01. 2014年10月21日 07:43:37
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DOL特別レポート 【第501回】 2014年10月21日 松井雅博[現役国会議員政策担当秘書] なぜ小渕優子前経産相は「収支がわからない」のか? 国会議員事務所のお財布事情と政治家の“哀しい性” ――松井雅博・現役国会議員政策担当秘書 初歩的ミスで辞任した 安倍政権の華、小渕優子議員 女性初の首相候補とも言われていた小渕氏だったが―― Photo:Natsuki Sakai/AFLO 10月20日、小渕優子・経済産業大臣が辞表を提出した。34歳で初入閣を果たし、40歳で二度目の入閣。将来は女性初の総理大臣も夢ではないと目されていただけに、衝撃は大きい。自身の資金管理団体から高級ブランドなどへの多額の支払いが見つかっただけでなく、有権者に対する「利益供与」とも見られる不明瞭な会計も発覚し、「世論を納得させられない」と辞任を判断した。
一方、同日、松島みどり・法務大臣も辞意を表明した。自らの選挙区で「うちわ」を配布したことを国会で野党から追及され、公選法違反を指摘された。その後の失言もマスコミを賑わせ、事態をさらに悪化させてしまった。 この相次ぐ2人の女性大臣の辞任の理由は、実は同じである。「有権者への利益供与」だ。あまり知られていないことだが、政治家は「モノをもらう」ことよりも「モノをあげる」ことの方が厳しく律せられている。 それにしても、小渕優子議員は、小渕恵三総理大臣の娘であり、自身もTBSの記者を務めていた経験を持つ。若いとは言え、政治の「素人」では全くないはずである。松島みどり大臣も東京大学経済学部を卒業後、朝日新聞で政治部の記者として活躍しており、それくらいの見識が無かったはずはない。そんな彼女たちでさえ、「初歩的」とも言えるような過ちで辞任騒動を引き起こしてしまう。一体、政治の世界にはどのような魔物が潜んでいるのか。よほど制度が複雑なのか、強いしがらみがあるのか。 筆者はマッキンゼーでコンサルタントとして働いた後、国会議員政策担当秘書として政治の世界へ飛び込んだ。与野党の国会議員事務所で働き始めて2年以上が経った。普段は国会事務所で委員会質疑資料作成や陳情処理などを担当しつつ、地元で選対本部長として選挙をマネジメントした経験も持つ。カネ勘定も含めた国政の「実務」を知る立場から、国会議員事務所のお財布事情と、有権者からは見えづらい、政治家の生態を解説する。 国会議員のカネの入りを解説! 年間活動費は約2500万円 国会議員本人および事務所でのカネの出入りは、多くの人にとってわかりにくいものだろう。まず、カネの「入」の方から解説しよう。 国会議員が「所得」として報告するものには、歳費(月額129万4000円〈注1〉)と期末手当(553万5085円〈注2〉)がある。したがって、一般の国会議員の税引き後の年収は、手取りでおよそ1400万円程度となり、毎年公開されている所得・資産公開の数字〈注3〉)を見ても、多くの議員はこの程度の金額が所得の欄に並んでいる。 加えて、議会の役職についている議員には、議会雑費(非課税)として日額6000円が支払われる。200日議会が開かれていれば、単純計算で120万円がもらえることになる。また、入閣すれば年収の額が変わる。ただし、日本の場合、大臣になったからといって、大幅に給料が跳ね上がるわけではない。 一方、議員個人の年収としてではなく、活動費として支払われるカネとして文書通信費(非課税)が月額100万円、年額で1200万円支払われる。また、政党を介して政党交付金・立法事務費が支払われる。党を介するため、政党によって事情が違うが、議員個人にも年間1000万円以上の金額が支払われることが一般的である。 これ以外で活動費が必要な場合は、政治資金パーティを開催してみたり、寄附を募ってみたりするわけだが、正直、このご時世、パーティやら寄附やらで多額のお金を集められる議員はごくわずかだと思う。 ほとんどの議員は、文書通信費と政党からの助成金の年間合計2500万円程度で活動しているのが一般的と言えるだろう。こうした議員の活動をする際に使うカネはすべて「資金管理団体」に登録した一つの会計口座で管理することが義務付けられている。 注1:議長は月額217万円。副議長は158万4000円。 注2:期末手当については、12月10日に支払われる金額290万8265円が公務員給与の引き上げに伴って増額されることが現在検討されている。 注3:実際の所得・資産公開では税引き前、税額控除(245万円)後の数字が掲載されている。 議員の雑務は多岐にわたる 公設秘書三人でも手は足りない 年収が手取りで1400万円、活動費は2500万円。それに加えて交通費は無料(JRのみ)、飛行機はクーポンがもらえ、公設秘書は3人公費で雇うことができる。これだけを聞くと、「国会議員はいい待遇だな」と思う人もいるかもしれない。 しかし、こんな多額のカネ(もちろん原資は税金)は、具体的にいったい何に使われているのだろうか。カネの「出」について、具体的に説明しよう。 まず、最もカネがかかるのは「人件費」だ。これは民間企業でも同じことだろう。人を1人雇うのに月給25万円を支払ったとしても、社会保険なども含めると年間300万円程度は必要になるだろう。地元で2人、国会事務所でアシスタントを1人雇えば、900万円かかる計算になる。 「税金で秘書を3人雇えるのに、私設秘書も必要なのか」と首を傾げる方もいるかもしれないが、政治家事務所の仕事は多岐にわたる。地元事務所であれば、チラシを配ったりポスターを貼ったりするような単純労務、さまざまな会合に参加して有権者や団体と直にコミュニケーションする仕事、車の運転や議員の随行、電話番やら資料作成と、時間をとられる仕事はいくらでもある。 有権者からしてみれば「年に一度の陳情」や「たまには一言、言ってやろう!」でも、政治家事務所からしてみれば、毎日のように電話が鳴り、激励やお叱りの言葉も含めて有権者の方々との対話に時間を使わねばならない。 国会事務所であれば、国会開会時には、当然議論の内容は常にウォッチしていなければならないし、事務所には訪問者も多い。官僚からのレクチャーや政策についての勉強会などへの参加を1人でこなそうとすると、事務所が留守になってしまう。 朝は8時前には出勤して会議に出席し、議員の代理で講演を任されることもあり、夜はパーティや会合に参加することも多い。何より、政策担当秘書の仕事は「考える」ことでもあるので、1人で考えを巡らせる時間も欲しい。そうなると、どうしてもアシスタントが必要になってしまうのである。 もちろん、私設秘書を雇うかどうかは議員本人の判断なので、選挙区が東京に近い議員は政策秘書にも地元まわりを兼務させたり、事務所を一本化してアシスタントを集約したりすることで人件費を抑制している例もある。 支援者に「割り勘で」と言えるか 議員の職業病と“哀しき性” 次にお金がかかる費目は、会合参加費・飲食費だろう。 国会議員の重要な仕事の一つに「国民の声を拾う」ことが挙げられる。しかし、駅前で演説していても国民の声など拾えるわけがない。さまざまな会合や勉強会などに参加したり、直接会って話をすることで、「今の有権者はこういう風に考えているんだ」と肌で知ることは極めて重要なことだ。 しかし、それにはどうしてもお金がかかってしまうのも現実なのだ。人と会って話をするのに、食事もお茶も無く向かい合って話をするということは、考えにくい。また、選挙で自分を支援し、国政に送り出してくれた有権者と話をしながら食事をした場合、「では、割り勘でお願いします」とはなかなか言えるものではない。これはビジネス界で活躍している方であれば、想像できるのではないだろうか。 また、冠婚葬祭への参加も多い。議員に対してよくある批判に「国会議員は呼ばれてもいない結婚式に参加して票を稼いでいる!」というものがある。 しかし、よく考えてみてほしい。呼ばれてもいないのに結婚式や葬式に参列することなどできるはずがない。国会議員は職業柄どうしても顔が広くなってしまう職業なので、応援してくれた人が結婚した、関係者が亡くなったとなると、必然的に電報を送ったり参加することになる。 結婚披露宴のご祝儀の相場は3万円と言われているが、「国会議員だし、3万円とはいかない」という心理が働くのも事実で、5万円、場合によっては10万円は包まざるを得なくなる。 これは人によって異なると思うが、真面目に活動すればするほど、毎日誰かと食事を共にしたり、会合に参加したりすることになるので、おそらく年間300〜500万円程度は必要になってしまうのではなかろうか。 会合に出ること、有権者とのコミュニケーションは議員としての大事な仕事であり、それによって人脈が広がるのは“職業病”と表現できるだろう。そして、有権者との食事を含む会合などで「相手に払わせられない」という心理が働くことは、議員の“哀しい性”でもある。 ちなみに、筆者は政治家ではなく、単なる秘書であるが、すでに結婚式には100回以上出席し、300万円以上のお金を自腹で支払っている。これもまた議員同様、人脈が広くなってしまうことに起因する“職業病”なのである。 議員と深い付き合いを持ちやすい年齢層 若者とお年寄りの将来に起こることとは? また、政治家の周りに集まる人の層の特性も関係していると思う。選挙事務所に何日かいればわかることだが、国会議員の事務所に集う人の年齢層は、20代前半の若者か定年後の高齢者が多い。その2つの層の共通点は「時間に余裕がある」こと。そして、彼らと深い関係を築くということは、数年後に結婚式や葬式に出席する機会が生じる可能性が高いということでもある(不謹慎な言い方かもしれないが)。 小渕優子議員は会見の中でこう述べていた。 「ベビー用品を購入したのは県外の方の出産祝いや誕生祝いの社交儀礼、化粧品、服飾品は海外出張のお土産として購入しお渡ししたものでした。一部報道では関係者に品物を送るのはポケットマネーで行うべきとの指摘がありますが、会社や団体が経費で社交儀礼をするのと同じく、政治家が人脈を広げていくことは重要な政治活動であり政治活動の経費として認められるものと思う」 小渕議員は「女性の活躍」の代名詞とも言えるような存在だった。もし、100人の若い女性が小渕議員の支援をしていたと仮定しよう。その後、年ごろの彼女たちが続々と結婚・出産したならば、小渕議員が「何か贈り物をしなくちゃ」と考えるのも自然なことかもしれない。さらに、「一応大臣を務めた国会議員だし、安っぽいものを贈るのもなぁ」と5万円のベビーカーを贈ったとするならば、百万円単位での出費となる。 今回、問題となった金額は数千万円単位で、額の大きさが注目を集めたが、政策秘書として、国会議員のカネの出入りを見ている筆者からすれば、小渕優子議員ほどの大物議員になれば、ありえない数字ではない、と感じている。 他にも、チラシ・ポスターの印刷代・配布代(およそ200万円)、東京での議員宿舎の家賃(年間およそ120万円)、事務所の電気・水道・ガス・NHK、コピー機、新聞代などを合わせれば、年間500万円は下らない。 ベテラン議員が犯した初歩的なミスの 背景にある3つの要因 国会議員のお財布は主に2つの法律によって明朗にされることが義務付けられている。 1つは、「政治倫理の確立のための国会議員の資産等の公開等に関する法律」。これに基づき、国会議員は毎年、所得と資産を報告することになっている。春になると、新聞でも一覧が報道されている。 もう1つが、「政治資金規正法」。これに基づき、国会議員は収支報告書と政党交付金使途等報告書(注4)を作成し、公開することが義務付けられている。今回の小渕優子議員の事件も収支報告書で「公開された情報」から事実が発覚している。 さらに、今国会において、維新の党は毎月入る文書通信費についても使い道を公開する方針を掲げており、議員立法で法案を提出する構えだ。 しかし、ここまでやってもなお「初歩的なミス」が生じるのはなぜなのか。政治家がカネがらみのスキャンダルで辞任するというニュースは、今に始まったことではない。 要因は3つ挙げられるのではないだろうか。まず、政治の世界に集まる人の質である。つまり、プロフェッショナルとして議員秘書を極めようという人材が、なかなかいないということである。 注4:収支報告書とは、国会議員事務所全体の損益計算書のようなもの。政党交付金使途等報告書とは、その中で政党交付金を何に使ったのか、という使い道を報告するもの。 高学歴者の多くが「サラリーマン」の道を選ぶ日本においては、政治の道に進もうとする人間は極めてレアである。国会議員を目指すならまだしも、秘書やスタッフとして働く人材となると、なかなか確保が難しいのが現状だ。 優秀な人がいても、自身も議員を目指している場合、選挙が近くなると事務所を辞めてしまうことになる。最近、地方議会議員のお粗末な事件が世間を騒がせたが、秘書やスタッフだけでなく、地方議会議員についても、人材の確保は非常に難しいのが現実で、鐘や太鼓を叩いて探してもよい候補者を見つけるのは難しい。日本全国の政治の現場は、深刻な人材不足に陥っているのだ。 次に、仕組みの問題だ。収支報告書の作成は主に秘書が行う。しかし、秘書は前述したようにその人自身が政治家を目指していたりするので、選挙になると辞めてしまい、人の入れ替わりが激しい。その上、人材難であり、しっかりと収支報告書の作成に関する過去の経緯が引き継がれない現状がある。 それゆえ、マスコミに過去の誤謬を発見されても、その時の担当者はもう事務所にいないためわからない、という事態は構造的に起きやすいのだ。 最後に、小渕優子議員のような世襲議員にはありがちかもしれないが、強固な後援会や支援組織がしっかりしていればしているほど、議員本人にとっては中身がブラックボックスになりやすいということだ。新人候補者はゼロから自分自身で積み上げていくので、すべてを把握しやすいが、すでにあるモノの上に立つと、なかなか中身は見えないものである。これはベンチャー企業をゼロから立ち上げた社長と、大企業の社長との違いにも似ているかもしれない。 2人の女性大臣の辞任から 学ばなければならないこと 今回の事件を、「また政治家の金銭スキャンダルが起きたな」と他人事で終わらせてはいけない。まず、筆者は有権者への利益供与など言語道断だし、カネのかかる政治体質にメスを入れることが、優秀な人材を政治の世界へ流入させるためには必要不可欠であると認識している。それに「金銭的にクリーンであること」は政治家として当然であると考えている。 しかし、そうは言っても、政治家に対してそれをどこまで求めるか、また現状のルールが適当か、ということは、議論の余地があるのではないかと考えている。 上場している株式会社がIR情報を公開するのは、その内容によって投資判断がなされるからだ。そして、企業の最終目的が「利益」を産み出し、株主に配当することである以上、企業には「金銭的なクリーンさ」が強く求められることになる。 しかし、政治家の仕事は利益を生むことではないし、配当することでもない。政治家事務所の秘書やスタッフが、領収書を集めたり公開書類を作成することにばかり時間を使っているようでは、一体何のための政治活動なのか、わからなくなってしまう。 また、政治とカネの話をやるなら、しかるべき場でやるべきだ。経済産業委員会や法務委員会でカネやウチワの話をされたのでは、有権者もガッカリだろう。 政策論争ではなく、カネのスキャンダルで政治家を追い落とす、というのは、かつては第四次伊藤博文内閣の星亨逓信大臣が辞任に追い込まれて以来、田中角栄、竹下登、細川護煕、小沢一郎と、近年までずっと続いている悪しき伝統である。原発再稼働や成年年齢の引き下げなど、極めて注目度の高い重要な国政課題を議論する場でカネのスキャンダルを議論するのは、上述した通り、政治の本筋ではないはずだ。やるなら「政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会」という場があるわけなので、場を移すべきではないか。 そして、有権者もまた、こういったスキャンダルを一過的に騒ぎたてるのではなく、しっかりと公開された資料に目を通すべきである。単にヒステリーを起こすだけでは、「一人前の有権者」としては失格だろう。 繰り返しになるが、今回の事件は、決して許されるものではないし、批判されて然るべきものだ。本来議論すべき重要な国政課題を放置する原因をつくった小渕、松島両議院の責任は重い。 ただし、単に彼女たちを批判し、辞任に追い込めばよいわけではない。「金銭的クリーンさ」を議員にどこまで求め、またそれに対する規制はどの程度であるべきか、問題が起きたときに重要な国政課題が放置されないようにするには、どうしたら良いか、こうしたことを考えるべき時にきているのではないだろうか。 さて、ではそろそろ領収書の整理に戻るとしよう。 http://diamond.jp/articles/-/60856 |