、福祉、教育、金融、納税と、あらゆる分野で鍵となるインフラ制度ですよね。 北原 プライバシーの問題を指摘する声もありますが、私個人は知られてはいけない情報はありません。それに勝るメリットがあると思っています。 ちきりん 病気になったことがないと、「自分の病気の情報が外に流れるのは嫌だ」と考えがちですけど、大きな病気になってみると、過去に同じ病気になった人はどんな治療を受けていて、その人が治った比率はどれくらいなのか、この薬でアレルギー症状が出た人はどのような人なのか、などのデータが手に入ることのメリットは、身にしみてわかります。ところが今は、学会での発表や、狭い医局内での情報交換ルートでしかデータが回っていなくて、情報化時代の恩恵をまったく受けられていません。 北原 まったくその通りです。そうなっていることの理由の一つに、保険システムがあると私は思っています。なぜなら、病院のIT化が進まないのは、IT化に関してお金が出ないからなんです。電子カルテを導入しても保険報酬があがるわけではないので、導入するモチベーションが高まらない。病院のIT化に関しては、日本は世界でも遅れをとっています。韓国の足元にも及びません。
ちきりん なるほど。病院のIT化が進まない理由も保険制度にあるわけですね。ところで最近は、看護師や介護士としてフィリピンやインドネシアから人を受け入れようという話が出てきています。団塊世代が後期高齢者になる次の10年くらいで、なし崩し的に受け入れることになりそうですが、この件については、どのように思われますか? 北原 やってはいけないことだと思います。なぜかというと、看護・介護についてはあくまでも国内問題だからです。これを解決するために海外の人を頼ると、いくつかの問題が起こります。まず、フィリピンやインドネシアの医療が壊れます。フィリピンではこの10年間で1700あった民間病院が1000に減っています。看護師がアメリカなどに奪われているからです。給料が高いし、免許も言葉も通じるので、皆が行きたがるんです。しかし、医者は免許が通じないので海外に出られません。 ちきりん グローバリゼーションによって、医療現場が荒廃しつつある国があると……。 北原 だから、看護師免許を取ってアメリカに渡るフィリピンの医者が出てきたそうです。そのほうが高い給料をもらえるのだから仕方ありませんよね。 ちきりん すごい話ですね。ちょっとびっくりです。 医療は地産地消が大事 「ビジネス」に必須な二つの条件 北原 ほかにもイギリスが南アフリカの看護師を引き抜いたということもありました。南アフリカは国費で育成した看護師を奪われてしまったのです。では南アフリカはどうしたかというと、アンゴラから看護師を奪ったんです。 ちきりん 次々と、より貧しい国から労働力を連れてくるという連鎖。製造業や建設業で起こったことが、医療でも起こっているんですね!
北原 そうです。そして、アンゴラを医療面から支援したのがキューバでした。だから、国連においてアンゴラは絶対的にキューバを支持しています。キューバが世界64か国に対して医療支援しているのは、そういう理由があるのです。アメリカやイギリスの例でわかっていることを日本がするとなれば、相手国の医療を壊してもいいと思っているのと同じです。 ちきりん 現代の帝国主義のようなものだと……。 北原 医療を通じた植民地主義に手を染めるということです。これをやると必ず報いがきます。それはなにかというと、もしフィリピン人やインドネシア人が日本の看護や介護を担うことになれば、これから増大するであろう高齢者たちが払う医療費や介護費が、彼らの手を通じて海外に流出します。つまり、団塊の世代の方々が亡くなるまでに、日本の富の多くが失われることになる。 ちきりん そのお金は、日本の医療従事者たちに落とすべきだろうということですね。 北原 人のことを考えないと、必ず報いがくるということです。同じことが患者の奪い合いにも言えます。医療が儲からないなら、中国の富裕層を連れてきて儲けてしまえという発想がありますよね。しかし、これをやると貧しい人ばかりを見なければいけなくなる中国の病院の経営が悪化します。医療は地産地消で国民が国民の面倒を見られる状態が幸せだと思います。 ちきりん たいへん興味深いです。今やビジネスの世界では、人や物を世界中どこでも、最適なところに移動するのがよしとされています。先生のお話は、多くの場合、市場原理を活用することへの賛意が多いと感じますが、今の話はどちらかといえばそれとは対極にある。アンチグローバリゼーションの方達が言っていることと似ている主張だなと思いました。 北原 私の考える「ビジネス」の条件は、一つは儲かること。儲からなければ永続性が保てないからです。もう一つは世のため人のためになるかどうか。この二つを満たしていないものは、ビジネスとして成立しないと思っています。ですから、医療は「ビジネス」を目指すべきなんです。 ドミノの一枚を誰が倒すのか? 固定観念を持たない行為者の挑戦 ちきりん 先生は講演やご著書では、「国民皆保険は全廃すべき」「医療の株式会社を認めるべき」など、医療を“聖域”だと思っている人が怒りそうなことを、ことさら強調して主張されているように思います。というのも、先程からお話しいただいている海外からの人材導入についてのご意見などは、反対する人が少ない話だと思うんです。なのに、わざと皆が怒りそうなことを前面に出していらっしゃるように思うのですが、それは意図的なのでしょうか? 北原 私が言いたいのは、固定観念を持たないでほしいということ。それに、物事には変えなければいけないポイントがあると思うんですよ。そこさえ変えればすべてが動き始めるという。「ドミノの一枚」ではないですが、ここを変えれば皆が物事を考え始めるというポイントがあるのです。国民皆保険の存在を絶対と考えるか、そうでないと考えるか。固定観念をゼロにして、理想の社会とはなにかということを考える段階にきていると思います。 ちきりん なるほど。まさに「自分のアタマで考えよう」ということですね。私もこの前、ブログであえて「ネットより、テレビのほうがコンテンツのクオリティが圧倒的に高い」と書いたんです。でも別に「テレビを見よう」と言いたかったわけではありません「テレビや新聞は完全に終わってる」みたいな言い方が一種のトレンドになっていて、考えもせず、そう言っちゃってる人も多いんじゃないかと思って。考えるきっかけを与えるには、極論に聞こえることを言い切ってみるのも、方法論としてアリですよね。 北原 あと、日本人は「国民皆保険をやめる」と言ったら、「それに変わる完璧なものを提示しろ」と言うのが好きなんです。しかし、医療を変えるためには、39兆円という医療費が本当に必要なのかとか、自動診断システムにしたらどうなるのかとか、ボランティアを入れることによって貨幣経済と切り離したらどうかなど、多角的な視点から考えていかなければいけません。ですから、実際は一度やってみておかしかったら訂正する、間違いが起こったら補正するという柔軟性が必要なんです。こうでなければいけないという考え方は非常に危険だと思います。そうならないためには、「行為者」でい続けなければいけない。評論家にならずに、常に「やってみせる」という姿勢を保っていきたいです。 ちきりん たしかにそうですね。変わることが必要なのは火を見るより明らかなのに、完璧な代替案ができるまで何一つ変えたくないという人は、ほんとーに鬱陶しいです。 先生のすごいところは、その発想の大胆さに加え、ご自身が常に全速力で走る実践者であることだと思います。何かやろうとすると苦労や困難が多いと思うのですが、常に前向きであることの重要性もよくわかりました。 本日はとても勉強になりました。ありがとうございます。
北原 こちらこそ、ありがとうございました。とても楽しかったです。 (終わり) http://diamond.jp/articles/print/60804 |