06. 2014年10月21日 07:39:06
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あなたの仕事は「誰を」幸せにするか? 【第3回】 2014年10月21日 北原茂実 [医療法人社団KNI理事長] 国民皆保険は全廃すべきである! いま必要なのは「社会をつくり変える医療」 ちきりん×北原茂実 対談【前編】 国民皆保険の全廃を主張し、医療を「トヨタを超える日本最大の輸出産業」に育てることを目指す医療法人KNI理事長の北原茂実氏。『あなたの仕事は「誰を」幸せにするか?』を出版し、話題になっています。そんな北原氏の講演を聴きに行くなど、氏の活動に注目し続けているのが、『自分のアタマで考えよう』などのベストセラーで知られるブロガーのちきりん氏です。日本のあるべき医療の形とはどのようなものなのか。両氏の対談を2回にわけてお届けします。(構成:宮崎智之、写真:田口沙織)日本の医療制度が崩壊した理由は? 成立した前提自体が揺らぐ日本の現状 ちきりん たしか3年くらい前に、北原先生の講演を拝聴したことがあるんです。 北原茂実(以下、北原) ありがとうございます。 ちきりん 関西出身。バブル最盛期に証券会社で働く。その後、米国留学を経て外資系企業に勤務。2010年末に早期リタイヤ後は、「働かない生活」を謳歌中。崩壊前のソビエト連邦などを含め、これまでに約50ヵ国を旅している。2005年から書き始めた「Chikirinの日記」は、政治・経済からメディア、世代論まで、幅広いテーマを独自の切り口で語り、現在、日本で最も多くの支持を得るブログとなっている。著書に『ゆるく考えよう』『自分のアタマで考えよう』『未来の働き方を考えよう』など。 ちきりん 日本の医療や農業は、本来は国際競争に耐え得る高いポテンシャルのある産業です。でも、いろんな利権団体もあって政治的にも難しく、なかなか改革が進まない。そんなふうに考えていたとき、ちょうど医師として様々な改革を実践されている北原先生の講演があったので、これはぜひ聞きにいこうと思いました。
北原 講演はいかがでしたか? ちきりん 一番驚いたのは先生のエネルギーレベルの高さです。4時間ぶっ通しで話されてて、びっくりしました(笑)。 医療は“聖域”と言われることも多いですが、私はそれでも市場原理を完全に排除するのではなく、人間のインセンティブ・システムを利用して物事を動かすという発想も必要だと思うんです。講演を拝聴して、北原先生のお考えもそれに近いと感じました。 あと、先生は医療界の常識にとらわれず、常に自分の頭で考え、加えてご自身で実践に移していらっしゃる改革者です。そういう意味でも、非常に感銘を受けました。 北原 ちきりんさんは海外での生活経験もおありです。海外の医療と日本の医療を比較して、なにか思ったことはありますか? ちきりん 一番衝撃だったのは、20代の頃、アメリカ留学中に友人と一緒に中南米を旅行していたときのことです。現地で借りたレンタルバイクで転んで顔を切り、かなりの量の血が出てしまったんです。パニックして、アメリカ人の友達に「病院に連れて行って!」と頼んだのですが、心配そうな顔で「保険には入ってるの?」って聞かれたんです。もうびっくりして。「これだけ血が出ているんだから、お金の問題ではなくとりあえず病院でしょ!」と(笑)。日米の医療システムの違いを痛感したというか、まったく違う文化に生きていると実感した瞬間でした。 北原茂実(きたはら・しげみ) 脳外科医、経営者。1953年、神奈川県生まれ。医療法人社団KNI(Kitahara Neurosurgical Institute)理事長。東京大学医学部を卒業後、同大学病院脳神経外科にて研修。1995年、東京都八王子市に北原脳神経外科病院(現・北原国際病院)を開設。救急・手術から在宅・リハビリテーションまで一貫した医療を提供すべく、現在は医療法人社団KNIとして八王子市内に4施設、宮城県東松島市に1施設を経営している。開設当初より、「世のため人のため より良い医療をより安く」「日本の医療を輸出産業に育てる」の2つを経営理念に掲げ、より多くの人の“幸せ”のため、「医療を変える」数々の斬新な取り組みに挑戦しつづけている。特にカンボジア、ラオス等の海外において「総合生活産業としての医療」を輸出するビジネス的な試みは、大きな注目を集めている。著書に『あなたの仕事は「誰を」幸せにするか?』(ダイヤモンド社)、『「病院」がトヨタを超える日』『「病院」が東北を救う日』(以上、講談社+α新書)。著者の活動情報はこちらから。 北原 今の日本の医療システムは、第二次世界大戦の後、貧しい状態の日本に医療を普及させるためにGHQが中心になって考え出されたものです。彼らの国には保険制度がないので、一から作り上げた。はじめの段階ではかなりまともな制度だったと思います。私は、戦後日本が復興した理由は二つしかないと考えています。団塊の世代が頑張ったからではなく、一つ目はアメリカが日本の共産化を恐れて多額の投資を行ったこと。これにより日本の工業化が進み、農村から都市部に人口移動が起こりました。そして富が分散し、一億総中流化が実現したんです。そして、二つ目の理由は、日本には国民皆保険があったことです。
ちきりん 国民皆保険はそこまで重要なことだったんですね? 北原 国民皆保険がないとなにが起こるかというと、カンボジアなんかでは閣僚が病気になればヘリコプターでシンガポールまで運ばれるのに、一般の国民は見捨てられてしまう。そうした状態のなかでは、「一つの国の国民である」という認識は育たないのですよね。そういう意味で、日本国民が結集して戦後の復興を成し遂げた裏には、国民皆保険の存在が大きい。この段階では国民皆保険は合理的なシステムでした。しかし、問題は「人口構成がピラミッド型であること」「経済が右肩上がりであること」「病気になる人が少ないこと」を前提に作られたシステムだったということです。これは発展途上国になら当てはまるのですが、現在の日本の状況にはまったくそぐわないものになっている。 政治では日本は変えられない? 若者が国づくりに参加できない日本 ちきりん システムが存続するための前提が崩壊してしまっているということですね。 北原 そうです。日本の人口は日露戦争の頃には4780万人しかいませんでした。しかし、たった100年で1億3000万近い人口に膨れ上がりました。これはかなり例外的なことなのです。そして、今は人口が減り、元に戻る過程を辿っています。医療は規制でがんじがらめということもありますが、そもそもそれ以前に前提条件が崩壊しているシステムを、そのまま維持しようとしていること自体に一番大きな問題があるように思っています。これを変えなければいけません。人口の問題はどうしようもない部分があります。システムがよかろうが悪かろうが、好きだろうが嫌いだろうが、結局は崩壊せざるを得ない。 ちきりん 社会制度の前提条件としての人口構成が変わってしまい、問題が噴出しているのは、医療だけでなく、年金や地方都市の在り方など、様々な分野にわたっています。人口動態は最も将来予測が容易な分野なのに、「まだ先の話だし。そのうち、なんとかなるだろう」と放り投げられたまま、ここまで来てしまったということに、ちょっと驚きます。 一方、北原先生の医療法人が進出されているカンボジアやブータンは、若い人も多いし、今後の経済成長も期待できます。だから、戦後復興期、経済成長期に作られた日本の医療システムが向いているってことですよね? それらの国に進出されたのは、そのことが理由なのか、それとも一国のシステムを全体として設計するチャンスがある国で、理想的な制度を作りたいという趣旨なのか。どちらなのでしょうか? 北原 後者です。我々の入り方はあくまでも医療をツールとしていますが、本当の興味は国を設計することです。カンボジアは内戦で知識人が殺されてしまい、官僚も残っていませんので規制が少ない。また、経済成長しているのにも関わらず、医療の発展が追いついていない。このギャップが生じると富裕層が医療を求めて海外に流出し、富が失われてしまいます。そうすると、ますます医療が発展しません。そこに、我々が入っていける余地があるというわけです。
ちきりん 医療システムを核として、その国の骨格に影響を与えたいということですね。だとすると、政権のアドバイザーのようなお立場にも興味があるのでしょうか? 北原 それはありません。というのも、これは個人的な意見ですが、私は政治が日本を変えられるとは思っていないのです。たとえば、人口が逆ピラミッドの形になる少子高齢化という現象はよくよく考えてみると、人類が経験したことのない事態なんです。これが起こると、今までの価値観が全部変わり、システムをすべて変更しなければならなくなる。一番問題なのは選挙です。地域によっては半数が60歳以上なんて場所も出てきます。そうすると働いて税金、年金、保険料を払っている人の意見ではなく、もらう側の意見が通る国になってしまう。年金や保険だけではなく、民主主義までもが機能しなくなります。 ちきりん いまのシステムでは、若者や、子ども達の未来のことを本気で考える人が、国づくりに参加できなくなってしまいますよね。 北原 私の意見では、この国を救うためには医療費を上げるしかないと思っています。しかし、そんなことを言うと政治家は選挙に通らなくなってしまう。 医療費を上げなければいけない理由 あるべき日本の「医療」のカタチとは? ちきりん なぜ医療費を上げると国が救えるのか、その理由をご説明いただけますか? 北原 まずは前提として、すでに説明したとおり、日本の医療制度が制度疲労を起こしているということ。そしてもう一つの理由は、日本人の個人金融資産は1500兆円あると言われていることが関係しています。ただし、その60%は60歳以上が保有していて、20代はたったの0.5%。結婚して家庭を持ち始める30代でさえ、5.5%という低さです。この資産を動かさなければいけないのですが、日本人は投資をあまり行いません。ですから、「もしものときのために」と貯蓄に回し、最終的には相続という形で国と子どもたちに託されていきます。しかし、子どもが相続をする頃には、すでに中高年層となっているわけです。 ちきりん 1500兆円もの金融資産が、高齢者の貯金として使われないまま塩漬けにされてしまう。巧く使えば経済成長の源泉となる資金なのに、ってことですね? 北原 そうです。これを解決するために医療費を上げることが必要なのです。消費に消極的な高齢者たちでも、医療にならばお金を使います。しかも、よりよい医療を選ぼうとするモチベーションも高い。すると儲からないと言われている医療の現場にお金が流れ出す。2030年には「医療・福祉」の就業者数が944万人になり、「卸売・小売業」「製造業」を抜いてトップになりますので、その影響は大きいでしょう。こうした状況を実現するためには、国民皆保険制度の全廃と医療の自由化、新しい医療セーフティネットの構築が必要です。 ちきりん 高齢者に最高の医療を受けてもらって、どんどんお金を使ってもらおうということですよね。私もよく思うのですが、たとえばリハビリに関しても、気に入った専門スタッフに専属でついてもらえるなら、個人負担でいいから、いくらでもお金をかけたいという高齢者はたくさんいると思います。そうやって富裕層にお金を使って貰い、それを資金源にして医療のセーフティネットを充実させれば、誰も損をしないシステムになるんじゃないかと思うんです。でも、「経済力により、受けられる医療に差があってはならない」という感覚が、この国ではものすごく強い。 北原 そうでしょうね。ただ、費用が高い医療がいい医療かといえばそうとも限らない難しさもあります。たとえば日本人の死因1位は「がん」ですが、その根本にはストレスによって免疫機能が低下し、がん細胞の増加を許しているということがあります。だから我々がしなければいけないことは、社会を作り替えることです。そういうことも含めて私は「医療」と呼んでいます。
ちきりん ガンを手術で切り取ったり、放射線で焼き切るのではなく、免疫機能を高めることでやっつけようと。そういう、広義な意味での医療という概念をもつべきだと。 北原 そうです。そして、それを実現するためには「予防」という観点が重要になります。安全な衣食住を提供し、ストレスのない社会を作ることから始めなければいけません。医療のコアな部分は手術とICUです。ほかの部分は一般の人ができることが多い。病院の建物のなかで専門職が実施するものだけが医療ではなく、街そのものが医療の機能を持っていなければいけない。それが我々の考える「医療」なんです。 (後編に続く) http://diamond.jp/articles/-/60792 |