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評論家・中野剛志氏 「米国の衰退で未経験の悲劇が起こる」
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/154199
2014年10月20日 日刊ゲンダイ
恐ろしいタイトルの本が出た。「世界を戦争に導くグローバリズム」(集英社新書)。帯には「次に起きてしまうのは覇権戦争!」とある。ベストセラー「TPP亡国論」で知られる著者は一貫して、「米国の時代は終わった」と主張する。それは戦後の世界秩序の崩壊でもある。その次に来るのは、覇権国家なき大混乱であって、もちろん、日本もその渦にのみ込まれていく。問題はこうした危機に政治も国民もあまりに鈍感なことだ。
――第2次世界大戦後、冷戦を経て、米国の一極覇権の時代になりました。それがもはや、完全に崩れていると?
世界を見てください。中東の混乱は収拾がつかず、ロシアはクリミアを強引に奪取したが、国際社会はなす術がない。東シナ海、南シナ海では中国による挑発行為が止まらない。いずれも米国が世界の警察官として睨みを利かせていれば、考えられなかったことです。
――確かにロシアに対しても、「イスラム国」に対しても米国は無力ですね。
イラク戦争の後、大きな転換が訪れたのです。米国はイラク戦争でかなりの打撃を受けた。経済的にも精神的にも。そこにリーマン・ショックが襲いかかった。そのどちらも米国の大戦略のミス。自業自得です。自由や民主主義といった米国の価値観を武力で他国に押しつけ、混乱を招き、グローバル化で経済を不安定化させて、米国は衰退した。グローバリズムという思想の過ちの結果です。
――だから世界各地で火柱が噴き上がった?
東アジアの緊張、中東の大混乱、ウクライナ危機などのトラブルが世界中でほぼ同時に起きたのは偶然ではありません。米国の覇権国家としての力が落ちたからこそ、ここぞとばかりに噴出したのです。冷戦後の米国は覇権国家として世界に君臨するためにユーラシア大陸を支配することを重要視した。そのために東アジア、中東、東欧の三極を押さえようとした。この三極で同時に緊張が高まっている。危機がひとつであればいざ知らず、三極同時となると今の米国では対処できません。
■米軍は尖閣諸島では動かない
――ちょっと待ってください。日本は米国に守ってほしくて、集団的自衛権の行使を強引に閣議決定したのではないですか? その米国が頼りにならないとなると、この前提が崩れてしまう。
米国が世界の警察官としての力が落ちてきたからこそ「日本も相当の責任を負担せよ」ということなのでしょう。そういう議論自体は10年前でもありました。でも、この10年で米国の国力は予想を超える速度で落ちてしまった。日本が集団的自衛権を強化し、米国に協力しても、もう間に合わない事態だと思いますね。
――でも、日本は日米ガイドラインを見直して、周辺事態でなくても、米軍に協力しようとしています。トンチンカンもいいところですか?
米国が日本を守れるのかは怪しいと思いますよ。一例をあげると1982年のフォークランド紛争の際、米国が米英同盟に基づいて、派兵したかというと、していない。イギリスは独力でアルゼンチンからフォークランドを奪い返した。尖閣だって同じことです。アルゼンチンに対して動かなかった米軍が、核保有国であり、GDP世界第2位の中国に対して動くでしょうか。
■日米同盟強化の意味を問うべきだ
――安倍首相は日米首脳会談で、それをオバマ大統領に約束させようとしましたが、大統領は原則論でしか応えなかった。つまり、米軍は動きゃしないということですね?
良くて中国への経済制裁でしょうが、経済制裁なんて効果がないのです。経済制裁にあってもロシアがクリミアを返還しないことからも明らかです。まして米中の経済関係は米ロよりもはるかに濃密です。米国が中国に経済制裁をしたとして、中国から経済的な報復をされたら、米国はかなりのダメージを受けてしまう。それに、そもそも日米安保条約は日本が武力攻撃を受けなければ、米軍は動かないことになっている。無人島に漁民を装った武装集団が上陸しても武力攻撃には該当しません。しかし、ウクライナの例を見ても分かるように、最初に制圧した者が圧倒的に優勢に立つ。
――中国はその辺を見越しているわけですね。ただ、そんな事態になれば、日米同盟って何なのかということになりませんか。同盟国間での米国の威信はますます低下し、世界は大混乱になりかねない。
その通りです。
――その時に戦争が起こってしまう?
国際秩序を維持するためには理想主義と現実主義という2つの外交上の考え方があります。理想主義とは、民主主義や経済的な自由主義を広めれば、米国の価値観に基づく国際秩序を建設できるという考え方で、冷戦後の米国はこの理想主義に立って、テロとの戦いや中東の民主化、経済のグローバル化を推進し、そして失敗した。一方、現実主義はイデオロギーではなく、パワーの均衡によってしか国際秩序は成り立たないという冷徹な考え方です。オバマ大統領は理想主義から現実主義に舵切りしたいが、うまくいっていない。なぜなら、現実主義を貫く大前提として、独裁国家であろうとなんだろうと、国内が統合されていることが絶対条件になるからです。ところが、今の中東はそれぞれの国家が硬いビリヤードのボールではなく、腐ったトマトのような状態ですから、パワーの均衡など目指すことができない。イラク戦争という理想主義の暴力によって破壊された中東の秩序は、もはや現実主義をもってしても回復し得ないのです。
――そのうえ、米国の威信が低下しているわけですから、世界中のあちこちの地域で、新たな覇権をめざす紛争が勃発する。そういうことになるのでしょうか?
カーター政権で大統領補佐官を務めたブレジンスキーは1997年に書いた「壮大なチェス盤―アメリカの優位性とその地政戦略的課題」という本の中で、ウクライナの危機を見越していた。その彼が最も恐れる最悪の事態が、ロシア、中国、イランというユーラシア大陸の3大パワーが手を組んで反米同盟を結成し、米国をユーラシア大陸から追い出そうというものでした。それに近い事態が、今、起きつつある。米国の地政学的基盤はこの20年弱で、ブレジンスキーが考えているよりもはるかに腐食したと思います。
■火山・地震学者よりアテにならない政治学者
――日本の外交はどうなるのですか? たとえば、中国との外交交渉でリスクを回避することはできませんか?
八方塞がりです。靖国参拝をやめればどうにかなるといった段階は過ぎています。少なくとも10年前から、米国衰退という事態を見越して行動すべきでした。高校受験の前日になって、「勉強してないけれど、どうしよう」と言ったところで、どうしようもないのと同じです。
――それじゃあ、覇権戦争が起こってしまう?
中東、東欧、東アジアとすべてにおいて、バランスが崩れていくと思います。今生きている人が経験したことがないような時代が来てしまったのですよ。
――では、10年後の日本はどうなっていますか?
尖閣は中国に取られていてもおかしくない。その場合、エネルギーがない日本はシーレーンを確保できずに中国に逆らえなくなるのか。あるいは国内が猛反発して政治が力を示さざるを得ないような展開もあるかと思います。たとえば東日本大震災が起こり、御嶽山は噴火した。予測し得ないことが起こるわけですが、火山・地震学者以上に予測を外しまくっているのが政治家であり政治学者なのです。そのことを知り、備えを怠らないようにするしかありません。
▽なかの・たけし 評論家。1971年生まれ。東大教養学部卒。元京都大学大学院准教授。おもな著書に「TPP亡国論」「日本思想史新論」など。
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