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2014-10-20 09:58:59
80歳という高齢の日を迎えて、なお「平和」への強い思いを語られる人。その言葉は最近とみに輝きを増してきているように感じられます。
とくに本日10月20日の所感で、「争いや苦しみの芽となるものを摘み続ける努力を積み重ねていくことが大切ではないかと考えています」と、「争いの芽を摘み続ける努力」に言及している点は、今の日本の政治状況を考えあわせるとき、「反安倍政権」を示唆する明確なメッセージと受け止めることができるのではないでしょうか。
「反安倍」と受け止められるメッセージは、ほかにもあります。
宮内庁担当記者会から、「来年戦後70年を迎えることについて」の思いを質問されたときは、具体的に「A級戦犯」という文言を出して、こう答えられています。
「私は、今も終戦後のある日、ラジオを通し、A級戦犯に対する判決の言い渡しを聞いた時の強い恐怖を忘れることがでjきません。まだ中学生で、戦争から敗戦に至る事情や経緯につき知るところは少なく、従ってその時の感情は、戦犯個人個人への憎しみなどであろうはずはなく、恐らくは国と国民という、個人を越えたところのものに責任を負う立場があるということに対する、身の震うような怖れであったのだと思います」と。
「政治に直接関与した」というあらぬ批判を避けるために、「戦犯個人個人への憎しみなどあろうはずもなく」とわざわざ記していることは、かえって戦犯個人、つまり東条英機をはじめとするA級戦犯一人ひとりを裁いてこなかった日本政治、当時の権力層の「不作為」を際立たせる結果となっています。
さらにこのフレーズは、「国と個人という、個人を越えたところのものに責任を負う立場があるということに対する、身の震うような怖れ」と、はらわたから絞り出したような文言、これだけはどうしても言っておきたい”遺言”としての言葉をあえて文字化しているように感じられます。
現在の無責任体制、具体的には時の政権の閣議だけで憲法の根幹を変えてしまおうとする無責任さ、さらには原発を安易に再稼働させようとする無責任さなどとの対比です。
安部政権にはまったく見られない「身の震うような怖れ」、それはあえて「神に対する畏れ」とも言いかえられますが、そうした政治に携わる者に不可欠な謙虚さ、つまり安倍という男の謙虚さの欠如を指摘した文言といえるのではないでしょうか。
そうしてみると、美智子という名の一人の高齢な女性は、「反安倍」の先頭に立っているとすら位置づけられます。
ところで、本日の読売新聞朝刊。美智子さんの所感に対する関連記事を1面をはじめ、16、36、38面でも取り上げています。ところがその記事のどの見出しからも、「平和」という文字が消されています。
つまり、読売は、美智子さんが最も伝えようとしたメッセージの核心である「平和を守る努力の大切さ」を、完全に隠す紙面に仕立て上げているのです。これは、筆者に対して極めて失礼な、ゆがめた扱いです。昔なら「不敬罪」に該当するやりくちといえるでしょう。
要するに、読売は「くだらない新聞」に成り下がりました。社会の木鐸に値しないどころか、有害無益。社会から排除されるべき存在に成り下がったといえます。
私たちは、「争いの芽を摘み続ける努力」をしましょう。沖縄の知事選では、辺野古の海の埋め立て承認撤回をめざす候補者を当選させたいものです。
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